第7章 ブロンド少女と感染症
僕達はNorth Unionを離れて、南部行きの列車に乗っている。
内戦の危機が迫っているとはいえ、合衆国は平和そのものだし、怪しい商人のいう事を無条件に信じる事もない。
当面は傭兵としての依頼は無いので、僕らはアルバーニ市の駅から南部行きの蒸気機関車に乗車して、その足で南部の様子を見て回ることにした。
今まで居た北部とはまた別の文化と風習があるらしいが、同じ国なのに違う文化が存在する事が驚きだ。
「ねえ、ユージン。この列車の乗客は皆、白いマスクを着けてるわ。どうして?」
「最近流行している伝染病の予防じゃないかな?本で読んだけど、五百年程前に大流行した恐ろしい病気で、全世界の四分の1の人々が死亡したらしい。」
「怖い病気なのね、私達も白いマスクを着けましょう。」
「動くな!列車強盗だ!」
激しい銃声の音と共に怒鳴り声が列車中に響き渡る。凶悪な顔をしたガンマン達が、マスクも着けずに大声で叫んでいる。
「強盗…ユージン、どうする?このままやり過ごす?」
「うーん、今は奴らの出方を伺おう。隙を見て僕が何とかするよ。直ぐに制圧できるさ。」
僕はガンベルトから魔力を注入し始めた。列車強盗は全部で7人で全員ドラムリボルバーを装備している。奴等が他の乗客に危害を加えたら、警告しよう…そう思ってると凛々しい少女の声が聞こえてきた。
「そこの御方、危険なので直ぐにお止め下さい!」
声の主は長く艶やかな金色の髪を結い上げ、大人しそうで、小柄な可愛らしい少女だった。
「ん?お嬢さん…俺達に物申すとは良い度胸してるなあ!何を止めて欲しいんだ?」
当然ながら列車強盗を止めるために、勇気を出して声を挙げたんだろう。あんな小柄で華奢なのに凄いと思う。だが…危険すぎる。もし彼女が襲われたら、躊躇なく攻撃しよう。
「このマスクを着けて下さい!」
「え?」
僕と列車強盗の声がピッタリ重なる。
「マスクも着けずに叫んでは危険です。これを着けて、感染に気を付けて下さいね。」
「まさか…列車強盗である俺達の健康を気にしてるのか?」
「もちろんですよ。人間は皆、神様の下で平等です。強盗という犯罪に手を染めてしまう理由があるんですよね?良ければお話を聞かせて下さい。私は貴殿方の力になりたいの…」
「お嬢さん…君は優しいね。そう俺達は貧困のため、仕方無く強盗してるんだ…だが後には引けない。せめて君のマスクだけは着けるよ…」
強盗達は彼女の優しい気持ちが込められたマスクを受け取った。何て感動的な場面なんだろう。
「これは…覆面?」
受け取ったマスクは明らかに強盗が顔を隠すために着ける真っ黒な覆面であった。
「それマスクじゃないよ!」
僕は思わず立ち上がって、彼女に指摘してしまった。
「きゃあ!何ですか?私のマスク…おかしいでしょうか?」
「それは強盗が顔を隠すために着ける覆面なんだよ。むしろ強盗の手助けしてるよ!」
彼女はキョトンとした表情で、僕を見ている。事態が飲み込めているようには見えない。
「何だ!お前は…誰だ?」
強盗達が一斉に僕の方を振り向いている。既に彼女がプレゼントしたマスク…覆面を装備して立派な列車強盗になっている。
「僕は通りすがりのガンマン!列車強盗なんて止めるんだ!」
「うるさい!後には引けないと言ったろ…そうだ、お嬢さん!人質になってもらおう!」
「きゃあ!」
なんて事だ…彼女が列車強盗の人質になってしまった。
「彼女は関係ないだろう!今すぐその手を離すんだ!」
「彼女を解放して欲しいなら、今すぐ俺達の要求に応えてもらおう…」
「要求?それは何だ?」
「俺達の要求は…」
「カット!カット!この列車じゃないよ!間違えてるよー」
「今度は何?」
列車後部から沢山の撮影機材を抱えたスタッフとメガホンを持った監督が颯爽と現れた。
「駄目だよー撮影現場を間違えちゃー!この列車じゃなくて最後尾の列車が撮影現場だよ!」
「へ?あっ!すいません…間違えてたよ!ごめんねお嬢さん、てっきりエキストラの娘かと思ったよ。」
「まあ…間違えでしたか。」
「そんな馬鹿な…映画の撮影?」
僕は思わずその場に崩れ落ちてしまった。
「あっ…大丈夫ですか?」
すると彼女は崩れ落ちた僕に駆け寄り、肩を貸してくれた。
「具合が悪いのですか?私の席に酔い止めのお薬がありますから、安心して下さいね♪」
「いや…ありがとう。もう平気だよ。」
