10.そして生まれ変わる者たちへ.1
前作「ロファ・サーフェの名にかけて」の後半部分になります。ただしあまりに長いため3等分に致しました(作者史上最長)
「よし。おのおの指定された場所にて待機。怪しい人物を見かけ次第すぐに取り押さえよ!」
司令官らしき人物は、部下たる神官達にそう告げた。
すると神官達は、それぞれ武器を片手に待機場所へと向かって行った。
「我々はこのまま『灯の家』に向かうぞ。よいな?」
司令官は、わずかに手元に残った部下達に対し、今回の事件において『最重要施設』に当たる『灯の家』へ向かう旨を告げた。
ここは古都・アルムトゥバル。
わずかに残った街並みを中心に再び、復興・発展を遂げつつある都市である。
穏やかな日々を送る人々の前に、今、アエスタース神殿の私兵団が現れた。
『彼』の事をよく知る街の人々は、明らかな嫌悪の視線を彼らに投げかける。
そう、目の前にいる神官達は『彼』の事を捕まえにきたのだから・・・。
そんな街の人々の視線も知らぬげに、神官達はまっすぐに目的地を目指す。
住人達の嫌悪の視線に混じり、一人の辻占い師が、頭をすっぽりと覆ったフードの下から厳しい視線で自分達を見つめている事にさえ気づかずに・・・。
もしもその占い師の存在に気づいた者がいたならば、心なしか、彼の側に立てかけられているシタールが震えたような錯覚に襲われたかもしれない。
しかし、幸いにと言うべきか、誰もその占い師に目を向けた者はいなかった・・・。
時はその前の日に移る
「ロファみたいな剣術オンチが殺しなんかできるわけねぇだろうが。オルニカ、神殿の神官達の再教育、考えておいた方がいいぜ・・・」
魂走士のカイの一言に、神殿守のオルニカは小さく唸った。
「・・・情けないでちゅ・・・」
しゅん、とうなだれてしまうオルニカを、覇拳闘士のリュウが慰める。
「オルニカのせいじゃないんだし、そんなに気にすんなよ! それよりもさぁ、おいら、『灯の家』の事が気になるんだけど・・・」
「私が『旅門開扉配列』を使いますから、いざとなれば今すぐにでも動けますよ」
大魔法士であるユエリーの言葉に全員しっかりと頷く。
「でも、守るだけでは問題は解決しないわ」
剣聖のレイナが静かに口を挟む。
「ニセモノを捕まえて突き出さない限り、ロファは神殿に狙われ続ける、か・・・」
ソード・マスターのディクスレイがレイナの言葉に付け足した。
「それはそうだけど手がかりはこのカード一枚だけでしょ? ちょっと大変ね・・・」
ブレード・マスターの少女、シンディは腕を組むと考え込んでしまう。
「いや、そのカード一枚でも十分だ」
「何か方法でもあるのですか、カイ?」
ユエリーの問いに答える様にカイは、懐から一枚の鏡を取りだした。
「こいつを使えば、少なくとも人相くらいはわかるし、うまくすれば映し出された光景からそいつの足取りも掴むことができる。オルニカ、近くに来てよく見ておけ。指名手配書を作る為にな」
「わかったでちゅ!」
オルニカはカイの隣のイスに座ると、鏡を見る体勢を取る。
「・・・いいか」
いつの間にか集まってきていた仲間達に確認すると、カードを鏡に映すようにして持ち、カイは呪文を唱える。
「我が宿命を我は捧げる、魂よ! 言霊に従え」
水面にも似た鏡面から光が放たれる。
「天つ風よ 光となりて かの者を映し出せ!」
輝きは一瞬、ひときわ強く輝くが、徐々にその強さを弱めていった。
「さぁて、御対面だ」
鏡の中に、一人の男が浮かび上がってくる。
年の頃は三十くらいか。一見すると人の良さそうな顔をしてはいるが、その瞳はあくまで鋭い。
大きめの服を着込み、体つきをわかりにくくしてはいるが、『サブアラウン』にいる仲間達は皆、この男がしっかりとした体つきである事を見抜いていた。
耳の先がわずかに尖っている。おそらくはチェンジリング妖精だろう。
そう確信し得るのには皮肉な理由があった。それは・・・
「こいつ、ロファにそっくり!」
リュウが洩らした感想は、そのまま仲間達にも共通するものであった。
「顔まで似ているなんて・・・」
