アカデミーからの使者
テシス様と共に村にある私の家に到着すれば、出迎えてくれていたのは仰々しい馬車だった。
質素で長閑な村に不釣合いな馬車は、建物から少し離れた場所に停車している。
私が乗せて貰っている王族の馬車よりも装飾などが細かい上に、宝石なども使用されているようで絢爛豪華。
子供の頃に王族の馬車を初めてみた時に度肝を抜かれたのに、こっちは呆然としてしまうくらいのレベルだ。
「どうしてうちの村に……?」
村に不釣合いな馬車があることを不審に思ったのは、私だけではないらしい。
隣に立っているテシス様も同様で、口をぽかんと開けて凝視。
「お前の家なんかしたのか? あれムーランアグア国のゴルジュ公爵家の紋章だぜ」
「ムーランアグアってあの西の覇者と呼ばれている大国ですよね。ゴルジュ公爵ってどなたですか?」
「ゴルジュ公爵は現国王の王弟君だよ。ほら、お前が行きたがっていたヴァネッサ・アカデミー。あれは学術の都と呼ばれるディオラ王国内にあるけど、ゴルジュ公爵は出資者の一人なんだ」
「アカデミーには興味があったけど、そこまで知らなかったです。でも、どうしてうちに?」
「入学の誘いじゃないか? お前、高魔力保持者だし。アカデミーの魔術課ではSSクラスだと高魔力のみで入学が決まるらしいから」
「へー。一般しか調べていませんでした」
「SSクラスの入学方法はちょっと変わっていて、高魔力保持者に対してアカデミー側から入学の打診をして、相手が了承したら入学できるんだってさ。SSクラスなら学費とかタダだぞ。その代わり、学校側から依頼された仕事を実践代わりに遂行しなきゃならないらしいけど」
「……アカデミーの誘いならすごく嬉しいです」
新しい知識を付けるために学校に通いたかった。
村には学校は無い。私は王妃様の命により王都まで通いで学校に通っていたけど、魔術の学校ではなく読み書き計算中心だった。
より高度な魔術を習いたいという願望がある私にとっては、学術の都であるディオラ王国が最高の場所だ。
王都は通称学園都市と呼ばれるくらいに、様々な学校が集まっている。人口のほとんどが学問に関係している人達で構成されていると言っても過言ではない。
学校に入って生活するとなると必要なものはお金だ。
うちは十人家族だし、裕福な方ではない。
王族や貴族などの限られた人ならば、ディオラに留学することも可能だけれども、うちは無理だからって諦めていた。
「良かったな。お前、アカデミーに行きたがっていたじゃないか。学費の心配があって行けなかったけど、SSクラスの誘いなら学費の心配は不要だし」
「でも、まだ打診かどうかわからないですよ」
期待が高ければ高いほど、違った時のダメージが大きい。
そのため、私は平穏な心へと無理やり戻す。
「あら? やっぱりミーアだわ」
玄関の扉が開き、ひょっこりお母さんが現れた。
「テシス様もご無沙汰しております」
「久しぶり、テリアおばあさん。ゴルジュ公爵家の馬車が止まっているけど来ているの?」
「えぇ。ですから、テシス様。申し訳ありませんが、今日は……」
お母さんは申し訳なさそうに眉を下げると、テシス様に深々と頭を下げる。
テシス様は首を左右に振ると、お母さんの肩を軽く叩く。
「いや、俺が勝手に来ちゃっただけだから気にしないで。母上達には俺から言っておくし」
「王妃様達にですか……?」
「実はミーアが城のお茶会に誘われていてさ。そのまま向かう予定だったんだけど、ちょっと困ったこともあって」
お母さんがこちらへと視線を向けたので、私は唇を開く。
「実は、国王様と王妃様が私とテシス様を結婚させたがっているみたいなの。私達二人共そんな気がないから。それで、村長やお父さん達の知恵を借りたいなぁって。流石に私が国王様達に意見は恐れ多いし」
「テシス様、やはり陛下達はミーアを?」
「悪い。俺も父上と母上には弱くて。体が弱くて心配ばかりかけた負い目があるというか……」
「その件はまた今度相談しましょう。今は、アカデミーの話が先だわ」
「アカデミーって、ヴァネッサ・アカデミーのことだよな。やっぱり打診が?」
「えぇ。是非、魔術課のSSクラスへとお話を頂いたの。ミーア、ずっと行きたいがっていたでしょう?」
「やったじゃないか! お前の行きたいがっていたアカデミーに入学できるぞ」
「はい!」
私とテシス様は手を取り合って喜んでいるけど、お母さんの顔色があまり良くなかった。
もしかして、私を一人でアカデミーに行かせるのが不安なのかもしれない。私は村から出て暮らしたことがなかったから。
「お母さん、私一人でも大丈夫だよ」
「そうだよ、テリアおばさん。ミーアならやっていけるって。誰とでも仲良くなれるし、アカデミーには寮があるしさ」
「……そうね」
お母さんは寂しそうに微笑んだ。
「じゃあ、俺は城に戻って報告するよ。またな、ミーアとおばさん」
「またね」
「今度はゆっくり遊びに来て下さいね」
テシス様はさっき乗ってきた馬車へと再び乗り込んだので、私とお母さんが手を振りながらテシス様を見送った。
緩む顔が抑えられない。
あんなにずっと行きたかったアカデミーに通えるなんて!
