力
上官に呼び出される朝。そこまでいい気持ちではない。
木製でカーペットの敷かれたそこそこ質感の良い廊下を歩き、応接室へと向かう途中で、私はそんなことを思う。途中で他の人間が通り過ぎるが、皆私を避ける。
私は事情で両手が義手だ。鈍い金属の色を出すそれは、人間が装着するには不釣り合いで、嫌悪感を抱く。しかしそんなものは何十年も前からあることで、今更怯えたりすることではない。
廊下をしばらく歩き、目的の場所で扉をノックする。
「失礼します。」
質感の重い扉を開けると、上官がそこにいた。
「よく来た。立ち話もなんだから、そこに座れ。」
「失礼します。」
私はソファに腰掛ける。上官もそれに合わせて、向かい側のソファに腰掛ける。
「さて…桃華、突然だが重要な任務をやってきて欲しい。内容は、敵が持っている最終手段の、超火力兵器の回収及びその永久凍結だ。これが資料。」
そう言って上官は引き出しから十数枚の資料を取り出し、机の上に並べる。
「どうだ?行けそうか?」
余裕だ。図面を見る限り、欠陥が多すぎる。
ならば行くしかない。
「行きます。」
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よし、行ける。
目の前には武装した警備員が3人。ガストラップと感知センサーが張り巡らされている。
私はピストルを構え、トラップをすべて撃ち抜き無力化。警備員が私を認識した頃には、もう遅い。
事前に盗っておいたパスワード。142万桁のパスワードではあるが、心配はない。バッグからハックツールを取り出して起動。そのままパスワード入力装置に接続し、パスワードをコピー・アンド・ペースト。少し意外に思われるが、セキュリティを突破するときはこれが一番楽で一番バレづらい。
正しいパスワードを打ち込み、大金庫の扉が開き始める。期待より苦労はしなかったので、拍子抜けした。が、ごたごた言ってられない。奥の兵器を持ち帰るミッションがまだ残っている。
そして、扉が完全に開ききった。私は一度周りを見て、センサートラップを設置し起動する。それから、中に入る。
中に入った私は目を疑った。そこには本のようなものが、チェーンと金庫で厳重に保管されていた。どちらかといえば封印している、という方がしっくりくるかもしれない。
「本当にこれなのか…?」と何度も疑ったが、資料にも本型の破壊兵器について書かれている。目的はこれなのだが、本当に兵器かどうか未だに疑ってしまう。
とりあえず、チェーンを破壊。その後に、金庫を叩いてひん曲げ、穴を開けた。
本を取り出す。綺麗なままだ。私はそれをバッグに入れ…ようとした。
が、本がひとりでに動き出す。
「…っ!」
あり得ないことが起きた。本は宙に浮かび、喋った。
『そなたは、適正。ワタシの力を受け取る権利がある。名を。』
理解ができない。本が喋る?浮く?そんなわけがない。
適正?力?余計にわからない。
『そなたの、名を。』
どうやらこの本は、私に名前を問いているようだ。
私は何故か、名前を答える。自分の意志ではない何かで、引き出されたような感覚がする。
「私は…アルター。」
『アルター、力を、受け取るか?』
まただ、勝手に口が動いて、
「ください。私に。」
『よかろう。ではな。』
本は禍々しいその触手をこちらに伸ばし、体に、脳に、足に、そして、この義手に纏わりつき、刺した。
ありえない速度で脳みそが、未知の言語をラーニングしている。人知を超えたその負荷で、痛みと、苦痛と、激痛が、襲う。
「ああああああああああああっっっっっ!!!!!!!!!」
ただ、悲鳴を上げた。痛みが辛い。辛い。
気持ち悪い、この言葉が、気持ち悪い。嫌だ。理解りたくない。嫌だ。痛い。辛い。辛い。気持ち悪い。理解りたくない。嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い殺せ、コイツを殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セコロ、セ、コロ、セ、コロ、セ、コロ、セ、コロ、セ、コロ、セ、コロ、セ、コロ、セ、コロ、セ、コロ、セ、コロ、セ、コロ、セ
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!」
ただ闇雲に腕を振った。当然当たるはずもない。
抵抗した。が、無意味に終わった。
脳みそはすべての言葉をラーニングし終えた。意識は取り戻したが、反動と負担と嫌悪、憎しみ、その他の感情に支配され、とてもじゃないが、まともに動ける状態ではなかった。はずだ。
先程の叫びと轟音で警備員やら特殊部隊やらが来る音がする。
しかしそんなもんは関係ない。
銃弾の雨に降られるが、文字が障壁を作り、攻撃を防いでいる。
もはや私の意思は関係ない。抜け殻のこの体は文字が埋め尽くし、文字に支配される。
敵が突っ込んでくる。馬鹿だ。
赤い文字が書き足され、次々に刺していく。
地獄のような惨状を、なんと形容したらいいのか。
3秒足らずで特殊部隊たちは全員殺され、私は何故か幸福を得ていた。
こんなことで、幸福を得られるはずがないのに。
どうして?なんで?私はおかしくなってしまったの?