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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
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【短編】トイレのチャラ子さん

作者: 磯貝青海

ver.1.0なので多分後ほど更新します。

 いわゆる『学校の七不思議』というものは時代が進むにつれて存在感が薄れてきたものであろう。人体模型が動いたり、音楽室のピアノが急に鳴り出したり……。昔の学生はそんな非科学的で根拠も無い話を好んだものだとか。が、今となってはそんな話を信じる者は皆無に等しい。……まあ、それでも出処の分からぬおかしな陰謀論を信じる者は少なからずいるものだが……。

 

 しかし、私が通っているこの高校には数年前からある都市伝説というか、一つのある不思議な現象が語り継がれているという。『トイレのチャラ子さん伝説』だ。

 

 その内容はこうだ。まず、授業中、誰か、女子がトイレに行くために席を離れる。誰かと言っても、クラスで目立たない女子が殆どだという。そしてトイレに数時間籠ったのち、忘れた頃に帰って来たその人は完全に人が変わっている……。いわゆる『陽キャ』『パリピ』になっているとか。

 

 ……ちょっと何言ってるか分からない。

 

 まあその急に人が変わってしまった、というかパリピになってしまった女子に共通しているのが『トイレに駆け込んだ』という理由から、女子トイレにとんでもないパリピが潜んでいるのではないか、と推測され、『トイレのチャラ子さん』の伝説が広まった、と。

 

 

 ……やっぱり何言ってるか分からない。

 

 どちらかというと、邪悪なものを吐き出して気持ちが吹っ切れたんじゃないか、と私は推測する。いや、なんで学校のトイレで吐くと邪悪なものまで……? とにかく一つ言えるのは、こんな議論を独りでしているとただただ頭が痛くなる一方であるということだ。


「ほら授業始めるぞ、委員長、号令かけて」

 

 ほら、そんなくだらないことを考えているうちに休み時間までも終わってしまった。学級委員長たるもの、こんなばかげた話について考察している場合ではない。

 

 とはいえ、この学級委員長という役職も、好きでやっているわけではない。表面ではおとなしい(と周りの人間からはされている)私の性格上なのか知らないが、担任に半ば押し付けられるような形でなったものだ。なんて理不尽な。

 

 こんな私でもしっかりと裏の面というのは持ち合わせていて、ツイッターにしっかりと愚痴垢を持っている。それも2個。日々の不満をたらたらと書き綴ったり、世間への文句を垂れ流したり……。とにかく生産性のない話ばっかり書き込んでいる。希死念慮こそ持ち合わせていないものの、学生の闇をぎゅうぎゅうに押し込んだようなゴミ同様のツイートをただ延々と、ただひたすらに。あんなに生産性のない「チャラ子さん」の話を否定していたくせに。まあ、そこはツイッターのテンションだからご愛嬌って事で。

 

 今日の物理の授業は自習。このクラスを担当する竹下先生は、どこか掴みどころのないベテラン教師だが、授業は分かりやすくスピーディ、今回も説明するだけして案外早く試験範囲が終わってしまったという理由で、残りそこそこある授業は全部自習だとか。こういう先生が一番ありがたいと思う。やはりベテランというだけあってか、そういうところは分かっているのだろうか。

 

 寝てもいい(竹下先生はこれくらいでは何とも言わない)のだが、次のテストがまずい結果だと色々と危ないという事もあり、しっかりとワークブックを進める。しかし、ここで問題が。先程の休み時間にお花を摘みに行かなかったせいか、今になってお花を摘みに行きたくなってしまった。昨日は日が明ける頃までネットの友人と銃だとかロケランだとかをぶっ放していたので、その眠気覚ましとして登校中に買ったエナジードリンクのカフェインがここにきて本領を発揮しているのだ。

 

 こういう時は我慢せずにさっさと摘み取るのが吉なので、先生にその旨を伝えてトイレに行く。

 

 ウチは私立のくせにあんまりトイレが綺麗じゃない汚いわけではないのだが、どうしても他の私立高校と比べると見劣りする。なんかゴツゴツしたICT教育? の機械をあちらこちらに導入しまくる前に、もっと改善すべき場所があるのではないか。と、今すぐにでもツイッターに書いてやりたい。というか書くか。とっくに花は摘み取ったが、便座に座ったままスマホを取り出す。怖いくらいに静かなトイレの中、スマホのキーボードの電子音だけが鳴り響く。こんなに静かだと、色々と思考がはかどるものだ。


