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千夜狩猫アーカイヴス  作者: 千夜狩猫
ロファ・サーフェ・アーカイヴス
27/60

10.そして生まれ変わる者たちへ.2

3部構成の第2話目です。

「とりあえず今夜はここに宿を取る事にして、明日にでも『灯の家』に少し顔を出す事にしよう」

薬士のランバートはここ、アルムトゥバルに薬の買い出しに来ていた。

今回入り用になった薬は珍しい物で、それを扱っている店で一番近い所がここだったのである。

「あれ?」

宿に入ろうとしたランバートは夕闇の人混みの中に、カイによく似た人物を見た気がした。

だが、一瞬にしてわからなくなったので、気にせずその店に入る事にした。

「あら、いらっしゃい。お一人様で?」

恰幅がよく、それ以上に人の良さそうな女主人が、ランバートに声を掛けた。

「うん。今夜はここに止まりたいんだけど部屋はあるかな?」

それを聞くと、女主人は嬉しそうに笑った。

「そりゃあもう。あ、おなかは空いてませんか? ちょうど今、夕食を作っている所なんですけど・・・」

「いただくよ。ありがとう」

そこでランバートは空席が無いか見まわした。

店は割りと混んでいて、なかなか席が見つからずにいると、奥まった所のテーブルにフードを目深にかぶった占い師らしき人物が一人で座っているのを見つけた。

「・・・ここ、いいですか?」

「あ、そこは・・・」

ランバートが占い師にそう声を掛けると、女主人は慌てて叫んだ。

しかしその占い師は片手で座るように促した。

怪訝な面もちで女主人を見ながらランバートは椅子に座る。

すると・・・

「・・・こちらを振り向かずに聞いてくれランバート」

突然かけられたその声は、彼にはとても聞き覚えがあった。

(ロファ?)

ランバートは言われた通り、振り向かずに小声で尋ねる。

(すまないランバート。今、おいらは冤罪からアエスタース神殿に追われているんだ)

(冤罪!? どういう事さ?)

そこでロファはランバートに事情を話す。


(そういう事か・・・)

ロファの説明に、ランバートは納得した。

(出て来たのはいいけど家の方が少し気になる。すまないけれどランバート。おいらには会っていない事にして、ちょっと様子を見てきてほしい・・・)

(わかったよロファ。でもそうなると、さっき見たのはやはりカイだったのかな?)

「えっ!?」

思わず声が大きくなったが、幸いにして酒場の喧噪に打ち消されていた。

(カイが? じゃあユエリー達もいるな。なら大丈夫だろうけど・・・)

ロファはしかし、妙な胸騒ぎを感じていた。

(とりあえず僕は明日、『灯の家』に行ってみるよ)

(頼む)

そして会話は途切れた。


辺りがすっかり夜の帳に包まれて、星が瞬き始めた頃、人気のない街の外れでカイは、その男と対峙していた。

「・・・俺はあいにく男より女の方が好きなんだ。追っかけなら他を当たってくれ・・・」

「お前が『死の道化師』か?」

一寸先が見えない暗闇の中にあっても、二人は互いの存在をはっきりと認めていた。

「素直に答えるつもりは無いのだがな」

その言葉が既に、そのまま返事を具現化していた。

「お前の事は、お前とお前の弟・ロファの両親から全部聞いた。弟であるロファをニセモノと呼んで殺そうとしている事もな」

 男はそれを聞くと可笑しそうに笑った。

「ならお前さんは、さしずめあの『弟』の仲間と言った所か? 自分はこそこそどこかに隠れて仲間に解決してもらおうというわけだな。・・・かわいい奴だ」

その言葉とは裏腹に、男の声には殺気が満ちていた。

「あいつは何もしないでも『光』でいられる。俺がどんなに努力をしても『闇』から抜け出せずにいるというのにな・・・」

「だから殺すのか? 殺してどうなる、あいつと入れ替わりで『光』になれるとでも思っているのか? あいつは『光』でいるために絶えず努力をしている。本気で『闇』から抜け出したいと思っていれば案外に抜け出せるものさ。『闇』を抜け出す事よりも『光』でいる事の方が大変だ。『抜け出せない』んじゃなくて、『抜け出したくない』のさ、お前は!!」

