3.恋しき人に捧ぐ旋律(2)
それから数日が立ち、珍しく霊銃士のライアスがフェレルの所にやって来た。
「・・・今、ちょっといいか?」
珍しい顔を見てフェレルは仕事を中断し、ライアスの後についていった。
人気のない所まで来ると、ライアスは適当な所に腰を下ろし、フェレルの顔を見た。
「フェレル、・・・フィリアと何かあったのか?」
フェレルはビクッと体を震わせたが、結局、「いや、別に」と言って首を横に振った。 何かあったなと思いつつもライアスはフェレルを刺激しないように話しかける。
「そうか。いや、ならいいんだ。ただちょっと、ここの所フィリアが妙に落ち込んでいるもんでフェレルならその原因が何か知ってるかと思ってつい、な。邪魔して悪かったな、それじゃ・・・」
ライアスがそう言って立ち去ろうとすると、フェレルが彼を呼び止めた。
「ライアス、フィリアさんが落ち込んでいるって言うのは・・・その、いつからだ?」
ライアスはとぼけた口調で答える。
「ほんの数日前からさ・・・。ま、オレの気のせいだろうよ。もし心配なら会いに行ってみたらどうだ?」
ライアスは心の中で、何があったか知らねえけれど世話が焼けるぜ、と呟いていた。
しかしフェレルはぐっ、と拳を握りしめると、一言つぶやく。
「・・・行きたいけど・・・行きたいけど、行けない!」
「フェレル?」
ライアスはそんなフェレルの様子をいぶかしく思った。
(ハッ! まさかこいつ、ネンネのフィリアに実はものすごい事をしたんじゃ・・・)
「言って置くけどライアスの考えているような事はしてないからな」
ライアスの想像を一言で看破しつつフェレルは言った。
「ちぇ! じゃあ何があったってんだよ! フィリアが落ち込んでる理由はお前にあるんだろう?」
ライアスはフェレルの目を見据える。獲物を狙う狩人の目だ。
(逃げられない・・・)
そう観念したフェレルは、彼に自分の悩みを聞いてもらう事にした。
「なぁ・・・、人を好きになるって、本気で恋をするってどんな感じだ?」
「はぁ!?」
訳が分からなかったが、とりあえず恥ずかしいセリフだった事だけは確かだった。
「私は・・・どこかおかしいのかも知れない」
「そう言ってる内は正常だろ。なぁ、お前はいったい何が言いたいんだよ。仮にも物書きを名乗っているならもうちょっとわかりやすく言えよ!」
身も蓋もなく、厳しい一言がフェレルを貫いた。
「私は・・・フィリアが好きだと思っていた・・・。しかし最近では、どうもよく・・・わからなくなってきたんだ」
「どういう事だよ?」
フェレルは苦笑する。
「彼女の事を思うと・・・胸が躍る。ワクワクする。だがそれとは別に、何故だか彼女を遠ざけたいと思う自分もいるんだ・・・」
ライアスは黙って聞いていた。
「信じられないよ・・・。私は今まで、本当に好きならずっと側にいたいと思うのが普通だと思っていたんだ。でも今の私は違う! 彼女の事を考えると、私は冷静ではいられなくなる。自らの手で、自分の人生をつぶしているようにも思えて、私にはそれが耐えられない・・・。彼女を誰よりも愛しく思う気持ちと同じだけ、私は全てのしがらみから解放されたいと願っている! 彼女の事が大切だけれど、彼女が一番には決してならないんだ! だから・・・」
「何ビビッてんだよ、フェレル」
いささか興奮気味のフェレルに、ライアスがポツリと言った。
片手で頭をかき乱しながら、ライアスははっきりと告げた。
「お前、今のままじゃあ一生一人だぜ・・・」
その一言に、フェレルは大きなショックを受けた。ライアスは続ける。
「女の前でカッコつけたいっていうお前の気持ちはオレにもよくわかる。けどな、いつまでもカッコよくいられるわけじゃねぇんだ。いつかきっとボロが出る・・・」
「けど・・・」