 ――それは、ちょっとした悪戯心。いや、魔が差した、とでも言うべきだろうか。


「……チャーラ子さーん」

 

 小さな声で呟く。

 

 誰も、いるはずが無い。

  

もう少し声量を上げて。


「……チャーラ子さーん」

 

 誰も、返してくれるはずが無い。

  

 最大限に大きな、小さな声で。

「チャラ子さーん」


「……そんなもの、存在するはずが無い、って?」


「うわちゃびぃ!?」


 まだ授業中だというのに、それなりにちゃんとした校則があるはずなのに、鍵はちゃんと閉めたはずなのに、もう21世紀だというのに、そこには、もう中身が見えそうなスカートにルーズソックス、そして胸元が大きく開いたYシャツを着た女。


「何回も呼ばなくてもウチはここにいますよと」


 見るからにチャラい格好、テレビ番組で見たことがある90年代の典型的な『コギャル』というべきだろうか。とにかくそこにいた女――都市伝説とされていた『チャラ子さん』と思われし女は、確かに私の背後に存在していた。


「で、どうしたのさ? 何か用でも?」


「い、いえ、あの……」


「こんなとこで話すのもアレだからさ、とりあえず場所変えよっか」


 そう言って彼女は、未だ履いていない私の手を引っ張って、何の変哲もないトイレの壁をすぅっと抜けていった。


 目を開けると、そこは見たことがない教室……家庭科室? だった。


「ここは……」


「旧校舎の家庭科室だよ。ほら、食べな」


 彼女の手には、私には似合わないような、得体が知れないけどすごく美味しそうな物体。


「いやぁ、最近ヒマすぎてさ。ここで練習してたのよ。チーズハットグ」


 彼女から渡されたその物体に、一口噛みつく。火傷しそうなくらい熱いけど、ほっぺたが落ちそうなくらい美味い。


「そんで、なんでウチの事知ってたんよ? まさしくチャラ子さんとはウチの事なんですけど」


 火傷しそうなくらい熱いはずなのに、なんともないといった表情でハットグを頬張りながら彼女は問う。


「いや、なんか、その、学校で都市伝説? みたいな感じで言われてるので……」


「えー!? マヂ!? そんなに有名人なの、ウチ?」


「なんか、大人しめの女子がいきなり人が変わったようになるから、トイレになんかいるんじゃないかって」


「名探偵じゃん! ウチの高校も頭良くなったもんだね」


 言うて偏差値53だけどな、この高校。


「というか話変わるけどさ、あんた人と話すの慣れてないっしょ?」


 ギクッ。


「あー、図星って顔。何となく分かるよ? テンパってる感じがするっていうか、なんかビビってるっていうか? 典型的な『芋』って感じ?」


「それはそうですけど……」


 初対面でいきなり芋とか言ってくるってどんな頭してんだ、この女……。


「よーし、チャラ子さんに任せな! ウチだって最初はアンタみたいな感じだったし。あんたをトーキョーでも通用する女に仕上げて見せるんだから!」


 そう言うと彼女は腕まくりをして、家庭科準備室の方へまっしぐら。


「あ、それとさ、そろそろ履いたらどう?」


 私のだらしない下半身を見ながら彼女は忠告した。



 1分くらい経って戻ってきた彼女の両手には化粧ボックスと数着の服。


「女は化粧よ? 『粧おって』『化ける』わけよ?」


 そう言いながら彼女が開けた化粧ボックスを覗くと、芋の私には無縁そうな道具が大量。


「とりあえず細かい事は後で。まずは化けてみましょう、ね?」


 艶やかな声で囁いて、ヒョイと私の黒縁メガネを外し、テキパキとした手つきで私の顔に何かを塗ったり、押し付けたり……。経験したことのない感覚だが、どこか気持ちよくも感じた。


「はい完成。目開けていいよ」


 数分後、ドキドキしながら目を開ける。目の前の鏡に写っていたのは……。別人?



