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それでも、彼は憧れる  作者: 鋼鉄製ハンマー
ヒーローの定義
89/95

敗れし恋愛と犯されし贖罪 その七

マジで長いです。

 隆司が体当たりをするだけで、建物には大穴が開き、採苗が水道管を破裂させれば、建物内部で爆発が起こった。


 一つの建物の破壊にかかる時間は最初は五分。次は三分。その次は一分と次第に短くなっていく。


 建物が倒れ、地が揺れる。轟音が響く。


 立華は尚、その目を開けない。


 夜の影も現れない。


 人が訪れる気配もない。




 夜が迫る。


 荒かった立華の息は細く弱くなっていく。


 周囲に広がるのは瓦礫の山。もう破壊対象は残っていなかった。


 誰も来ない。


 建物を五個破壊すると、瓦礫を天高く打ち上げながら、建物を破壊する方法が分かった。


 十個破壊すると、最も大きな音を立てる方法が分かった。


 しかし、何の意味もなかった。


 結果は表れず。奴も現れず。


 何も果たされなかった。ただ大都市の中心に大きな穴が空いていた。




 最後の足搔きと瓦礫を宙に投げたり、地中の水道管を破裂させたりしていると、夜が歪んだ。


 歪みからは夜の影がするりと顕れた。


「気取られるつもりはなかったのですが……。まだ練習が必要なようです」


 隆司が殴り掛かり、採苗が地中の水道管を破裂させる。夜の影は歪みに変わり、次の瞬間には隆司の肩に乗っていた。


 隆司は肩に乗る夜の影の足を掴もうとしたが、足は歪みに変わる。歪みになっていない方の足も掴もうとすると夜の影の前進が歪みに変わってしまった。


 夜の影は遭難セットの前に現れる。採苗が中に入ったペットボトルを破裂させるが、当たる部分をピンポイントで歪みにし、全て回避した。「これが欲しかったんですよ!」と言いながらm中から果物ナイフを取り出し、それを立華に投げ、歪みに変わる。


 採苗は走り、果物ナイフをキャッチする。


 すると、背後に夜の影が移動していた。


「隆司さん。確か、こうでしたよね?」


 そう言い、夜の影は威力こそ及ばないものの隆司が一日目に放った足払いを完璧に再現するではないか。


 ダッシュの直後で、バランスの悪かった採苗の体勢は完全に崩されてしまった。


 夜の影は倒れ行く採苗の手から、するりと果物ナイフを奪い取った。


 瞬間、採苗の肩から拳が飛び出す。夜の影はナイフを背後の立華に向かって、再度投げ、歪みに変わった。


 拳を放った隆司はもう片方の手で反射的に採苗の肩を支えてしまった。構想では、その拳の勢いのまま走り出し、果物ナイフを砕く予定であったのに。


 急いで採苗を立たせ、走り出す。果物ナイフに拳が触れる……その直前に歪みが生じ、そこから、現れた人差し指が、果物ナイフを弾いてしまった。しかし、打砕の一念で振り抜かれた拳撃は人差し指を打ち砕いた。


 痛々しい音が宙に漂う。


 次の瞬間には人差し指は消えていた。


 果物ナイフが落ちる音が響いた。


 歪みが生じ、夜の影が再び現れる。先ほどまでと違う点は顔には余裕をへばりつけてはいるが、薄っすらと脂汗が滲んでいる点だろう。


 偽物の肉体にも痛覚はあるようだった。


 夜の影は指が生え揃っている左手で果物ナイフを握り、立華の首に突き付ける。


「近づいたら、刺します」


 ありがちな脅し文句。


 言っているのが、人間であれば、二人の前では意味がなかっただろう。何故なら、この程度の距離であれば、隆司の拳はそのナイフが重要な組織を傷つける前に届くし、採苗は立華のペットボトルから水を噴出させればいいからだ。


 しかし、夜の影という災厄が言うと、その言葉は本来の働きを取り戻す。


 二人に目を向けた夜の影は借り物の声帯を震わせる。


「それ以外の色んな事で刺します。説明はしない方が私にとっていいと思いますので、省きます。さて、私がなんでこんな酷い事をしているのかをお二人はきっとわからないのではと思いまして、説明しに来ました」