シンディは悪い夢を見ている気がしてきた。
「そっくりといっても同じじゃなくて、そう、まるで『兄弟』みたいね」
レイナはその男に感じる奇妙な懐かしさを、そう理由づけて納得した。
それだけロファに、顔というよりも、取り巻いている雰囲気が似ていた。
「でも、たしかロファは一人っ子だと・・・」
ユエリーは、ともに旅をしていた時に語っていたロファの家族構成について思い出す。
「よせよユエリー。その言い方じゃあ、こいつがまるでロファの・・・、年上そうだから『兄貴』になっちまうじゃないか」
トレジャーハンターのウィックがそう言って笑おうとした。
しかしその試みは失敗し、苦笑の形になってしまう。
この場にいる誰もが、自らの胸の内に不吉な予感を抱いていた。
部屋の空気が凍り付く。その時、『サブアラウン』の扉が静かに開いた。
仲間達は一斉に扉の方を振り向く。
「サブアラウンとは・・・ここのようですね・・・」
殺気にも似た空気の中、そこに立っていたのは芸人らしき年老いた夫婦であった。
「そ、そうですけど、何か・・・?」
とっさに緊張を抜くことができず、少し硬い表情でシンディが答える。
するとその夫婦は、敵意の無いことを身振りで示して話しかけてくる。
「私の名前はグラハム・サーフェ。こっちは妻のトリエです。初めまして」
やんわりとした口調で自己紹介をする二人に、仲間達は目を見張った。
「ロファの・・・御両親、ですか?」
ユエリーの確認にグラハムは、答えの代わりとして手の平から水を出してみせる。
「水芸は我が家のお家芸でして。こんな方法でしか証をたてることができませんが・・・」
そう言って笑うグラハムの顔は子供っぽくて、ロファの笑顔と重なった。
そして、鏡に映し出されたままの『ロファと名乗る男』の顔とも・・・。
「アルムトゥバルを目指す途中で息子の冒険について噂を聞き、息子と懇意にしてくださる方々がここにいらっしゃると知って、恥を忍んで参りました」
トリエが静かに頭を下げる。
ロファの母親にしては年若く、上品な婦人といった印象が強く思える。
「そんな、頭を上げてくださいトリエさん。真にロファの御両親なら何の遠慮もいりません」
決して気を許したわけではない、暗にレイナがそう告げていたが、トリエは黙って優しく微笑んだ。
「そうですわ。恥をしのぶだなんて、そんな事どこにもありませんわ。ご子息の事を心配なさるのは親として当然の事ですもの」
ユエリーの一言に、カイは心の中で苦笑した。
それを聞くとグラハムとトリエは急に顔をしかめ、辛そうな表情を見せた。
「どっか具合でも悪いのかい? まぁ、立ってるのもなんだから適当にそこらの席にでも掛けておくれよ」
リュウの気遣いに一言「ありがとう」とだけ言って、二人は座ろうとはしなかった。
まるで、重い何かに耐えなければならないかのように・・・。
「実は皆さんにお願いがあるのです。私たち夫婦の『二人の息子』について・・・」
「二人? ロファは一人息子だろう?」
ウィックは相手の言葉にすかさずくらいつく。
「それとも・・・『兄』でもいるのか?」
カイのその一言に、夫婦は明らかに動揺した。
仲間達が心の中で抱いていた不吉な予感、すなわち『死の道化師とはロファの実の兄』という推測はこれにより証明されてしまった。
そのあまりのショックにシンディが叫んだ。
「そんな・・・、それじゃあこの人、『弟』の名前を語って人殺しをしているというの!?」
それは本当にショックな現実に思えたが、事実はもっと歪んでいた。
「・・・いいえ。『弟』の名を語っているわけではなく、また、『弟』が『兄』の名を語っているのでもありません」
「どういうことです・・・?」
ユエリーが尋ねる。
何故か、胸が悪くなる。嫌な予感がするというより、残された可能性に思いを馳せてしまい、その事実の歪みが彼女の心を黒くするのだ。
グラハムは静かに告げた。
「・・・二人とも『ロファ・サーフェ』という名前なのです・・・」
グラハムの口から淡々と語られるその事実は、あの『運命の年』をくぐり抜けた彼らをして、一瞬、言葉を奪い去った。
グラハムは続ける。