カイは厳しく言い放った。

だが男は怒らず、かえって楽しそうに声をだして笑っていた。

思いも寄らぬ反応に、カイの方が動揺する。

「何が可笑しい!!」

逆上しそうになる自分をカイは必死に抑える。

「久々に面白い奴に出会った。その事が嬉しくてつい、な。せっかくの御高説だが、あいつは弟でありながら俺の名を奪い、俺の名を語り、俺の名で生きてきた。同じ血を持ちながらあいつは、俺の名を使って俺という存在を消し去ろうとしてきたんだ!」

「あいつはお前の事など知らない。それにロファの名を付けたのはお前の両親だぞ! あいつの事だ。お前の事を知っていたなら決して自分から『ロファ』を名乗ったりしないさ」

「当然だ! 俺の事を知りつつそう名乗っていたならこんな恩情をかけてやらずに一息で殺しているさ!!」

殺気が一層強まるのを、カイは肌で感じていた。

「温情だと? 弟を殺す事のどこに温情があるんだ!」

 カイが鋭く言い募る。

「温情だ。一回たりとも反撃の機会を与えてやったんだ。後は本人次第なのだからな」

「ふざけるな! 大体にして殺す理由が名前が同じだからだと? 甘ったれんな! 世の中には死人と同じ名を持った『存在しない奴』だっているんだ。そいつらからすりゃお前なんてただの八つ当たり野郎だ!」

男は黙っていたのだが、しばらく考えてから小さく言った。

「・・・・・俺はその方が良かった」

「え!?」

カイは相手の気配が僅かに和らいでいる事に気づいたが、気を緩めはしなかった。

「だがもう誰にも止められない。この『悲劇』は『主役達の死』を望んでいる。そして今はまだ結末でもない。・・・さしずめ『第一の犠牲者』の登場だ!」

その一言に敏感に反応したカイは、小刀を構えると男に向かって素早く投げた。

しかしその小刀は、男の投げたナイフによって叩き落とされる。

 だがその時にはもう、カイは次の行動に移っていた。

持ち前の素早さで一気に距離をつめると、カイは相手の手首を狙う。

それに対し、男は逃げようとも構えようともしていない。

(ふざけるな!)

カイは即座に狙いを肩口に変える。

(その腕ひきちぎってやる!)

 カイの凶刃が男に襲いかかろうとしていたその時・・・、

 キィン!

