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千夜狩猫アーカイヴス  作者: 千夜狩猫
ロファ・サーフェ・アーカイヴス
14/60

3.思いは時を超えて(5)

ご無沙汰しております。とりあえずロファ・サーフェ・アーカイヴスの第3話はこれにて終了です。

 その日の晩、ロファは再び夢を見ていた。

「・・・約束はどうしたのですかロファ?」彼女がロファにそう詰問する。

 ロファはただ俯いて、じっと何かを悩んでいた。

「ロファ!」彼女の声が自然と大きくなる。

「リシュリタにしよう!」ロファが突如、顔を上げて大きな声で叫ぶ。

「え!?」何のことだかわからず、思わず聞き返す彼女。

「君の名前だよ!名前があった方が、何かと便利だし、女の子なんだからさ。いいだろう、リシュリタ?」

 あまりに突然で、しかも慣れない名前に困惑するリシュリタ。

「リシュリタ・・・私の・・・名前?」

 一言一言、まるで美しい細工物に触れるかのように確かめる。

「そうだよ、リシュリタ」

 初めての体験に戸惑うリシュリタに優しく微笑みかけるロファ。

「さっきはゴメン・・・。まさかイリスに再会するとは思わなかったからさ。そこでリシュリタ、頼みがあるんだ!」

「・・・何ですロファ?」

 名前を呼ばれる事にひどく違和感を感じながらもこたえるリシュリタ。

「おいらに・・・、おいらにシタールを教えて欲しいんだ!」


 そして三日後、ロファは再び屋敷にやって来た。

 ある、強い『思い』を胸に秘めて・・・。


「待っていたよ。君の演奏、しっかり聞かせてもらうよ」

 フィオネルがそう言ってロファの正面に位置するソファに座ると、イリスが隣に腰を掛ける。イリスはロファの顔から目を背けていた。

 その二人の後ろにマリウスが厳しい表情で立っていた。

「・・・・・・それでは始めます」そう言うとロファはシタールを奏でだす。

 美しく、優しい音色が部屋中にひろがっては消えていく。

 すると突然、マリウスが驚きの声を上げた。

「こ、この曲は、ま、まさか!?」

 その声に、フィオネルとイリスは顔を上げてマリウスを見る。

 そしてロファが曲にあわせて歌い出す。

 決して大きくは無いがよく通る声で・・・。


「時の大河にその身をまかし 人の思いは千里をわたる

 今この命 尽き果てるとも 私の思いは永遠(とわ)に変わらず」


「や、やはりこの曲はルイーゼ様の曲!な、何故彼が・・・」

「母上のだと!?」流石にその一言には、フィオネルもイリスも驚く。

「間違いございません!!あのシタールもまた、ルイーゼ様御亡くなりの際に失われたもの。しかし、何故彼が!?」

 目の前の騒ぎを気にした風もなくロファの歌は続く・・・。


「今、この愛に身をゆだねれば 一瞬は永遠に姿を変えて

 消えることなど無いでしょう この思いを私は信じてる」


 ロファの声は強く心に響く。

 愛しさと切なさが入り交じり、願い、もしくは祈りともとれる歌声・・・。

 だがその裏に秘められた別の強い『思い』に、イリスだけは気づいていた。


「たとえこの身が風にとけても 心はあなたの側にいます

 この世が一夜のはかない夢でも フォルトゥーナの風は私に告げる

 その思いだけは真実であると・・・」


 そして静かに曲は終わりを迎えた。

 その場にいた誰一人として動く事は出来なかった。

 最初に口を開いたのはロファだった。

「これはおいらと彼女との『約束』でした・・・」

 ロファは静かにそう切り出した。

「約束だと・・・!?」 フィオネルがなるべく落ち着きながらつぶやく。

「はい、もう十五年も前からの約束でした」

 ロファはフィオネルにそう答えてからイリスを見た。

 イリスも、まるで何かを確かめるように、じっとロファを見ている。

「フィオネル様の母上であるルイーゼ様が御亡くなりになったのは、もう、今から二十年以上も昔のことです」

 ロファは目線だけでマリウスに確認する。

 マリウスが頷いたのを見るとロファは続ける。

「その当時にこのシタールを、まぁ、訳あってリシュリタと名前をつけましたが、ルイーゼ様らしき人物がある道具屋に売りに来たのが事の発端でした」

「なに、ルイーゼ様に良く似た人物だと!?」

 当時の病弱なルイーゼを知っているだけに余計に驚いている。

「そうです。彼女はこのリシュリタを売る時、『この声を聞く事ができた人物に売って欲しい』、そう言っていたそうです」

 ロファはマリウスにそう答える。

「そして十五年前に家族に連れられて、おいらはこの街にやって来て、そこでリシュリタと出会いました」

「どうして名前をつけたの?」 イリスが不思議そうに尋ねる。

「それはこのシタールには心が、ルイーゼ様の強い『思い』によって生まれた心があったのに、彼女をあらわす名前が与えられていなかったからです」

