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精霊の星 ~丘の魔王の研究所~  作者: 月見 カラス
第1章 ヴィータ編
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第6話 魔王制

「下手くそ」


 辛辣(しんらつ)な言葉と共に、アビスは自身の指先に触れるヴィータを眺めた。

「言われなくても分かってるから」


 ここ数日やってきた事、それはとにかく能力を使うこと。意識的に能力を使い、能力を使っている感覚を覚えること。

 それが身に付けば、無意識に発動している能力も、徐々に解消するだろうとアビスは言っていた。しかしヴィータは焦っていた。


「……ねえ、本当にこれであってるの?」


 ヴィータは能力を使う上で、条件を出した。生命ではなく、アビスに対して発動すること。これは訓練の過程であっても、自分の能力で命を奪う行為など、したくないという拒絶反応であった。それは訓練も、そうでない時でさえも、決して家から出ないという行動に繋がった。

 幸い、アビスの元を訪れる者は少なく、必要なものはアビスが買い出すか、エミリアという女性が手配してくれた。


「もしかすると、精霊より生命相手に使った方がいいのかもしれないねえ」

 アビスもヴィータの成長が遅いとは感じていた。その理由は、能力の本質に迫っていないからではないかと考えた。


「それはやらないって、最初に言ったでしょ」

「そうなんだけどねえ……。まあ、焦る必要もないか」


 コンコン。突然、ドアをノックする音が聞こえた。珍しいことである。


 咄嗟(とっさ)に、ヴィータは能力の使用を止めていた。と言っても、完全に止められている訳ではないが。

 アビスは、少し様子を見ているようだった。予感だったのだと思う。


「鍵は開いているよ」

 沈黙を貫く訪問者に、そうアビスが声を掛けると、扉が鈍い音と共に開いた。


「アビスか、久しぶりだな」

 はっきりとした発音。女性だが、重厚な声。光に包まれたそのシルエットは、細く、しかし健康的で、赤い瞳と髪が際立っていた。


「フレアか。こんな辺境に、君が何の用だい?」

 その女性は、一度アビスを(にらむ)むと、すぐにヴィータの方を向いた。


「そこのお前、どこの所属だ?」

 突然の話にヴィータは驚いた。アビスではなく、自分に用があるとは思いもしなかった。


「えっと……所属?」

「そうだ、所属だ。答えろ」

「……どういう意味?」

「はあ?魔王制を知らない!?」

「教えてない」

 アビスが割って入る。


「……お前がここまで非常識だとは知らなかった」

「必要がなかったからねえ」

 赤い瞳は揺らめき、次にヴィータを映した。

「……数日前に、ここから南にある町で生まれ、国境を超えて逃げた精霊はお前で間違いないな?」

「それが……どうしたの?」

「お前の討伐を依頼された」

「討伐!?」

 驚きの色を隠せず動揺するヴィータとは裏腹に、アビスは淡々としていた。


「クソ真面目だよねえ、君は」

「ちょっと待ってよ。討伐ってどういうことなの?」

「こいつは自警団みたいなことをやっているんだよ。何でも屋って言った方がいいかな?誰かが君に脅威を感じて、相談に来たってとこだろう?」


「それで、どこにも所属はしていないんだな?」

「所属って、どういう意味よ?」

「誰の子分かってことさ。アビスの子分なのか?」

「別に子分って訳じゃ――」

 ヴィータが言いかけた時、アビスはあからさまにそれを(さえぎ)った。


「何も知らない子を、一方的にいたぶるのが君の流儀なのかい?」


「……」

 フレアは少しの間、口を閉じた。多分、アビスには色々言いたかっただろうが、それを全てのみ込んだ。

「魔王制という言葉は分かるか?」

「いえ……初耳だけど」

「精霊の世界に、法律なんてややこしいものはない。基本的に、自分の身は自分で守る。それが大原則だ」

 そこにアビスが付け加える。

「ただし、魔王制という唯一(ゆいいつ)の法に近いものが出来た」


 ここで、魔王制の第0条を教えよう。

『魔王は以下に記された規則を遵守(じゅんしゅ)する義務を持ち、他のいかなる法・規則、またはそれに相当するものに束縛・罰されることはない』

 この条文の意味は、魔王は魔王制に記されたこと以外は守るモノなどない。魔王という存在が、いかに絶対的な存在であるかが分かると思う。


 フレアが続けた。

「そうだ。精霊の中でも絶対的な存在。魔法を操る精霊の王で、魔王と呼ばれている」

「実際には、色々な意味が含まれていると思うよ」

「……話を戻そう。精霊は、魔王に所属を宣言し、魔王がそれを受け入れれば、その時点で親分と子分の関係になる。子分に手を出せば、親分にケンカを売るのと同じこと。だからこの関係性は最も重要だ」

