3.恋しき人に捧ぐ旋律(1)
3話目です。2部構成です
一日の終わりの夕暮れ時、フェレルは一人、物思いに耽っていた。
少し前までは、夕暮れ時に物思うのは、今は無き憧れの女性を偲ぶ気持ちからであった。 しかし今は、その中にもう一人、フェレルの心を大きく占めている女性がいた。
黄金を梳いたような髪、紫水晶よりも深く濃い色合いの美しい瞳、整った顔立ちに包み込むような優しさを持った女性。
フェレルにしては珍しく、本気で好きになった女性。
フィリア。それが彼女の名前だった・・・。
出会ったばかりの頃は単純だった。美しいから好きになり、一時の恋の戯れを楽しむつもりであった。
だがその思いは、いつしか本気の恋へと変わっていった。
彼女を強く意識すると、彼の心はひどく騒いだ。
同時に、彼女に対する劣等感さえも激しく感じたものだった。
未だ人を恋する事を知らぬ清らかな乙女を相手にフェレルは焦り、焦りは彼をイティーナへと駆り立てた。
親しき者とていない土地。それだけならば、十年前の『あの日』から、もはや慣れっこであった。
だがこの時のフェレルは、恋に狂う余りに己の力を放棄した!
その為にフェレルは、かつて味わった事のない、自分との戦いに苦しむ事となる・・・。
追いつめられたフェレルは段々に心を荒ませていく。
しかし世界はそんな彼に、その広大無辺の働きを示した。
人間一人がどうあがこうと、変わることのない自然の摂理。
強大な力を保持しつつも、人間達を支配しようなどと考えない大いなる自然。
自然はフェレルに、『すべての物にはそれぞれ役割がある。その為の力だ』と優しく教え諭しているかのようでもあった。
流れゆく雲を見つめ、吹き抜ける風を感じているうちにフェレルは、心のわだかまりがどんどん小さくなって消えていくのを感じていた。
一つの壁を乗り越えたフェレルは、まさしく生き返ったような気がしていた。
そうしてフェレルは再びサガラ=アズマの土を踏む事となり、愛する人と語り合えるような日々を取り戻していた。
もっとも、フェレルもフィリアも忙しい日々に追われ、滅多にそんな機会はありはしなかったが。
だから彼はこうして一人で物思いに耽る。夕暮れ時は彼にとっては神聖な時間。誰にも何も告げる事なく姿を消す。
一人になって彼女を思う。しかし彼は今、迷っていた。
彼は、今まで変わることなく持ち続けていたフィリアへの思いに初めて疑問を抱き始めていた。
フェレルは最近、フィリアに対して大きく、そして強くなったこの感情を持て余すようになっていた。
フィリアを『欲しい』と強く思う一方で、冷めた自分がはっきりと告げる。
『そんな女はいらない』
そう告げてくるもう一人の自分の存在にも、フェレルははっきりと気づかされた。
だからフェレルは最近の夕暮れ時を『診断』に当てることにしていた。
恋する程に、深まる程に、それを否定する気持ちも強くなる・・・。
「うああああっっっ!!」
形にならない胸の思いを、フェレルは獣のように吠え叫ぶ事で共生させていた・・・。
ある晴れた日
フィリアは久々に休日を得ていた。
放っておくと働き詰めになりがちなフィリアの健康管理は、いつしか、共に同じ場所で働くレーレの『もう一つの仕事』になっていた。
生まれつき世話好きなレーレは、大切な親友のことを思い、よく彼女の仕事を代替わりした。
もちろん、自分の健康についてはしっかりと休息をとることで守っていた。
今回の休みは別段休息をさせる為ではなくて、久しぶりにフェレルに会いに行ってみてはどうかと、レーレが余計な気を回した結果であった。
フィリアはそんな親友の心遣いを複雑な気持ちで受け止めながらも、レーレの親切を無駄にしないために、レーレに感謝をしつつ休みを取った。
そう言えば、ここしばらくゆっくりと話す事も無かったな、とフィリア自身もそう思い、天気もいいことだしと彼に会いに行くことに決めたのであった。
フェレルがいるはずの最貧民地区に来ると、フィリアはすぐに子供達に声を掛けた。
以前にレーレが言っていた通り、子供達は、例えフェレルがどこにいても、その独自のネットワークと勘ですぐに見つけだすのだった。
その事はひとえに、フェレルが子供達と過ごす時間がいかに長いかという事も示していた。
子供達から居場所を聞いたフィリアは、のんびりとした足取りで、働く人達に声を掛けつつ歩いていった。
その日はちょうどフェレルの休日であり、フェレルは街外れの大きな木の下で寝そべっていた。
フィリアは心の中で、あの赤毛のお節介屋さんに少しだけ感謝の言葉を述べていた。
「・・・・・あれ!? フィリア・・・」
「こんにちは」