「上の子は、まだあの子が三歳の時、少し私達が目を離したにいなくなり、祈るような気持ちで雨が降って水かさの増えていた川に向かった時には、あの子が川に落ちるところでした・・・」
グラハムの後を次いでトリエが口を開く。
「川に落ちて行方知れずとなったあの子の無事を願いながら、私達は川沿いに下って行きましたが見つかりませんでした。
私達夫婦は我が子を失った事実に耐えられず、認めようともしませんでした。その結果、二年後に生まれた下の子にも同じ名前を付けてしまいました」
「今からすればなんと愚かな事をとも思えますがあの時は、自分達の罪に気づこうともしなかった・・・」
「ロファはその事を・・・知っているのか?」
カイの冷たい一瞥はグラハムの心を射抜くかと思われる程に強かった。
「あの子は何も知りません。知っていたのは私達と、私の両親だけです。・・・母は既に亡くなってしまいましたが・・・」
口をつぐんだままのグラハムの代わりに、トリエがそう答えた。
「・・・上の人は知ってるの、その事?」
ロファの兄について、シンディはあえて『上の人』と呼んだ。
「・・・知ったのはここ1,2年、ロファの名前が多くの人に知られるようになってからみたいです・・・」
「息子が生きていた事を知ったのは?」
ディクスレイの言葉からはなんの感情も掴みとれない。まるで、そうしなければ怒りを抑える事ができないと言ったように・・・。
「今回の事件が起きた後、あの子は直接会いに来ました」
「何のために?」
レイナが尋ねる。
「・・・別れの挨拶と・・・そして、最後の殺人を予告をするために・・・」
「最後の殺人でちゅって!?」
オルニカは文字通り飛び上がった。
トリエは小さく頷くと、口元を押さえて泣き出した。
グラハムはそんな妻を慰めながら彼らに言った。
「頼みというのはただ一つ、あの子の最後の殺人劇を阻止してください!!」
グラハムは何かに耐えるように唇を噛み締めていた。
「でも、そういう事なら神殿の方がいいと思うけどな・・・。もちろん、捕まったら死刑だろうけどそれはその人自身のせいだし自業自得でしょ」
実の両親を目の前にしてはきつい一言かも知れないが、その為に自分達の仲間が危険にさらされているのだ。
その点からも、シンディは容赦なく言った。
グラハムはその一言にもぐっ、と耐えた。
「それは、わかっています。ですが今度の殺人劇だけは絶対に防がなければなりません。さもないと私達夫婦は息子を二人とも失ってしまいます・・・」
「何ィィィ!」
リュウが立ち上がって叫ぶ。
「まさか、上の方が殺そうとしているのは・・・」
ユエリーの顔がかすかに青ざめる。全員が次の一言を待った。
そして、グラハムは語った。
「・・・あの子はロファを、『実の弟』をニセモノとして殺すと、私達に予告しました・・・」
時を遡ること更に数時間前
その男は、一人『灯の家』の前に立っていた。
「ねぇ、そこのきみィ、ロファ・サーフェって人、いる?」
年の頃なら三十くらいの、少し大きめの服を着た男であった。
声を掛けられた少年は、一緒に遊んでいた子供達と共に、家の中に駆けて行ってしまった。
「ありゃ? ねぇ、ちょっとぉ!」
小走りに子供達を追いかけていくと、家の中から数人の大人達が現れた。
「あ、ちょーどいいや! そこの人達ぃ!!」
男はその大人達の所まで駆けて行き、尋ねた。
「あのさぁ、ロファって人、いる?」
「あなたは誰ですか?」
珍しく厳しい表情で司祭、ルヴィナ・カルーアが問い返す。
「いや、いないなら別にいいんだけどさ」
「てめぇ、名前ぐらい名乗りやがれ!」
「落ち着きなさいって、ギル!」
いきり立つ義賊のギルティスを、彼の妻にして自らもソード・テンツェリンであるユウが押さえる。
その様子を見て、男はにっこり微笑んだ。
「俺? 俺の名前はロファ・サーフェって言って、ロファの兄貴なんだけど・・・」
「何ですって!?」
アマゾネスのエリザがそれを聞いて驚く。
「まさか・・・『死の道化師』!?」
この時ばかりは得意のポーカー・フェイスもきまらず、いかさま師のベネティアは声を荒げてしまった。
