種003
(見つかったか?)
四郎は、鬼神の中で息を潜めた。
扉を開けた男が、館の中に入って来て一体の鬼神に光を当てる。
鬼神の頭部にある覗き穴から様子をうかがうと、ガンドウと短槍を持った男の影が、他の鬼神を照らしているのが見えた。
男を見ていると、開け放たれた入口から、さらに二人の影が館に入ってくる。
「森様、勝手に鬼神館に入っては困ります。乗り手が、鬼神館に入れるのは夕方の一刻のみとの決まり事。さ、さ、外に出てくだされ」
「だから、あれは、陽動だと言っておろう。盗人はすでに、この館に忍び込んでおる」
「見たのですか?」
「……」
「盗人などおりません。かがり籠は、風で倒れたのです。門番は、怪しい者は見ていないと言っております。さあ、森様、外へ」
「強い風など吹いてはおらん。必ずや、盗人がいる」
言い争う者たちが、睨み合っている。
「森様が、今宵の乗り手役の寝ずの番と言うのはわかっております。ですが、それと、これは、別な話。鬼神館から出て行かぬと言うのならば、殿に報告せねばなりません」
「ほう、俺を脅すつもりか」
「いえ、そのような……」
「……」
しばらくして、森と呼ばれた男が折れた。
「わかった。俺は入口から中を見るだけだ。お前たちが、鬼神館に誰もいないか調べろ」
「そのような……」
「よいから調べろ。誰もいなければ、それでよいではないか」
「……」
「調べろ」
「わかりました。おいっ」
鬼神館を監督している者が、森の気迫に負け、配下に調査を命じた。
配下が、ガンドウで照らしながら階段を上がってくる。
四郎が乗り込んだ鬼神の隣から調べるようだ。
(余計なことを)
隣の鬼神の背板が、開けられ照らされる。
誰もいないと、配下の報告が館に響く。
背板が閉じられた音が聞こえ、踊り場を軋ませる音が近づく。
(どうする)
乗っている鬼神の背が開いた。
四郎は、背を開けた男の腕を取り、引き寄せて当て身を入れる。そして、落ちるガンドウを捕えた。
「どうした」
監督する者が、鬼神の中に消えた部下に大きな声で問う。
四郎は、答える代わりに鬼神に気を入れ、一歩、鬼神を歩かせた。
「何をしておる。異常があるのか」
さらに、一歩、鬼神を歩かせる。
「返事をせぬか」
「おいっ、おかしいぞ」
柱に添えてある鬼神用の短槍を掴む。
槍は四間(7.2メートル)の長さがあり、人にとっては丸太と言ってもよい大きさだ。
「やられた。盗人だ」
(バレた)
森が、鬼神館に入って階段を上ろうとする。
四郎は、短槍を振り回して森に当てようとしたが、階段を上るのを邪魔しただけ。
(上手く動かせない)
森は、近くの階段を諦め、踊り場の下を駆け抜け反対側の階段に行こうとする。
四郎は、槍を当てようと、再度振ったが、今度は柱に当たって手が痺れた。
鬼神の手応えが、人の気に戻る。
まるで、自分が振った槍が、太い柱に当たった感触だ。
(邪魔だ)
当て身をした男を、鬼神から蹴り出す。
掴んでいたガンドウも外に投げ捨て、背板を閉めた。
「森様、早く取り押さえてくだされ」
「おう」
森が、館の奥にある階段を上る。
別の鬼神に乗り込むつもりだ。
鬼神で館の外に出たいが、小入口では小さ過ぎて出られない。大入口を開けるしかない。
森が鬼神に乗り込むのを邪魔するか、大入口を開けて逃げるのが先か。
四郎は、鬼神を走らせ踊り場と水平に槍を払う。
「なんと」
森が、踊り場から土間に飛び降りた。
着地すると転がり、反対側の踊り場の下に逃げ込む。
「人を呼べ」
「わかりました」
森が怒鳴り、監督が館から出ていった。
「もう、観念しろ、盗人。鬼神はそう簡単に使えるものではない。今であれば見逃してやろう。鬼神から降りろ」
低く身構えた態勢で、森が諭すように言う。
(そんな手に乗るか)
四郎は、森から目を離さないように、大入口に近づいた。
そして、大入口の扉を片手で横に押してみるが、開こうとしない。
扉の端を見るとかんぬきが、差してあった。
じりじりと森が、階段の方へと移動する。
かんぬきを抜こうとすると、森が階段を駆け上がった。
四郎は、それを阻止しようとかんぬきから手を離し、踊り場に行けないように槍を凪ぎ払う。
すると、森は諦めて階段から飛び降り、柱の陰に逃げ隠れた。
明らかに時間稼ぎをしているのが分かる。
「盗人、諦めろ。ここからは逃げられん」
(ここまで来て、諦めるか)
その時、小入口から男が走り込んできた。
「森殿、助太刀いたす」
「助かる。お主は、そちらの鬼神に乗れ」
「おうよ」
助太刀に現れた男が、鬼神に乗り込もうと階段を上る。
(二人か)
四郎は、邪魔することを諦め、大入口に走り、かんぬきを抜いた。そして、そのかんぬきを新しく現れた男に投げつける。
かんぬきは、鬼神に乗り込む直前の男を打ち倒した。
四郎は、そのまま大入口の扉を横に押し出して、外に出る。
「盗人、逃げられると思うなよ」
四郎の鬼神が後ろを振り返ると、森が乗った鬼神が向かってきていた。
つづく