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ヒガンバナに尋ねる

作者: 歩道

5年ぶりに植物図鑑を開いた。

植物が好きだった僕は小学生の時、道端の草の名前を覚え、

皆から博士と呼ばれた。それがうれしかった。

中学生の時、理科のテストで100点を取って皆に讃えられて悦になった。

けれども高校時代、僕より植物に詳しいやつがいた。

そいつは学名も分類もよく知っていて、生物のテストもいつも学年1位である。

僕は学年2位の常連になり、「植物好き」の称号をそいつに奪われた。

そこで僕は図鑑を取り出してきた。


正直、教科書や参考書を見たほうが成績が上がるのはわっかていた。

でも僕が勝ちたかったのは成績ではなく称号だった。

数少ない個性を失いたくなかった。


何年も前に買った図鑑。その中に一際目立つページがあった。

破れたところを直すセロハンテープだらけで、紙が折れた跡もひどいページだ

 

ヒガンバナ ― ヒガンバナ科ヒガンバナ族


「なんでこんなことになっているんだ?」

疑問に思ったが割とすぐに思い出した。

小学校の低学年あたりか、遠足の時に帰りのバスの窓から見えたヒガンバナの群生地が

幼い心ながら印象的に残った。当時の僕はヒガンバナについて色々と調べていた。

「今もそんな勉強意欲がほしいわ」

などと思いながらその群生地の場所を調べると電車で1時間程度離れた河川敷であることが分かった。

僕はすぐに次の土日にそこに向かうことにした。

「さすがのあいつもフィールドワークまでしないだろう」


秋の土曜日。言葉の響きはいいが天気は曇りだった。

確かにヒガンバナが咲き誇っていた。だからといって何も思うことも無かったが。

そもそもヒガンバナは不吉なイメージが強い。

何も知らなかった低学年のときと印象が変わるのも当然だろう。

そう思ってもう帰ろうとした。

しかしせっかく1時間かけてきたのにすぐ帰るのももったいない。

近くでなんか食べてから帰ろうと少し河川敷を離れた。


しかしそこは想像以上の田舎で店なんて何もなかった。

辛うじてうどん屋を見つけたが、まあなんとも形容し難い見た目の店だった。

「うどん」の看板の「ど」の字が霞んでもはや「うん」になっており

茶色に変色した昭和の消費者金融の看板が店の横にでかでかと貼られていた。

一瞬入るのをためらったがずっと歩き続け極度の空腹になっていたので恐る恐る入った。


中に入ると、手書きのメニューがずらりとならび、店主と思われる初老の男性が新聞を読んでいた。

どうやら客は僕以外来ていなかったのである。

「お客さんか、いらっしゃい。とりあえずカウンターでいい?」

「あ、はい大丈夫です。」

「注文は決まった?」

「えっと、じゃあこの400円のきつねうどんで」

「はいよ、ちょっと待ってて」

淡々とした店主に考える間もなく注文をしてしまった。

冷静に考えて300円のかけうどんの方がいい。別に100円払って油揚げを乗せる必要はないじゃないか。


思ったよりも早くうどんは出てきた。

といっても美味くも不味くもない普通のうどんである。

「お客さん、若いし見かけない顔だね。観光か?」

「え? あ、そうですそこのヒガンバナをちょっと…」

「そうか。ちょっと待ってて」

何を待つのか。疑問に思いながら油揚げを半分ほど食べたころ店主が戻ってきた。

古びた青い本とともに。

「みてくれ。」

店主は青い本をこれまで見せなかった微笑でうどんの隣に置いた。


それはヒガンバナの写真を集めたアルバムだった。


「え、これ店主さんが撮ったやつですか?」

「そうだ。毎年この時期に撮ってるんだ」

堰を切ったかのように話を続ける店主

「俺はヒガンバナが好きでね。真っ赤に染まる河川敷をいつも楽しみにしてるんだ」

「はあ…そうなんですか」

「お客さんも好きだから来たんだろ。な。ヒガンバナ、好きだろ?」

「え、ああ、そうですね、まあ、好きです。」

「おいおい。なんだその返答。本当に好きか?」

少しビクッとっしたが確かに答えるのに時間がかかりすぎた。

「じゃあ、なんで来たんだ」

追い討ちをかけられる。

「えっと…」

すぐに返事が出てこない。初対面の客相手にこんなに問い詰める必要はないじゃないか。

でも好きじゃないのに来た理由とは…?

「いや好きなんですよ、好きなんですけど…」

「好きならすぐ言えばいいじゃないか」

「もっと好きになりたかった…?」

「どういうことだよ。」

本当にどういうことなのか。自分でもわからなかったが反射的に話を続ける。

「僕よりも植物に詳しいやつがいてそいつよりも詳しくなりたかったんです」

「へぇ…つまりただの嫉妬でここに来たのか」

ああ、怒られる。なぜ休みの日に知らねえ爺さんに怒られなきゃいけないんだ。

そんなことを思ったが店主は目を合わせず言った。

「まあそれもいいんじゃねえのか」

「へ?」

「嫉妬するぐらい好きってことだろ。」

「ま、まあ」

「じゃあその気持ち、大事にしろよ。」

「あ、はい」

なんとも説教じみた臭い言葉だなと思いながら僕は生半可な返事をし

400円を払って店を出た。


帰り道。自分は植物が好きなのか考える。

確かに好きだった。しかし今は「植物が好きな自分」が好きだったのかもしれない。

唯一の個性。周りからの賞賛のための植物好き。ひどい話だ。

いつから自分はそんなクズになったんだ。嫌悪が止まらない。


河川敷まで帰ってきた。曇り空の下のヒガンバナ。

僕はそれを、キレイだと思った。

好きだと思った。

間違いない。

個性的でありたい、周りから評価されたい。その気持ちは嘘ではない。

しかし植物が好き。その気持ちも嘘ではない。

「帰ったらヒガンバナについてもっと調べてみようかな…」


嫉妬から「好き」の感情が生まれたのは不服な話だ。

でも根に毒を持ってても花がキレイだったらもうそれでいいじゃないか。




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