僕が君の前でピアノを弾く理由
放課後、僕は家に帰ろうと廊下へ足を運ぶ。
たまたま空き教室に目をやると、1人の女の子が菓子パンを頬張っていた。
彼女の横顔はとても綺麗で、髪の毛はショートカット。鼻は高く透き通るような白い肌。
それは窓から差し込んだ太陽の光に照らされて、美しい以外に言葉が思いつかなかった。
その瞬間、僕は彼女に一目惚れした。
僕は足が止まり、彼女を凝視する事しか出来なかった。
空き教室には、ピアノが置いてある。
僕は昔ピアノを弾いていたが、
「才能がない。」
先生からのその一言で断念し、それっきりピアノは弾いていなかった。
けれど、彼女に少しでも近づく方法は、ピアノしかない。
生憎僕は、話しかけれるようなほどのコミュニケーション能力は持ち合わせていなかった。だから僕にはピアノしかなかったのだ。
空き教室の扉をそっと開く。
僕は緊張して足と手が震え、手汗が酷かった。
久しぶりにピアノを弾くということもあり、本当に前のように弾けるか分からない。
けれど、僕が彼女に近づく方法は、それしか無かった。
「ガラガラ」と音を立てて扉を開ける。
彼女はこちらを見たかと思えば、少しニコッと笑い、また菓子パンを頬張った。
彼女の笑顔にドキッとしながらも、ピアノへ向かう。
昔、僕は曲を自分で練っていた。
曲の初めが少しだけ覚えてたので、それを弾くことにした。
緊張して手が震えながらも、そっとピアノを感情込めて弾く。
♪〜♪♪〜…♪
初めだけ弾くと、彼女がこちらをじっと見て、
「ねぇねぇ、なんて曲弾いてたの?」
とても可愛い声だった。
小さい声だけど、耳にすんなり入ってくる、澄んだ声をしていた。
「昔、自分で作った曲なんです」
緊張で目が合わせられないし、少し吃りながらも頑張って話を合わせる。
すると彼女は
「え、そうなんだ!
凄いね!」
と笑って手で口を覆いながら、興味津々な目をしていた。
そうして彼女は菓子パンの袋を片付け、
「じゃ、私はもう行くね!
また会えたら話そうね。」
彼女は嵐のように去っていってしまった。
彼女の名前も年齢も聞けずに、唖然とした僕はまたピアノを弾き始めた。