第1章 白銀のガンマンと麗しのレディ
吹き抜ける潮風が全身を包み込むと、自由を実感できる。これから始まる新大陸での生活に期待と不安を感じつつ、僕は船の甲板で景色を眺めていた。
「蒸気船テメレーアは間もなく、ケープアイランドに到着します。」
もうすぐ到着だ。ここは自由を約束された国らしいが、本当だろうか。ただ間違いなく言えるのは、故郷の暮らしより遥かにマシだということだ。
「腹減った」
港に着いたらまず食事をしたい。そんな事を思っていると、隣から透き通るような美しい女性の声が聞こえてきた。
「あの雲‥美味しそうだなあ」
艶やかな黒髪をなびかせ、真っ白なパニエワンピース衣装が青空に映えている。
綺麗な人だなあ。そんな事を思っていると、目が合ってしまった。僕は直ぐに視線を反らすと、海を眺め始める。すると彼女が僕の直ぐ隣に近付いてきた。
「ねえ‥貴方はひょっとして?」
ヤバい‥もうバレたのか?内心ドキドキしながら彼女の方を振り向いた。キラキラと瞳を輝かせ、曇り一つ無い笑顔で言い放つ。
「ブルドックみたいな顔面だね♪」
「えっ?」
これが彼女との出会いだった。
「ごめんなさい‥てっきりブルドックが服を着て二足歩行してると思って、珍しいから話しかけたんだよ。」
「‥‥僕は犬じゃないよ。」
確かに顔はむくんでいるし、決して美男子という訳でもないけどね。
「犬が二本の脚で歩ける訳ないじゃないか‥常識的にありえないよ。」
「クスクス…冗談よ、言い過ぎたわ。でもお隣のボーダーコリーはたまに、前足を上げたまま、私の脚にじゃれついてくるよ」
「それって‥発情期なんじゃないの?」
「私の脚に興奮してるって事?実は脚フェチだったのかな。貴方も駄目だよ‥私の脚に色々擦り付けちゃ‥」
「犬の話だよ!僕を変態呼ばわりしないで!」
「クスクス‥冗談だよ♪」
「むしろ太股の方が‥」
「何か言った?」
「なんでもないよ」
思わず欲望が漏れたところで蒸気船の汽笛がファンファーレのように高らかに鳴り響く。
「あっ!着いたみたいだよ♪」
蒸気船は岸壁に張り付き、ロープで係留され、錨を降ろす作業が始まった。
「ねえ♪貴方も移民なんでしょ?」
「うん、僕はエイリッシュランドから来たんだ。君は?」
「私は夢の国から来たんだよ♪」
ん?
「夢の国?ああ‥世界一有名なネズミの紳士が出迎えてくれる素敵なテーマパークの事だよね。で‥本当は何処から来たの?」
「あーあ‥故郷のキャラメルポップコーンが食べたいなぁ」
話を反らしてるのかな?そうか‥あまり詮索するのは良くないよな。移民には様々な理由があるけど、決してポジティブな理由ばかりじゃない。
僕はそれ以上、聞かないようにした。それにしても変わった女の子だ。それに凄く可愛いし‥正直ここまで話が弾んだから、このまま別れたくない。
そうだ‥食事に誘おう。どうしても仲良くなりたいな。
「あのさ‥良かったら僕と一緒にポテトを食べませんか?」
「えっ、ポトフ?どうしてワタシの大好物が分かったの?」
うっ‥勘違いさせてしまったけど、このまま推しきろう!
「この辺りに美味しいポトフ屋さんがあるから、教えてあげるよ!」
「えっ?貴方は移民でこの辺りの土地勘なんて無いはずよね?」
しまった、思わず話を作ってしまった。誤魔化すしかない‥
「実は船に乗る前に、美味しいお店を調べておいたんだよ。」
「ふーん‥そうなんだ♪」
良かった‥納得してくれた。
「それで‥どうかな?」
「そうだなあ‥」
彼女はクルクルと廻りながら答えを探している。
「貴方‥私のドレイにならない?」
「え?」
「胸元にドックタグを着けてるよね、それは傭兵である証。私は用心棒を探していたの‥従順で三度のご飯より働く事が大好きな男の子よ。こっちに来なさい‥」
「はっ‥はい」
唐突に大人びた彼女の命令に抗う事無く、側まで歩み寄る。
「もう一度聞くわ‥私のドレイになりますか?」
「急にそんな事言われても‥色々検証したり、真偽を確かめたりしないと」
「答えはイエスかノーよ」
キッパリと断言しないと、納得しない性格みたいだ。僕は決心した‥彼女の問い掛けに答えよう!
「僕は君のドレイになる!!」
「はい♪良く言えました♪」
彼女が僕の頭を掴んで胸元に引き寄せると、髪の毛をワシャワシャと撫でている。
顔がおっぱいに埋もれている。
フワフワの服に柔らかな膨らみが合わさり、僕の平常心は彼方へ吹き飛んでしまった。
「じゃあ誓いのキスをしてね♪」
「キス!?」
そんな‥こんな可愛い女の子とキスするなんて、想像するだけでクレイジーになりそうだ。
彼女は僕の頭を思い切り引き寄せると、お互いの顔が向かい合う。
新雪のような透き通る肌に目を奪われた。瞳の奥を覗き込むと、まるで自由の青空に舞い上がるような感覚に陥る。
「目を閉じて‥ワタシに任せて」
僕は言われるがままに目を閉じる。
あぁ‥人生で最高の日だよ。
「ガチャ」
首元に違和感を感じた。
「これは‥首輪?」
そう‥負け犬にお似合いの頑丈な鎖で繋がれる僕なのであった。
「契約成立ね‥貴方の名前を教えて」
「僕はユージン=マクガヴァン」
「そう‥エイリッシュらしい素敵なお名前ね」
「キミの名前は?」
「私はレイカ=プレシェット。これから貴方の主人となるレディよ」
僕の故郷には高貴な女王陛下が居る。
だけどスラム出身の僕には関係無いし、権威なんて信じない。だけど目の前の女性は僕を認めてくれている。
「Yes Her Majesty」
麗しのLadyは高貴な血統を掲げ、ドン底の負け犬にチャンスを与えてくれた。
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