ツイてる?憑いている?
あっという間に私達の初ミッションの日はやって来た。
魔族に支配された貴族屋敷の奪還が目標のため、隣国の王都に五人で滞在している。
ちょうど昼食の時間なので、お昼ごはんを食べつつ作戦会議中だ。
時間帯のためか、食堂内はカウンター席もテーブル席も人で埋め尽くされている。
窓際で日当たりの良い席にいる私達のテーブルの上には、広げられた地図と共にスープやパンなどの昼食も乗せられているため、ちょっとテーブルの上が渋滞しちゃっている。
「……王都から屋敷までって結構遠いね」
私達が座っているのは六人掛けのテーブル席。三対二に分かれていつも通り私とシオン君、イザベラさん。そして、カルド、ヴィヴィの席順だ。
「そうなんだよ。王都から近い貴族館って聞いていたけど、地図で場所を確認すると別荘として使われていたから森の中なんだ。徒歩よりも馬を借りた方が良いよな」
カルドが飲み物に手を伸ばしながら言った。
「ごめん。私、馬乗ったことがない」
「申し訳ありません、私もです」
私とヴィヴィが小さく手を上げて申告すれば、カルドはシオン君へと顔を向ける。すると、彼は視線に気づき口を開く。
「俺がミーアを乗せていく。イザベラかカルドがヴィヴィを乗せて行けばいい」
「別にみんなで行かなくても……シオンだけ行ってさっさと魔族退治してくればいいんです。全く。アカデミーはここぞとばかりに人使いが荒いんですから。今は学生だから別料金は不可ってケチくさいーっ!」
イザベラさんはむすっとしたまま、皿の上に乗せられているサンドウィッチをどんどん口に放り込んでいる。
「なんでシオンなんだよ。もしかして、シオンって魔族と戦った事があるのか?」
「数えきれないほど」
「じゃあ、頼りになるな!」
「シオン君、魔族と戦ったことがあるんだね。魔族ってどんなの? 私、見た事がないし戦ったことがないからちょっと不安で……みんなの足手まといにならないように頑張るけれども……」
「ミーアは何も心配しなくてもいいよ。俺が守るから」
シオン君は私の手を取ると、優しく包むように握り締めてくれた。
「シ、シオン君」
鏡を見なくても自分の顔がどうなっているのかがわかる。
天然なのか、彼は時折こんな風に心臓に悪い行動に出る時があった。
「ど、どきどきするから手を繋ぐ時は予告して」
「おい、ミーア。予告をしたら良いってもんでもなくないか?」
「確かにカルドのいう通りだけど……」
「しかし、本当に気づかないのかよ、シオン。なんなら、俺がミーアと付き合っちゃうぞ」
カルドの言葉に、シオン君が纏っている空気が一変。
まるで真冬の夜のように冷え冷えとしていて、体の底まで体温を奪われてしまいそうだ。
「ご、ごめん……マジで怖いからやめて……」
カルドは顔を真っ青にさせると、シオン君の視線から自分を守るためにテーブルの上にあった地図を畳むとそれで顔をガードした。
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食事を終えた私達は、馬を借りて目的地へと向かうことに。
当初の予定とおり、私はシオン君に乗せて貰っている。
ヴィヴィはカルドが乗せてくれていた。
最初はイザベラさんに乗せて貰うってヴィヴィが言っていたんだけど、イザベラさんが人を乗せての乗馬経験がないため、ヴィヴィはカルドと一緒に。
お店や民家でひしめき合っていた王都の街並みが消え、今は左右を木々に覆われた通路を進んでいる。
青々とした葉と土の匂いによって脳内に故郷を思いだしてしまって、すごく懐かしい。
――想像していたよりも結構揺れるんだなぁ。あと、当たり前だけれども、かなり密着するんだね。
私の背中にはシオン君が張り付くようにつき、腰には彼の肩腕がぎゅっと巻かれている。
シオン君はこんなにくっついて平気なのだろうか?
