お祭り
入学式とホームルームしかなかったので、私達のクラスは午前中で学校が終了。
私はカルドの提案通りにクラスメイト達と共に学校の近くにある広場へと向かうことに。
他のクラスや先輩達も訪れているようで、アカデミーの制服に身を纏った人々でお祭りは賑わっている。
うちのクラスだけではなく、他クラスも親睦会を兼ねて訪れているようで団体がちらほら窺えた。
広場の入り口には、花や色とりどりの紙を貼り合わせて作られた大きなアーチがあり、ようこそ。新一年生! と書かれている。
通路の左右には屋台が立ち並び、等間隔でベンチが設置され、食べ物を食べている地元の住民達の姿や子供達が元気に走り回る姿が確認できる。
「お祭りー!」
賑やかなお祭りの雰囲気に完全にのまれてしまっている私は、すごく気分が高まってしまっている。
村ではお祭りがあったけど、こういう大きなものではなくこじんまりとしたものだったし屋台なんてなかった。
「いいか、俺達から絶対に離れるなよ」
「うん。あっ、あれ何かな?」
ふと視界に入ったお店が気になったため私が駆け出そうとすれば、手をぎゅっと掴まれてしまいお店に行けなくなってしまう。
「え」
という自然と私から零れた声と同時に視線を右手へと向ければ、シオン君の大きな手によって掴まれていた。
「離れるなと言った傍から……すぐ迷子になる子供はこうした方が楽だ」
「子供じゃないよ」
「珍しいものがあっても勝手に走って行くな。その年でミーアくらいだ」
「うぉーっ! あれうまそうじゃん」
私達の傍にいた同じクラスの子が屋台に走って行ったため、私がシオン君を見れば「あれはいいんだ」と言われてしまう。
私と同じだと思うんだけど。
――シオン君ってクールだから手も冷たそうな印象だけど、本当は暖かいんだよね。
私の手を包んでくれている大きな手は、温かくて心地よかった。
クラス全員と来ていたから、ちょっと気恥ずかしいけど。
「さて、うちのクラスはまず何がしたい? ゲームか食い物か」
先頭にいるカルドの言葉に、全員一斉に口を開く。
「輪投げー」
「クレープ食べたい」
「ダーツやりたい」
見事にバラバラだった。そりゃあ、クラス20人もいればそうなるよね……と思っていると、話を纏めてくれそうな女神が現れた。
「この人数で集団行動は非効率だわ」
まるで授業中のように、すっと手を上げて発言したのは、ピンクのふわふわとした長い髪を持つ美人だった。
工業国として名高いラドン王国の第七王女であるヴィヴィ=メオトリーだ。
私の夢に出てきたもう人物でもある。
「時間を決めてみてはどう? まずは各自自由行動をする。その後に、食べ物や飲み物を買ってみんなでもう一度集まるの。この人込みで集団で行動すると迷惑になるから、離れたところで親睦会をすればいい」
「確かにその方が良いかもな。さすがは新入生代表の挨拶抜擢者!」
カルドの言葉にヴィヴィ様は顔を真っ赤にさせた。
鉄仮面に近かったのに一瞬で表情を激変させてしまったため、周りの人々が見惚れてしまう。
――かわいいなぁ。
普段とギャップがあまりにも激しかったため、私も彼女に見惚れてしまった一人となった。
「じゃあ、集合時間と場所を決めようぜ」
「賛成―っ!」
カルドが主となり、集合時間も場所もあっさり決定されることに。
みんな各々グループに分かれていく中で、私はシオン君とイザベラさんと共に行動をする。
自由に色々な屋台を見て回りたいが、私は相変わらずシオン君に手を繋がれたままだった。
「シオン君、イザベラさん。どこに行きますか? 私、屋台の端から端までみたいです!」
「いいですねー。屋台の端から端まで買い食い」
「お前、誰の財布だと思っているんだ」
「いいじゃないですか。それくらいじゃシオンの財布は軽くならないですし。私、まだお昼を食べてないんですよ。ミーアさんは何か食べたいものありますか?」
「えっと……」
私が辺りを見回せば、輪投げ屋が目に飛び込んで来た。
お菓子や文房具などの景品に交じって、ふわふわのいかにも触り心地良さそうなクマのヌイグルミが置いてある。
ヌイグルミの円らな瞳と交わり、私はこれだ! と直感で判断。
頭の中では既に寮の部屋が浮かび、ヌイグルミを置く場所まで決まってしまう。
「シオン君、イザベラさん。輪投げやりたいです。輪投げっ!」
繋がれているシオン君の手を引っ張りながら言えば、シオン君が目を大きく見開いている。
「シオン君、輪投げ嫌い?」
「……いや」
「いいですねー、輪投げ。あのクマのヌイグルミ可愛くないですか?」
「イザベラさんもそう思いますか? 可愛いですよね」
「やりましょう」
「はいっ!」
私達は輪投げの屋台へと向かった。
お店を見れば壁に斜めに設置された景品番号が書かれた棒があり、そこに輪を投げ入れるようになっているようで結構簡単そうだ。
「シオン、お財布をお願いします。後で経費にしましょう」