金属と金属のぶつかりあう音が、カイのすぐ後ろで響きわたる。

「なにっ!?」

そう叫んだ時、ほんの一瞬隙が生まれた。

そして、いつの間にか男の手にはダガーが握られている。

 男の攻撃は逆にカイの左の二の腕を捉えた。

だがこれはカイの好プレーと言えるだろう。

「よくかわした・・・。大した腕だな」

男はダガーを引き抜きつつカイから離れる。

カイは一瞬の隙の後、右に飛んだのだ。

 それによって男の本来の狙いであった心臓はそらしたのだが、避けきれなくて左腕に突き刺さった訳である。

「邪魔が入った。今日はここまでだ。せいぜいあいつを守ってやるんだな!」

「待てぇ!」

カイは右手で再び小刀を投げるが、それもやはり再び空中で叩き落とされた。

「くそぉ!」

男が完全に逃げ去ったことがカイにもわかった。

「カイさん、大丈夫ですか?」

「その声・・・、アレクか?」

 カイが振り向いた先に立っていたのは、シミターを構えた一人の少年だった。

「よかったぁ、間に合って・・・」

アレク・サーフェはシミターを鞘にしまって微笑む。

「久しぶりだな。しかし、あの金属音はいったい何だったんだ?」

そのせいで『死の道化師』を逃したと思っていたので、カイはアレクに尋ねた。

「それが・・・」

アレクは不思議そうに首を傾げる。

「カイさんの首筋を狙ってナイフが飛んでいたんです。後ろには誰もいないし、それもひとりでに浮かび上がって!!」

「・・・何だと?」

 それを聞くとさすがにカイもいぶかしがる。

「確かに叩き落としたのに、何でもない様に・・・」

「浮運? ・・・いや違うな。それでそのナイフは?」

「気がついた時には無くなっていました。何なんでしょう、本当に・・・」

「仕切り直しか・・・」

カイは悔しそうに呟いたが、その反面で、相手と自分との『殺し屋』としての実力の差を思い知らされ、内心で戦慄していた。

「とりあえず怪我を見せて下さい。今回の事件については『灯の家』で聞きますから・・・」


二人が『灯の家』に着きアレクが自己紹介を、カイが怪我の手当を済ませると、全員は大広間に集まった。

そこでカイは、先程の『交渉』について説明した。

「まったく・・・。いい加減に無茶するのはやめてくださいね。いくら一対一だと言ったって、相手は凄腕の殺し屋なのですから・・・」

「俺がやりたくてやったんじゃない。逆にやらなきゃやられてた」

カイは拗ねた子供のようにユエリーにそう言った。

「やられる前にやりなさい! 男の子でしょう?」

ユエリーの隣に座っていたイリスが、それこそ無茶な事を言う。

「あんたの言い方だとロファでも出来るって話になるぜ」

「・・・そうね。世の中にはどんなにあがいても越えられない壁ってあるものよね」

イリスは一人、しんみりと納得するが、それに対してカイは複雑な気分であった。

「それは俺じゃあ奴に勝てないって事か?」

「あなたがロファなんか出すのがいけないのよ。これが他の人だったらまた違ってたわ」

「もう少し二人の漫才を見ていたいところだが、それはまたの機会にする事にして・・・」

さりげなく二人を馬鹿にした形でゼルダが話を変える。

「どうも見聞きした限りで言うと、あの男はロファを、必ずしも殺したいとは思っていないのかも知れない」

「それはおかしいわ。だってあの男は『ロファを殺すこと』を目的にしているわけでしょ?」

ユウがゼルダに反論する。

「いやあの子は、もしロファが『改名』したならば命は取らないと言っていた。もっとも、それにロファが納得するだろうか?それ以上にあなた方が納得しないでしょう。だからこそあの子は『ロファを殺す』方がより確実だと思ったのでしょう・・・」

 グラハムはロファ・兄の行動をそう説明した。

「ところで、その当の被害者たるロファは何処に行ったの?」

シンディの疑問はもっともだったが、それについては最後に出会ったゼルダでさえわからないので行方不明扱いとなる。

「神殿の件は予想外だったのでな。仕方ないので少しの間逃げ回って時間を稼いで貰う事にした。『死の運命』が一体何を指しているのか、それを見極めねばならなかったのでな・・・」