 そう言ってロファは優しくリシュリタを抱える。

「母上の『思い』?」

 フィオネルは信じられない、けど信じたい、そんな表情でロファに尋ねる。

「ルイーゼ様は、あなたが生まれてすぐに、もはや御自分の命が僅かである事を悟られました」

 ロファがフィオネルの目を見て静かに告げる。

「ルイーゼ様は、あなたの為に何一つしてあげられない事を悔やんでいました。たった一つでいいから、あなたに伝えたい思いがある。およそすべての母親が持っている、そんな強い愛情が奇跡を起こし、リシュリタは生まれました」

 ロファはそう言うと、リシュリタを優しく手前に捧げ持つ。

「そう考えてみるとフィオネル様とリシュリタって、兄妹とも言えますね」

「兄妹・・・?」

(私と・・・フィオネル様が・・・?)

 ロファの何気ない一言にフィオネルとリシュリタはひどく動揺していた。

 ロファは自分の意見の正しさを自分自身に納得させるかのように熱く語る。

「だってそうじゃないか!二人とも、それこそ奇跡の確率でルイーゼ様のもとに生まれたわけだし・・・。きっと、ルイーゼ様もそう思っていたハズだよ!」

「・・・何故そう思うの?」 イリスが冷静に根拠を尋ねる。

 それを聞くとロファは、優しい笑みを浮かべてはっきり答える。

「もし本当にルイーゼ様がリシュリタをただのシタールとして見ていたなら、『この子の声が聞こえる人に・・・』、なんてわざわざ言わないと思うよ」

「でもそれはリシュリタを、フィオに『思い』を伝えてくれる人と出会わせる為に・・・」

 イリスの言葉に、ロファは軽く首をふる。

「それだけなら決してリシュリタを『この子』とは言わないよ。そうだろ?」

 ロファの言葉に全員、はっ、とする。

「そしてあの時、リシュリタと交わした『約束』、それはリシュリタに託されたルイーゼ様の思いをあなたに伝える事でした・・・」

 フィオネルは指一本動かさずに、ただじっとロファを見ていた。

「だから、おいらはこのリシュリタの声に従い、ルイーゼ様の曲を弾きました。・・・フィオネル様。今の曲はルイーゼ様の、そう、二十年以上もの『思い』が込められた曲だったんですよ」

「二十年以上の『思い』・・・」

 フィオネルは黙って目を伏せると、声を抑えて泣き出した。

「でもこの『約束』も、もしかすると単なる手段だったのかもしれない・・・」

「手段、ですか・・・?でも一体、何の為の」

 マリウスが事務的な口調でロファに問い掛ける。

 ただの想像だけどね、前置きをしてロファが説明する。

「フィオネル様とリシュリタ、二人が出会う為のさ」

 イリスは不思議な気持ちでロファを見ていた。

(ロファは一体、どこまで見通しているのだろう?

いつからロファは、こんなふうに人の気持ちを深くくみ取れるようになったのだろう?

私の知らない所で、あなたはこんなにも変わっていたのね・・・)

 そう思うとイリスは少し寂しくなった。

(昔のロファは、もう、いなくなっちゃった・・・)

 そんなイリスの気持ちを知ってか知らずか、ロファは説明を続ける。

「もしあの当時、リシュリタをそのまま残しても、きっと遺品として葬られたでしょうし、たとえ葬らないように遺言を残したとしても、リシュリタの『声』の聞こえないあなた達にはただの、形見のシタールというだけの扱いとなって、決して『妹』として扱う事はなかったでしょう・・・」

 ロファの言うことに思わずマリウスもフィオネルも納得する。

「ルイーゼ様はフィオネル様を愛するようにリシュリタの事も愛されたのです。だからルイーゼ様は、二人を兄妹として出会わせる為に、リシュリタを使って『思い』を伝えるという形をとったんだと思いますよ」

 ロファは再びリシュリタを抱え持つ。

「こうすればあなた方に、たとえ声が聞こえないとしても、リシュリタの存在を認め、『妹』である事も認めるかもしれない。これはルイーゼ様にとっては、一種の賭けでもあったんです。そして結果はこのとおり、というわけです」

 ロファがフィオネルの前に立つと、リシュリタを前に出す。

「さあ、二十年以上離れていた兄妹の初めてのご対面ですよ・・・」

(ロファ・・・、私は・・・) リシュリタの声にためらいが混じる。その時、

「な、なんだこの声は!!」 フィオネルが、突然声をあげた。

「フィオネル様、もしかしてリシュリタの声が・・・?」

 これにはさすがにロファも驚く。フィオネルの顔にはもはや涙のあとは無く、震える腕でロファからリシュリタを受け取る。

「お前が、リシュリタ・・・。私の・・・妹なのか・・・?」

(フィオネル様・・・!?) 『妹』と呼ばれ、思わず声が詰まるリシュリタ。

「聞こえる。聞こえるぞリシュリタ、我が妹よ!!」

 感極まって叫ぶフィオネル。

(お兄様・・・!!) リシュリタも声だけで泣いていた。

 ながい時を超えて、今、兄と妹は初めて『家族』になった!!