「みんな、おうちに入りなさい! はやく!!」
慌てて子供達をかばう魔法士のサラ。
「ふざけた奴だぜ、自分から名乗り出るなんて!」
セレト・クレフは相手を睨み付ける。
「本当にね」
玄関の扉のノブを掴んだまま、セレナ・クレフの、弟と同じ整った顔つきが、今は怒りに紅潮して凄絶な美しさを醸し出す。
「やだなぁ、名前が一緒だからってそんなに怖い顔しないでよ。今の君も美しいけど、笑った方が絶対いいって!」
降参のポーズを取りながらも、その男・ロファは軽く言う。
「ロファに兄はいない。おまえは誰だ?何故ロファの名を名乗り、ロファの兄であるなどと語る?」
子供達が全員家の中に入ると、代わりに出てきたのは二人の女性であった。
男は答える。
「事実は語りにはならない。それに何故いないと断言できるんだい、お嬢さん?」
「私の名はゼルダ。育ててくれた両親はロファの祖父母にあたり、私自身がロファと共に五歳の時から育った。ついでに言っておくが、私はロファと同い年だぞ、オジサン?」
「傷つくなぁ、その一言。俺まだ三十一だよ? せめてお兄さんにしてくれよ」
「本当にふざけた男ね。私こういう男、大っ嫌い!」
ゼルダの隣でイリス・セトラは、はっきりとした嫌悪感を示した。
「君みたいな美人にまで嫌われるとはね。ところでロファは? いないの?」
「あなたの目的は何ですか? ロファに何の御用があるのです?」
ルヴィナは真っ直ぐに相手の目を見て尋ねる。
男はその視線に、初めて真顔になる。
すると、その顔はどことなくロファによく似ていた。
「死ぬ前に・・・一度だけ、弟に会いたかったんだ」
「じゃあ、やっぱりお前が!」
ギルティスは今にも飛びかかろうとする。
「・・・確かに長くは無いようだな。少なくとも、残り三ヶ月もつかという所だな」
ゼルダの、その静かな迫力を伴った所見に、始めて男は緊張した表情を見せる。
「・・・もしかして君、医者なのか?」
「いや。・・・ただの『星読み』だ」
ゼルダは忌々しそうに舌打ちして俯く。
「星読みかぁ・・・。大した腕だ」
男は素直にそう言った。
ゼルダは顔を上げて、一瞬、相手を睨む。
「ところで先程の質問を繰り返す。ロファに兄はいない。それは私が知っている。なのに、何故お前はロファを名乗る? ロファの名を語る? お前の知っている『事実』とは何だ!!」
男は小さく笑うと、おもむろに手の平から水を拭きだして見せた。
「それは!」
エリザが目を見開く。
「サーフェ家直伝とも言える技『水芸』。これが使えると言うことがどういう事か、ボギー爺さんとマーガレット婆さんに育てられたという君ならわかるだろう、ゼルダ?」
「ゼルダさん?」
呆然として立ちつくすゼルダにサラが声を掛けるが、反応は無い。
代わりに男が説明をする。
「この『水芸』って奴は珍しい芸でさ。あまり一般に知られていないし、知ってても余りやる人はいない。さらに『水芸』の仕掛けを知る者はなお少ない。それすなわち、俺達『サーフェ』の家ぐらいなものなのさ」
「じゃあ、あなたは本当に・・・?」
ルヴィナは一度、ゼルダの様子を見てから尋ねる。
「ゼルダ叔母さんが知らないのも無理はないね。俺、三歳の時に川に落ちて流されてから、それ以降ずっと両親と会ってなかったんだからさ」
「なら・・・『死の道化師』ではないの?」
恐る恐るユウが確認をしてくる。
「どこの世界に実の弟を殺せる人でなしがいるんだい?」
そう言って男はくったく無く笑ったが、その笑顔はとてもロファに似ていた。
「そんなに不安なら両手両足を縛り上げてもいいからさ・・・」
「そうしよう。ギルティス、セレト。そこな甥の手足をきつく縛ってくれ。・・・きつくな」
『えっ!?』
当の本人のほか、ギルティスもセレトも、そして他の全員もまた、驚きの声を上げる
「どっか適当な部屋に放り込んでくれ。かまわないな、ロファ?」
男は反論しようとしたが、親族上の関係を逆手に、先手を取られてしまったので黙ってしまう。
ここで否定しても一向に問題は無いのだが、相手の信用を勝ち取るには従わざるを得ない。