「『死の運命』?」

聞き慣れぬ言葉に、ユエリーはゼルダに尋ねる。

「ま、率直に言えば『いつ、どんな死に方かはわからないが期間限定で、突如、死に直面する』というものだ。期間限定だからそれを過ぎれば大丈夫だと思う」

「何だよ、その『だと思う』って言うのは?」

カイは鋭くゼルダに突っ込む。

「・・・私は、『死の運命』にとらわれながらも助かった人間を知らない。私の実の両親も、義母も、助からなかった・・・」

場の空気が一気に重くなる。

「そんな・・・。でもまだロファは生きてるし、私達は『運命の年』を越えたのよ!そんな『死の運命』なんてたいした事ないわ!私達の手でロファを救いましょ!!」

エリザは力強く、はっきりと言った。

その声に、みんなの表情も明るくなる。

「そうだ! ロファが死ぬなんてあり得ないさ! 第一そんな事、フォルが黙っている筈がない。ロファはフォルを泣かす様な事は決してしない!!」

そのリュウの一言は、今は遠くに離れていても強い絆で結ばれている、一人の少女のイメージによって確信となり、仲間達の心に入り込んでいった。

「フォル、『一つ』の剣の少女か・・・」

一度でいいから、ロファ達が守り抜いたというその少女と話してみたいと、ゼルダは心の中でそう願った。


 次の日の昼前に、神殿より派遣された神官達がアルムトゥバルに到着し、その中の一段が『灯の家』にやって来て、ロファの身柄の引き渡しを要求してきた。

渡す渡さないの口論を繰り広げていると、絨毯に乗ったオルニカ達が到着し、改めて指名手配書が手渡された。

「わかったでちゅね。この男が真犯人でちゅ。手分けして街にはっといて下さいでちゅ」

「し、しかしオルニカ様・・・」

「問答無用でちゅ! 人の命がかかっているでちゅよ。さっさとするでちゅ!」

オルニカの鋭い剣幕に、神官達は渋々と、支配書を片手に去って行った。


「・・・これでおそらくは、今日明日中にでも、ロファはここに帰って来るだろう・・・」

「ほんと、ゼルダお姉さん?」

心の底から喜びをあらわしているユニスの笑顔に微笑んで、ゼルダはユニスの頭をなでる。

「ユニスは正直で良いな」


果たしてその言葉どおり、午後も半ばになった頃、ランバートがある一人の、フードを被った老人を連れて『灯の家』にやって来た。

 二人は家の中に迎えられ、扉が閉じたその途端、老人は着ていたローブを脱ぎ捨てて、本来の姿に戻っていた。

「・・・百面相みたくなってきたなロファ」

「今度、『本物はどれだ!?』でもやろうか、カイ?」

「それはいい。きっと誰も本物がどれかわからないだろうな」

「のんべんだらりとしていて、特徴がないものね、ロファの顔って」

カイの皮肉をロファが冗談で返すと、ゼルダとイリスは絶妙のタイミングで失礼な発言をする。

ここら辺は、やはり流石と言ったところだろう・・・。

そこで初めて、ロファは『家族』の人数が多いことに気が付いた。

「ゼルダはともかく、何でイリスがここにいるんだ?」

「お久しぶりねリシュリタ。ロファに泣かされたりしなかった?フィオもあなたの事をとても心配していたわよ」

 イリスはあからさまにロファを無視すると、義妹(いもうと)であるリシュリタに優しく話しかける。

「わーん、貴族なんてお高くて嫌いだぁ!」

「・・・私も一応、貴族ですからねロファ」

ユエリーの何気ない(フリをした)一言に、ロファの顔は、見ていて滑稽なほどに引きつった。

「あーあ、イリスとユエリーの機嫌を損ねるなんて・・・。自業自得だなロファ」

「・・・がんばれよ」

「キミの心が少しでも長く穏やかでいられるよう、あたしも祈ってあげるからね」

「ちょ、ちょっと待ってよウィックにディクスレイ、それにレイナまで!そんなこと言わないで、おいらを見捨てないでくれよぉ~!!」

どこか哀しげに自分を見る三人に、ロファは悲鳴を上げていた。

「・・・なんか、助けるのがばからしくなってきちゃった」

「同感だわ・・・」

シンディとセレナは疲れたようにため息をついた。

「明るくなったのは良い事なのだが・・・」

グラハムは、ロファから少し離れた所で悩んでいた。

「私達、育て方を間違えたかしら・・・。自信が無くなってきたわ」

トリエは頭を軽く押さえていた。


そして、ロファにとってたったの数日から、実に十年以上ぶりの再会までを一通り終えると、子供達はそれぞれの部屋に戻らせて、大人達は大広間で話し合いを始めた。