「別人だと思ったでしょ。正真正銘、これがあんたの姿だよ」


 顔を動かして、様々な角度から見てみる。が、私の目に芋は写らない。どころか、そこに写っているのはテレビで見たような若手の女優。


「メガネ取らなきゃ気付かなかったけど、あんたすっぴんでもいい顔してるよ。マジで。これまでで最高傑作よ。それにさ……」


 褒められた事の全ては覚えていないが、目をキラキラさせながら放たれる賞賛のマシンガンには、どれも説得力があった事だけは確かに覚えている。


「よし、じゃあ次はこれ」


 と、チャラ子さんはいきなり私の制服を脱がせるや否や、傍らに置いてあった服を引っ張ってきて、私に合わせ始めた。


「な、何するんですか!」


「女同士なんだからいいじゃんいいじゃん。恥ずかしいなら私も脱ぐよ?」


「いやそういうことじゃなくて!」


「冗談だって。ヨシ! じゃあこれ着てみな」


 と、彼女に強引に着せられたのは、白のセーターにプリーツスカートといった、意外にも清楚系っぽい上下。


「いいじゃんいいじゃん似合ってるよ。やっぱ綺麗な黒髪の子ははっちゃけたのじゃなくてもこういうのでいいのよこういうので。欲しかったら買いな。上下ユニ〇ロで安く買えるからさ」


「マジですか!?」


「マジよマジ。大マジすぎて大魔神佐々木よ」


「佐々木……?」



「あ、今の守護神はヤスアキだっけ? ごめんごめんジェネレーションギャップよ」


 佐々木もヤスアキも知らないが……。


「まあいいや。で? どう? 自信付いてきた?」


「自信?」


「そ。明らかに進化した自分を見ると、自分に自信が湧いてこない?」


「それは……」


 もう一度、鏡に写る自分の姿を見つめ直す。そうすると確かに、今までに感じたことのない感覚がどこかから湧き上がってくるような、そんな気がする。


「……確かにそうかもしれません」


「なら良かった。ほんじゃ次はパリピ語講座やろっか」


「パリピ語……?」


 変わり果てた自分にうっとりする間もなく、チャラ子さんはぶっこんでくる。


「そ。あんたのような太宰しか読んでなさそうなカタブツちゃんでもこれさえ分かればそれなりにパリピになれそうなやつを何個かね」


「言うほど堅物でしたか……? あと太宰治は読んだことないです」


「えー? もったいない。太宰治も読んだことないなんてそれこそ人間失格だよ」


 なんだこのコギャル……。



「と言っても、こういうのって割と一般化してるものも多いし、なんなら男でも余裕で使ってたりするからね。そんなに難しいもんじゃないと思って大丈夫。中学校の英単語英文法レベルよ」


「は、はぁ……」


 カフェインを入れたとはいえ、徹夜明けに二人きりで意味も分からぬ『パリピ語講座』は体にこたえた。その後、途中何回か起こされたものの、殆どにおいて意識が飛んでいたためどのくらい続いたかとか、何を話していたかなんかは全く覚えていない。


「さてと、次は」


 パリピ語講座を終え、やっと解放されるかと思ったら、休憩の間もなく次へ次へと話題をぶち込まれる。


「ちょっと待ってください」


 目をこする私を置いてけぼりにしてどんどん先にいく彼女を引き留めようとした、その時。



「まーた君はそういう事をする」


 いきなり、ドアががらりと開いた。そこに立っていたのは、竹下先生。


「あ、違うんです、これは……」


「お、たけっちー」


 授業を抜け出して化粧にファッションを楽しんでいたところを見られ慌てふためく私とは裏腹に、チャラ子さんは何喰わぬ顔、むしろ親しげに挨拶までしていた。


「まったく、困るよ。可愛い可愛い生徒を何度も誘拐してイメージまで変えてしまうのは」


「先生はなんも分かってないなぁ。女は輝いてなきゃダメでしょ?」


「僕は大人しい女性の方がタイプなんだ」


「あ、あの……」


「なんだい?」


「先生はこの人……『チャラ子さん』を知ってたんですか?」


「ああ。何年も前からね」



「ウチとたけっちはガッチリハマり合う凸凹コンビみたいなもんだかんね」


「さあ、どうだかね。とにかく、君みたいな非科学的な存在に生徒を持ってかれると上に言い訳しづらいからやめてくれ」


「え?」


「ああ、聞いてなかったのか。こいつはこの学校の地縛霊かつ守護神みたいなもんさ」


「そういや言ってなかったね。地縛霊兼守護神でーす」


「霊……」


 急激に背筋が凍る。さっきまで話していたそこの女は、とっくのとうに死んでいたのだと考えると、無理もない。よくよく考えれば、元ネタこそ幽霊の第一人者みたいな感じなのに、そのパロディが生身の人間というのも考えにくい話だ。しかし、こんなにもフレンドリーでコギャルチックな幽霊というのは私の、いや、少なくとも日本人の持つ観念の中には存在し無いものだろう。違和感を違和感が消していた、とでも言おうか。最初の恐怖心など忘れるのも無理がない。