「さようなら、リシュリタ・・・」

 その場から一人離れてそうつぶやくと、ロファは足早に部屋を出て行った。

「ロファ!!」

 イリスは涙を流している三人はそのままにロファの後を追い掛けて行った。


「待って、ロファ!」 イリスは門の所でロファをつかまえた。

「おいらの役目は終わったよ・・・」 ロファがイリスの顔を見て言った。

 その言葉を無視して胸の前で祈るように手を組むと、イリスは口を開く。

「さっきの歌の時なんだけど、ロファ、私・・・」

「あなたと別れてもう六年になりますね」 突然ロファがそう告げる。

 イリスが言葉を飲み込む。一瞬の重い沈黙・・・。

「おれがあなたと出会うのにどうしてもそれだけ必要だったという事でしょう。お互いに笑って出会う為には・・・」

「・・・ロファ・・・」

 イリスは何も言えなくなってしまった。ロファの、自分に対するあの強い『思い』を知ってしまった今では・・・。

 ロファの言葉が、今はひどく重く感じる。

「どうぞ、末永くお幸せに・・・」 ロファがうっすらと微笑む。

 その表情にイリスは胸をつかれた。

 それは、イリスの良く知る昔のままのロファの笑顔だった。

 自分の辛さを決して他人に悟られないようにする時のロファの顔であった。

 それを見てイリスは気づいた。ロファは変わっていないという事を。

 少なくともその笑顔だけは・・・。

 宿に向かって歩き去るロファの後ろ姿を、イリスはずっと見守っていた。


 翌朝早く、ロファは宿を出た。

 僅かに風がつめたいが、今はその冷気が心地よい。

 街の入り口のところまでくると、ロファはそこに人影がある事に気づいた。

「イリス!」 ロファは驚いて立ち止まる。

 イリスはその手の内にリシュリタを抱えていたが、ロファの側まで近寄るとリシュリタをロファに手渡す。

「これは・・・!?」 戸惑いながらリシュリタを受け取るロファ。

「フィオがね、昨日の御礼の代わりだって。あなたの側に置いて欲しいそうよ、フィオも、もちろんリシュリタも」 明るい声でそう言うイリス。

(はい・・・) リシュリタの声がロファの心に響く。

「昨日あれから、私とフィオの夢に現れてこう言ったのよ。『ロファは約束を果たしてくれました。また、単なる心に過ぎなかった私に名前をつけてくれて、そして『お兄様』という家族まで与えてくれました。私はそんな彼に報いたい、彼の側にいたい』ってね。愛されてるわね、ロファ」

 イリスがいたずらっぽく言う。リシュリタの、義姉(あね)を責める声さえもイリス当人には伝わらない。

「リシュリタ・・・」

 リシュリタが照れたように見えたのは昇り始めた朝日のせいか?

「フィオから伝言、『大事な妹を泣かせるようなまねをしたら許さないからな。わかったな、義弟(おとうと)よ!』だって」 思わず堪え切れずに笑うイリス。

「だ、だれが義弟だよぉ!!」 予想外の展開に、ロファは慌てた。

「まぁ、リシュリタの声を聞ける人は他人ではあなただけだし、リシュリタもあなたが好きみたいだし、兄としてはやっぱり妹に幸せになって欲しいらしくて、もう観念して責任取りなさい!」 イリスが楽しそうにクスクス笑う。

「そんなぁ・・・」 思わず頭を抱えるロファ。

「ロファ」

 その声に応じてロファがイリスの方を振り向くと、イリスが素早くロファに唇を重ねた。甘い香りがロファの鼻腔を微かにくすぐっていく。

 そして今度こそ本当に慌てるロファを見て、イリスはまたクスリと笑う。

「もう二度としないわ。絶対に!」

 イリスがまっすぐにロファを見て言う。

「ただね、せめてもの思い出が欲しかったのよ」

 そう言っていたずらっぽく笑みを浮かべるイリス。

 それはロファの良く知るイリスの笑顔であった。

「さようなら、イリス」 ロファが、リシュリタを脇に抱えて右手を差し出す。

「さようなら、ロファ」 イリスがロファの右手を握る。


 こうして今日もまた一日が始まり、二人の気持ちも再び、それぞれの未来に向かって走り出そうとしていた・・・・・・。

ロファ・サーフェ・アーカイヴスはまだ続きます。気長にお待ちくださいませ。

特に8月は仕事が忙しくてサルベージ作業は到底むり!(笑)

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