 もちろんこれには子供達も納得しなかったが、事が事であるし、仕方なく子供達の代表としてセレナとセレトを同席させる事で何とか了解させたのである。

話の始めとしては現状の理解の為、今回の事件のあらましが、ロファ達の両親であるグラハム・トリエ夫妻によって語られた。

それを聞いたロファの顔からは、間違いなく血の気が引いていった。

「そんな・・・、嘘だろ?」

ロファが受けたショックは相当なものだった為、誰も何も口をきけなかった。

ロファは弱々しい目つきで一人一人の顔を見ていたが、そこに、彼の望む答えは無かった。

「おいらと・・・同じ名前の兄さん・・・。兄さんがいなくなって、代わりに生まれてきたのがおいらで・・・。おいらは、兄さんのニセモノなのか?」

その一言は小声で発せられながらも、しかし全員の耳元にはっきりと届いた。

『ふざけるな!!』

その場に居合わせた全員が、ロファを睨み付けるとそう言った。

「てめぇ、ロファ! お前まであいつと同じ事を言うのかよ。甘ったれてんじゃねぇよ!お前は今まであいつの存在無しに生きてきたんだろうが。今さら『兄貴』が出て来たところでなにも変わりゃあしねぇよ!それぐらいわかれ、このバカ!!」

「そうよ! それにあなたは誰が何と言っても私達の家族でしょ!? ホンモノだとかニセモノだとかなんて、そんなのどうでもいいのよ!」

「ユウの言うとおりだぜ、ロファ。俺達は家族じゃねぇか。お前は何も心配することはねぇよ。相手が誰だろうと、俺達が守ってやるよ」

「そうだぜロファ。でなきゃ何でおいら達がこんな遠くまで足を運んできたのかわからないだろ?だからさ、らしくない事は言うなよなロファ!」

「ホントにそう。自分が何者か悩むなんてキミらしくないよ。ショックはわかるけど自分らしさを無くしちゃダメだよロファ。いつだってキミは、その『自分らしさ』でどんな問題でもクリアしてきたじゃない。ね?」

「名前など所詮は虚に過ぎず、その人の実を表すものでは無いと、わたくしは思いますよ。まずは落ち着いて、問題から一歩離れてみる事が大事ですよロファ。この事件で大事な点は、あなたが本物かどうかでは無くて、あなたはどうしたいのか。その点こそがもっとも大事なはずですよ。物事に対処するのははったりと同じ。押すと見せかけて引き、引くと見せかけて押す。主導権を握りつつ、相手を幻惑するのです」

「ベネティアの言う事に私も同感です。特にあなたはカイと同じで、自分の命に重きを置く人ではないですしね。『自分の名前も、今までの人生もお兄さんにお返します』なんて言い出す前に、まずははっきりとした行動方針を決めましょう。ロファ、あなたはどうしたいのですか?」

ユエリーの毅然とした態度に、ロファは一人、心を見透かされたように縮こまって考え込む。

「・・・あたしは、もう誰一人として、失いたくは無いからね・・・」

シンディの呟きが、ロファの心を貫く。

頭の中では、クラトやミュリアが死んだ時の情景が、今でもはっきりと浮かび上がっていた。

しかしそんな中、一つだけ、霧がかかったようにはっきりとはしないのだが、なぜだかとても悲しくなる、そんな誰かの一言があった・・・。

(『・・・最後まで、思った通りに生きなさい。誰にも何にも捕らわれないくらい自由に・・・。あなたの思いが、あなたの世界を決めるのだから・・・』)

「ロファ?」

(すぐ側にゼルダの声が聞こえる。どうしてだろう?ゼルダはもっと後ろを歩いていた筈なのに・・・。ジィちゃんや、父ちゃんと母さん達と一緒に・・・)

 それは過去の記憶。

今なお癒されないままの、二人の心に残った悲しみの記憶・・・

ロファ自身は気づかなかったが、彼は今、両の目をいっぱいに広げて泣いていた。


 口元には微かな微笑を(たた)えながら・・・。

イリスは黙ってハンカチを一枚取り出すと、手慣れた手つきで、ロファの涙を優しく拭った。


「・・・決めた」

それからほんの数分の後、ロファは決然とした態度で告げた。

「兄さんにはおいら一人で立ち向かう」

 その無謀な一言は、仲間達を驚愕させた。

まさか、死を覚悟したのか・・・、と。

「ロファ! あなたはまだ・・・」

ユエリーがロファを叱りつけようとしたが、さっきまでとは明らかに違う、ロファのあたりの柔らかな笑顔に、何も言えなくなってしまった。

「そこで、ルヴィナとオルニカの二人に頼みがあるんだ。おいらが考えつく限りで最も生存率が高く、問題の解決率も高いと思うとっておきのこの方法には、二人の協力が必要不可欠なんだ!」

