5.風待ちの宵に(1)
再び3部構成です。
そこは一面真っ暗闇であった。
フィリアはそこに、たった一人で立っていた。
(ここは・・・?)
ふとフィリアは、子供の泣き声を聞いたような気がした。
(誰かいるの?)
すると、フィリアの目の前に突然、うずくまって泣いている一人の少女が現れた。
(この娘は?)
何故かフィリアには、目の前で泣いている子供が幼い姿をした自分であるという事がすぐにわかった。
そしてフィリアは幼い自分に声を掛けようとして歩み寄ったが、二人の距離は、まるで蜃気楼を追うかのように変わる事がなかった。
(どうしたの?何を泣いているの?)
その時、幼いフィリアのすぐ側に、一人の若者の姿が現れた。
幼いフィリアは顔を上げるとその若者を見た。
(・・・お兄ちゃん、誰?)
フィリアにはその若者がいったい誰なのか一目でわかった。
若者は安心させるように小さく微笑むと、幼いフィリアの目の前にしゃがみ込み、彼女の頭を優しく撫でた。
「私の名前はフェレル・リンク・・・」
幼いフィリアはまだ少し警戒気味であったが、そんなフィリアを見てフェレルはより一層優しく微笑んだ。
「もう大丈夫。何も心配は要らないよ」
「・・・本当に?」
幼いフィリアはおずおずと、フェレルの顔を覗き込みながら尋ねた。
「ああ。もう一人で泣かなくてもいいんだよ・・・。よく頑張ったね」
フェレルは声も優しかった。その手もしぐさも、幼いフィリアを心から安心させていく・・・。
恐怖が抜けた所で、幼いフィリアはフェレルの首に飛びつくと、大きな声で泣きじゃくり始めた。
フェレルは何も言わなかった。ただ黙って幼いフィリアのその背中を、ぽん、ぽん、と軽くたたいて安心させるのであった。
そんな二人の姿を、フィリアは不思議な面持ちで見つめていた。
すると突然、フェレルの腕に抱かれていた少女の幻が、光となって消えてしまった。
フィリアは驚いていたが、フェレルは何事もなかったかのようにすっくと立ち上がり、フィリアに背を向けた。
気が付くとそこは、闇一色の世界から、今度は朱に染まった世界へと変わっていた。
昼が夜に変わり、人と魔が最も出会うと言われる時間。黄昏の時。
フィリアからは背中しか見えないのに、それでもフィリアには、フェレルが今、どんな顔をしているのかがよくわかった。
それはとても・・・哀しい顔であった。
その瞳はこの世の何処をも見ておらず、意識は遙かな過去へと帰っていた。
それでも彼は、はっきりと『今』という現実を認識していて、わかっているからこそ、余計に身を切られるような『想い』に耐えているのであった。
フェレルが今、その心の中に一体誰を思い浮かべているのかなど、フィリアにはすぐに察しがついた。
そんなフィリアの心の中は、フェレルに対する『羨望』と『嫉妬』が渦巻いていた。
たとえどんなに悲しい『過去』でも、『存在しない』事よりはずっといい。
普段なら、そんな気持ちに気づいても何とか押さえることができた。
だがここは彼女の夢の中であり、誰しも夢の中では心が緩みがちになるものである。
フィリアが必死になって自分の気持ちを抑えようとしていたその時、それは起こった。
(・・・殺してあげる・・・)
そんな声が何処からともなく聞こえたかと思うと、目の前に立っていたフェレルの体から、突然に血しぶきが吹き上がった!
(ふぇ、フェレルさん・・・!)
フェレルはそれを何とか堪えて、必死に何かの呪文を唱えていた。
その間にも傷は増えていき、血は激しく吹き出していく。
フェレルは目を閉じたまま一心に呪文を唱えていた。
「・・・・・・・・・・・!!」
そしてついに呪文を解き放つ!