フィリアがフェレルの側近くまでやって来ると、フェレルは体を起こして木の幹に寄り掛かった。
フィリアもフェレルの隣に並んで腰を下ろす。
「なんだか、こうしてお話しするのも久しぶりですね・・・」
フィリアは片手で髪を掻き上げながらそう言った。
「そ、そうだね」
今のフェレルはそんな仕草の一つにもドギマギしていた。
「? どうかしましたか?」
そんなフェレルの心境も知らずにフィリアは尋ねる。
「い、いやべつに」
「変なフェレル・・・」
フィリアはクスクスと笑う。
こうして二人は太陽が天高く差し掛かるまで、楽しく話したのであった。
「あら? もうお昼ですね」
話に夢中になっていたフィリアはふと気づく。
「あ、そうだね」
フェレルもまた、言われて初めてそれに気づいた。
「・・・せっかくのお天気でしたのに・・・。お弁当、持ってくればよかった・・・」
少しスネたように言ったフィリアに、フェレルは明るい声で言う。
「まあまあ・・・。また今度の時にでも、今日の分を取り返すくらいにいっぱい持ってくればいいじゃないか?」
「・・・フェレルが責任を持ってちゃあんと食べてくれると言うのなら用意しますけど?」 少しだけ意地悪そうな笑顔を浮かべてフィリアが言った。
「人間やっぱり腹八分がいいよね。健康的だし・・・」
フェレルは引きつった笑顔でそう答えた。
さすがにサガラ=アズマの首都だけあって、ジョーフの復興は日が進むにつれて確実に進んでいた。中心部はもうすっかりと昔の街並みを取り戻しつつあった。
フェレルとフィリアは適当な目星をつけて、一軒の店に入った。
それぞれにメニューを選んで注文すると、テーブルの上には徐々に料理を載せた皿が並べられていった。
二人はそこでも楽しく会話を進める事ができた。
その間にも、多くの人がフィリアに、多くの乙女がフェレルに、気軽に挨拶をしていった。
「・・・相変わらず、女性に人気があるようですねフェレル?」
フィリアがからかうようにフェレルを見る。
「すれ違う女性に声を掛けるのは礼儀だからね・・・」
フェレルはクスクス笑って返した。
「たとえそうでも、女の子を弄ぶような事はしちゃダメですよ」
そう言ってしっかりフィリアは釘を刺す。
「そんな事はしないよ。なぜなら私はおんりぃフィリアだから」
「舌が二枚もあると絡まりません?」
「右手と左手が絡まったなんて話は聞いた事はないだろう?」
フィリアは黙ってジト目で睨む。
フェレルは苦笑した。
「・・・大丈夫。手を出したりはしないよ。彼女たちは恋に恋しているだけさ。憧れから生まれた恋では幸せにはなれないからね・・・。手を出さない事も愛情の一つだと思っているよ」
その言葉は、彼自身にも心深く響いた。
(憧れから生まれた恋では幸せにはなれない、か・・・)
フェレルは内心で自嘲していた。
そんな、僅かに見せたフェレルの苦悩の表情を、しかしフィリアは見逃さなかった。
「・・・何か悩んでいるのですか、フェレル?」
フィリアのその一言にハッと気が付き、フェレルは明るい声で笑った。
「へ!? やだなぁ、何も悩んでなんかいないよフィリア」
そう言って笑おうとしたフェレルの顔を、フィリアは真っ直ぐに見つめていた。
紫水晶よりも深く、美しいその瞳で・・・。
フェレルは、フィリアに心のすべてを見透かされていしまいそうな気がして、思わず彼女から目をそらしてしまう。
フィリアはその様子から、確かにフェレルは何かを悩んでいると確信した。
「・・・話してみませんか?、もしかしたらお役に立てるかも知れませんし・・・」
フィリアはあくまで変わらずに優しい。そんなフィリアにたまらなく惹かれていくが、それとは別に彼の中で、もう一つの心が目覚めはじめた。
「・・・何でもないんだ」
「そうは見えません! もし本当に何でもないならどうしてそんなに暗い顔をしてるのですか?」
「本当に何でもないんだ! もう放って置いてくれ!!」
店の中に気まずい沈黙が降りる。
「・・・フェレル・・・」
フィリアがいたわるようにフェレルの名前を呼んだ。
フェレルはフィリアにすがりつきたいという欲望を抑えて席を立つ。
(ダメだ! こんなのは私じゃない!! 私が・・・狂う。狂ってしまう、このままではっ!!)
フェレルは突如、頭を抱えて呻き始める。
「フェレル!」
フィリアはフェレルを宥めようとして、その手がフェレルの肩に触れた。
すると、フェレルは途端にその手を払い、一気に店の外へ走り出した。
「フェレルさん!!」
店の外に出た後も、落ち着くどころかフェレルは風魔法までも駆使して、全力で駆けて行った。
(どうしてしまったっんだ、私は!!)
フェレルは涙も見せずに泣いていた・・・。