当のルヴィナとオルニカは、訳が分からぬまま、しばし呆然としていた・・・。


 そしてその夜 灯の家の屋上

ロファは一人で星を見ていた。

視線の先にあるものは、ロファにとっての死兆星。

つまり、『死の運命』が暗く瞬いていた。


 あの後は、それこそ一人残らず全員が唖然とし、頭を抱え、中には胃薬を要求する者まで出現する事態となった。

無論、多くの者がその方法に『無茶だ! 理想論だ!』と口にしたが、口のうまさ(交渉)でロファに勝てる者はいなかった。

結局、『最終決戦』のための諸々の準備を手伝わされる羽目となったのである。

決戦は三日後の夜に執り行われる事になった。

もっとも、相手がこちらの挑戦にのってくればの話であるが・・・。


「ロファ」

振り向くとそこには、眠ったはずのユニスが立っていた。

「・・・夜更かしは美容の大敵だよユニス」

そう言いながらもロファは、自分の隣に座るように促した。

ユニスが横に座ると、自分の上着をユニスに掛けてやる。

「眠れないのかい?」

「ロファ。これ・・・」

ユニスがロファに差し出した物は、小さな白い女神像であった。

「あの人がくれたの。トリエ叔母さんが言ってた。あの人の『お守り』だって・・・。あの人は『プレゼント』だって言ってたけど私のじゃないし、私には必要ないから、だからロファ。あの人に返してきてくれる?」

星の光の下でも、ロファにはユニスの顔がはっきりとわかった。

そしてロファにはその時のユニスが、それこそ彼ら兄弟を救ってくれる聖女のように見えたのだった。

ユニスは祈っているのだ。

どちらも傷つく事無く、また、欠ける事も無いように、と・・・。

どちらが死んでも、この場合、『お守り』には意味が無くなる。

死んだら渡せないし、死んだ後に渡しても無駄である。それこそ無意味だ。

ユニスの祈りは、今、『女神像』という形を持ったのである。

ロファは恭しくそれを受け取ると、ユニスに約束する。

「ああ。絶対に渡してあげるよ。だからもうお休み」

「うん!」

最後にユニスは、まるで祝福するかのように、ロファの額にキスをしていった。


次の日、アルムトゥバルの街の至る所で、その『挑戦状』が見受けられた。


「挑戦状


どちらが真に本物であるかを決めるにふさわしい舞台を用意した


すべての決着をそこにてつけよう


もしも貴殿に一族としての


勇気と誇りと技があるというならば


共に舞台に上がって欲しい


・・・おいらは逃げも隠れもしない」


 名前は無く、場所についても書かれてはいなかったが、不可思議な記号のみがわずかに記されていた。

(ほう・・・)

 その男は、神官達の手によってはがされた一枚を拾い上げると、そのまま路地裏に入った。

(・・・場所はこの街の郊外にある広場。時刻は・・・)

男には、その記号のもたらしている内容が理解できた。

それ自体は『裏』の世界に於いては対して珍しくは無かったのだが、それの有している特徴が、その『組織』が特殊なものであると教えていた。

それは俗に『暗号』と呼ばれる物であった。

(・・・あいつも、ただの『光』という訳では無いという、そう言うことか・・・)

