表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/45

第6章 合衆国初のサイレント映画を見に行こう♪

 街に着いたのはお昼頃だった。まずは依頼の報告を行うために、保安官事務所に寄ることにする。

「やあ、ユージンとレイカ。今日はどんなご用ですか?」

「こんにちは、ジャクソン=スミス保安官。先日の人喰いテディベア事件ですが、真相が分かりました。

 一人の男がテディベアの着ぐるみで、街道沿いの馬車を襲っていたみたいです。彼の居場所を突き止めたので、ご報告します。」

「そうか、ではこの地図に奴の居場所と事件の真相を書き記して下さい。」

「分かりました。」

 僕は事の顛末をなるべく詳細に書き記して、保安官に提出した。

「はい、大丈夫です。これで依頼達成だね、永住権点数を付与したから後で確認してね。」

「ありがとう保安官。じゃあ次の依頼まで街を散策するよ。この辺りで何か面白い物は無いかな?」

「面白いものか…そういえば、今朝の新聞で読んだんだけど、映画館が出来るそうだよ。」

「映画館?何ですかそれ?」

「私も詳しい事は知らないんだけど、何でも不思議な見せ物小屋らしく、秘密厳守だそうだよ。」

「見せ物小屋…レイカはどう思う?」

「そうね…珍しい物は好きだから見てみたいわ。その映画館は何処にあるの?」

「YORK STATEのアルバーニ市にあるよ。駅馬車で行ける距離だから、利用すると便利さ。」

「ありがとう。じゃあ、行ってみようか。」

 僕らは保安官事務所を後にして、ケープアイランドの駅馬車乗り場まで歩いて来た。

「アルバーニ市行きの駅馬車は…これだね。早速乗ろう。」

 僕はレイカの手を取り、二人並んで広い馬車に乗り込んだ。暫く待つと、運転手の人が二頭の馬を操り、駅馬車はアルバーニに向けて出発した。

 駅馬車のシステムはとても効率的で、各主要都市を街道で繋ぎ、定期運行している。

 馬は生き物なので、食事や水分補給、休憩が欠かせない。なので、各拠点には常に補充用の馬が沢山待機しており、大勢の市民の移動手段として機能している。

「馬車って楽で良いわね。テネシーウォークで移動すると、どうしても疲れちゃうの。」

「そうだよね、こうして椅子に座ってるだけで、目的地に到着出来るなんて便利な乗り物だよ。」

「でも振動が凄いわね…飲み物なんて直ぐに零れるわ。そうだ、ちょっとゲームして遊ばない?」

「良いよ。どんなゲームをしようか?」

「早口言葉よ…私がお手本をゆっくり言うから、真似してね♪」

「早口言葉かあ、面白そうだね。アルバーニ市に着くまで時間があるから、やってみるよ。」

「じゃあいくわよ。ヒー、スルー、スリー、フリー、スロー。」

「ヒイー、ムリー、ムリー、フリー、ブロー。」

「弱音を言ってるだけじゃない。もっと早く言ってご覧なさい♪」

「ムリー、ムリー、ムリー、かえるぴょこぴょこみぴょこぴょこ、合わせてぽこぽこむぽこぽ…痛い!舌を噛んだよー!ママー!」

「クスクス…やっぱり舌を噛んだわね♪ユージンは引っ掛かりやすくて、面白いわ。それにしても、最後は何語よ?聞いたこと無い単語だわ。」

「何の話?僕は早口言葉を喋っただけだよ。」

「そうなの?まあいつも訳の分からない事ばかり話してるから、今更詮索しないわ。」

「じゃあ今度は僕の番だね!僕の早口言葉を言えるかな?」

「良いわよ、どうぞ。」

「チュー、チュー、チュー、チュー」

「チュー、チュー、チュー、チュー。簡単ね♪というか早口言葉では無いわ。どういうつもり?」

「いやあ、レイカの唇がキスの時みたいで興奮するなあ。もう一回だけ言ってくれませんか?」

「良いわよ…ユージンの顔が見たいわ。もっと近づいて…」

 レイカは予想外にも僕のセクハラに物怖じせず、むしろ僕の顔を覗き込めるほど、近づいて来た。

 恥ずかしがる姿を期待していたのに…予想外だよ。

「あの…顔が近すぎませんか、お嬢様?僕には刺激が強すぎます…許してください。」

「何よ、先にイタズラしたのはユージンじゃない。私は騙されるのが嫌なの。表情に出さないけどね…ねえ、本当にキスしてみる?」

 ストレートな言葉に僕の心は砕けそうだ。レイカの艶やかで柔らかそうな唇が僕に近づいてくる。あぁ…何て可愛いんだろう。僕は静かに目を閉じて、その瞬間を待った。

「馬車が激しく揺れまーす。お客様はお気をつけ下さい。」