「まぁ聞けよ。いいか、どんなに取り繕って見せたって、女にはすべてがお見通しなんだよ、これが。女は男がいかに自分を喜ばせようとしているかがわかるから、カッコをつけたがる男の本質にも理解があるんだ。でもな、そんなのもお互いに仲が深まるにつれていらなくなるんだ。一度、女の前で無様な姿をさらしてみな。確かにお前の心を傷つける奴の中には男もいれば、女も大勢いるだろうよ。でもな、そんな傷ついた心を癒してくれるのもまた、おんなじ『女』なんだぜ・・・。オレは、その時に抱いた気持ちこそが、『愛』ってやつなんだと思うぜ・・・」
ライアスは、慣れぬこっぱずかしいセリフの為に、顔面真っ赤であった。
フェレルはそれにはかまわず少しだけ考え込んだ。
確かに今までの自分はカッコをつけて生きてきたと思う。そんな自分こそ、まさしく「お遊戯としての恋愛」しか知らずにいた事に、今、はっきりと気づかされた。
人を愛するというのは決してきれい事ではない。スマートな恋愛ほど、互いを結びつけている絆は薄い。
「男と女なんて磁石みたいなもんさ。二つあるから反発もするしくっつきもする。でも、だからと言ってそれで自分の中身が変わるわけではないだろう? 所詮、磁石は磁石さ。それにオレ達は磁石じゃない、人間なんだ。一度くらい反発したからと言って永久にそのままの状態が続く訳じゃないんだ。時が経てば反発していた分も含めて、前よりももっと強くお互いを必要とするようになるさ。
今がダメなら明日、明日がダメなら明後日、その次の日と、気長に待って見ろよ。でもただ待ってるだけじゃあダメだぜ! 時には強引にいく事も忘れるな。小さな事でも波紋は大きく広がっていくものだからな!!」
「ライアス・・・」
ライアスは相変わらず照れたようにして、フェレルに背中を向けてしまった。
「弧の人は 人に恋して 人に請う 弧の気持ちは 恋なるものかと」
「? 何だよそりゃ?」
ライアスはその、何かの呪文のようなフェレルの言葉を、振り向いて尋ねる。
「サガラ=アズマに伝わる独特の形態の詩で『短歌』というものさ」
「で、内容は?」
「初めて人に恋をした一人の若者が、人にそれと教えられて初めて恋だと気づくという、ごくありきたりな内容さ」
「それって、もしかしてお前が作ったやつじゃないのか?」
「心ある者 名を知らぬ者 心よき者 名を聞かぬ者 心なき者 名ばかりの者」
「今度は何だよ?」
ライアスは再び尋ねた。
「真に風流な人とはその名を知らなくても美しいと思える人、心がけの良い人とはやたらに名前を聞かない人の事、そして雑で雅でない人とは名前ばかりを知っていてその美しさを知らない人って事。また、この歌には君子の在り方も含まれていて、真に徳のある人は有名じゃないし、真に優しい人はその名を聞かないし、心がけが悪い人は悪名ばかりが耳に入ってその行いを知らないとも言っているのさ」
「つまりは野暮なことは聞くなってか? それならそうとはっきり言え!」
ライアスがふてくされて文句を言う。
するとフェレルは、
「仮にも私が物書きだと言ったのは君だろライアス? だから物書きらしく答えただけだよ・・・」
そう言って『してやったり』という風に笑ったのだった。
それからしばらくしてフェレルは、フィリアの働く救護用テントに姿を現した。
「あら、フェレル?」
その姿に気づいたレーレが、驚いて彼の所にやって来た。
フェレルがレーレに耳打ちすると、レーレは頷いてフィリアの方へと走っていった。
フィリアはフェレルが来た事にも気づかぬまま、ケガ人に包帯を巻いていた。
「代わるわフィリア、お客さんよ!」
そう言われてフィリアがレーレの方を見ると、その肩越しにフェレルの姿を見つけた。
「ここんとこ塞ぎ込んでいたのはあいつのせいでしょ!? 今日は私が代わりにやるから行って来なよ。その代わり今度の休日は、私、二連休だからね!」
片目でウインクをしてからレーレはフィリアにそう宣言した。
少しの間考え込んでいたフィリアは、結局の所、レーレの好意に甘える事にした。
「ごめんね、仕事の邪魔をして・・・」
「いいえ、そんな事は・・・」
二人はテーブルを間に挟んで向かい合わせに座った。