男はその紙を散り散りにして破り捨てると、再び表通りを歩き出した。

神官達は、目の前を行くその小柄な老人こそが、自分達が必死になって探している人物である事に気づかなかった・・・。


「ロファ、ちょっといいか?」

 自分の部屋でリシュリタの調子を確かめていたロファに、カイが扉の外から声を掛ける。

「どうぞ」

すると、カイは静かに部屋に入って来た。

「何だいカイ? 人には聞かれたくないような話かい?」

「ちょっと気になった事がある」

 カイは扉に寄り掛かり、外の気配を伺いながら、ロファを見た。

「お前・・・、人を、殺した事はあるのか?」

「いきなりな質問だねカイ・・・」

ロファはとぼけようとしたが、カイの態度がいつもと違うのを見て取ると、肩をすくめて否定する。

「・・・無いよ。あるわけ無いじゃないか・・・」

しかしカイは、その笑顔すらも偽りである事を鋭く見抜いていた。

「今は・・・『裏』に関わるような事はしてないんだな?」

ロファが即座にカイを睨むが、かいは平然と、それを受け止めた。

「・・・関わったのは親元を離れてからそんなに経っていなかった頃、つまり十六の時に二ヶ月だけだよ。まだ世の中についてよくわかっていなかったからね。まぁ、確かにそこで覚えた知識や技に頼ることはあったけど、本会員にはなれなかったよ・・・」

そう言ってロファはクックッと笑う。

「そう言うカイこそ、よくあれがあの『組織』のものだとわかったね。規模で言えば小さいし、変わっていたから、なかなか知ってる人って少ないよ・・・」

「別に知っている訳じゃない。ただ昔、見た事があるだけだ。後はお前の会話から推測したのさ」


「そうか・・・。『ウィザーズ・ナイフ』とか『裏業(うらわざ)』とか出したからねぇ」

昨日、ロファが決断を下した後、アレクとカイが『あいつは不可思議なナイフを持っている』と言って脅した時にロファは、『ウィザーズ・ナイフか・・・。あれは扱いの難しい裏業なのにな・・・』と口にした事を思い出す。

その時カイは、万が一の事を考えて、ロファと『裏』の世界の関係の有無と、もし今もそれがあるならばそれを断つように説得しようと考えたのである。

「心配いらないよカイ。おいらはあくまで彼らの『表』の顔から入って、『裏』を知ったから逃げ出した奴だからさ。それに今ではあの組織って、小さすぎて自然消滅したらしいしね」

「・・・わかった」

そしてカイは部屋を後にした。

(『人殺し』か・・・)

ロファは何となく当時の自分を思い出す。

(あの時の『仕事』が成功していたならさぁ、今頃は敵同士だったかもしれないな、カイ?)

『仕事』は二人で行った。

その際のロファの役割は『情報収集、及びサポート』であり、直接的な『殺し』は担当してはいなかったのだが・・・。

(ロファ?)

リシュリタは初めて、うっすらと冷たい笑みを浮かべるロファの姿を見たのだった。


『トリックスター』の学問的意味とは『創造主であると同時に破壊者、善であるとともに悪という存在』だという。

善であると同時に悪。

 まさにロファは、『トリックスター』とは目指す所を異にしていながらも最も近くにいる存在、すなわち『道化師』であった。


「何ですかあのチラシは!」

余談に近いが、あの挑戦状について神官達が文句を言いに来た。

「知りませんよ。勝手にわたくし達がやったと決めつけないで下さい」

「他に誰がいるんですか、あの文章で!!」

「よく似た状況にある街の者達かも知れないだろう? 何せ名前も書いていないのだから、誰がやったかわかるハズもないだろう。自分達の調査力不足を棚上げしておいて文句を付けてくるな。うっとうしい!」

「ダメですよゼルダ。もっと丁寧に、『力及ばないながらも全力を尽くして調査した上で、根拠を伴い、要領のまとまった苦情をおっしゃって下さい。とても気になって心が晴れませんから』と、そう言わなくては」