「ゴツン!」

 レイカのロケット頭突きが僕の鼻先に命中して、鼻血を流しながらその場に崩れ落ちた。そんな僕にレイカは優しい一言をプレゼントしてくれる。

「初めてのキスは気持ち良かったでしょ?」

「はい…女王様」

 やっぱり、レイカには敵わないみたいだ。

「間もなくYORK STATEのアルバーニ市に到着致します。お客様はお降りの準備をお願いします。」

「着いたみたいね、さあ降りましょう。映画館楽しみだね♪」

 レイカは嬉しそうに駅馬車から降りて、キョロキョロと周りを見ている。僕も初めて来る街なので楽しみにしていた。

 到着したアルバーニ市は島であった。島の先端部が都市となっており、周囲は壁で覆われている。

 元はルーデルラント王国により開拓された植民地だったが、先の独立戦争で勝利して、合衆国を構成するSTATEの一つとなっている。

 ちなみに隣のGALAHAN STATEとは別々の国で様々なルールが異なるそうだ。

「凄い大都会だなあ…あんなに高い建物を見たこと無いよ…」

 石畳で舗装された道路に整然と並ぶ街路樹、貴族のようなドレスの婦人に品のあるジェントルマンが街中を悠々と行き交っている。

 様々なルーツを持つ人種が合理性に従って、多種多様なマーケットを形成している。

 街中を巡回する鉄道が市民の足となり、隣接する港から大量の交易品が運ばれ都市を発展させていた。

 まさにNORTH UNIONを代表する都市で、僕の好奇心を刺激してくる。

「レイカ!早く街を見てみよう!」

「痛いわユージン…そんなに引っ張らないで。そんなに楽しみにしてたの?」

 僕はレイカの話すら耳に入らず、街の探索を開始した。

 まず目に入るのは路面電車だった。大陸横断鉄道は聞いた事あるけど、街中を走る電車なんて見たこと無いから驚きだ。どうしよう…凄く乗りたいよ。

「ご主人様…あの路面電車に乗りたいです。一緒に乗りませんか?」

「え…いきなり移動するの?まずはこの周囲のお店を巡りたいわ。それから電車で移動すれば?」

「確かにそうだね…僕の場合、移動の手段じゃなくて、単純に乗り物に乗りたいだけだよ。」

「電車は逃げないわ。まずは仕立屋で洋服を見てみましょう♪」

「じゃあ僕もカウボーイ衣装でも探そうかな」

 僕らは高級そうな仕立屋を訪れた。店の店主はシルクハットのジェントルマンで、とても丁寧に接客してくれて、とても好感が持てる。

「いらっしゃいませ。何をお探しですか?」

「この人に似合うカウボーイ衣装はある?」

「カウボーイ衣装ですか…こちらは如何でしょう?ショットガンコートです。」

 渡されたコートはワインレッド色で丈の長さが腰の辺りまである。インナーとして黒いシャツ、帽子も黒いウエスタンハットで統一してある。

「素敵よ♪ユージンのダサい私服なんて脱ぎ捨て、その衣装に着替えなさい!」

「うん…そうだね」

 ダサい私服か…結構気に入ってたのになあ。

 僕は店主とレイカの言う通り、ワインレッドと黒のカウボーイ衣装に着替えた。腰のガンベルトも違和感なく装着出来て準備完了だ。

「僕は準備出来たよ。レイカは何か欲しい衣装見つかった?」

「私はこの衣装にするわ。」

 レイカはロココ調のヴィンテージドレスを試着している。白を基調に薄い蒼色のベールがあしらわれた、貴族の令嬢みたいな衣装だった。

「本物のお嬢様みたいだよ…」

「でしょ?私もこのドレスを着こなせて、良かったわ♪じゃあ、この衣装を頂くわ♪」

「ありがとうございました。またのお越しを御待ちしております。」

 僕らは新たな衣装で気分も晴れやかに、再び街に繰り出すのであった。

「お洒落な服を来てるから、このまま映画館にいきましょうか。」

「そうだね、えーと、映画館は何処にあるのかな?」

「この建物じゃないかしら?ほら、シネマって看板があるわ。」

 オペラハウスのような外観の建物にシネマという看板が掲げれれている。とても煌びやかでワクワクするなあ。

 僕らは受付で座席チケットをもらい、劇場内へ入った。

 「楽しみね…映画って何だと思う?」

 「サーカスとかオペラの舞台じゃないかな?とにかく見てみようよ。」

 指定された座席に座って待っていると、ブザーが鳴り、上映が始まった。

 真っ暗な室内に突如として、モノクロの列車が現れた。一体どうなってるんだろう…街中の路面電車が見えているのかな?

