第8章 アビゲイル=ベネットは異国に憧れる
列車の旅は長い。南部は北部と違って高温多湿でジメジメしている。湿地帯が広がっており、シッピーワニやニジイロヘラサギ、イノシシが沢山生息している。窓からは温かく湿った空気が入ってきて、北国育ちの僕にはどうも苦手だ。
「アビゲイルちゃんは今何歳なの?」
「今年で15歳になります。」
「結構子供なのね。一人なの?」
「えっと…それは…」
「あらごめんなさい。言いづらい事なら詮索しないわ。」
「いえ…実は施設育ちでして…内緒で出てきたんです。」
「アジアンフェスティバルを見に来たのよね?」
「はい、施設はとても厳格で外に出る事を禁止されているのですが、どうしても見てみたい物がありまして…」
そんな事を話していると、列車の汽笛が鳴り響き、アナウンスが聞こえてきた。
「まもなくスプリングルージュに到着します。お降りの方はご準備下さい。」
「さあ、着きましたよ。降りましょう。」
僕らは手荷物をまとめて、列車から降りる準備を始めた。駅から降りると大きな看板が掲げられており、どうやら大規模なイベントが開催されているようだ。
「あれがアジアンフェスティバルの会場かな?」
看板には会場までの地図が書かれていて、駅から少し離れた場所にあるらしい。
「少し歩くようね。行きましょうか。」
僕らは会場まで歩いて行く事にした。
「南部に来るのは初めてだわ。ここはどんな国なのかしら?」
「ここはCALORAINA STATEと呼ばれる国です。南部を代表するSTATEで、中でもスプリングルージュ市は大都市でありながら、自然豊かな一面を持ち合わせています。春になるとグレートアパラチア山脈からの雪解け水が広大な農地を潤すので多様な作物…特に綿花が収穫できるんですよ。」
「アビゲイルちゃん詳しいわね♪まるで観光ガイドさんみたいだわ。」
「君は博識なんだね。そういう知識は本とかで調べるの?」
「そうですね…私の住んでいる施設では大きな図書室があるので、そこで学んでいます。」
「図書室かあ…本って面白いもんね。君はどんな本が好きなの?」
「色々あって迷ってしまいますが、やはり遠くはなれた異国…特に月詠御国のお話が好きですね。」
「ツクヨミ?聞いたこと無い国ね。それはどんな国なの?」
「月詠御国はアジアの端にある島国です。ここから遥か西に進み、大海原を渡った先にあるそうですよ。」
「そうかあ、そんな国があるなんて知らなかったよ。どんな人達が住んでるんだろうね?」
「私も本でしか読んだ事しかないですが、巫女と呼ばれる女性が国を治めていて、不思議な能力で未来を予知できるそうです。」
「未来予知?何か不思議なお話だね。話し半分にしても興味が出てきたよ。」
「本当ですか!ユージン様に月詠御国の魅力が伝えられるよう精進したします。さあ、アジアンフェスティバルの会場に着きましたよ。私が精一杯、ご案内します!」
アビゲイルちゃんはブロンドの髪を震わせながら、無邪気に僕らの手を引っ張って歩いて行く。
「色んな展示があるのね。出店もあるし、お土産品や軽食も販売してるみたい」
アジアンフェスティバル会場は骨董市のような雰囲気だった。個人商店が通り沿いに出店を構えて、アジア関連の商品を販売している。
「あっ!御覧ください!入り口に本物の鳥居がありますよ!」
アビゲイルちゃんが指差す方向に真っ赤で木製の門が見える。独特の形状をしていて、沢山の人々が門の中を通っていた。
「あの門…鳥居はどんな意味があるの?」
「はっ…はい!あの門より先は神様の領域となります。なので失礼の無いように、身を清める必要があるんですよ。」
「身を清める?シャワーを浴びるとか?」
「いいえ。滝に打たれる必要があります。」
「滝に打たれる!?なんて羨ましい…」
「変なこと言わないでユージン。流石に滝に打たれるのは無謀だわ。あそこの噴水で手を洗うのはどうかしら?」
「そうですよね。流石に滝とは言い過ぎました…皆様のご迷惑にならないようにしますね。」
アビゲイルちゃんは素直に近くの噴水で手を洗っている。彼女は聞き分けの良い女の子みたいだ。僕も彼女を見習って、身を清める代わりに手を洗う事にした。
「さあ、いよいよ鳥居をくぐりましょうか。これで夢が叶います。」
夢か…彼女にとってこの門は特別なのだろうか。僕自身、特別には思えないが、彼女が好きだから僕も興味を持てる。それは幸運な事なんだろうな。僕は敬意を示すためにカウボーイハットを脱いで、鳥居の下を通ることにした。
鳥居を通過した僕はアビゲイルちゃんの様子が気になり、近づいてみる。話し掛けようと思ったけど彼女は瞳を閉じて、何かを感じているようだった。邪魔しては悪いと思い、暫くレイカと一緒に待つことにする。
「レイカは鳥居から神秘的な力を感じる?」
「うーん、神秘的かどうかは分からないけど、特別な門であることは間違いないわね。神様の領域といえば私達にとっては教会だけど、アジアの人達にとってはこの鳥居が信仰の場所なのよね。」
「いいえ、この先に社と呼ばれる建物があります。そこに神様が宿っているんですよ。」
「あら、アビゲイルちゃん。もう平気なの?」
「はい、少し想いに耽っていました。本で読んだ世界に一歩近づけた気がして、とても晴れ晴れとした気持ちになれました♪」
「良かったね、アビゲイルちゃん。君は本当に月詠御国の事が好きなんだね。」
「そう言って頂けると、嬉しいです。では社に行きましょうか。」
僕らは鳥居の先に向かって進み出した。しかし、いくら進んでも社と呼ばれる建築物は無かった。
「社が無いですね…」
アビゲイルちゃんは明らかに落ち込んでいる。とても見てられないので、僕らはアビゲイルちゃんを連れて会場の主催者と思われる人に話を聞いてみることにした。出店の一角に一際立派なテントがあり、アジアンフェスティバル実行委員会という看板が立っていたので、中に居た紳士に話しかけてみる。
「すみません、アジアンフェスティバルの主催者の方ですか?」
「うむ、余が主催者のウィリアム伯爵であるぞ。どうなされた?」
「質問がありまして、外の鳥居を建築されたのは貴方ですか?」
「その通り、余が私財を投じて建築したのだ。私は辺境の部族文化に興味があってな、あの門はアジアで一般的な建築物らしい。」
「そうなんですか、伯爵は博識な方ですね。しかし鳥居があるのに、社がありませんね。何故ですか?」
「ヤシロ?そんな建物は聞いたこと無いな。鳥居のみで十分ではないのか?」
「あの…社と鳥居はペアなんです。二つ揃わないと不十分なんですよ。」
「ん?そうなのかお嬢さん?それは知らなかったなあ…もしヤシロを楽しみにしていたならごめんね。」
「いえ、謝らないで下さい。私は鳥居が見れただけで幸せです。ありがとうございます、ウィリアム伯爵」
「アジアンフェスティバルは来年も開催するから、次回にヤシロを建築する事を約束するよ。」
「本当ですか!ありがとうございます!」
「では引き続きお祭りを楽しんで下さいね。アビゲイルお嬢さん。」
「はい♪では失礼致します。」
僕らはアビゲイルちゃんを連れて、テントから出る事にした。
「あのお嬢さん…綺麗な碧色の瞳でしたね。こんな場所で被験体を発見するとは思わなかったよ。早く報告しなければ…SOUTH UNIONの利益の為に」
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