その反動で、フェレルの体は仰向けに倒れた。
音もなく地面に横たわった体は流された血で真っ赤に染められ、もう二度と、動くことはなかった。
「フェレル!!」
ベッドから飛び起きたフィリアが最初に気づいたのは、そこが自分の為にあてがわれた城の中の一室であるという事だった。
窓からは柔らかな朝の光が部屋へと射し込み、汗で冷えた体を暖めた。
「また、あの夢・・・」
フィリアはそっと呟いた。
ここ二、三日。フィリアはあまり夢見がよくなかった。
寝不足気味のフィリアを見かねてレーレは、テントではなくてしばらくお城で休んだらどうかと彼女に進めた。
最初のうちは断っていたのだが、こうも続くとさすがに仕事にも影響が出始めたので、レーレの強い一言により、城に用意された私室で眠る事にしたのだった。
「それにしても、今日に限って何故フェレルが夢の中に・・・」
そうなのだ。
フェレルが彼女の『悪夢』に現れたのは今日が初めての事であった。
おまけにそのフェレルと言えば・・・。
フィリアは何か悪寒を背中に感じ、思わず両手で自分の体を抱きすくめる。
「はやく・・・帰って来て。無事な姿を見せて・・・」
フィリアは祈るように小さく呟いた。
(『もうすぐ大事な行事があって、ちょっと足りない物があるから出かけてくるよ! あ、おみやげ買ってくるからね!!』)
そう言ってフェレルは二日前に出かけて行った。
フェレルはその時すでに、フィリアが寝不足気味なのに気づいたが、あえて何も言わなかった。
今日あたり、目的の街に着くはずなのだが・・・。
フィリアは気を取り直すと、汗に濡れた夜着を脱ぎ、いつものように服に着替えた。
その日の夕方、フェレルは買い物も済んだので、フィリアへのおみやげを探して歩いていた。
もっとも、それ以外にも義父の為にいい商品があったら交渉して、それを買い付けるといった事もしていたのだが・・・。
フェレルは一軒のこぢんまりとした宝石屋の前で立ち止まった。
ショーウィンドウの中には宝石をあつらえた品の良いアクセサリーが綺麗に並べられていた。
そんな中でフェレルが見つけた物は、アメジストの首飾りであった。
フィリアの瞳の色をしたその宝石は、きっと彼女に似合うだろうと思った。
少しばかり値は張るが、帰りを野宿で済ませれば買えない事もない値段だった。
フェレルは店に入ると、早速その店の主人に首飾りを求めた。
「いい物に目を付けたねぇお兄さん。あれは特にいい品だよ。・・・アメジストは昔から、枕の下に入れて眠ると夢見が良くなると言われているし、買って損はないよ」
フェレルはその話を興味深く聞いていた。
「夢見を良くする、か・・・」
フェレルはその首飾りを贈り物用に包んでもらうと、それを大事そうに懐にしまった。
店を出た後、フェレルが他の店を冷やかしながら歩いていると、突然、彼の前に一人の美女が現れた。
長くウェーブのかかった金色の髪、湖のような静けさを湛える水色の瞳、踊り子のようにスレンダーでしなやかな肢体、彼女の口元には微かな笑みが浮かんでいた。
夕日を背にして立っているその姿は、何故か思い出の中の彼女を思い起こさせた。
「あなたが・・・フェレル・リンクね?」
年の頃なら自分と同じ位のその美女が、確認するように尋ねてきた。
「君ほどの美人なら、一度会ったら忘れないハズだけど・・・」
その言葉に彼女はクスッと笑う。
「ありがとう。でも残念ながら会うのは今日が初めてよ・・・」
「それじゃあ何故、私の名前を・・・」
不審に思うフェレルにもかまわず、彼女はジロジロとフェレルを値踏みした。
そして、両の手を胸の前でパン! と打ち鳴らす。
「なかなかのハンサムさんね。姉さんがあなたを気に入るはずだわ!」
「姉さん?」
何がなんだかわからない。
フェレルが呆然と立ち尽くしていると、彼女はフェレルの目の前まで迫り、首筋に腕を絡めて互いの唇を重ねた。
「!?」
とっさに身を固くしたフェレルから彼女は満足そうに体を離した。
「私の名前はマリーベルよ。覚えておいてね・・・」
「マリー・・・ベル?」
クスリと笑うとマリーベルは夕日に向かって駆け出したが、その途中で一度だけ彼の方を振り返った。
「また会いましょうねフェレル! 今度会ったらあなたも殺してあげるから!!」
そのセリフがフェレルの中の記憶と重なる。
(『・・・もしもまた出会えたなら、その時はあなたも殺してあげる・・・』)
言い方も、姿形も違うのに、何故こんなにも彼女に姿が重なるのか!?
まして、あの時のセリフは当の二人以外にはわからないはずなのに・・・。
それを口にする意味など、他人には無いはずなのに・・・!
「ま、待て! 君は一体・・・!?」
後を追いかけようにも彼女の姿はもはや人混みの中に消えていた。
その時になって、彼は気づいた事があった。
それは彼女の腰に下げられていた二振りの細身の剣の存在。あれは・・・
「舞踏剣士」
単なるシャーリィの真似事ではない事は、彼女が残した最後の一言が証明している。
次に会った時、その時こそ紛れもなく『決戦』となるであろう。
だがわからないのは彼女の正体。いったい何者なのか・・・?
フェレルはその日の翌朝早く、その街を後にした・・・。