 何も音が聞こえないのが、不気味だ。

 列車は静かに観客席に向かって、進んでくる。

 あれ?このままだと、轢かれるじゃん!

 「危ない!!助けてー!」

 僕は大声で立ち上がると、スター俳優並みのアクションで真横に回避する!

 「うわあー、もう駄目だー。皆が列車に轢かれちゃったよー」

 「クスクス…馬鹿ねユージン。これは仮想現実なのよ、ほら顔を見上げてごらんなさい♪」

 「あれ…列車が居ない?」

 僕の大声のせいで、上映が中断されたらしく、劇場内は明るくなっていた。

 他の観客の失笑に包まれながら、とても恥ずかしい思いをして、初めての映画体験は幕を閉じた。

「アハハ…ユージンって情けないのね。」

「うぅ…この事は忘れてよ。凄く恥ずかしかったんだから。」

「でも面白かったから、良かったじゃない。さて、次はどこに行きましょうか?」

「そうだなあ…あれ?何だか見たこと無い文字が書かれてるよ。あそこの市場に行ってみない?」

「あら、あれは漢字よ。見たことないの?」

「漢字?そうか、あれは天華タウン…流石大都会のYORK STATEだね。こんな場所で東洋のマーケットを見れて嬉しいよ。」

 天華タウンは中心街から少し離れた路上にあり、他の建物とは違う独特の異国情緒を醸し出していた。何しろ人の密集度合いが凄くて、店の店の境界が無いし、一歩進むと3人にぶつかる程だ。ただ面白い物も沢山売っているようで、見て回るのは楽しい。

「そこのお兄さん!ブルドック面の貴方だよ!」

「誰がブルドック面だよ!ってあなた誰ですか?」

「私は天華タウンの商人のダヨ!ヤン=イェンと呼んでネ!」

 声を掛けてきた男は髪型がスネオヘアーで出っ歯の黒淵眼鏡オジサンだった。明らかに胡散臭い見た目で、僕は物凄く警戒心を抱いた。

「ねえユージン…怪しい人だわ。早く離れましょうよ…」

「素敵なお嬢様…天華自慢の背油たっぷり肉饅頭をどうぞ♪」

「わーい♪ありがとう!ユージン、この人良い人みたいね♪」

 何て事だ…僕の好きな女の子が知らないオジサンに餌付けされてしまった。物凄い敗北感だよ。

「ヤン=イェン!僕らに何の用だ?」

「怖いネー、やっぱり魔術師は恐ろしいネー」

 何?この男、僕の正体に気付いてるのか?一体何者なんだ。

「そう怖い顔しないで、まずはソコの路地裏で話をしましょう」

「仲間が待ち伏せてるんじゃないか?」

「ワタシは取引したいだけネ」

「分かったけど、複数で取り囲んでも魔術師には敵わないからな」

「良く理解してるネ、魔術師の強さについては…」

「ねえ…ユージン大丈夫?」

「僕から離れないでね」

 僕らは路地裏でヤン=イェンの話を聞くことにした。

「まずはこの新聞を読んでネ」

 渡された新聞はYork Timesと呼ばれる地方紙で、YORK STATEで最大の発行部数を誇る大手の新聞だ。一応信頼できそうな新聞だが書かれている内容は衝撃的だった。

 分断される合衆国!!奴隷制度の是非を巡って南北の政府が対立しています。度重なる外交努力の成果も無く、このままでは開戦の危険が濃厚だ。南部の要求は余りにも非人道的で奴隷の人権は蹂躙されている!我々NORTH UNIONは正義の為に立ち上がるべきではないか?かつて先人は銃を持って立ち上がり、ゲオルグランドから独立を勝ち取った。次は我々の番だ!奴隷解放を拒む南部を許すな!戦争止むなし!

