2.自由な風のように(2)
それから一ヶ月も経つと、さすがにフィリアも少しだけ気になり始めていた。
レーレはフェレルの事については一言も口にしなかったし、フィリア自身も何となく躊躇して、尋ねることができなかった。
彼もまた、優れた魔法使いであるのだから、どこかでその力を活かして仕事をしているのだろうと思い、それらしい所を用事のついでに見て回ったのだが、姿はない。
笛が得意だったからと、酒場を覗いてみたりもしたのだが、やはりいなかった。
それとなく仲間達やレーレ達に尋ねてみても、フェレルの居場所はおろか、見かけた者もいなかった。
(・・・どこに行ってしまったのだろう・・・)
更に一ヶ月が経っても、彼も、彼の愛猫も、そして笛の音すらも見つからなかった。
(もしや、ここでも暮らしていけないからと言って他の国に行ってしまったのでは?)
あの時のフェレルの事を思い出し、フィリアはそう思い込もうとしていた。
しかしフィリアにはそれが出来なかった。その理由もわからなかったが・・・。
手がかりが欲しくてフィリアは、レーレにイティーナでの話を聞いた。
「別に・・・そんなに辛くはなかったよ。能力を使わず普通に暮らせばいいんだもの。逆に悪党も迂闊に力を使えないから、数で攻めれば何とかなったしね。今は何処に行っても苦しいのはわかっていたから取り分けて不幸とは思わなかったなぁ・・・そう、フェレルに会うまではね!」
レーレの口からフェレルの名前が出た事に、フィリアは少なからず驚いた。
「彼と初めて会ったのは・・・酒場だから夕飯時かな。当時って言うかその時のフェレルって、酒場で夕食と宿を与えてもらう代わりにステージで笛を吹いていたんだ」
「昼間は何か仕事をしていなかったのですか?」
フィリアがそう尋ねると、レーレは首を横に振った。
「苦しくなかった・・・といっても貧しい事には違いないしね。ごくたまに肉体労働の口が空く以外は、余所から来たフェレルに仕事なんて無かったんだよ」
(なんて事だろう!)
フィリアはあの時のフェレルの言葉を思い出し、その裏に隠されていた意味を悟った。
レーレは話し続ける。
「私は酒場で給仕をしていたから自然とうち解けてね。いろんな事を話したものよ・・・。あなたの事も話に聞いて知っていたわ。まるで自分の事のようにあなたの事を自慢するのよ。目の前にこぉんな美人がいるのにさ! 本当はちょっといいカナ? なんて思ったりしたけどすぐにやめたわ。あんなに失礼な男、見たこと無いもの!!」
フィリアにはその時の様子が何となく想像ができた。彼は以前、自分の前でも憧れていた女性について熱く語った事があったから・・・。
ただ、今回はそれが自分についてだったと聞いて、フィリアは恥ずかしいと思いつつもちょっぴり嬉しくもあった。
「それで自分が能力者だと告白されて、最初は焦ったけど、ばれないように風の魔法を弱く使って見せたものだから、この人は本当の事を言ってると思って、私もそうだと言ったわ」
「危険なことを・・・」
「でも確かに収穫だったはずよ。それに・・・あのときの彼は疲れていた。自暴自棄になりかけていたわ。詳しくは聞かなかったけれど、彼は昔から『風』を生活の一部として使ってきたから、それを失ってみて初めて、その力の大切さを感じたと言っていた」
そうかも知れない、とフィリアは思った。
特に彼の一族は『風』に固執する余り滅んでしまったと言うほど。その中で幼少の頃を過ごしたフェレルに取っては、まさしく四肢をもがれたような思いがしただろう。
(自分はこの力で多くの者を傷つけてきた。敵わない者と退治して、更に強く力を求めた。まるで自分が悪い鬼にでもなっていくかのようで、それがとても怖くて逃げ出してきた・・・。力の恐怖を克服するのではなく逃げ出したんだ! その結果、残ったものと言えば我が身一つ。一族も私も、より自分を高める為だけに本来持っている力を捨ててきたのに!・・・望んでも手に入らないと言うなら、憎んでしまうよ私は・・・!)
「そして最後に『もう何も望まない・・・』と一言残してフェレルは姿を消したわ・・・」
その言葉に、フィリアは恐怖を感じた。
(もしかしたら、彼は私が受け入れようとしなかったから・・・それで絶望してどこかへ!?)
