4.森に住む少年
少し短めだったので1話完結です
今ではもう八年も昔になるのか・・・。
遠い記憶の彼方、鬱蒼と繁る森の中で、
彼は孤独を友にして、闇に紛れて暮らしていた・・・。
目を覚ますと、まるで天を覆うかのように広がる緑の枝葉が目に映った。
私は木の根を枕にして横たえられていた。
「気づいたのか?」
声のした方に目を向けると、そこには見知らぬ一人の少年が立っていた。
目つきが鋭く口元には油断のできない笑みが浮かび、のび放題の黒髪は適当に後ろで括っただけという、随分と身なりも粗末な少年だった。
一見すると十七、八にも見えそうだが、わずかに幼さを残した顔立ちからすると、もう少し下かも知れない。
「君は・・・」
名を尋ねようとしたが変に体が重くて、強烈な眠気が私を襲ったので、答えを聞く前に、私は暗い闇の底へと落ちていった。
次に目を覚ました時には幾分調子も良くなっていた。
私は食欲をそそられるいい匂いを鼻で感じ、それに空腹感も覚えた。
「ちょうどいい、目を覚ましたか・・・」
声の主は石を積み上げて作った竈に火をおこして、その上の鉄鍋でスープを作っていた。
少年は途中で手を休めると、私の方にやって来て数枚の葉っぱを差し出した。
「これを患部に当てて手で押さえてろ。あいにく清潔な布なんて持ち合わせてないからな・・・」
初めのうちは何を言っているのかわからなかったが、すぐに自分が脇腹を痛めている事に気が付いた。
(そう言えば、私はここで何をしているのだろう・・・?)
薬草を患部に押し当てながら考えていると、・・・自分がとある商談の帰り道に森の中で野盗達に襲われた事を思い出した。
(これはその時の傷か・・・。しかしそれなら他のみんなは? それにどうして私だけ?一体何があったんだ・・・)
「ほらよ。あんたの分」
そんな事を考えていたら、いつの間にか少年が木で作った椀を持って立っていた。
「ああ、ありがとう」
手をそっと患部から離し、両手で椀を受け取る。椀の中身はスープと言うよりはごった煮の様に思えた。
添えられた木のスプーンで少しだけ口に入れる。すると
(うまい!)
意外と言うべきか、差し出された料理はとてもうまかった。
ある程度腹が満たされてきた時、ふと、ある事に気づいた。
(この料理には塩が使われている! 一体どこから手に入れたのか、こんな森の中にあって・・・)
そう。ここは森の中であり、別段海に近いわけではなく、山のように岩塩がとれる場所でもない。しかし、この料理には塩が使われている。なら彼は、それをどこで手に入れたというのか? そもそも何故こんな所に少年が・・・?
「君、年はいくつだい? 見たところ十七、八にも見えなくもないが、君はそれより下だろう? それに君のご家族は? 君はここで何をしているんだ!?」
「・・・年は十五。何をしてるって? ここで暮らしているのさ。家族は・・・いない。ここで暮らし始めてもう三年になる・・・」
少年のその言葉に私はひどく驚いた。今から三年前というと、彼はまだ十二かそこらであったはずだ。そんな子供が何故こんな、昼なお薄暗い森の中で暮らす事になったのか・・・?
「しっかり食べろよ。あんた、結構血が抜けているんだからな。今ではもう血は止まったみたいだけど、流した分を補う必要があるからな」
そう言って少年は再び私の椀にスープを盛ってくれた。
こうして私と少年の共同生活が始まったのである・・・。
しばらくして傷が癒えると、少年は体力づくりと称して私に森の中を案内してくれた。
日に日に体力も回復し、むしろ以前よりも壮健になってくると私にも、森の中で暮らす生活を楽しむ余裕が出始めてきた。
湧き水で口を潤し、大岩の上でひなたぼっこをし、罠を作って獲物を捕まえたり、川で魚釣りを楽しんだりした。
そして夜になると、私は少年に、自分の知る限りの物語を語って聞かせた。その中には私自身の体験談も多く含まれていた。
少年はそれを、目を輝かせながら夢中になって聞いていた。
またある時には、少年に草笛の吹き方を教え、様々な曲を聴かせた。
こちらの方は多少覚えがあったのか、すぐに上達していった。
だが、私達はいつでも一緒というわけではなかった。
お互いに別行動をとっては違った収穫を持って帰ってきた。
私は未だに塩の出所が何処なのかわからなかったが、少年が私には無理だというので、そのうち余り気にならなくなっていた。
彼は一本の小刀で様々な木製品を作り出して暮らしていた。
共に暮らしている内に気づいたのだが、少年の着ている服も厚手でしっかりとした作りの、まさに野外向けの服装であった。
まだ色々と謎は多かったが、それでも私はここの生活にも馴染み、この少年の事も好きになっていた。
私が街に帰る時、彼に一緒に来ないかと誘ったら、彼は共に来るだろうか?