「戦争?この合衆国で…まさか」

「以前から奴隷制度を巡って、南北は対立してたネ。特に次期大統領候補のアブラハム下院議員は奴隷解放を公約に掲げてマス。彼が大統領に就任したら南部のSTATEは黙ってないヨ。」

「つまりCIVIL WAR…内戦の始まりか…」

 同じ民族同士で殺し合うのが内戦だ。昨日まで仲良くしてた隣人同士がある日突然牙を向く。誰も信用出来ない。密告され、内通者として理不尽に裁かれる。僕はエイリッシュランドで嫌というほど体験してきた。親族、兄弟、果ては両親や子供にまで裏切られる可能性がある。そんな地獄の日々から逃げ出したくて、新大陸に来たのに…結局夢の新天地なんて無いようだ。あるのは故郷と変わらぬ現実と神にすがるしかない哀れな子羊の祈りだけだ。

「それで…僕にどうしろと?」

「戦争に協力して欲しいネ。傭兵として北部の為に戦ってくれるかナ?勿論報酬は弾むそうだヨ。」

「報酬って具体的には?」

「北部の永住権ダヨ。君達は市民権を即座に得る事が出来る。戦争が終われば、安心、安定の生活が保証されるヨ。」

「安心した生活…」

「レイカ?」

「ユージン…ワタシは安心した生活を送ってみたいわ。貴方と一緒にね…」

 彼女は真剣な表情で真っ直ぐ僕に語りかける。本心では戦争に協力したくない。でも彼女と一緒に幸せに暮らせるなら…どうやら答えは一つしか無いようだ。

「良いだろう、北部の傭兵として戦争に協力するよ。」

「契約成立だネ。指令は各地の保安官事務所で受け取って下さい。まあ、急いで無いから、暫くは合衆国を旅すると良いネ。特に戦争が始まったら、南部に行くことが出来ないから、今の内に行く事をオススメするヨ。」

「親切にどうも…ところで天華の商人が何故、北部の戦争協力をしてるんだ?」

「リクルートは商人の仕事だヨ。報酬も弾んで貰ってるのサ。」

「そういう理由か、なら僕もお前に頼みたい事がある。」

「何です?天華商人の情報は安くないヨ。」

「天華商人イチオシの観光スポットを教えてくれませんか?」

「え?観光スポット?アハハ…てっきり報酬の上乗せで金塊でも要求してくるかと思ったけど、可愛い要求だネ。うん!ヤン=イェンは貴方の事を気に入ったヨ!自由の女神像は見学したかナ?」

「自由の女神像?近くにあるのかしら?」

「まだ完成してないけどネ。一般人は立ち入り禁止エリアにあるけど、この許可証とカバンを渡せば通してくれるヨ。」

「許可証は分かるけど、カバン?何が入っているんだ?」

「旦那…天華帝国では挨拶代わりに賄賂を送る風習があるんだヨ。カバンに何が入ってるか、言わなくても分かるよネ?」

「親切にどうも…じゃあお別れだな。」

「また会える時を楽しみにしてるヨ」

 僕は振り返らず、奴に背を向けてその場を後にした。

「ねえ、ユージン、もしかして怒ってる?」

「え?僕が怒る?そんな事無いと思うんだけど…僕といえばドMで変質者なお笑いブルドッグ男じゃないですか?わんわん!」

「まあ…そうね。ユージンといえば女王様に罵られて、興奮する変な男の子なんだよね?でもね…さっき戦争の話になった時の事を覚えてる?」

「別に普段通りにしてたと思うんだけど…」

「笑ってたわ」

「笑ってないよ。人が殺し合う戦争なんだよ?笑う訳がないじゃないか」

「気付いてないの?ずっと笑ってたのよ…しかもワタシにも見せた事ない位に幸せそうに…」

「別に…そんな事ないよ…」

「ねえ、ユージン。貴方もしかして…」

「何だよ」

「いえ…ごめんなさい」

そう言うとレイカは僕に背を向けて、歩き出してしまい、決して僕に目を会わせようとしなかった。そんな彼女の態度が僕の心にどんよりとした影を落としてしまう。どうして彼女の態度にこなにも心がざわめくのだろう。言いたい事があるなら、言えばいいのに。そんな僕も彼女にこの気持ちを言い出せなかった。だって、口に出すと汚い心をさらけ出してしまいそうで、怖かった。この関係が崩れ去って、彼女が二度と振り向いてくれないかもしれないから。あぁ…こんな時他人の心が詠めたらどんなに良いだろう。色々な考えが頭を駆け巡り、後悔している間にも彼女との距離は離れてしまう。

「情けない」


「自由の女神って美人なのかしら?」

「え?」

 先に話しかけてくれたのは、彼女だった。結局何も言い出せずに、長い沈黙が続いていたけど、彼女の透き通る風のような綺麗な言葉に僕は救われた。

「えっと…どうかな?美人の可能性もあるし…実は醜い可能性もあるし…人種や世代によって美人の定義が違う事も考慮しないと…」

「もう…そんな真面目に答えないでよ!クスクス♪」

「あ…そうだね」

 いつものように冗談を言って場を和ませたい。でも、いつものようにスラスラと冗談が出てこないよ。気にしすぎなのかな?