 二人はそれだけのためにという疑問を浮かべつつ、何が引き金になるかもわからない現状では静かに聞く事しかできなかった。


 夜風がゆっくりと吹き始めた。


「この少し前に憧成さんとわたしが……というのは少し前にわたしが説明していましたね。失念していました」


 立華のことも自分の事も(わたし)と呼ぶ夜の影に薄気味の悪さを感じる。


 瓦礫の砂埃が風に煽られ舞い上がる。


「三日前、わたしがここに戻る直前、私は神によって、折角手に入れた人間の姿を奪われました」


「そして、変身した対象の肉体を強制的に蝕むという力を得てしまいました。ですが、あの黒い化け物の姿ではいずれ殺されてしまいますよね?だから、数少ない無能力のわたしに変身したという顛末です」


「ああ、そうです。神からこのようなおつかいを言われていたのでした。これを果たせなければ、死ぬと言われたので、やらざるを得ません」


「私の変身対象を蝕む能力の性質ですが、それの名前は”毒”というそうです。そして、わたしは姿を複製されてから三日後、つまり、今日の夜に死んでしまうそうです。その前に私を殺せば、毒は解除されるとも説明されました」


「流石の私も少々愚痴を零してもいいですか?この事を伝えろと報されたの今日の朝なんです。神の人使いの荒さは折り紙付きですよ。それに一回目、伝えに出てきたら、お二人に暴力を振るわれましたし、そろそろ、私をねぎらってくれる誰かが現れてくれてもいいと思います。お二人もそう思いますよね?」


 二人は声を発することができない。何が夜の影の逆鱗に触れる事かがわからないからだ。


「流石の私も自分から問いかけておいて、声を発したら、怒る等と意味の分からない事はしませんよ。ここで会えたのも、何かの縁でしょう、談笑しましょう?」


 夜の影は思考時間を与えるつもりはないらしい。そう判断した隆司は慎重に言葉を選び始めた。


「そうですね。では、せっかくの機会ですので、憧成様がどのような方だったのかを御聞かせ願えませんか?」


「あ~、憧成さんですか。とても素晴らしい方だと思います!背負い投げをされた時、私は何をされたのか一瞬わからず、混乱してしまいました。一人で死のうとしていたわたしを止めた時の熱量は目を見張るものがありましたし、私の策にまんまと嵌った時にわたしを庇おうと必死になってくれてる姿はとても漢らしかったです。それで傷つきすぎて、気絶した時には、私は見事成功したと少し舞い上がってしまいました。その後、わたしが私に騙された時には、私の狙い通り、わたしの信頼を再度取り戻してくれました。ですが、私がわかりやすいボロを出さないといけなくなってしまったのは、時々抜けていて可愛い所もあるという事なのでしょう。憧成さんはそういう人です」


