種007
坂井大膳は、四郎から鬼神操作を聞き出すと、最初からわかっていたと言わんばかりに鬼神に乗り込んだ。
そして、鬼神の背から銭三貫を、四郎の足元に投げつけると、「次は、上手くやれ」と言って鬼神の背板を下ろし、闇の中へと消えていった。
四郎は、紐でくくられた銭の束を拾い上げると、全ての束を楓に向ける。
「お前の分だ」
「半々の約束だ」
「いや、全て楓の取り分さ。あいつは、鬼神の右腕がないと言って半分しか払わなかった。だから、これは楓の分だ」
「…」
「俺には、食えるだけの銭があれば十分だ。それに…」
四郎は、銭の束を楓に押し付けて渡す。
「礼は言わない」
「それでいい。俺に、礼なぞいらない」
「…」
「そして、これもだ」
四郎は、懐から数本の鬼神布の切れ端を取り出した。そして、その中の一本を、楓に渡す。
「これは、貸しておく。いざと言う時に使ってくれ。鬼神布の件を、黙っていてくれた礼だ」
「…」
四郎は、やると言わず、貸しにした。やると言っても、楓が素直に受け取るとも思えなかったからだ。
楓が、織田家の鬼神館の侵入時に使った鬼神布は、坂井大膳から貸し与えられていた物。
四郎の館侵入時の支援で使えと、楓に貸されていたのだが、大膳は、四郎から鬼神を、楓からは鬼神布を取り上げて今川へと消えた。
しかし、鬼神から切り取った鬼神布は、大膳には取り上げられていない。
大膳を出迎えた時には、右腕を吊っていた鬼神布を外して隠していたのだ。
その隠していた鬼神布の一つを楓に渡す。
鬼神布に適性がある楓であれば、織田家の鬼神館での戦いのような場面で有効だと四郎は考えた。
適性者は、鬼神の力を使える。
鬼神布に人の気を通すことで、鬼神布は収縮する。その収縮を利用したのが、鬼神であり、筋力強化である。
楓が、四郎の侵入の切っ掛けとなった薪の大遠投は、鬼神布による筋力強化の技である。
だが、瞬間的に強化された力に、体は耐えられない。骨や関節、そして筋肉が、人ならざる力に負けてしまう。ゆえに、筋力強化は、両刃の剣となる。
鬼神はというと、構造は簡単だ。
木の骨組みと金属の関節で造られた内骨格を、鬼神布で結ぶだけ。それが、鬼の筋肉となり神経となる。
そして、その上に板を張り合わせて、外部を漆で装飾して完成。これが、人の意思で動かせる鬼の構造だ。
ただし、簡単であるがゆえに難しい部分もある。
鬼神布の分量が多ければ、それだけ大きな力を発揮するが、骨格や関節への負担は大きい。過ぎたる力は、自壊に繋がる。
逆に、布が少なければ、自壊はまぬがれるが、小さな力しか出せない。
また、運用方針にも影響される。
搭乗者を選ばず、鬼神を汎用的に運用するか。逆に、搭乗者の適性に合わせて専用鬼として運用するか。
運用方針にも影響される理由は、搭乗者の適性も千差万別なためである。
気を入れた時の鬼神布の収縮率が高い者、低い者。
鬼神布の収縮速度が早い者、遅い者。
鬼神布への伝達速度が早い者、遅い者。
そして、鬼神布への伝達量が多い者、少ない者。
誰もが鬼神や鬼神布を扱えるが、実戦に耐えられる使い手の数は少ない。
いずれにしても、鬼神の運用保守をする者が必要となる。織田家の鬼神館にいた監督のような、鬼神の調律者である。
そして、鬼神の適性は身分を選ばない。
武家だから適性が高いわけでも、農民だから適性が低いわけでもない。
鬼神布に選ばれた者が、適性者なのである。
「さて、次は京か」
四郎が、右腕に左手を添え伸ばしながら、つぶやく。
坂井大膳は、四郎と楓に次の仕事を命じていた。
京にいる将軍、足利義輝が保有している鬼神布を盗めと。
次回、(閑話)司祭の日記 一章