「そうそう。それで君が所属を言わないのをいい事に、こいつは君を好きにしようとしたという訳さ。力づくでねえ」

「普通知っている。我々の中にある唯一絶対のルールだぞ」


「……それだけ、魔王が強いってこと?」

 ヴィータの素朴(そぼく)な疑問には、アビスが返した。


「強さより影響力かな。みんな何かしらやらかして、遥か遥か昔に、人間達から絶対服従しますから、どうか何もしないでくださいってお願いされたのが、魔王制の始まりだったかなあ」


「アビスはなんとなく想像できるけど――」

 ヴィータはフレアを見た。それを受けて、アビスはニヤニヤが止まらなかった。

「口を開いたら、焼き切るぞ、てめぇ」


「そ、それで、その……話しぶりからして、魔王ってまさか……」

 ヴィータはアビスを見た。アビスはフレアを見た。そのフレアはアビスを見た。

「もしかして、2人とも魔王なの?」

「ん、そうだよ」

 アビスの軽い返事に、ヴィータは少しばかりのイラつきを覚える。


「それって!すごく大切なことじゃないの!?」

「だから非常識だって、言ったんだ」

「いや、君はしばらくこの家に引き(こも)るし、外の世界のことは後々でも――」

 フレアも平行線な話に、うんざりしていた。

「で、所属を今すぐ言ってもらおうか」

「えっ……。そんなこと、突然言われても――」


 ヴィータはアビスを見た。それは別にアビスに所属したいという意思ではなく、それ以外の選択肢が無いという意味。

「ヴィータは私と契約を交わしているよ。彼女が家にいる間、私は能力の訓練に付き合う。もちろん、私は彼女に対する攻撃を認めない」

「……親分・子分よりは、ずっと弱い関係性だな。どのみち、いつかは誰かに所属するんだ」


 ヴィータは助けを求めるようにアビスを見つめ続けている。

「そうだねえ。事情があったり、単に弱かったりするはぐれ者を保護している魔王もいるよ。紹介しようか?」


「なら、私でも構わないぞ」

「ちょっと待ってよ。さっき、私を討伐するって――」

「依頼が来ただけだ。人間をいたずらに害する精霊は排除するのが普通だが、話を聞く限り、お前は力を制御しようとしているんだろう?だったら、様子を見てもいい。もっと人の少ない、良い環境も私なら提供できる」


 アビスが不服そうにフレアを見た。

「だから、訓練は私の元でやる。契約だと言っただろう?精霊が交わした契約は何よりも重い。君もそれは分かっているはずだ」

 どこまでも平行線。のらりくらりで、結論を出そうとしない。そんなアビスの態度は、フレアを確実に苛立(いらだ)たせていた。


「気に食わねえ」

 フレアは違う。フレアは真っすぐだ。どこへ向かうにしても、誰を相手にしても、最短距離を()けようとする。


「では、どうするかね?」

「お互い魔王同士、意見が割れたら、やる事は1つだろ」

「決闘か――」


「決闘!?」

 ヴィータの声が大きく跳ねた。

「昔から精霊同士のいざこざは、決闘でカタをつけると決まっている。魔王同士なら尚更だ。これは魔王制にも明記されている」


 フレアの言う通り、これは魔王制に記されている。『魔王制』とは、言ってしまえば、魔王の存在は絶対。その魔王同士で問題が起きた時の、取り決め覚書(おぼえがき)に他ならない。


「決闘ねえ……。君と戦って勝てる訳もないしねえ――」

 アビスはここにきてもゆったりとしていた。

「トランプやサイコロって訳にもいかないだろうねえ」

「受けねえよ。仮に受けたとして、精霊1人の運命をそんなので決めていいのか」

「正面から戦うより確率が高いというだけさ」

「高いだろうが、そんな運否天賦(うんぷてんぷ)で、決められた方はどう思う。何度でも言う。そんな条件は絶対に受けない」


「仕方ないか」

 アビスはやれやれと言った感じで、長い息を吐く。

「1分でどうだろう?」

「1分?戦う時間に制限を付けるのか?」


「違う違う。私は微動だにしない。攻撃もしない。1分、君の攻撃を受け切ったら私の勝ち。私が……そうだな、1mでも動いたら君の勝ち。それでどうだろう?」

 突然の提案。フレアは警戒する。

「当然、お前の意思ではなく、私がお前を動かしても私の勝ちだな?」

「もちろんさ」

「場所は野外でやる。ここではやらない」

「いいとも」

 次第に、心の奥底で何かが燃え広がり始めたのを感じた。


「舐めているのか?不動で1分!?私が炎を使うことぐらい知っているよな!!?」

「つまり、呑める条件ってことかな?」

 アビスの自信ある言動に、フレアも少し考え込んだ。


(勝つ気がない?それとも、耐えられると本気で思っているのか。1分だけなら?そんなぬるい使い手だと思われているのか、私は――)


「いいだろう。私が勝った時は、その精霊は私が預かる」

「負けたら、さっさと帰って欲しいな」


 2人の魔王が、衝突する――。

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