街での生活を忘れかけた頃になってくると、次第に街に残している妻や二人の子供の事が気になり始めた。さぞかし心配している事だろう。
だが今の私には少年を、一人この森に置き去りにしていく事はできなかった。横で寝息を立てている少年の姿を見ていると本当に、街で見かける子供達と何ら代わりはしなかった。
私はかすかに見える夜空の星々を見上げつつ、近い内にこの少年に「一緒に来ないか」と声を掛けてみようと思った。
そんなある日、久しぶりに二人で森を探索していると、にわかに森の中が騒がしくなりはじめた。
鳥は羽ばたき、動物達は不安に怯えて警戒の鳴き声をあげる。
そんな中、遠くからかすかに響いてくる剣戟の音。風は今や本来の清々しさを無くし、濃厚な血のにおいを届けていた。
まさか野盗達が、と私が言うよりも早く、少年は森の中を駆け抜けていった。
慌てて少年の後を追おうとしたが、少年の速さはとても同じ森の中を駆けているとは思えない程に速かった。
そう、まるで風が吹き抜けて行くかのように・・・。
少年の姿を見失い、剣戟の音も聞こえなくなると、少年がどこへ向かって行ったのか、私には皆目見当がつかなくなってしまった。
するとどこからか、男の悲鳴と草を踏む足音が聞こえてきた。
よく耳を懲らして音がどこから聞こえてくるのか聞き分けると、私はそちらへ向かって走っていった。
少し行くと、私はそこで奇妙な光景に出くわした。
小振りの剣を片手に持って、急所を鉄板で固めた皮鎧を着込んだ男が、武器を持たず、防具さえも着けてはいない、そんな一見するとごく普通の少年に追われていたのだ。
いや、より正確に言うと『追い立てられている』と言った方がいい。
男は目に涙をたたえて、『助けてくれぇ!』と哀願しながら走っていたが、突如、その背中から赤い血しぶきが上がったかと思うと、男はそのまま地面に倒れ伏した。
私には男の身に何が起こったのかはわからなかったが、やって来た少年の瞳は、まるで獲物を捕らえた狩人のように鋭かった。
少年は冷たい骸と化したその男に近づくと、やおら身ぐるみを剥ぎ始めた。
「やめるんだ!」
私は思わず飛び出していた。
「・・・どうしてだよ? ほらこいつ、こぉんなに干し肉を持ってやがったぜ。他にも酒袋もあるし、今夜は盛大に盛り上がれるぜ!!」
少年は心底嬉しそうにそう言った。
「ダメだ! そんなのは野盗のする事だ!! 相手を殺して物を奪うなんて、そんな事、してはいけない!!」
「でもこいつらは野盗達だ! あいつらが勝手にやって奪った物を俺が奪っちゃいけない理由がどこにある? それにこいつらはいつも悪さばかりしてるんだから、生かしておくよりも殺しておいた方が街のやつらの為にもなるんだぜ! それに、やらなきゃこちらがやられちまうし、貴重な塩だって手に入らない・・・」
「何・・・だって!?」
私はその事実に愕然とした。
私が今まで、何も知らずに食べてきた料理に使われていた塩は、すべてこの少年が一人で野盗達を皆殺しにした結果、得られた物だったのだ!!
