漫才
PM7:59
いよいよ、お笑いショーが始まる。
俺と古川は舞台袖に身を隠し、8時になったと同時にステージ中央のマイクに躍り出る予定だ。
(その予定、なんだけどよ……)
さっきから冷や汗が止まらねぇ。
つか、喉もカラッカラだし、俺って人前でこんな緊張するタイプだったのかよ……
笑いって、どうやってとりゃあいいんだ?
古川にいきなり無茶ぶりされたら、どう反応すりゃいい?
考えれば考えるほど、考えがまとまらねぇ。
そんな中で、古川が俺に何か言ってる。
小田のMCで俺たちの名前が紹介され、いよいよ舞台から飛び出さなきゃならない。
「おい、呼ばれたぞ」
「……わ、わりぃ、古川。 やっぱ俺……」
すまねぇ!
俺は今まで虚勢を張って生きてきたが、実はめちゃくちゃ小心者だ。
隣に知らねー奴が立っただけでションベンだって引っ込んじまうんだ。
すると古川は、もっかい言うぞ、と俺に向き直った。
「お前のやることは俺のボケに対して、「何でやねん!」って全力でツッコミ入れるだけだ。 お笑いの基本はボケとツッコミだ。 即席漫才じゃシュールネタみたいな難しいことはできねーし、ツッコミで笑いがとれんだからお前的にもオイシイだろ」
(オイシイとか、それどころじゃねぇし……)
だが、もはや頼れるのはコイツだけだ。
ワラニモスガル気持ちってのはこのことだろう。
俺は、震える声で古川に言った。
「……つっこむだけ、だな」
「ああ、その代わり、中途半端なツッコミは入れんなよ」
8時を少し回り、客がザワつき始めたと同時に、古川を先頭に俺たちは舞台袖から飛び出した。
「はいどーもどーも」
古川が漫才の定番の挨拶をする。
頭が真っ白だ。
回りがまるでスローモーションみたく見える。
客はしっかり入ってる。
満員じゃねーけど、2列くらいまでは埋まってる。
「こんな真っ昼間から漫才見に来て下さって、ありがとうございますね」
……真っ昼間?
いや、夜だろ。
……まて、これ今、ボケたのか?
「……なっ、何でやねん!」
反射的に体が動いた。
体を横に開いて、思いっきし古川の後頭部を叩く。
スパーン、という乾いた音が会場に響き渡った。
心臓がバクバク言ってる。
今のでウケたのかどうかすら分からない。
無我夢中だ。
古川を見やる。
素早くコク、と頷いた。
よ、よし、もう一発だ。
古川が次のセリフを口にする。
「今日の天気予報は、雪、らしいですね。 Tシャツ一枚で来れば良かったかなぁ~」
「何で、やねんっ!」
ズバンッ、という景気のいい音が鳴り響く。
さっきよりも上手く入ったか。
すると、今度はどっ、という別な音が鳴った。
笑い、が起きた音だ。
体が熱くなる。
(……)
熱いモノが胸から喉元にこみ上げてくる。
強烈な充実感。
こんな強く感動を覚えたのは、生まれて初めてだ。
「みなさん、寒いと風邪引きますからね。 僕みたいに、クラーつけてパンツ一枚で対策して過ごして下さいね」
「何でやねんっ」
パアンッ、と何かが破裂するような音が鳴り響く。
今のは最高のツッコミだ!
それと同時に古川がぶっ倒れ、舞台の幕が引いた。