「このチャラ子さん……いや、故・渋谷くんとでも言おうか。君のクラスでも授業中に話さなかったかな? 旧校舎の呪いというものを」


 旧校舎の呪い。


 そういえば、確かに竹下先生はこんな話をしていた。


「この学校の旧校舎はね、10年くらい前までは取り壊す予定だったんだ。新たに体育館を作ろうという大型プロジェクトでね。でも、取り壊そうとした業者は急に倒産したり、プロジェクトの主任だった先生は急にやめてしまったり大ケガしたり。そのプロジェクトに関わった人たちはなぜか不幸になってね。結局、いつの間にかこのプロジェクトは流れてしまった」


「そして、取り壊そうとした理由はそれだけじゃない。そもそもの旧校舎の老朽化、耐震面というところもあった。そしてもう一つ。旧校舎で98年に生徒の死亡事故が起こってね。その事故が起こってから、ウチの進学実績が低迷したりして。その厄払いという意もあった。」


 というのが、授業で言っていた話だ。


「あの話の続きだ。僕はこの旧校舎に思い入れがあってね。若い頃から苦楽を共にしたもんだから。だから授業のない時とか放課後に散歩したりしてたんだ」


 先生は遠い目で続ける。


「ある日。たまには冒険してみようと、いつもは入らない校舎内に入ったんだ。そして物理実験室の方に行こうとすると、なんだか変な気配を感じてね。後ろを振り返ると……いたのさ。見覚えのある顔がそこに。思わず腰を抜かしたよ」


「あれマジでチョーウケるよね。いっつもクールなたけっちのあんな顔見たことなかったから爆笑しちゃった」


「お前こそ、その後すぐに泣き出したじゃないか。『ずっと一人で寂しかった』って。優等生でもこんな顔するんだなってしみじみさせてもらったよ」


「ばっ、デリカシーなさすぎでしょ! 有り得ないんですけど!?」


 竹下先生の見事なカウンターに、チャラ子さんは顔を赤くして荒げる。


「どうやらお亡くなりになってからずっと独りで旧校舎の中を彷徨ってたみたいでね。可哀想だから最低限の生活は保障してやろうと、そこの家庭科準備室を改良してアパートの一室レベルにはしてやって、今の情報も分かるように、とパソコンも設置してやった。そしたら、やはり定期テストトップ10の常連だね。すぐにパソコンを使いこなしちゃった。あまりに手際が早いもんだから欲しい洋服と引き換えに仕事手伝ってもらったりも……皆には内緒だぞ」


「おい教師」


「この歳になると目が衰えるんだよ……。パソコンに向かうのが辛くて辛くて」


「なんならウチ、あんたの成績付けたことあるかもしれないね」


「ええ……」



 見た目の割にめちゃくちゃ優秀なの、凄いと思う反面なんかイラッとくるな……。


「それから彼女なりに試行錯誤したのか知らないけど、一応旧校舎の地縛霊だけど新校舎に行けると知った彼女は、トイレで待ち伏せて陰気な女子ばかりを魔改造し始めた……と。ざっくりこんな感じだ」


「だってネットサーフィン飽きちゃったんだもん。ゲームしようにもスペックが低すぎるからさ」

ネトゲに手を出そうとする90年代後半のギャルって構図、なんだかおもしろいな……。


「まあ、授業を抜けてどこかへ行くわけでもないのにそんなおめかししてたからって咎めはしないよ。むしろそこの非科学的存在に出会えた事を誇りに思うといい。しかしまぁ……おとなしげな君がそちら側へ行ってしまうとはね」