「ねぇ、ミーア。ミーアはテシス様のことをどう思っているの? 異性として好き?」
「さっきも言った通り友達。相手は王子様だけどね。テシス様も私のことを友達だから結婚は無理って言っているし」
「そうよね……うすうす気づいていたけど、陛下達はテシス様とミーアを結婚させたいのね。私達は未来視の巫女ではなく、娘のミーアとして接しているの。だから、この地に縛るようなことはしたくないのに」
疲れ切った表情をしたお母さんは、頬に手を当てると深い息を吐き出す。
「お母さん、大丈夫? ごめんね、なんか面倒事を持ってきちゃって」
「いいのよ、それよりも中に入りましょう。お客様が待っていらっしゃるわ」
「お客様?」
「ゴルジュ公爵様からの使者よ。わざわざムーランアグアからいらっしゃったの。ミーアと共にアカデミーに通って下さるそうよ」
「私と? どうして?」
「それは……」
お母さんは言葉を詰まらせると、俯き出してしまう。
「何をしているんだい?」
「お祖父ちゃん、お祖母ちゃん!」
何の前触れもなく玄関の扉が開いて祖父母が顔を出したので、私は目を見開いて驚いてしまう。
私の家は祖父母と両親、それから私を含めた子供六人という大家族。
そのため、祖父母も両親も畑仕事をしているため、日中は家にいることは殆どない。お母さんは家事をするために時々家にいるけど。
だから、祖父母がこの時間に家にいることにびっくりしてしまったのだ。
「どうしたの? 家にいるなんて珍しいね」
祖父母達は何も言わずに、「家に入りなさい。お客さんが待っているから」と、扉を開けて中へ入るように促した。
お客さんを待たせるのも悪いと思った私は足を進めたけど、お母さんはその場に足を縫われてしまったかのように動かず。
「ミーアは先に入ってなさい」
おばあちゃんはそう言うと、私の頭を撫でてお母さんの元へ向かった。
「さぁ、ミーア」
「うん」
扉を開けてくれているお祖父ちゃんの元へと着いたけど、お母さんが気になって顔を向けてしまう。
顔を俯かせているお母さんは、お祖母ちゃんに背中をさすられていた。
さすがに何かあると察した。しかも、悪い方で――
家の中に入れば、食卓テーブルを囲むように父と村長が座っていたのだが、場が重苦しい雰囲気に包まれていた。
父のテーブル越しに村長が座っているんだけど、その隣には見知らぬ少年の姿がある。
耳が僅かに隠れるくらいの漆黒の髪に、鷹のように鋭い灰色の瞳を持つ彼は、感情というものをどっかにおいて来たかのように無表情。
全体的に冷めた印象を持ってしまうが、彼が整った容姿をしているせいか変に絵になってしまう。
年齢は私と同じが少し上くらいだろうか。
「君がミーア=ハイデリア?」
表情筋を動かさず、彼は立ち上がると私の名を呼んだ。
「はい」
彼は私の頭から足先までじっと見回すと、ゆっくりと息を吐き出す。
「体調は?」
「え、元気ですけど」
「そう」
「……ミーアはやはり?」
村長や父が立ち上がり、彼の方を揺れる瞳で見ている。
張り詰めた空気に圧迫される中で、私は現状を把握するために周りの人の顔を窺ったけど不安しか襲ってこなかった。
「変わらない。俺の見解も報告書と一致している」
「あの、一体何がどうなって……?」
シオン殿と呼ばれた少年は、テーブルの上にあった手紙を取ると私へと差し出してくれたので受け取る。
封筒の封蝋には私が通いたがっていたヴァネッサ・アカデミーの紋章が刻まれていた。
「開けても?」
「君宛てだ」
私は奥にある棚へと向かうと、引き出しからペーパーナイフを取りだす。そして、封蝋を剥がすように開けた。
中には厚手の紙が入っていたので取り出し文字を追っていけば、段々と目が大きく見開いていく。
「入学推薦書だわ!」
「俺はシオン=リミエント。ゴルジュ侯爵の使いでそれを届けに来た」
「シオン……」
私は彼の名に覚えがあったため、呆気に取られてしまう。
シオンは夢で聞いた名前の一つだ。もしかして、あの夢はアカデミーの関係者なのだろうか。
「ミーア、使者の方を呼び捨てにしては失礼だ」
「あっ、申し訳ありません」
「構わない。俺も君も同じ年だから」
私と同じなのか。見えないなという言葉を押し殺した。
「君の『人外な魔力』はアカデミーのSSクラスへの入学条件を満たしている。そのため、君が入学を希望するならばアカデミーに通えるのだが、どうしたい? 君がアカデミーに通うならば、俺ともう一人が君の護衛を務めることになる」
「人外ですか。んー、後から魔力を授かったからですかねぇ。自分ではよくわからないんです。でも、その魔力のお蔭で憧れのアカデミーに通えるなら嬉しいですよ!」
「後からなんて授かるわけがない。魔力は生まれた時に魔力の源である器が決まっているのだからな」
「でも、私は授かりましたよ」
「魔力を始めて持ったと感じた時、何が起こったか覚えているか?」
「正直、微妙な記憶なんですよね。七歳の頃だったかな。城に呼ばれ薔薇園で美味しいお菓子とお茶を堪能したのまでは覚えているんです。でも、途中で倒れたらしく記憶がないんです。暫く熱が出て体調不調に陥ったんですけど、回復しました。お医者さんには風邪かもしれないって。みんなは女神レムリア様から授かった力だって言っています」
「女神レムリア様か。頭がおめでたいな」
吐き捨てるように告げたシオン様の表情が氷のように冷たい。