「やってくれ」
ゼルダの一言にギルティスが腕、セレトが足を縛る。
セレトの技はギルティス仕込みであったが、ちゃんとギルティス自身が確認もする。
「なぁ、叔母さんよぉ・・・」
ベネティアの肩に担がれたロファが、ゼルダに声を掛ける。
「なんだ?」
ゼルダは笑っていなかった。
地顔のままではあるのだが、少し・・・怒っているかも知れない。
「初めて会ったけど・・・あんた、かなり容赦無しだな」
「ホレても無駄だぞ」
そこでゼルダはうっすらと会心の笑みを浮かべる。
「だっ・・・な、何でそうなるんだよぉ!」
この時、この場にいた男性陣はゼルダに対して恐れをなしたが、女性陣は心の中で黄色い歓声を上げていた・・・。
「さて・・・、あの人どうしましょう?」
ここは『灯の家』会議室。
『灯の家』では週一回程度の割合で運営会議を開いている。
ここはその為の場所であり、今ここにはルヴィナをはじめとする大人達の他に、本来なら部外者のイリスとゼルダも同席している。
「あの人がロファの・・・兄弟なのは間違いないのねゼルダ?」
「そうだ」
エリザの問いかけにゼルダは頷く。
「しかし油断はできませんよ。あの人・・・何かありますね・・・」
珍しくベネティアが慎重論を唱える。
「手足を縛った時にはっきりとわかったが、あの男の体つきは芸人のそれじゃない。どちらかと言えば、俺達盗賊関係の体つきだったな」
ギルティスは先程から、あの男に気を許してはいなかった。
口にこそ出したりしないが、ギルティスは密かにあの男に得体の知れない恐怖を感じていた。
「まずはそこよね。あとは、何でロファに会いに来たのか?」
「私、あの男の目的は他にもあるような気がするわ」
ユウの意見にそう、イリスが続けた。
「他の目的ですかぁ?」
サラは人差し指を顎に当てて考えてみる。
「どちらにしても、正体がはっきりしない以上はこのままにすべきなんでしょうね」
ルヴィナの一言に全員が同意し、本日の議長であったベネティアが閉会を告げた。
ゴホッ、ガハッ、ゲフッ!
『灯の家』二階、右端に用意された一室。
そこには「反省室」の名札が付いている。
その中で一人、手足を不自由にしたまま、男は咳き込んでいた。
口から血が咳きとぶ。石畳の床に小さな血だまりができる。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・」
荒い息を整えようと深呼吸を試みる。しかし手足が縛られたままの状態ではそれも十分にままならない。
その時、目の前の扉が開き、一人の黒髪の少女が、薄い色の液体を入れたコップを持って部屋に入ってきた。
「・・・今、お薬あげるね」
彼女は男をベッドに寄り掛からせると、一端床に置いたコップを持って、男の口元に運ぶ。
「ゆっくり、少しずつ飲むのよ」
その液体はカリンを漬けた蜂蜜をお湯で割った物だった。
ほんのり甘く、熱すぎず、喉元をすぎる度に少しずつ、呼吸が楽になっていった。
男の呼吸が正常になったのを見届けると、少女はホッ、と胸をなで下ろした。
しかし男は少女の親切に険しい顔つきで答える。
「・・・何故一人でここに来た?」
男の凄むような目つきにビクビクしながらも、少女は逃げようとはしない。
「親達に言われなかったのか、『あの男に近づいたらダメだ』と」
「言われたわ」
少女は言いつけを破った決まりの悪さから、少し俯いて言った。
「じゃあ何で? 俺はひょっとすると凄腕の殺し屋で、今にもこの縄をほどけるのかも知れないんだぞ?」
そこまで言ってから、急に男は可笑しそうに笑った。
少女は顔を上げると、男の顔を見ながら言った。
「だって、苦しそうだったから。病気の時に一人なのって、とっても寂しいから・・・」
少女の答えに、男はひどく驚いた。
(まさか、そんな理由で・・・)
「バカ野郎!」
男が大声で怒鳴っても、少女は逃げなかった。
「そんなつまらない理由でこんな所に来るんじゃない! もしも何かあったらどうするんだ!」
そう言う一方で、男は内心、苦笑していた。
(何を言ってるんだ、俺は・・・)