「俺は・・・間違った事をしているとは思わない! 野盗を見つけたらすぐに駆けつけて、その場で野盗達全員を殺す。どうしても、助けられない人達も中にはいるけど、それでも一人でも多く助けたいと思ってる! だからこそあんただって、今こうして生きてられるんじゃないか! 時には助けた御礼として必要な物を分けてもらったりもするけど、それだって、きちんとお金を払って分けてもらっているんだ! そうでもしなけりゃここじゃ生きてはいけないんだ!!」
「なら街で暮らせばいい! 例えどこの家でも養子になれなかったとしても教会や孤児院に行けば食っていく位・・・」
「そんな事、出来やしない! 養子にしたって、素性がわからなければ引き受けてくれる筈もないし、孤児院に入ったとしてもすぐに出ていく羽目になる。もう俺はそれ位の年になっていたのだから・・・」
「しかし他にも方法が・・・」
「お前に何がわかる!」
少年は初めて、私に対して怒りの感情を見せていた。
「ある日突然、親も、兄弟も、家族だけでなく一族の全てが俺一人を残して殺されてしまったら、あんたならどうする? 他に頼る当てもなく、働こうにもナメてかかられて日々の食い扶持にも困るほど。おまけに・・・おまけに、一族を滅ぼした当の本人から『次に会ったらお前も殺す』なんて言われてて、汚い街の路地裏で、小さな物音にも震えながら、恐怖を押し殺して一人で眠った俺の気持ちがあんたにわかるっていうのかよぉ!?」
・・・言葉がなかった・・・。
確かに、噂で私も聞いた事があった。あれはたしかメイファーリアで聞いた話。
たった一人の舞踏剣士が、とある魔法師の一族を、たったの半日で全滅させたという話。
それと一緒に付いて回った噂が、『一人だけ少年が生き残ったが、その子も命を狙われている』というものだった。
まさか目の前の少年こそが、あの時軽く流して聞いていた噂の張本人だったとは・・・。
しかもまだ十五歳なのに命を狙われて街でも暮らせず、昼なお暗いこの森の中でたった一人、孤独を友に生きてきただなんて・・・!
「・・・街道まで案内してやるよ。だからもう帰れよ! お前なんてとっとと行っちゃえばいいんだ!!」
「わかった・・・。だが、私一人では行かない。君も連れて行くぞ! こんな所に一人、一人君だけを残して、これ以上の無益な殺人を起こさせたりはしない!!」
私がそう断言すると、少年は途端に怯えるような顔をした。
「俺・・・行かないぜ。ずっとここで暮らすんだ!」
「たった一人でか? それにこれ以上、君に人を殺してほしくはないんだ」
「どうしてだよ!? 俺、野盗達しか殺してないし、俺がいたから助かった奴だってたくさんいるんだぜ?」
「君が殺せば殺すほど、野盗達も君を警戒して、より強く、より注意深く行動するようになる。そうなれば、待っているのは血みどろの地獄絵図だけだ」
その一言に少年は明らかに怯えた。昔のことを思い出したのかも知れない。
睨み付ける目つきに変わりはなかったが、その目の端にはうっすらと涙が浮かび始めている。
「私は君のことが好きだ。君のことをもう一人の息子のように思っている。だからこそ、君に人殺しをさせたくないんだ」
「そんなのウソだ! 俺がどれだけ・・・どれだけ多くの人間を殺してきたかを知らないからそんな事が言えるんだ! きっと、知ればあんたも俺を嫌うに決まってる!!」
「確かに私は君の事をよくは知らない。だけど、知ってる所はすべて好きなんだ! 君はこのままの暮らしをしていてはいけない。私と・・・一緒に行こう! 今日からは私が君を守ってやる。だから!」
私は必死だった。このままずっとここにいれば、この子はきっと不幸になるとわかっていたから・・・。
すると、今まで頑ななまでに構えていた少年に変化が現れた。
「俺・・・本当に、おじさんの所に行ってもいいの?」
少年は不安そうな目をして、すがるように私に尋ねた。
「ああ・・・。君は私の命の恩人でもあるのだからね。何も気兼ねは要らないよ。私の息子になっておくれ・・・」