フィリアはあの時、確かに疲れていた。休みたかった。
連日運び込まれるケガ人達。病に苦しむ人々。できる限り多くの人を助けたくて、我を忘れて働いていた。
そこへ、変わらぬ姿でフェレルが帰ってきた。それでつい、心が緩んでしまったのだ。
わざわざ探して私に会いに来てくれたのに、私はあの人をなじり、不満をぶつける事で自らの心の健康を取り戻したのだ!
(疲れていたのは私だけじゃないのに・・・!)
フィリアは泣いてしまいたかった。泣いて全てを忘れたかった。
しかしそうならないよう自らに戒めつつ、レーレに話の続きを促した。
「それから一週間位たった頃、フェレルが再び姿を現したのよ。私、もしかしたら自棄になって能力を使った所を騎士団に見つかって連れてかれたかと思っていたからどこに行っていたのか聞いたの。そしたら彼、ニカッと笑って『土木工事現場で欠員が出たから働きに』なんて言ったのよ!? あんまり小憎たらしいから思わずぶん殴っちゃったわよ!」
その時の事を思い出してか、レーレは笑いながら殴るフリをした。
「結局そのお金もその日のうちにみんなでワイワイ騒いで使っちゃって・・・。でも楽しかったぁ。ひとしきり騒いだらこっちまで元気になっちゃったわよ。それからよね、フェレルが変わったのは・・・」
「え!?」
フィリアは思わず聞き間違えたかと思ってしまった。それほど彼女にとって意外な言葉であった。
(一体どこが変わったというのだろう?)
「なんだか・・・急に元気になって、バレないと踏んだらどんどん力を使ってさ。騎士団に内緒でたくさんの人を助けたわよフェレルは! 報酬は口止め料とチャラのただ働き。なのにすごくイキイキしてさ。そのうち私やここに来た仲間達も含めた大勢で、いろいろ悪知恵働かせてさ。でもさすがに騎士団もバカじゃなくって、気づき始めたものだから少しずつ、時間をかけてこの国に移ることにしたのよ。大勢で動くと一斉に検挙される恐れがあるからってね」
「それじゃあ、あなた達の他にもまだ来る人がいるんですか?」
「私達が来る時までで三グループに分かれていたけど、もしかしたら増えてるかもね。何と言っても私達、フェレルのせいで国じゃあきっとブラックリスト入りよ!」
言ってる事の内容ほどに重く感じられないのは、きっとフェレルの影響だろうとフィリアは思った。
もっとも、そのせいでフィリアはフェレルを誤解したのだが・・・。
話を詳しく聞いた今、フィリアはフェレルに会いたかった。会って何をするのかわからなかったが、とにかく会いたかった!
「フェレルを探すつもりなら子供に聞いてご覧なさい! 最も貧しい人達の中の子供に。大人に聞くより手間が省けるわよ」
その一言でフィリアは、レーレ達が何故、フェレルの事を心配していなかったのか納得した。
(会おうと思えばすぐ会える)
そう、彼らには確信があったのだ。彼らはそこにいると!
フィリアは迷わず、最貧民地区へと向かった。
「よーし、どれどれ・・・ここはこうして、ここをこう・・・」
フェレルは土魔法の『地手』を使い石を積み上げていた。
適当な高さまで積み上げると、それを灼熱の炎であぶる。
石と石の間には小石が詰められ、炎をうけて小石が熔ける。
右の壁を作った後、湿気を含ませた風を吹き付けて冷やすという一連の動作を四回行い、その上に屋根を乗せる。
ひどく不格好で雑な形であったが、仮初めの家が完成する。
「しばらくは辛くてもこれで我慢してください。その代わり、私に出来ることなら可能な限り手伝いますから・・・」
「ありがとうございます。ありがとうございます・・・」
「いいっていいって。よし、次行こうかぁ!」
『おおっ!!』
フェレルの掛け声に子供達が一斉に声を上げる。
彼らはフェレルに取って重要なパートナーであった。
小さい体で一生懸命働いてくれる子供達に、フェレルはいつも感謝していた。
「次はマルクトさんの家だったな。よーしみんな、もう一頑張りして使えそうな板を探してきてくれないか?」
『ハーイ!』
子供達は散り散りに駆けて行く。フェレルは彼らを見送りマルクトさんの家に向かおうとした。
「お兄ちゃーん!」
するとその時後ろから声がした。
「なんだぁ、どうした・・・・」
フェレルが振り向いた先には、一人の少年に手を引かれるようにしてこちらに向かい歩いてくるフィリアの姿があった。
「・・・フィリア・・・」
「やっと見つけましたよ、フェレル」
彼女は微笑みながらそう言った。