「どう考えても経費は無理だろ」
シオンは私から手を離すと、制服のポケットからお財布を取り出し、店主に硬貨を渡す。
「二人分」
「まいどあり」
料金を受け取った輪投げ屋のおじさんが私とイザベラさんに輪を五つずつ渡してくれた。
「シオン君、私自分で払うよ」
「いいよ」
「でも……」
「気にするな。それよりイザベラが投げるぞ」
「よし、ヌイグルミ取りますよーっ!」
イザベラさんはシミュレーションをしているのか、輪を投げる素振りを何度かすると、ふわりと柔らかめに輪を投げた。
だが、私が見てるよりも輪投げが難しいようで上手に入らず弾かれてしまう。
手持ちの輪が五つあったはずだけど、あっという間に消えてしまった。
「む、難しい……ミーアさん、私の仇を取って下さい」
「はい」
私は手にしている輪をヌイグルミの番号が書かれた棒へと投げたけど、なかなか入らず最後の輪になってしまった。
精神を集中させて狙えば、入ったのは隣に設置されていた棒でがくりと肩を落とす。
「お嬢ちゃん、おめでとう」
店主はカランカランとベルを鳴らすと、棚から飾られていたティアラを取ると私へと差し出してくれた。
ティアラはガラス製らしくて、太陽の光を反射してキラキラと輝いている。
これはこれで嬉しい気がすると思っていると、「付けてみてはいかがですか?」とイザベラさんに言われた。
恥ずかしいからと断ろうとしたが、お祭りのためか猫耳カチューシャなどを付けている人達がちらほら窺えるので問題はなさそうだ。
「シオン君、付けて貰ってもいい? 一番身長が高いのがシオン君だから」
シオン君は無言でティアラを受け取ると、私へと付けてくれた。
「ヌイグルミが欲しいのか?」
「え? うん」
「……わかった」
シオン君はもう一度財布を取り出すと、店主に硬貨を渡す。
そして、輪を受け取ると何のためらいもなく、さっと棒へと向かって投げれば見事に一発目で入ってしまう。
「「入った!」」
私とイザベラさんがお互いの手を叩いて喜んでいるのに、シオン君は表情筋一つ動かさず。
彼は淡々と義務的に店主の手より景品であるクマのヌイグルミを受け取った。
「ほら、ミーア。ヌイグ……」
シオン君の言葉が途中で止まってしまう。
それは、彼の傍に立っている四~五歳くらいの女の子の熱視線のためだ。彼女はじーっとシオン君の手元にあるヌイグルミを凝視している。
「ウィリーナ。勝手に走って行っては駄目でしょう?」
お母さんと思われる人が走ってきて彼女の手を掴んだけれども、彼女は無理やり手を振り払い、再びヌイグルミへと目が釘付けに。
ヌイグルミと同様に穢れなき円らな瞳は、羨ましそうな眼差しでシオン君へと視線を向けた。
「もしかして、欲しいのか?」
「うん」
「なら、やるよ」
「いいの!?」
女の子は、ぱぁっと顔を輝かせるとシオン君へ向かって手を伸ばしてヌイグルミを受け取った。
「すみません」
お母さんが頭を下げれば、シオン君が無表情のまま首を左右に振る。
「いいえ、気にしないで下さい」
「ほら、ちゃんとお礼を言いなさい」
「ありがとう、お兄ちゃんっ!」
嬉しそうにヌイグルミを抱き締めたまま、女の子が飛び跳ねている。
女の子は手を振るとお母さんに手を繋がれて、人混みの中へと消えて行った。
「シオン君は優しいね」
「俺が?」
彼は目を大きく見開くと、私を見下ろす。
自覚がなかったのだろうか。
「妹とかいるの?」
「いるかわからない。俺はスラム街に捨てられていたから」
「……ごめん」
「別に気にする必要はないだろ。事実だし。師匠に拾われて手に職も付けたし、食うには困らないから問題ないしな」
「手に職って騎士だから剣術? 確かに手に職だね。シオン君もイザベラさんも騎士団から派遣されているの?」
「なんで騎士団なんだ?」
「だって、私の護衛って……もしかして、魔術師の方だった?」
そう問えば、二人共なぜか口を閉ざして無言に。
イザベラさんに至っては、私からあからさまに視線を外してしまう。
――え、違うの?
シオン君達は『護衛』として私に付いてくれているって聞いていたのに、彼らの反応を見ていると違うように感じた。
私の知らないうちに、もしかして何か異常な事態に巻き込まれてしまっているのではないだろうか。
自分の周りで起こっているかもしれない件に急に不安になってしまい、私は手にしていた鞄の取っ手をきつく握りしめる。
「ミーア。クレープ喰うか?」
「えっ」
突拍子もない言葉が投げかけられたため、私が弾かれたように顔を上げれば、シオン君の真っ直ぐな瞳とぶつかり合う。
もしかして、私の気分を晴らすために気を使ってくれたのだろうか。
「クレープは食べたことがないから食べたいけど……」
「じゃあ、行くぞ」
シオン君は私の手を掴むと、「こっちだ」と手を引いてクレープの屋台へと向かって連れて行ってくれた。