少女は涙目になりながらもキッ、と相手を睨む。
「つまらなくなんかないもん! 病人を一人にしておくなんてダメ!」
「俺は一人でも平気だし病人でも無い! だからもう戻れ!」
「ウソ! 本当は寂しいくせに!」
「いい加減にしろ! どうしてそんな風に思うんだ!」
すると少女は急に黙り込み、瞳に涙をためながら言った。
「だって・・・おじさんも泣いてるもの・・・」
「バッカ、泣いてるのはお前・・・」
そこでハタ、と気づく。
(おじさんも、だと・・・)
そこで男は、初めて自分が泣いている事に気づいた。
「いったい何事だ!」
部屋の外から、そんな風に叫ぶギルティスの声が聞こえてきた。
男は器用に立ち上がると、泣き顔を隠すようにベッドにふて寝をする。
「ユニス! ここには来てはいけないと言っただろう!」
部屋に入って来たのはギルティスとエリザ、サラの三人であった。
「ご、ごめんなさい。で、でもとっても苦しそうだったから・・・」
「ユニス、その男に何かされたの?」
エリザはユニスの顔の涙の跡に気づき、優しく尋ねる。
「・・・その娘をさっさと連れていけよ。うるさくてかなわないからな」
男は振り返りもせずにそう言う。
「何だとてめぇ!」
ギルティスが男に掴みかかろうとする。
「だめ、ギルティス。乱暴にしちゃダメぇ!」
ユニスは慌ててギルティスに飛びかかって止める。
「どうしたんですぅユニス?」
サラだけじゃなくギルティスもエリザも、不思議そうにユニスを見ていた。
「ごめんなさい。もう、来ないから・・・」
ユニスは男の方に振り向くと、頭を下げて謝った。
再び男は一人になると、手の骨をはずし縄から手を抜く。その後足首も同様にはずして引っこ抜く。
首から下げたペンダントを服の中から取り出す。
鎖の先には手の平大の白い女神像。それを片手で抱くように持ち上げる。
「寂しい・・・か。そんな事、面と向かって言われたのは初めてだな」
女神像は、ただ静かに微笑んでいた。
「・・・・・お話はわかりました。もし、上の人がロファを殺すというのなら、今すぐにそれを『灯の家』に伝えに行き、そして私達の手でロファを守りましょう!」
ユエリーがはっきりとした声で言った。
やる事は決まった。
「おじさん達にも来てもらうぜ。こうなったのはあんた達のせいだし、家族の事は家族で片づけるのが筋だからな」
リュウはそう言ってサーフェ夫妻を見た。
「私もそう思うわ」
シンディもリュウに同意見だ。
「わかっています。ご迷惑をお掛けしてすみません」
グラハムは小さく頭を下げる。
「オレも行くぜ。オルニカ、手配書の方、しっかり頼むぜ」
カイは立ち上がって準備を整える。
彼の足下で丸くなっていたコールも、主人が出かける気配を察して立ち上がる。
「それじゃあ私達はオルニカの方を手伝いながら相手の消息を探してそっちに向かうわ。いいわよねウィック、ディクスレイ?」
二人はレイナの呼びかけに頷く。
ユエリーは、それぞれの行動が決まったのを見届けると、宿命石を取りだして呪文を唱える。
「宝石の子等よ 光を紡ぎ 虹を架け かの地に続く扉を開け」
ユエリーを中心に光が集まり、辺りを輝かせていく。
部屋を満たした光が消えると、そこに、彼らの姿は無かった。
校庭の中央が光り輝くのを見たルヴィナは、セレトとセレナにギルティス達を呼びに行かせて、自分は突然の仲間達の訪問を迎えに行った。
校庭に『灯の家』の大人達、それにゼルダ、イリス、セレト、セレナが揃う頃には、光が完全に消える所であった。
「お久しぶりユエリー、それに皆さん」
「ご無沙汰してましたルヴィナ」
二人は一応、型通りの挨拶をかわし終えるが、そこで、互いに見知らぬ顔がある事を知る。
『そちらの二人は・・・?』
ユエリーとルヴィナの声が奇妙にハモる。
「私が紹介しよう」
そこへ、ゼルダが自ら紹介役をかって出た。
カイやリュウは一瞬、「何だこいつは?」と思ったりしたが口にはしなかった。
「私の名前は、そちらの二人は御存知のはずだが、ゼルダ・サーフェという。グラハム義兄さん、トリエ義姉さん、こちらはレムニア領主婦人のイリス・セトラ。ロファの古い友人です」
