4.心はいつもあなたと共に(3)
全3部の最終話です。
「どうしてその男を殴ったんだよ、あんた?」
セレトは興味津々に尋ねる。
「仲間を馬鹿にされて黙っていられるわけ無いだろ」
ロファは笑ってそう言った。
「で、本当に悪いのはどっちだったの?」
セレナもすっかり、ロファの事を警戒しなくなっていた。
「いつだって正義は強い者に味方するのさ。良きにしろ悪しきにしろ、ね」
ロファはいたずら小僧の顔つきでそう答える。
「じゃあまさか・・・」
セレトの言葉が途切れる。
「セレトの考えてる事とは多分違うよ。悪いのは本当にあいつらだったのさ」
ロファが得意そうに腕を組んで構える。
セレトとセレナの二人は、その様子にしばし呆然とする。
「どうしてそうわかったの?」
セレナが不思議そうな顔でロファに尋ねる。
「そりゃあなんたって、みんなでニコニコ、優しく質問したら、何故か脅えながらだけど白状したからね」
二人はその光景を頭に浮かべると、その男達に同情した。
「でもさ、なんでロファにはそいつの言う事がウソだってわかったのさ?」
今度はセレトが尋ねてくる。
「なぁに簡単さぁ。そいつ、カイが殴られそうになった時、密かにほくそ笑んでやがったのさ!」
ロファはあっさりと答える。
「芸人をなめるなってね。常にステージの上に立って、お客の顔からステージ全体まで細かに見渡しているんだよ。バレないと思ったのか、勝ったと思って油断したのかも知れないけど、余りにもお粗末に過ぎたね」
顔は笑っていたが、ロファの目には怒りが見えた。
「・・・・・」
二人は黙ってロファを見ていた。
「というわけで、おいらは二人に親近感がもてるね。それにおいら、セレトもセレナも好きだし、信じてるからさ。だから二人にもおいらの事、好きじゃなくてもいいから、信用してもらいたいな・・・」
「・・・あんた、変わってるな」
セレトが静かに口を開く。
「そりゃあ、おいらは男前だからな!」
胸を張ってそう言うロファ。
「それはないわね」
きっぱりとセレナが訂正する。
「グサッ! わーん、お姉ちゃんのいじわるぅ~!」
「セレナはお前の姉ちゃんじゃねぇし、そのカッコで言うな!!」
セレトが手足の縮んだままのロファを指さして怒る。
「お兄ちゃん、こわぁ~い!!」
ロファはぐすぐす泣きだした。
「お、おい。泣くなよ・・・」
セレトが途端に慌てる。
「アハハハハ!!」
突然、セレナが明るい声で笑いだす。
その声に、ロファとセレトは思わず顔を見合わせると、つられて二人も笑い出した。
(もう心配いりませんね・・・)
リシュリタは三人の笑い声を心地よく聞いていた・・・。
「それじゃ、元気でやるんだよ!」
ロファと双子は屋敷の前に立っていた。
「本当に大丈夫なのか・・・?」
セレトが不安そうな声を出す。
「なにビビッてんのさ、らしくない!心配いらないって。『あんちゃん』の言う事を信じろって!!」
そう言って、セレトの背中をバンバンたたいて笑うロファ。
「あんちゃん・・・?」
セレナが首を傾げる。
「そっ!『灯の家』じゃあみんな家族さ、遠慮はいらないよ。でもお客じゃないんだからしっかり家事を手伝うんだよ」
しっかりと目を見据えてロファが言う。
「家族・・・」
セレトが姉の顔を見る。セレナもまた、弟の顔を見ていた。
「そうさ、家族だよ!」
ロファは静かに微笑む。
「だからもう、そんな寂しい顔をするなよ二人とも!」
そこで突然、ロファが二人の顔に水鉄砲(水芸の応用)で水をかける。
「きゃあ!」「て、てめぇ!」
「それでいい」
ロファの少し小さい体がぐっ、と二人を抱き締める。
