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第43話 天空族再び

お待たせしました。第43話をお届けします。

 アルフェラッツ王国とローディシア帝国の国境付近にはヘル・フォークと呼ばれる分岐点がある。

 そのまま北東に進めば帝国との国境に向かい、東に進めば暗黒砦へと向かう分岐点だ。おそらく、どちらへ向かうのも地獄だという意味でヘル・フォークと呼ばれているのだろう。

 マックス・フレッチャーとその弟子であるビアンカとルッツの姉弟は、ノルトライン領からの追手に遭遇することなく、ヘル・フォークの近くまで到達した。


「お師匠さま、魔獣の気配がありますわ」

 普段のビアンカは本人の気性とは違い高貴なお嬢さまであるような話し方をする。もともとはそのような話し方はしなかったのだが、あることが切っ掛けで意識的に口調を変えたようだ。


「ルクレツィア草原もこの辺りまでだからな。大物が隠れているかもしれないぞ」

 ヘル・フォーク周辺は岩石地帯であるにもかかわらず、湿潤なためか樹木も多い。野生動物が好む地形であるため、それを獲物にする大型の魔獣も集まってくる。

 フレッチャーは幾度となくこの地を通過した。危険なことは重々承知している。


「魔獣が多いからヘル・フォークって名付けんたんじゃないのか?」

 ビアンカの弟のルッツが惚けたことを訊いてきた。


「あんたは空気が読めないわね。魔獣の気配に集中しなさい!」

 ビアンカはルッツと話すときには素に戻ってしまうのだが、フレッチャーはそんな彼女を微笑ましく思っているようだ。


「姉ちゃん! バジリスクだ。あそこに三匹居る」

「岩に張り付いて擬態しているつもりみたいね。爬虫類に近いから匂いも少ないし、体温も岩と同じくらいだから、他の野生動物は気づかないかもしれないわね」

「二人に任せてもいいか? 石化ブレスには注意しろよ」

「判っているよ、お師匠さま。俺は右の二匹を倒すから姉ちゃんは左のを頼むぞ」

「む~、何で仕切ってるのよ!」


 バジリスクは自分たちの存在がバレていることを知らない。このような魔獣は速攻で畳み込むのが定石である。


 姉のビアンカは左側の一匹に魔法を放った。


氷針アイスニードル!」


 無数の鋭利な氷針が岩に張り付いているバジリスクに突き刺さる。そのバジリスクは尻尾を激しく震わせたあとに絶命した。ビアンカが得意とする水属性魔法だ。もっとも、彼女が得意とする魔法は、風属性や火属性も含まれる。


 ビアンカの攻撃と同時に、ルッツは擬似的に発生させた光の弓を引きに、右側の二匹に光子矢を放った。


光子矢フォトンアロー!」


 矢の形をした二本の光が右側の二匹のバジリスクの胸に突き刺さると、音もなく大きな穴が生じる。こちらはのた打ち回ることすらできず絶命した。

 ルッツが得意とする光属性魔法である。

 彼が得意なのは身体強化を駆使した接近戦だが、中距離魔法として光子矢フォトンアローを多用する。


 その後、ビアンカとルッツはバジリスクを解体し、金の針と言われている石化を解除する針を取り出した。その針には石化をもとに戻す成分が含まれているので、解毒剤と同じ扱いで保存しておく必要がある。


「二人とも、ご苦労さま。早速だがもう一つ仕事が増えた」

 フレッチャーは空を指して言った。


「あれは何でしょうか? 鷹のように見えますが」

「使い魔だ。撃ち落とせるか?」


 ルッツが再び光子弓を引き、使い魔に狙いを定める。


光子矢フォトンアロー!」


 風の影響を全く受けない光の矢が使い魔の進行方向へ一直線に飛び、獲物に突き刺さる。

 使い魔は叫び声もあげずに落下すると、ビアンカが落下地点にダッシュした。


「姉さん! 探査したんだろうな?」


 ビアンカが遠くで「やったわよ!」と叫んでいる。使い魔は百メートルも離れていない場所に落下したので、俊足のビアンカはすぐに戻ってきた。


「姉ちゃん、速いな」

「ふふん、どうよ」

 ビアンカは得意満面の笑みで使い魔の足から紙片を外した。


「お師匠さま、足に手紙らしきものが付いていますわ」

 全速力で走ってきたのにビアンカの呼吸は全く乱れていない。基礎体力が高いだけでなく、身体強化を行ったのだろう。


 フレッチャーが手紙を受け取ると、使い魔は自然消滅した。この魔法はかなり高度な魔法なので使える人間は限られている。おそらく、この使い魔を放ったのは宮廷魔法師クラスの魔法使いだろう。


「ギガース魔法師団のカトラス団長宛だ。わたしを捕縛する命令が記述されている。中隊規模の出動を要請している。あとから来る本隊と挟み撃ちにする作戦だ。暗黒砦の中隊が百人規模で、キーハイム城から来る本隊は千人規模だろう」

「冗談ですわよね? お師匠さまをその規模でほ縛するなんて……」

「笑っちゃうよな。その規模なら俺たちも捕縛できないと思うぞ」

「全くですわ。オホホホホ」

「姉ちゃん、その笑い方……キモい……」

「なんか言った?」

「いえ、べつに」

 ビアンカ姉弟の話を聞いてか、フレッチャーは静かに笑いだした。


「フッフッフ。でもな、魔法学院の精鋭たちが本隊に組み込まれていたら、お前たちも本気を出さないと捕まるかもしれないぞ」

「そうですわね。でも、戦う気はないのでしょう? お師匠さま」

「もちろんだ。これから暗黒大陸に渡るんだ。無駄な戦いはしたくない」


 フレッチャーたちはツバサ・フリューゲルを救助するために暗黒大陸へ渡るのだ。そのためには暗黒砦を経由する必要がある。一方、暗黒砦からは中隊規模の捕縛隊が来るので、彼らと鉢合わせになるはずだ。もっとも、フレッチャーたちが彼らに見つかるとは思えないが……。


「お師匠さま、さっき使い魔を撃ち落としたから、暗黒砦の捕縛隊は出動しないんじゃないですか?」

「軍のメッセンジャーは別々のルートで三つ放たれることになっている。そのうちの一つを撃ち落としただけだから、先程のメッセージは確実に暗黒砦に伝わっているだろう」

「あんたって本当に馬鹿ね。ちょっと考えれば判ることでしょ。少しは頭を使いなさいよ」

「悪かったな。どうせ俺は馬鹿ですよ!」


 フレッチャーたちが再び乗馬しようとしたとき、強力な魔力放射を放つ物体が彼らの上空から降ってきた。


「ビアンカ! ルッツ! 厳戒態勢!」


 三人は瞬時に馬から離れて、近くの岩場に隠れた。

 数秒後、大きな音を上げて三つの影が着地した。


「隠れても無駄ですよ。出てきなさい」


 フレッチャーは岩陰に隠れながら、魔法で三人の姿を投影し、ビアンカとルッツにも見せた。

 

「お師匠さま、彼らは天空族ですね」

 その三人には天空族の特徴である白い翼が背中に生えていた。


「厄介だな。だが、大した相手じゃない」

「ちゃちゃっと、やっつけましょう」

「そうですわね。瞬殺してやりますわ」


 天空族は魔族を除く人間社会で最大の脅威である。ところがフレッチャーたちには、まったく脅威ではないらしい――


なかなか「ざまぁ」に到達しないのは仕様です。

普通の冒険譚だと思っていただいたほうがいいかもしれません。

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