フェレルの前には琥珀色をした飲み物が入ったティーカップが、フィリアの前には香りのよい紅茶が入ったティーカップが置かれていた。
「今日フィリアに会いに来たのは他でもない。この間のお詫びと、そして私の決心を聞いてもらう為なんだ」
「決心・・・!? もしかしてまたイティーナへ?」
フィリアが少し不安そうに顔を上げた。
フィリアは先日以来、自分が何か、フェレルを傷つけるような事をしたのではないかと、その事ばかり考えていた。
だから、気まずくなったフェレルがその事を理由に、また行方をくらませるのではないかと、そう思ったのだ。
「弧の人は 人に恋して 人に請う 弧の気持ちは 恋なるものかと」
フェレルはライアスに告げた一言をフィリアにも告げた。
「この間、人と会ってはっきりと教えられたよ。しっかりと聞いてほしいフィリア。一度しか言わないから。
・・・私は君に恋をしている。おそらくはこれからもずっと・・・」
テーブルの上のティーカップが、音をたてて揺れた。
フィリアはフェレルの突然の一言に戸惑いを隠せない。
フェレルはそのままの口調で続けた。
「君が誰を好きでもかまわない。君に嫌われたとしても諦めない。憎しみも愛の一つの形であり、愛も時には憎しみに変わることを身をもって知っているから・・・。だからこれだけは覚えていてくれ。私はフィリアの恋人だ。もう、恋人候補に甘んじたりはしない。だけど私は変わらないよ。あくまで今まで通りの私でいく。周りに吹聴したりもしない。決めるのは君だし、本当の恋人同士になったなら、自然と世間から認められるはずだから・・・」
「で、でも私・・・」
顔を赤らめて恥じらいつつも、フィリアは何かを訴えようとしていた。しかし、言葉がうまく並んでくれなかった。
「言っただろう? これは私の『決心』だと・・・。よく考えてみたらさ、恋人になる前と後とで急に態度が変わるのはヘンだと思ったんだ。人間、そんなに急に優しくなったりできるものではないと思うしね。まぁ、中にはずっと素直になれなくて、告白をきっかけに素直に優しくできるようになった人もいるみたいだけどさ。もちろん、急に冷たくなると言うのは問題外だし・・・。
そう考えていく内に、別に恋人同士って言うのは特別何かあるって訳でもないという風に思えてきたんだ。要は、今まで二人の間にあった関係に、当人達の恋の自覚が加わるだけでさ・・・」
「・・・・・・」
フィリアは考え込んでいた。
そしてフェレルはそんなフィリアをやっぱり愛しいと思っていた。
「本当はね、この間君の前から逃げ出したのも、君に恋をしていたからだったのさ」
「? どういう事です?」
フィリアにはよくわからない。
「君のことを意識する余り、私は君に私の事を知られるのを恐れたんだ。要するに自意識過剰になっていたのさ。君に嫌われたくないと思いつつ、それでも君の側にずっと居たくて、その結果、自己矛盾を引き起こして暴走してしまったのさ。でも悪いのは君じゃない。『好きだ』とはっきり告げられずにいた、意気地の無かった私が悪いんだ・・・」
「・・・そうですか・・・」
フィリアは来た時よりもずっと沈んだ表情をしていた。
恋を知らずに育ってきた娘としては、赤裸々に告げられたその心の真実はあまりに大きな衝撃だったのだ。
フェレルはおもむろに腰に差したままの横笛を引き抜くと、それを静かに吹き始めた。
優しい、心に染みいるような旋律が、そう広くもない店内に高く低く広がっていく。
フェレルは答えを聞かなかった。
今はただ、目の前のこの愛しい人のために、その心が癒されるように願いつつ笛を吹くのみであった。
シャガラ=アズマの伝承の一つに、『古来より、横笛は人の魂を震わす』というものがあった事をフェレルは思い出した。
今フェレルは、この愛しき人の震える魂に一つの旋律を与える為に、無心となってその横笛を吹いていた。
二つの魂が反発しながらも寄り添って、妙なる音色を奏でながら、はるか天空の高みにまで届くようにと祈りながら・・・。
3話目終了です。




