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種004

 森の乗った鬼神の動きは、滑らかで、すばやい。

 四郎の鬼神が二歩進むところを、森が乗り込んだ鬼神は、三歩、四歩と進む感じだ。

 四郎の鬼神が土塀を越える前に、森の鬼神に回り込まれた。

 仕方なく、四郎は鬼神を止めた。そして、勝てないと思いながら短槍を構えた。


「ほう、俺と槍を交えるつもりか。面白い」


 鬼神から大きな声が聞こえる。

 鬼神は、そこに乗っている人の声さえも拡張するのだ。

 森の鬼神が、槍を構えた。


「ほれ、打ちかかってみよ」

(なめるなよ)


 四郎は、一撃、二撃と槍を突くが、全て森の槍でいなされる。


「盗人にしては、筋は悪くない。それに武家でも、そこまで鬼神を操れる者も少ない。盗人なぞにならず、俺の所に仕官してくれば雇ってやったものを」


「森様、そやつは盗人などではなく。他国の間者やも知れませんぞ」

 鬼神館の監督が、両手を口に当てて叫ぶ。


「わかっておる。盗人だろうが、間者だろうが同じことよ。残念だが、ここで終わりだ」

 森が話している間にも、四郎は槍を突いていたのだが、全く相手にされていない。


「では、次は、俺から行くぞ!」

「はっ」と森は叫び、気合いを乗せた短槍を降り下ろした。


「ぐはっ」

 四郎の持っていた短槍は叩き落とされ、痺れと痛みが両腕を襲う。


「どうよ、これが鬼神の力。盗人のお前では振るえぬ、本当の力だ」


(くっ、ならば)


 四郎は短槍を拾うのを諦め、森の鬼神と距離を取る。そして、近くにあるかがり籠を持ち上げた。

 はらはらと、かがり籠から火の粉が散る。


「そのようなもの、恐れるに足らず。俺が、火を怖がるとでも思うたか」

「火は怖いぜ」

「声が若いな。若僧か。やはり、間者というより盗人だな」

「さすが武家様は、強い。では、かがり籠が一つじゃ心細いから、二つにさせてもらう」

 そう言って、四郎は、鬼神館に近いかがり籠を持ち上げた。


「若僧。一つだろうが、二つだろうが、俺に火など利かぬぞ。なんと浅はかな」

「はたして、そうかな?」

「よかろう。では、俺にかかってくるがよい。火など恐れていないこと、しかと、その目で見るがよい」

「では、遠慮なく。ほらよ」


 四郎は、かがり籠を二つとも館の中の鬼神を狙って投げ入れた。

 かがり籠から燃えた木が、館の中に散らばる。


「なんだと!」


 相手の鬼神が驚いている隙に、四郎は三つ目のかがり籠を持ち上げて、鬼神館の中へと投げる。


「させるか」

 森の乗った鬼神が、これまでで一番の速度で移動し、飛んでいるかがり籠を槍で突き落とした。

 それは、花火が目の前で爆発したかのように、闇夜に火の粉の大輪を咲かせる。


「小僧!」

 鬼神が吼えた。


(縮地か?)


 縮地。一瞬で相手との間合いを詰める神術。

 人の技では、相手の意識をそらした上で距離を詰めるが、鬼神では、その高い能力ゆえに実現できる。

 鬼神は、地を這うような一歩での跳躍が可能なのだ。


「許さんぞ、小僧」

「さすが、強い武家様だ。でも、いいのかな、館の中が燃え始めたぜ」

 四郎の鬼神が、右手で館の中を示す。

 鬼神館の中で四郎の鬼神が嵐のように暴れたとき、巻物や板切れなどの可燃物を撒き散らした。それに、かがり火が移り、燃え広がっている。


「森様」

 鬼神館の監督が、悲鳴を上げた。

 敷地内の館を守る兵たちは、鬼神の戦闘に巻き込まれまいと、他の建物や門の陰に隠れて鬼神館に近づこうとしていない。


「森様、このままでは館の鬼神に火が移ってしまいます。鬼神を外に運び出してください」

「しかし、こやつを見のがすことに」

「仕方ありません。一鬼失うか、二鬼失うかでは事の重大さが異なります」


「なるほど、一鬼失うのは良いのだな」

「何をされるつもりですか」


 森の鬼神が、短槍を正眼に構える。

 槍の穂が、四郎に向けられピタリと止まった。

 四つ目のかがり籠を持った四郎も、狙われたことを知り、立ち止まる。


「小僧、生きては帰さん。我が技で砕け散ろ」


 四郎には、森の鬼神の気が変わったのがわかった。


「見よ、我が技、岩爆槍(がんばくそう)!」


 森の鬼神が縮地で一歩進み、四郎が乗った鬼神の胸を狙って槍を突き入れる。

 その突きは、一度だけ突いたかのように見えるが、数多くの突きが合わさったものだ。


 四郎も負けじと、かがり籠を突き出して、後方に跳ぶ。

「かわせ!」と四郎は、叫んでいた。


 ドンッと破裂する音とともに、かがり籠の火の粉が大きく闇夜に舞い、一瞬だが太陽ができたような強烈な光を周囲に放つ。


 やがて、光が収まった。


「なんだとっ」

 森の鬼神が、驚愕する。


つづく

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