 と、どこから出したのか分からない紙パックのイチゴオレを飲みながら竹下先生。


「あ! それ私のイチゴオレ」


「その代わり、君へのお咎めとしてこのイチゴオレは頂きだ」


「なんでよ! 返せー!」


 まるで、親子のような微笑ましいやり取り。科学を追求してきた者と、非科学的な存在という意味では、彼女の言う通り、これ以上存在しない凸凹コンビなのかもしれない。



「……さて、もう昼休みだ。そろそろ帰ろうか」


 高そうな腕時計を見ながら、竹下先生は言う。気付けば、この非科学的存在と数時間を共にしていた。


「旧校舎から帰るのはちょっと抵抗感あるなあ。他人に不思議な目で見られそうだし」



「じゃあウチが元いたトイレに戻してあげるよ」


 と、チャラ子さんはトイレで出会った時のように私の手を引っ張る。そして家庭科準備室への扉へ一直線に突っ込むと、眩い光に覆われ、思わず目を瞑る。光が収まり、目を開けると、そこはさっき入った女子トイレの個室だった。


「知ってる? この学校、携帯とかその辺の規則は厳しいのに、化粧についての規則って明記されてないんだよ。不思議だよね」


「えっ、そうなんですか」


「そうそう。暗黙の了解で化粧は禁止とか思ってる子多いみたいだけどそんな事ないんだよね。なんでか知らないけど。ほんじゃ、まったねー」



「あの!」


「ん?」


「また会えますか……?」


 恐る恐る、私は問う。


「あんたが会おうと思えば会えるよ。ウチは基本的にあそこにいるからさ。むしろずっと一人で寂しいから、いつでもおいでよ。チャラ子さんワールドに誘ってあげる」


 ニッコリ笑ってそれだけ言うと、チャラ子さんは壁をすり抜けてどこかへ消えた。その後すぐにその壁を触ってみても、いくら触ってみても、それはただの硬い壁だった。



(うう……緊張するなぁ)


 これからクラスの一番前に立つ存在になると思うと、心音が高まる。


 もともと、私は副学級委員長だった。それが、いきなり委員長が行方不明になってしまい、夏休みが明けても見つからず、結局代理を務めていた私がそのまま昇格したのだ。


 昇格後初の学級会議はさんざんだった。来たる文化祭に向け、出し物の提案を募ったものの、他クラスや教員から問題児集団とも呼ばれている私のクラスからロクな案が出るはずも無く、結局会議は次へ持ち越しとなった。体調を崩した担任の代わりにクラスを受け持った竹下先生には訳の分からない話を延々と聞かされるし、これが新委員長に対する仕打ちか、とどうしようもない怒りもこみ上げてくる。


「ねぇ、なんでそんな暗い顔してるの?」


 俯きながら校門を出ようとしたその時、私を呼び止めたのは、ファッション雑誌で見るような美人さん。私の魔性の女レーダーがビンビンに反応している。


「誰ですか?」


「いやぁ、通りすがりの先輩ちゃんって感じ?」


 にっこりと笑みを浮かべ、彼女は続ける。


「で、なんでそんなに暗い顔してたのよ。なんか恋の悩みでもあるとか?」


「いえ、その……急に学級委員長を任されて、右も左も分からくて」


「へぇ……。なんだか、私に似てるね」


「え?」


「私も経験あるんだよね、学級委員長。私だって最初は大変だったよ。なんなら結局最後までうまくいかなかった。ストレスとかヤバかったし。でもね。そういう時こそ、イメチェンしてみるといいよ」


「イメチェン……ですか」


「そ。なんなら私がレクチャーしてあげようか。いきなり自己流でやって失敗しちゃうと案外立ち直れないもんだからね。こういうのは最初慣れてる人から直接聞く方がいいのよ。悪い大人が酒にパチンコに手を出す感覚で、合法的にデメリットなく気持ちよくなれる、それがイメチェンってもんよ」


「そこまで言うなら、じゃあ、お願いします」



「じゃ、旧校舎で待ってるからね」


 透き通った美しい黒髪を秋風になびかせながら、彼女は屈託のない笑顔で言った。


「あ、ちょっと待ってください、親に連絡を……」


 鞄からスマホを取り、もう一度顔を上げると、そこにいたはずの美人さんは、気配すらなくどこかへ消えていた。


 不思議に思いながら、私は母親に『少し遅くなる』とだけ連絡し、彼女に言われた通り、なんだかいい香りの漂う旧校舎へ向かった。

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