少年は私に抱きつくと大声を上げて泣いた。
三年の長きに亘る間、ずっと押し殺してきた感情を、今ここで解放するかのように泣いたのだった・・・。
「そう言えば、まだお互いに名前を教えてはいなかったな・・・。私の名前はアルハイム。君はの名は?」
「俺は・・・」
「父さん、兄さんから手紙が来たって本当?」
「ああ。ホレ、この通りだ」
書斎の扉を元気よく開けて入って来た息子に、私は手紙を振って見せた。
「あ、見せて見せて、見せてよぉ!」
「後でな。今はまだ父さんが呼んでいるから・・・」
「ちぇっ!!」
するとまたしても、今度は幾分大人しく、扉を開けて入って来た娘が、兄のそんな様子を見てクスクスと笑った。
「ちい兄様ったら、本当におお兄様の事が好きなのね!」
「何だよエルシィ。お前だって兄さんがいなくて寂しいって言ってたじゃないか・・・」
「そんなこと! もう昔の事ですわちい兄様。エルシィはもう十二歳ですもの。いつまでも子供じゃありません♪」
「そんな事言って、この間、兄さんが帰って来ないからって母さんに泣きついていたのは誰だったかなぁ・・・?」
「ひどぉい! ちい兄様ったらそんな事ばかり言うんですもの。ちい兄様なんて嫌いよ!」
「別にいいもんね。兄さんさえいてくれれば、お前なんていらないよぉだ♪」
「ひどいわ!!」
「・・・二人とも静かにしないか。二人がそんなに子供のままだとあの子に笑われてしまうよ」
「そうですよ二人とも。マークももう十五歳なんだから少しは大人しくしなさい。それにエルシィも、そんな風ではあなたの大好きなおお兄様にお茶へ誘ってはもらえないわよ」
人数分のティーカップに紅茶を入れて持ってきた母・ターニャの一言に、二人は大いに慌てた。
「ええ~!?」
「そんなぁ・・・」
二人が二人ともシュンとなるのを横目に見ていたこの子達の父である私、アルハイムはついつい嬉しくなってしまった。
あの子の事をこんなにも慕う姿は見ていて微笑ましかったのだ。
「それであなた、あの子は今どの辺にいるのですか? ちゃんと食べてますか? 放っておくと何も食べない子なんですから・・・」
「私に聞かれてもわからんよ。ただ、今はサガラ=アズマの首都ジョーフで復興作業を手伝っているらしい・・・」
「ええっ、兄さんが力仕事ぉ!?」
「おお兄様が筋肉ムキムキになってたら、私イヤですぅ!」
二人とも、それぞれに驚いた様子で叫んだ。
「力仕事とは限らないよ。それにあの子には別の『力』がある。どうもその『力』を活かして、随分と活躍しているみたいだよ。私も商談先で噂を聞いたんだが、イティーナから能力者達を大勢引き抜いて、彼らと共にシャガラ=アズマに貢献している人物というのも、どうやらあの子のようでもあるしね・・・」
「すっげぇ~!!」
「おお兄様、カッコイイ!」
「そうですか。それならあの子もちゃんと暮らせているみたいですね・・・。ホッとしましたわ」
心底胸を撫で下ろしたかのような妻の姿を嬉しく思いながらも、私は別の意味で人知れず胸を撫で下ろしていた。
(あの子は・・・『力』で作った罪の償いを、『力』を使って行っているのだ・・・)
「兄さん、いつになったら帰ってくるのかなぁ・・・」
「早く帰ってきて欲しい・・・」
二人は寂しそうに呟いた。
あの子がこの家を出て、もう五年になる。
最初の二、三年こそ、たまには帰って来たものだったが、最近ではめっきり家に帰って来なくなった。
たまに来る便りだけが無事でいるという証拠だった。
こうして手紙が来る度に、あの子にとってもここでの暮らしは決して悪いものではなかった、むしろ大切な時間になっているのだなと思い、私は胸が一杯になった。
(たまには帰って来て酒でもつきあえ、この、バカ息子が・・・)
八年前、初めて出会った少年は、今では私にとっても家族にとってもかけがえのない存在になっていた。
あの子が本当に『風』ならば、いずれはこちらに吹く日もあろう。
そしてその日は、そう遠くない未来にあるかも知れない・・・。