「信じてるからさ。たとえ心を傷つけられても信じ続けるからさ・・・」
「ロファ・・・」
セレナが横目にロファを見る。
「だからもし、何か困った事が起きたなら、おいらを呼べよ! 他人の無責任な言葉に哀しい顔をする前に・・・。おいらを信じろ、な!!」
そしてロファは二人を強く抱き締める。
「・・・信じていいんだな?」
セレトがそうつぶやく。
「当たり前さ」
セレトの頭を軽く小突く。
「本当に来てくれる?」
セレナが不安そうにささやく。
「必ず助けに行くよ」
セレナの頭を優しく撫でる。
「おいらを信じて『家族』も信じろ! 人を信じたいなら、たとえ傷つく事になっても諦めちゃダメだ! 信じ続ける事が、本当の意味で人を『信じる』という事なのだから!!」
ロファが二人から離れると笑顔を見せる。
「・・・わかったよ」
セレトが静かに頷く。
「なら、おいらもそろそろ行くけど、本当に路銀はそれで足りるかい?」「私達二人分だもの。むしろ多い位だわ!」
セレナがあかるく微笑む。
「盗みはナシだぞ!」
ロファはしっかり注意する。
「ロファの方こそ、オレ達の事をもっと信じろって!!」
セレトも厭味の無い、明るい笑顔で言い返す。
どうやら、一本取られてしまったようだ。
「わかったよ。それじゃあ気を付けて行けよ」
「早く帰って来てねぇ!」
「荷物取られたりすんなよな!」
『家族』に見送られながら、ロファは再び旅を続けた。
(ねぇ、ロファ?)
双子と別れて少しして、リシュリタが話しかけて来た。
「何だい、リシュリタ?」
ロファはリシュリタをそっと奏でる。
(・・・助けてくれて、ありがとう)
ロファにはリシュリタが微笑んだように思えた。
「べ、別に、たいした事じゃないさ」
なんとなく照れてしまうロファ。
(でも・・・、私は嬉しかったわ)
「リシュリタ!?」
ロファは思わずドキドキしていた。
『な、なんで・・・?』
心の中に疑問詞が浮かぶ。
ロファは、自分の顔が赤くなっていることには気づかなかった。
(ずっと・・・、ずっと側に置いてくださいね)
リシュリタの声が震えていた。
(もう、会えないかと思ったから・・・)
ロファはそこでやっと気づいた。
さらわれた時のリシュリタの気持ちに・・・。
「リシュリタは・・・俺が守るよ!」
(・・・・・!)
「約束・・・するからさ。信じてほしいな」
ロファは照れながらも、静かな声で優しく告げる。
(・・・ロファ!)
リシュリタの心は喜びで満たされていた。
「君がさらわれた時、なんで居場所がわかったと思う?」
(えっ!?)
確かにそうであった。リシュリタには、わからなかった。
ロファは空を見上げて、こう答えた。
「たとえ遠くに離れていても、リシュリタの『声』だけは、いつもおいらの心に響いていたから・・・。それで声のする方に向かって行ったわけさ」
知らなかった・・・。リシュリタは心の奥でそう思った。
「これも、『奇跡』の一つなのかもしれないね。・・・ぜひ一度、会って話をしてみたかったな。楽士でありながらいくつもの『奇跡』を用意した、まるでおとぎ話に出て来る『魔法使い』みたいな、君の『母上』にさ・・・」
(お母様・・・)
リシュリタは遠くの空に、今は亡きその姿を見たような気がした。
「おいらでも・・・なれるかな、そんな『魔法使い』に。ねぇ、リシュリタ?」
そう言って将来の夢を語るロファの顔は、まるで無邪気な子供のようであり、リシュリタはその笑顔をたまらなく愛おしく思った。
(少なくとも、私にとっては幸せを呼ぶ『魔法使い』だわ・・・)
その一言に、ロファは嬉しそうに笑うのだった・・・。
これで以上です