「ユージン…大丈夫?」
レイカが僕の元に駆け寄ってきた。
「先程は危ないところを助けて頂き、ありがとうございました。えーと、お名前をお伺いしても宜しいでしょうか?」
「僕はユージン=マクガヴァン。彼女はレイカ=プレシェットだよ。」
「ユージン様とレイカ様ですね。私の名前はアビゲイル=ベネットと申します。」
「宜しくね♪アビゲイルちゃん」
「アビゲイルさん、さっきは何故強盗にマスクをプレゼントしてたんですか?怖くなかったの?」
「少し怖かったですけど、どうしても見過ごせなかったのです。犯罪者とはいえ、最低限の感染予防をすべきです。」
そう言うと彼女は自分の席からカバンを持って来た。
「感染症は恐ろしい病です。私の衛生用品をお裾分けしますので、宜しかったらお使い下さいね♪」
僕とレイカは彼女が持ってきたカバンを覗いてみた。
「衛生用品かあ…清潔なタオルに消毒液があるね。あとは…ん?」
タオルや消毒液に混じって、虎柄、獅子、龍がデザインされたプロレスラーのマスクが出てきた。
「ちょっと待って!絶対変だよ!ここが変だよアビゲイル!」
「きゃあ!何ですか?ユージン様。」
「あの!君はマスクが何なのかご存じなのですか?」
「いえ、詳しくは知らないのですが、お店でマスクを下さいと言ったら、これを貰ったのです。これはマスクじゃないんですか?」
「レイカ!ちょっとこっちに来て!!」
僕はレイカの腕を強引に引っ張って、僕の側に引き寄せる。
「どうしたの?首輪を引っ張って欲しいの?」
「違うよ!レイカ…あんな純真で騙されやすい女の子を放ってなんかおけないよ。アビゲイルちゃんがこれ以上弄ばれないよう、僕らが彼女を守ってあげよう!」
「私は良いけど、彼女は納得するかしら?聞いてみた方が良いんじゃない?」
確かにレイカの言う通りだ…僕はアビゲイルちゃんの意思を軽んじてたよ。彼女の気持ちを確かめなきゃね。
「アビゲイルちゃん。君は純粋で無垢な女の子みたいだね。飴玉プレゼントしたらホイホイ着いて来る、いにしえの幼児みたいに危なっかしいから、僕が守ってあげるよ!一緒に旅をしませんか?」
「まあ…そんなに褒めて頂くと、何だか照れてしまいます。つまり、ユージン様は私に好意を抱いて下さるのですか?」
「その通りだよ!さあ…お兄さんと一緒にソコの茂みで行こうか…」
「はい…ユージン様がそう仰るのなら…」
「地獄突き」
「ぎゃぁぁぁ!僕の喉仏がー」
「調子に乗りすぎよ、ユージン」
的確と繰り出されたレイカの地獄突きが喉元を直撃して、僕は悶絶してしまう。
「アビゲイルちゃん…知らない人に着いていくと危ないわよ。変質者って分かる?そこで倒れてる男の子は生まれながらに変質者という罪を背負って生まれた気の毒な人なの。だから一緒に哀れんであげましょう。」
「そうなのですか…分かりました。レイカさんの言う通りに致しますね。どうすれば良いですか?」
「胸で十字を切るのよ。それだけで十分だから」
「胸で十字を切りながら…ジュゲムジュゲムゴコウノスリキレカイジャリスイギョ」
「え?何故呪文を唱えるの?それに何語よ、聞いたこと無いわね。」
「これは東洋に伝わる祈りの言葉です。唱えるだけで哀れな人が救われるそうですよ♪」
「それはユージンにピッタリの言葉ね。アビゲイルちゃんは東洋文化が好きなの?」
「はい!大好きなんです!実は東洋文化を学ぶために、南部まで来たんですよ♪」
「いやあ奇遇だなあ。僕らも東洋文化が大好きでねー」
「あっ、駄犬が復活してる」
「まあ…そうでしたか♪ユージン様と同じ趣味なんて光栄です。実はこの先でアジアンフェスティバルが開催されてまして、良かったらご一緒に行きませんか?」
「うん!行きたいよ!」
「アビゲイルちゃん大丈夫?知らない人を誘うと危ないわよ。」
「いいえ。もうレイカさん達は知らない人ではありません。改めてご挨拶申し上げます。私の名前はアビゲイル=ベネットです。短い間ですが宜しくお願いします。」
こうして僕らの旅路にまた一人仲間が加わった。
登場人物
アビゲイル=ベネット
東洋文化が大好きで、礼儀正しい女の子。とある能力が原因でSouth Unionから追われている。ゲオルグランド系。14歳。聖教徒の施設育ちの一人。
お読み頂き、ありがとうございます。
毎週金曜日の19時に続きをアップロードするので、良ければお楽しみください♪