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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

『愛してる』を繰り返そう

作者: 真衣 優夢


 真ん中くらいまで赤茶けた髪をした青年は、男にしては長めの髪をうっとうしそうに払ってから、後ろの彼を振り返った。




「雅也。次の休み、どこいこうか?

 ちょっと遠くがいいな。最近、近場のデートばっかりで飽きちゃったよ。

 日帰りで行けるギリギリまでドライブしようよ。

 なんなら、泊まりでもいいからさ!」



「はは、近場ばっかでごめんごめん。

 急に仕事先から電話が入ることを考えたら、ついね…」




 短めの黒髪の彼は素直に謝って、彼の頭を撫で、そのまま頭だけ抱きしめた。




「啓一のわがままを聞かないと、そのうち噴火しちゃいそうだ。

 わかったよ、じゃあ…一泊で温泉旅行!

 どんなところがいい?予約するから」



「やったあー!!」




 啓一はジャンプしてよろこんで、『雅也』を抱きしめた。

 啓一が目を閉じて懇願する。『雅也』がそれに答えてキスをする。

 少し頬を赤くして、啓一は幸せそうに笑った。




「ふふ。何だか不思議。

 雅也に会うのが久しぶりな気がする。

 毎日会ってるのにね」



「仕事帰りに必死に会いに来る俺の苦労も考えてくれ。

 可愛い俺の恋人くん」



「残業の日とか…ごめんね…?

 でも、会いたい。

 わがままでごめん…でも、雅也が好き…」




 抱きしめる手にぎゅうっと力を入れてきて、『雅也』も同じ強さで応えた。

 何度目かのキスが、啓一の目を潤ませる。

 欲しい、と瞳でねだられて、『雅也』は優しく啓一を寝室に連れ込んだ。




「趣味、変わったね?

 モノトーンカラーより自然派がいいってDIYしてたじゃない」



「不器用でね…壊れちゃったんだ。

 結局市販品に買い換えさ」



「あははは!雅也のぶきっちょ。

 僕は…壊さない?」



「どうだろう。約束できない。

 壊すくらい愛してしまいそうだな」



「…うん……」



 互いの熱が絡み、肌が触れて、喘ぎ声が部屋中を包む。

 『雅也』に抱かれた啓一は全身で感じながら、容赦なく『雅也』の背中に爪を立て、何度も達して、それでも求めて、愛の言葉を繰り返した。




 『雅也』は愛の言葉に応えて返す。やさしい、やさしい声で。

 突き入れる熱に流されそうになりながら、かろうじて最後の理性だけは保つ。




 可愛い…愛しい啓一が。

 笑って、求めて、感じてくれるなら。

 それ以外に何があるというのだろう。




 啓一の意識が飛んで、そのまま眠るまで重なりは続いた。

 啓一の唇を指でなぞって、耳を軽く噛んでみる。…寝息だけで、反応はない。




「……好きだよ」




 一度も言わなかった言葉を、『雅也』は口にした。

 ずっと、彼が応えた言葉は『愛している』。

 その言葉は自分のものではないから。

 自分が許されるのは、『好き』という感情までだ。




 活発で明るくて、傍にいるだけで太陽みたいだった幼なじみ。

 追いかけたくて同じ大学にまで入ったのに、ちゃっかり年上の恋人なんか作っちゃって。

 『一泊二日で温泉旅行なんだ!』と俺に自慢して。




 それっきり、啓一のこころは戻ってこない。

 恋人の『雅也』の車が事故を起こし、『雅也』は即死した。

 一時期、意識不明だった啓一は、目が覚めてすぐに『雅也』を探した。

 『雅也』の死を誰かが告げて……




 啓一は、時計を止めてしまった。




「俺の名前は、もう二度と呼んでもらえない…んだろうな。

 それでも…。

 啓一が、笑ってくれるなら。

 俺は一生『雅也』でいい」




 自室の寝室には、特に撤去もせず、自分の名前が書かれたものを置いたままだ。

 『雅也』への、ささやかな抵抗。…啓一の目に入りもしないけれど。




『へえ、おまえ、かおるっていうんだ。

 女の子みたいな名まえ?そうかな?うーん、そうだけど…。

 それって、いいにおい、っていみだって、おかーさんがいってた!

 だから、いい名まえだよ』




 俺の初恋はそこで始まって。

 永遠に追いかけるだけで、振り向かれることはない。




 明日は、時間内に啓一を病院に帰さないと。

 啓一の状態は…一時帰宅が許されるのは月二回程度だ。

 男の恋人がいると知られて、実の親に見放された啓一の頼るところは、俺しかない。




 赤茶けた髪が長く伸びて、半分だけ黒い。

 赤かったころが、「雅也」が生きていた時間で。

 黒髪の部分が、『雅也』と過ごした時間。




 この、鬱陶しく伸びた髪を切って赤い部分をなくしてしまいたいと思う半面。

 啓一の中から、本物の雅也を消し去ってしまうことがどうしようもなく躊躇われた。




 ずっとずっと、片思い。

 お前は雅也に。俺は啓一に。

 それでいい。

 歪んだ恋を続けよう。




 二週間後、病院着のままの啓一を預かって自宅に連れ帰った。

 啓一は髪をうっとうしそうに払ってから、『雅也』…幼なじみの薫を振り返った。




「雅也。次の休み、どこいこうか?

 ちょっと遠くがいいな。最近、近場のデートばっかりで飽きちゃったよ。

 日帰りで行けるギリギリまでドライブしようよ。

 なんなら、泊まりでもいいからさ!」



「はは、近場ばっかでごめんごめん。

 急に仕事先から電話が入ることを考えたら、ついね…」




 永遠に繰り返されるループ。

 永遠に繰り返される会話。




「ふふ。何だか不思議。

 雅也に会うのが久しぶりな気がする。

 毎日会ってるのにね」




 それでも、啓一の笑顔を守れるのならば。

 崖っぷちの心が、壊れないでいられるのなら。




「……『愛してる』」




 ベッドでつながる俺を見て。絡み合い溶け合う俺を見て。

 好きだよ、啓一。

 今、この熱だけは…死んだ人間から、与えられはしないのだから。





       おわり。


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