もしかして、私は異性として見られていないのかなって不安になっていると前方を進んでいるカルド達の声が聞こえて来た。
「へ、変な所は絶対に触らないで下さいね!」
「お前、俺のことをどんな風に思っているんだよ。触らないっていうの。一応、紳士だぞ」
私達の前方には、カルドとヴィヴィの姿があった。
ヴィヴィは私と同じで馬に乗れないので、カルドが乗せてあげて手綱を握っている。
「お前、いつもクールだが今日は可愛いな。子猫みたいで」
さらりと発したカルドの台詞に、ヴィヴィが「か、からかわないでっ!」と声を裏返させ叫んでいる。
――なんか、今回の事で二人の距離が近づいたような気がするなぁ。
私はシオン君が操る馬に乗せて貰いながら思った。
「シオン君、ごめんね。一緒に乗せて貰って」
「別に構わない。馬くらい」
「乗馬も出来るようにするよ」
「……いい」
シオン君は私の腰に回している手に力を込めてぎゅっとすると、私の首筋に顔を乗せる。
首筋に彼に唇が触れたため、私の心臓が一瞬止まりそうになってしまう。
「あの~。私の前方にいらっしゃる方々。私もいることをたまには思い出して下さいね! 一人で寂しく乗馬しているんで」
と、後方からイザベラさんの声が聞こえてきたので、慌ててシオン君から離れようとしたけどがっしりと掴まれているので無理だった。
密着しすぎて私の頭が沸騰しそうになる寸前に目的地へと到着。
全員、馬を降りて建物を見上げる。
周りを木々に覆われた灰色の建物は、いかにも貴族の別荘ですという雰囲気を醸し出していた。
魔族に占拠されてしまっているせいか、人の手が入っていないようで建物に蔦は絡まり雑草は生え放題。
窓ガラスも割れ、廃墟と言われれば納得する。
「禍々しい空気が漂っているな」
「気味が悪いことに虫の音一つ聞こえて来ないですね」
カルドとヴィヴィは顔を強張らせているのだが、二人とは反対にイザベラさんはいたって普通だった。
魔族に慣れているのか、冷静に周辺を観察するように見ている。
「確かに事前に渡された書類の通りですね。魔族の気配を二体感じます」
「二体だけか?」
「え」
飛んできたシオン君の台詞に、イザベラさんが固まってしまう。
イザベラさんを凝視しているシオン君が無言のままなので、彼女は圧力に耐え切れなくなってしまったのか視線を彷徨わせた。
「中級二体に上級一体」
「上級もいるんですか!? だったら、なんでアカデミーのミッションにしているんですか。アホですよね? 明らかにレベルが違い過ぎますって。私達、本職の仕事ですよ」
「「「私達?」」」
私とカルド、それからヴィヴィの声が綺麗に重なれば、イザベラさんは「なんでもないです」と大きく首を左右に振った。
「きっとミーアがいるからだ」
シオン君がちらりと隣に立っている私へと顔を向けると、腕を伸ばして私を抱き締める。
まるで子供が大切なヌイグルミを大人に取られないように、ぎゅっと抱きしめられているのでちょっと苦しい。
「シオン君。私がいるからってどういうこと?」
「ミーアが憑いているから」
「確かにツイているかも。この間、落とした財布も戻って来たし」
「アカデミーも師匠もこれが狙いだったんだろ」
嫌悪感を隠さずに吐き出したシオン君の声音を聞き、私は目を大きく見開いてしまう。だって、彼はいついかなる時も冷静だったから。
――珍しいなぁ。
「あのさ、答えたくなかったら答えないでいいけど、お前とイザベラって何者なんだよ?」
「スパイですよー」
「マジか! お前らスパイだったのか」
「嘘に決まっているじゃないですか。アホみたいに自分でスパイですって言います?」
「おい」
こめかみを引き攣らせながら、カルドはイザベラさんへと詰め寄った。
すると、彼女は腕を組んで溜息を吐き出す。
「カルドは騙されやすくて心配ですよ」
「この状況で何が嘘で本当かがわかるわけがないだろうが」
「まぁ、いいじゃないですか。私達の事は。それよりも、魔族を退治するのが先決ですって」
「お前のいう通りなのがムカつく」
「シオン、どうしますか?」
イザベラさんがシオン君へ問えば、彼は溜息を吐き出すと私から離れた。
そして、彼は真っ直ぐに建物の玄関へと足を進めていく。
一人はさすがに危険だと私が慌てて追いかければ、急に服の中に氷を入れられたかのように、一瞬で体に寒気が纏わりつく。
ぶわっと全身に鳥肌が立ち、私は足を止めてしまう。
「ミーアさん!?」
私の異変に気付いたのか、後方からイザベラさんが私の名を叫べば、シオン君が振り返って私の元へと駆け寄って来てくれた。
「馬に酔ったのかな……?」
時間差で酔いが来てしまったのだろうか。
これ以上動きたくなくなってしまったので、私はしゃがみ込んだ。
「どうした? 具合が悪いのか?」
シオン君は屈み込んで尋ねてきた。
「なんだろう……馬に酔ったのかも。ちょっと寒い」
「他には?」
「大丈夫」
私が頷けば、シオン君は制服のブレザーを脱ぐと私へと羽織らせてくれた。
シオン君の制服なので私にとっては大きくてぶかぶかだ。
「シオン、魔族が消えました……まさか、捕食ですか?」
「そうだ」
シオン君は頷くと、私を抱きかかえる。
「ちょっと待ってくれ。俺達にも意味がわかるように説明してくれよ」
「上級魔族は、他の魔族を捕食する場合があるんです。例えば、自分の獲物を狙われそうになってしまった時などですね。例えば、カルドが大好きで仕方がない食べ物があったとします。その食べ物を見ず知らずの人間がやって来て、大好物を奪い取ろうとしたらどうしますか?」
「俺のだし! と取り戻す」
「人間ならば、そうしますね。ですが、魔族は別です。手を出そうとした同族を殺すんですよ。魔族同士でも魔力の差というものが存在していて、強い魔力を持っている方が弱い魔族の魔力を取り込むことが可能なんです。それを私達は捕食と呼んでいるんですよ。まぁ、簡単に言えば、大好物を他人に食べられそうになったので相手を食べてしまったということですね」
「わかるようでわからない説明なんだが」
首を傾げているカルドに対して、イザベラさんが苦笑いを浮かべている。
「覚えておかなくても良いですよ。授業でもやりませんし。とにかく、もうここには魔族がいません。『食べられちゃった』ので」
「待って下さい。では、捕食した魔族がいるということですよね?」
「えぇ、いますよ。でも、その魔族は今回のミッションに関係ありませんので」
にっこりと微笑んだイザベラさんだけれども、張り付けたような笑顔だった。
これ以上聞くなという牽制が込められているように感じる。
「……わかりました。王都に戻りましょう」
ヴィヴィが唇を動かして何か言いたそうだったけれども、ぐっと噛み殺すと馬へと向かって足を進めた。