 一切の相槌を挟む余裕がない。夜の影と立華が混在し、何を言っているのかが、全く理解できなかった。


 採苗が理解できないなりに、何とか話をつなごうとする。


「そうなんですか!凄い人なんですね!」


 夜の影の視界の外に不自然な砂の小山ができ始めた


「ええ、そうですね。(わたし)にとって憧成さんは凄く邪魔な思い人です」


 夜の影の表情は豊かだ。時には笑顔を浮かべ、時には悲しそうにする。だが、その左手の位置と状態に一切の変化が見られない。


 採苗は時間を稼ぐ。


「話に出てきた神って誰なのかって聞いてもいいですか?」


 夜の影が嫌そうな顔をする。手は動かない。


「嫌な質問ですね。神というのは……」


 一瞬思考に意識が向いたのか夜の影が持つ果物ナイフが首に垂直ではなくなった。


 砂の小山が爆発する。


 舞い上がった砂は不自然な夜風に煽られ、立華を避けて、夜の影の顔に殺到する。


 隆司が走り出す。採苗がペットボトルを夜の影に投げつける。


 一瞬、脳が混乱した夜の影が歪み始めた。


 隆司の脚が歪みを切り裂いた。


 夜の影の身体が不自然な曲がり方をし、異音を立てる。


 隆司の剛拳が夜の影の美麗な顔面に迫る。


 しかし、夜の影の頭部は歪みに消えた。夜の影の右腹部でペットボトルが破裂した。


 歪み掛っていた全身から、歪みは消え、その衝撃により、地を転がる、ポリエチレンテレフタレートにより、腹部が切り裂かれる。


 全身が血だらけの夜の影は破裂した際の勢いのまま地を転がり、マンホールの中に入り込み、下水道に入る。


 隆司も後を追い、下水道の中に飛び込んだ。底の方でドッという何かがぶつかる音とドチャッという泥が地面に落ちる時の様な音が響いた。


 そして、着地をすると、地面が抜けた。地面だと思われていた物は大きなベニヤ版だったらしい。


 穴の底にあったため、そこが他より高くなっていたことに気づけなかった。


 採苗の手により、下水道の水が不自然に集まりだした。


 下水道の中に大きな汚水の壁が出来上がった。


 それらは次第に迫って来るようだった。


 隆司は自分が落とされた場所の壁を打ち砕いた。瞬間、手に棘が刺さった。


 この箱の周囲には有刺鉄線が張り巡らされている事に遅れて気づいたのだ。


 右手が血だらけになったが、軽く二メートルほどジャンプして、箱から体を出した後、壁を蹴り、マンホールがある通路と反対側に移動した。


 勢いあまって、壁に激突すると、その壁にも有刺鉄線が張り巡らせてあるようだった。


 身体からの出血量が増えていく。後ろを振り返ると汚水の壁がすぐそこまで迫り来ているのが見えた。夜の影の姿は下水道の中には見られない。


 奴は恐らく影の中に入って外に出たのだろう。地面を蹴り上げたが、流石にそう簡単には砕けない。


 有刺鉄線も無視するわけにはいかない。


 しかし、急がなくてはという考えにより、体が傷つくのを厭わず、有刺鉄線を千切りながら、箱の中に入った。


 箱の中には大きな遭難セットがぎゅうぎゅうに入っていた。マンホールから投げ入れたのだろう。


 その遭難セットは逡巡の後、引きちぎってばらした。


 また、マンホールの裏に包丁の刃の部分のみを外したものが沢山取り付けてあり、ジャンプしたら、身体に突き刺さってしまったり、梯子にも有刺鉄線があったり、無数の妨害の結果、結局外に出れたのは二十分以上後の事だった。


 採苗は汚水を操りつつ、立華に駆け寄った。


 無事を慎重に確かめていたら、後ろから強い衝撃が襲う。夜の影であれば、マンホールに入って、すぐ戻ることも可能な事に思い至り、後ろを振り向く。


 意識が薄れていく中、夜の影の姿を確認し、自分が最後に持っていた五つのペットボトルを一瞬で爆発させた。


 立華だけは最後の意地で爆発から守り切り、遠くに夜の影が吹き飛んだ事を視認して、意識を失った。


 隆司がマンホールを慎重に開け、採苗が意識を取り戻した。どちらも身体は血まみれの満身創痍である。


 しかし、それよりも遥かに血まみれの怪物が、立華の首を絞めていた。


 今にも死んでしまいそうな立華の首を絞める怪物に止めを刺さんと二人が全力を込め、殴りかかった。


 夜の影。超獣にも超人にも超獣人にも当てはまらない異質な災厄がその時、潰えた。


 夜の影から、光の粒子があふれ出す。


 採苗はこれまで、誰にもバレないように能力を奪ってきた。赤黒い瘴気はあくまで鑑定の時のエフェクトであると言い張ってきた。


 しかし、この瞬間、彼女はその能力を父の前で使う事にした。


 彼女の能力は豊穣(デブリベーションオブ)剥奪(デーメーテール)


 他人の能力を死に瀕した時か譲るという意志がある時に限り、下位互換に変換して、奪うというものである。


 この能力により、夜の影の能力と立華の能力を奪った。夜の影から奪った能力は他人の姿に変身する写し鏡(ドッペルゲンガー)の方である。


 この写し鏡を今死に瀕している立華に向かって無断で使用した。


 採苗には自分がそうした理由がこの時にはまだわからなかった。


 父は自分の姿を捨て、主人の姿に変身した娘を死なない程度の力で殴った。その顔には強い怒りが滲んでいた。


 やがて、立華はその碧眼を実に二日ぶりに開いた。


 夜の影からは奪われていた右手の人差し指でとある方向を指さした。


 そして、口でか細く声を紡ぐ。


「隆……司さん。あな……たの主……人を……これ……から……採……苗と……します」


「あ……ちに……安全……しょ……るそ……です」


「今ま……で……ありが……とご……ざいま……した」


 光の粒子は無い。ただ夜の影(moonright)に照らされて、立華はその鼓動を止めた。


 夜の影の光の粒子は止む気配がない。

最後まで持っていきたかったんですよね。

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