「ゼルダ・サーフェ!?」
「ゼルダのお義兄さんとお義姉さんって事は・・・」
「まぁ、あなたがイリス様ですか?」
「イリスでいいわユエリー。こうして会うのは初めてね」
それぞれが思い思いに歓声を上げる。ちょっとした興奮状態だ。
「騒ぐ前に一つだけ確認しておく必要がある」
カイに負けず劣らずの仏頂面のまま、カイそっくりの冷静さで尋ねる。
しかし、当の二人以外は内心この時、
(この二人が揃うとなんか怖い・・・)
と思っていた。
「義兄さん、義姉さんに尋ねますが、ロファに兄はいますか?」
「どうしてそれを! 父さんか母さんから聞いてたのゼルダ?」
そのあまりの取り乱しように、ゼルダ達はロファの兄の存在を認める事となった。
「・・・当人らしき人物から聞きました。『俺はロファの兄で、ロファ・サーフェと言うんだ』と、あの男は言っていました」
「ここに来たのか!」
カイがゼルダに食って掛かる。
ユエリー達の表情もひどく緊張していた。
「とりあえず手足を縛って二階の一室に放り込んでおいた。奴の目的がわからない以上、ロファに会わせるわけにはいかないのでな」
「・・・間に合うか!」
カイが突然駆け出した。
その様子に不穏な空気を感じ取り、全員一斉に走り出す。
階段を上り、右端に位置する部屋に向かう。
扉には鍵がかかったままである。
ギルティスが鍵をはずし扉を開けるが、しかしそこは既にもぬけの殻となっていた。
「いない!?」
ユウが驚いて叫ぶ。
「コールは頼んだ!」
「カイ!?」
カイは即座にまた駆け出すと、再び外に出ていった。
「あのバカ! 一人で突っ走るなよ!!」
慌ててリュウとシンディもカイの後を追う。
「いったい何が・・・」
戸惑いの表情を浮かべるルヴィナは、ベッドの上に置かれた一枚のカードに気づく。
「これは・・・」
それは彼の、『死の道化師』のカードであった。
(「あいつがいない様なのでこれで失礼するよ。でも、いきなり捕まるとは思わなかったな・・・。ゼルダ叔母さんの慧眼には恐れ入ったよ。こちらで舞台を用意するつもりだったけど、どうやら君達に任せた方が面白そうだ。どうせ死ぬのはニセモノの方だけどね。こちらの用意が調うまで俺の代わりに遊んでいて貰うつもりだったんだけど・・・、あいつが捕まらない事を祈るよ」)
「あの男が『死の道化師』だったなんて・・・」
あまりに人を食った文面にイリスは怒りを覚えた。
それは他の人間にしても同様だったが、ユエリーはおかしな文章を最後に見つけた。
(「それからユニスへ。薬を飲ませてくれてありがとう。本当は直接お礼を言いたかったんだけどそれはできないから、そのかわり、ベッドの下にプレゼントを置いていく事にするよ。・・・君がくれた優しさを、僕は死んでも忘れない・・・」)
首をひねりつつユエリーがベッドの下をのぞき込むと、そこには小さな長方形の箱があった。
ギルティスがあらかじめ、危険の有無を確認してからユニスを呼ぶ。
「どうしたの?」
テナー・シェリルと一緒にやって来たユニス・アストーリアは、箱を受け取りふたを開ける。
「うわぁ、女神像だぁ!」
そのユニスの一言にグラハムとトリエが彼女のの手元を覗き込むと、そこにあったのはやはり、幼き日にお守りとして渡したあの白い女神像であった。
「ダメだ。全っ然見つからねぇよカイの奴!」
カイを追いかけたはずのリュウとシンディが疲れた顔で戻って来た。
「どこ行っちゃったのかしら、カイったら・・・」
シンディが呆れるようにそう言った。
カイが『死の道化師』を追ったことはわかっていたが、こうも易々(やすやす)と『灯の家』に進入、かつ脱出をしてのけられたのではここを放っておくこともできない。
せめて以前来た時にやり残した光盾防護配列だけでもかけて置かねばならない。
それに、状況を整理してから動いた方が行動をつかめるかもしれない。
(カイ、無茶をしないで・・・)
今のユエリーにはそう祈る事だけしかできなかった。
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