「自由の女神って、ここを右に進めば良いんだよね?地図に書いてあるわ。」

「あっ、違うよ。この先の交差点を二つ進んだ先から右だね。」

「間違えたわ。やっぱり道案内はユージンがしてよ。私じゃ無理だわ。」

 そう言うと持ってる地図を僕に渡してくる。

「仕方無いなあ…相変わらずレイカは方向音痴なんだね。よーし、僕に着いてきて!」

「クスクス♪頼もしい番犬さんだね!」

 僕は嬉しくて思わず彼女の手を引いて街中を走り出してしまう。良かった…仲直りできそうだ!

「あっ!見えてきたよ!建物の陰で見えないけど、あそこに自由の女神があるみたいだね。」

 地図によると港に隣接する一角に建設予定らしく、移民船や貿易船が沢山行き交う一等地だ。船に乗って合衆国を訪れる人は皆が見る事になるだろう。まさに希望の象徴となるランドマークだ。

「ここは一般人立ち入り禁止ですよ。」

 近くに立っている警察官に声をかけられる。

「ここは僕に任せて」

 僕はレイカの前に出て、警察官に賄賂を渡す準備をする。ヤン=イェンから貰った通行許可証と賄賂入りのカバンを手にして交渉に臨む。

「ここに通行許可証があるから通してくれ、それから…」

 僕は目を伏せながら、賄賂入りのカバンを警備員に渡す。

「はい、通行許可証を受理しました。それから…このカバンは?あぁ…旦那も悪い人だね。貰っとくよ…一応中身を確認しよう。」

 警察官はコソコソとカバンの中身を確認している。

「はい…通って」

 警察官は後ろめたそうに僕らを通してくれた。

「見て、ユージン!あれが自由の女神ね♪」

 レイカはとても興奮した様子で、目の前の像を眺めている。

「レイカは観光とか旅行は好き?」

「もちろん、好きよ♪でも、旅行らしい事はしたこと無いの…だから、新大陸でこんな素敵な体験が出来て、嬉しいわ。」

「そうなんだ、じゃあ記念になって良かったよね。えーと、あそこに看板があるね。自由の女神像は合衆国の独立を記念して、ラ=ブランシェ共和国より寄贈された…」

「説明なんか後にして、一緒に写真を撮りましょうよ♪」

「あれ?解説には興味ないか…」

 でも、とても楽しそうにしている彼女を見ると、看板なんかどうでもよくなる気がする。僕の都合なんて後回しにして、彼女に付き合おう。

「そうだね、でも写真屋さんなんて居るかな?」

「ほら、あそこにカメラが置いてあるわ、職人さんも居るみたいだし、撮ってもらえるそうよ♪」

 レイカはグイグイと進んで行き、あっという間に写真屋さんに話をつけると、記念写真を撮ってもらえる事になった。

「ほら、隣に立って!記念なんだから、笑顔でね♪」

「笑顔…笑顔」

 どうしよう…何故か、笑顔を意識すると緊張して顔が引きつってきた…ヤバい!カメラのフラッシュが来る!

 パシャリ!

 「お客様、写真が現像できましたよー。二枚でよろしいですか?」

 「ええ、ありがとう♪ほら、一緒に見ましょう♪」

 「どれどれ…おぉー、レイカはとっても美人に撮れてるね♪ポーズも表情もビシッと決まって、女優さんみたいだよ!」

 「ありがとう…でも、ユージンの顔は…とても残念ね…これが貴方の笑顔なのかしら?」

 「うぅ…緊張しちゃったんだよ…ごめんね、レイカ。折角の記念写真を台無しにしちゃって…」

 「もう…仕方ないわね…はい、これは貴方の写真よ。」

 レイカから受け取った写真はモノクロで自由の女神を背景に二人が並んで撮られている。

 彼女の顔がハッキリ映り込んでいる…よし、この写真は大切に持ち歩こう。

 僕が写真をコートの懐にしまうと、彼女は暫く写真を眺めてから胸元のポケットにしまった。


登場人物

ヤン=イェン

怪しげな天華商人。アルバーニ市の天華街で露店を営む。各地を放浪しながら商いをする。スネオヘアーで出っ歯のオジサン。独自の情報網を持ち、政府にも顔が知られている。


合衆国の州名

YORK STATE

ルーデルラント王国により開拓された新興国。

アルバーニ島の先端部を壁で取り囲み、敵海軍からの侵入を防いでいる。工業都市。港湾都市。金融都市。




お読み頂き、ありがとうございます。








毎週金曜日の19時に続きをアップロードするので、良ければお楽しみください♪

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