「でもまだ怒っているようだぞ」

「困りましたね・・・。すいませんが、どなたか言葉のわかる方をお連れ下さいますか。これ位はわかるでしょう?」

「ふざけるなぁ!!」

 結局、その不幸な神官代表は、ゼルダとベネティアという『キツネとタヌキ』に煙に巻かれる格好で帰っていった。


「いよいよ明日だな」

 ロファは、夜着のままで隣に座っているゼルダの顔を見る。

ゼルダは天空の夜空を見上げ、数限りない星々の中から、ロファの死兆星だけを見つめていた。

「なぁゼルダ」

ロファもまた、星を見上げた。

「何だ?」

ゼルダはそのままの状態で尋ねた。

「もしもこの事件が片づいたらさぁ・・・、ゼルダもここで暮らさないか?」

ゼルダは驚いて、視線をロファの方に移す。

それに構わず、ロファは続ける。

「ユエリーがさぁ・・・ゼルダの事を気にかけててさ。二人で色々、君の事を話したんだ」

ゼルダは黙ったままだった。

「ユエリーはさ、君の持つ苦しみは自分にはわからないけど、でもこのままでいても決して幸せにはなれないって心配してた。その事は、おいらも気にしてはいたんだ・・・」

「ロファ」

「今のおいらは、家族のおかげで随分と救われている。そして、少しずつだけれど、おいらは君ではなくてこの家のみんなを頼り始めている。そうすると、ますますゼルダを一人にしてしまう。ゼルダの心が、益々殻の中に閉じ籠もってしまう様な気がして・・・。おいらはずっと、それが気になっていた・・・」

「私なら・・・平気だ。それに私がここで暮らせば、知らずにすんだ『死の恐怖』にさいなまれる日々を送る者が増えるだろう。最初はどんなに優しくてもその内みんな、私をうとみ始める事だろう。それならば、最初から離れていた方がお互いの為になるだろう?」

ゼルダはそれだけを言うと、寂しそうに笑った。

幼い日に別れて以来、ロファはゼルダの、『本当の笑顔』を見ていない。

「逆に『死の未来』を変えていけば、変える努力を続けていけば、多くの人を救えることになるかも知れないよゼルダ?」

ロファは努めて明るい声で笑うが、ゼルダは余計に俯いてしまう。

「そんなのは絵空事だ。今まで、私が何もしなかったと思っているのかロファ?」

「昔は力の弱い子供だった。最近まではまわりに力になってくれるような人がいなかった。でも今は違う。ゼルダはたくさん傷つきながらも力のある、強い大人になったし、ここにはたくさんの心強い仲間達がいる。今までとは条件が違う。今度こそ、運命は変えられるさ!!」


「そんな・・・、それはロファにとっては他人事(ひとごと)だからそう・・・」

そこでゼルダは言葉を止めた。


他人事(ひとごと)ではないのだ、ロファにとっても・・・。

もしも『運命』が変えられなかった時には、ロファは死んでしまうのだから。


「そう・・・、他人事(ひとごと)だよね」

「ごめんなさい。ロファは私の事を心配してくれてたのに・・・」

ゼルダは、まるで普通の少女のように謝った。

だが今の姿こそ、祖母がまだ健在だった頃の幼い日々を、共に過ごした時のゼルダであった。

 でも・・・、ロファは未だに、十五の時に祖母が死んだとは思えなかった。

 なぜなら、彼の目の前で祖母は亡くなったと聞いているのに、彼にはその時の記憶が無かったからである。

「いいんだ、気にしないでゼルダ」

 ロファはゼルダの肩を掴んで抱き寄せると、幼い頃、二人でいたずらの相談をした時のように、耳元でそっと囁いた。

「僕は生き残るよ。そして今言った事を証明してあげる。その時こそ、『ゼルダの運命』が変わる時だよ」

「・・・うん」

ゼルダは小さく頷いた。

「とりあえずというか、夏から秋にかけてだけでもここで暮らそうよ。星を見る為に冬から春は山で過ごしてさ。バァちゃんだって、冬の寂しい時に側にいてくれるなら文句は言わないさ!」

「うん」

 ロファの優しさに応えようと、ゼルダは一生懸命に明るく微笑んだ。


ロファの祖母にしてゼルダの義母(はは)・マーガレットの墓はアトーレ山中のゼルダの小屋の近くにある。

今まで、ゼルダは毎日のように義母(はは)の墓を世話してきたのであった。

「大丈夫。必ず生きて帰るよ。おいら、信じているから・・・」

そう言って遠くを見つめるロファの瞳は、未だ会った事の無い兄の姿に向けられていた・・・。

 そして、とうとう三日目の朝が始まろうとしていた。

次回でこの話は終わりです

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