2.自由な風のように(1)
2話目になります。3部構成です
その日、サガラ=アズマは澄んだ青空を見せ、風は肌に心地よく吹いていた。
白鬼王との戦いから、もはや三カ月以上が経とうとしている。
首都ジョーフは、未だ復興作業と難民処理に追われる日々を続けていた。
「お怪我の具合はどうですか?」
そんな中、ルーンマスターの称号を持つフィリアは、先の戦いにおいても高く評価された救済活動に従事していた。
すべての人に家が与えられたわけではないので、当然の事ながら多くの冒険者達は屋外で暮らしている。フィリアもまた、「うごきやすさ」の点から、城内に用意された一室ではなくこちらで生活を続けていた。
何しろ、世界中が傷つき、苦しんだ時代だったのだ・・・。
「すいません、ちょっとお伺いしたいのですが・・・」
井戸から水を汲み上げていたその女は、仕事の途中に声を掛けてきた相手に対し多少の怒りを覚えつつ振り向いた。
しかしそんな小さな怒りは、突然の期待と興奮感に打ち消された。
髪はざんばら、格好もまた旅の間吹きさらされて埃まみれ。しかしその若者の顔はよく整っていて、その瞳は穏やかで優しい。
若者は形のよい唇を微笑みに変えると、女に尋ねた。
「フィリア・・・、彼女に会いたいのですが今どこに?」
彼が尋ねてきた時、フィリアは復興作業中に大けがをした男の治療に当たっていた。
彼女が右手を患部にかざすと、男は不思議と暖かい波動を感じ、痛みが引いていくのがはっきりとわかった。
「ふう・・・。はい、もう大丈夫ですよ!」
フィリアが男にニッコリと微笑みかけると、男は子供のようにはしゃいだ。
「あ、まだ動いちゃダメですよ! しばらくは大人しくしていて下さいね!!」
窘められた男はおとなしく座り直し、フィリアの手を取って深く深く感謝の言葉を述べた。
「いいんですよ。これが私の仕事ですもの・・・。それじゃあ次の方は・・・」
「相変わらず、お優しいですねフィリア・・・」
突如、後ろからした声にフィリアは驚き、慌てて振り向くと、そこには数人の男女が立っていた。そしてその内の一人を、彼女はよく知っていた。
「フェレル・・・さん?」
「お元気そうで何よりですフィリア。あなたの美しさも何ら遜色がない・・・」
「あなたも、相変わらず口が上手ですねフェレル」
「目の前に美人がいるのにここで働かないというのは私の舌としては職務怠慢ですからね」
フィリアはクスクスと笑うと、フェレルの横に座った。
ここは街の中にある広場である。現在はその中心に多くの人と物が集まり、各所に応援が行けるようになっている。
二人は広場の端に植えられている木の下に座り込んでいた。
「・・・かねてより頼まれていた人材の事だけど、私は余り信用が無かったようで・・・。仕方なく少数でも精鋭と言うことになったんだけど・・・いいかな?」
「そんな! ・・・フェレルさんには次いでとはいえ勝手な事を頼みました。本当にありがとうございます・・・」
「まあ、性格的には癖のある奴らばかりだけど、それでも十分に信用に耐えるだけの人格者だと私は判断したよ。特に『赤毛のレーレ』は回復系が得意だし、君の負担も少しは軽くなると思う・・・」
フィリアは先程紹介された中にいた、おそらく年の頃は自分と大差ないであろう赤毛の女性を思いだしていた。
「ところで・・・フェレルさん自身はイティーナで何かを得られましたか?」
「全然! 全くのその日暮らしな生活で、愛するリリスにもう少しで逃げられそうになりましたよ・・・」
フェレルは明るく笑いながら調子よくそう言った。
「・・・そうですか・・・」
フィリアは内心で失望していた。
ここを旅立つ時のフェレルは強気で、自分の行く末を真っ直ぐに見据えていたものだ。
自分は生まれ変わるのだという信念を持っていた。
だからフィリアは、きっとイティーナでの生活は、フェレルをより立派な人間にすることだろうと思っていたのだ。
しかし、やはり日々の暮らしが困窮すると、人はダメになるものなのだろうか?
今のフェレルはただ軽くなっただけに見えた。以前に持っていた重さを失って・・・。
「イティーナではもうこれ以上暮らしていけないと思ったもんですから、こうしてジョーフまで帰って来てしまったよ。ハッハッハ!」
(という事は、この人は辛くなったから逃げてきたというのか? 未だ大勢の難民を抱え、苦しんでいるこのサガラ=アズマに・・・!)
フィリアは突如、自分の中に怒りにも似た感情を覚えた。
それは彼女が知らぬ間にため込んでいた不満が、一気に爆発したかのような激しい衝動であった。
「あなたという人は・・・!! ここに来れば安楽な暮らしが約束されているとでも思っていたのですか!? ここではみんなが苦しんでいるんです。姫様までもが必死になって動いていらっしゃるというのに、あなたはここでのうのうと暮らすつもりでここに戻ってきたのですか?」
「もちろん働くよ。何せお金がスッカラカンだし、食わなきゃ生きていけないしね・・・」
「・・・あなたは何も、何もわかっていない!!」
フィリアは立ち上がると、そそくさと人混みの中に紛れてしまった。
フェレルは黙って、彼女の悲しそうな後ろ姿を送っていた。
フィリアが医療テントに戻ってくると、そこではフェレルが連れてきた能力者たちが、レーレは『力』で、他の者達は薬や包帯を使って治療に当たっていた。
「あ、お帰りフィリア!」
レーレはフィリアに気付くと大きく手を振った。
「これは・・・」
「ああ、これ? まだ私達、着いたばかりで仕事の担当が決まらないって言うし、治療できる人間が少ないって聞いたから、とりあえずここの手伝いから始めたのさ」
そう言ってレーレはニカッと笑う。
もしも髪が女らしい長髪でなかったならば、自分は彼女を少年と見間違えたかも知れない・・・、そう思わせるような笑顔だった。
「でも皆さんお疲れでしょう? 少し休んでから・・・」
「全然平気だよ! それにさ、疲れているのは私達だけじゃあない。イティーナの人間は怠け者だなんて、言われたくないからね!」
「そ、そんな事!」
「アッハハハハハ!」
レーレは大きな声で笑った。年頃の女性としては少したしなみが足りなくも見えたが、その明るい笑い声にみんなの心も明るくなった。
暗くなっていたフィリアの心にも灯がともる。
「さてと、私も手伝います! アゼリカ出身の人間が後ろ指さされたりしたら私の責任になってしまいますからね!!」
「あれ!? あなたここの人じゃないの?」
レーレは心底不思議に思って尋ねた。
「でも私がこの国を選んだのですから、この国の為に働くのは当然でしょう?」
「・・・いいね、それ。気に入ったよ!」
二人はニッコリ笑うとそれぞれテキパキと治療に専念した。
レーレとフィリアはこの時以来、大の仲良しとなり、医療テントの中はいつも明るい空気に包まれるようになった。
他の能力者達も、それぞれにあった仕事を与えられ、イティーナでは使うこともできなかった自分達の力を余す事無く使い、多くの人々から好評を得るようになった。
しかしフェレルはその日以来、フィリアの前に現れる事はなく、フィリアもまた、会いに行こうとはしなかった。
そしていつしか、噂の端にもフェレルの名前が挙がることはなくなっていた・・・。




