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大魔王(予定)は乳離れできない? いいえ、必要ないのです。  作者: あなぐらグラム
旧版 大魔王(予定)は乳離れできない? いいえ、必要ないのです。
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旧第13話 かつての仲間(???)

「――ここ、は……?」

「あら、目が覚めたようですね」

 イシスは薄明りの指す部屋で目を覚ましていた。

 シーツやマットレスはある程度の質があるが、ベッドとしては簡易ベッドという中の下ぐらいのベッドに横たわっていたが、そこに至るまでの記憶がない。

 また、声をかけてくれたのも、知らない人物だった。


「ここは冒険者ギルドの治療室です。何があったか覚えていますか?」

「ギルドの……」

 それを聞いて納得した。

 宿屋にしてはベッドが多いと思っていたのだ。


「――オーガッ!?」

 記憶を呼び起こそうとして、すぐに強烈な記憶が甦った。

「ああっ、そんなに慌てちゃダメですよ。まだ安静にしてないと!」

 起き上がろうとしたら、即座に戻されてしまった。


「とりあえず、私が何があったのか説明しますから。大人しく聞いてくださいね。大人しくできないなら、話はまた後日になりますよ?」

 念を押すように言われれ、仕方ない。

 これだけ気になっているのに、お預けでは気持ちが持たない。


「……よろしい。では、話します」

 大人しくなったのを見て、ギルド職員が口を開く。

「まず、あなた方がオーガと出会ってからすでに四日が経過しています――」


「――そうですか。オーガはもう倒されたんですね……」

 職員からの話を聞き終えたイシスはどこか呆然と呟いた。

「……ええ。それから、あなたが目を覚ましたら伝えるように言われていたことが二つあります」

「二つ……?」


「一つは、あなたと共に試験を受けたエボルとナナ、この二人はすでにモンヒャーの町を去りました」

「えっ!?」

 まだお礼も何も伝えられていないイシスは衝撃を受けた。

 こうして生きていられるのも、あの二人がいたから。……でなければ、オーガに突っ込んで死んでいたに違いない。


「そんな……。まだお礼も言えてないのに」

「二人も冒険者ですからね。いろいろ事情はあるのでしょうが……私が思うに、お礼なんていらない。そういうメッセージだと思いますよ。実際、冒険者同士では助け合いは当たり前のことです。それをいちいち恩着せがましくしていたらキリがありません。受けた恩はいつか会えた時に返す。それでいいのではないですか?」

「……わかりました。きっと、次に会う時には二人を助けられるようになっています!」

「その意気です。では、もう一つの要件を伝えたいのですが……」

「どうしました?」

 黙った職員を訝しんで見ていると、職員は何か決意したような笑みを浮かべ提案する。


「マシスさん、少し外に出てみませんか?」



「これは……」

 職員に補助してもらい、案内された場所は墓地だった。

「……ここは、モンヒャーで亡くなった冒険者たちの墓地です。功績や所属するパーティーによって場所は異なり、この辺りはCランクの割り当て範囲になります」

「で、でもっ!!」

「そうですね。本来なら、この人はここにはいないはずの人です」

 イシスの前にある墓には『イケス』――イシスの片割れの名前が彫られていた。


「試験ですから、本来はあなた方に支払われる報酬は微々たるものです」

 新人の試験の場合はどれだけ成果を上げても規定通りの金額しか支払われない決まりがある。

「……ですからこれはギルド長の厚意だと思ってください。あなた方が身を張り、彼が命を張ったからこそ街には被害がなかった」

「…………」

 話を聞きながらも、イシスは呆然とその墓を見つめ続ける。


「そして、これはエールでもあります」

「……エール?」

「はい。いつかあなたがここ、あるいはここ以上の場所に入れるようにとの願いが込められています」

 そこはCランクの墓。

 入るためにはCランク以上の実力を持たねばならない。


「もしかしたら、その時にはオーガを倒せる実力を手に入れているかもしれませんね」


 それを聞き、イシスの眼からは涙がこぼれていた。

「きっと、きっと……!」

「それでは、帰りましょうか」

「……はい。あっ、そうだ」

 本当はまだここにいたい思いがあったが、立ち止まらないために動き出そうとし、一つ思い出したことがあった。


「職員さん、私の名前はマシスではありません。――イシス。カガミ族、イケスの片割れです」


◇◆◇◆◇


《詳しい話を聞かせてもらえますか?》


 オーガと遭遇するという突然の事態に見舞われたエボルたちだったが、無事にモンヒャーの町に戻って来ていた。

 ナナ――エボルと同じく新人の冒険者に変装していたデミがあらかじめ伝えられていた裏口からギルド内部に入るとそこで待ち構えていたマティサに誘導され、ギルド長室へと案内された。


 そして開口一番、エボルは説明を求めた。


「何から聞きたい?」

《聞きたいことは多すぎる。……一応聞いておくけど、あのオーガも用意されていたっていうことはないだろうね?》

「それはもちろんだよ。オーガについてはこちらも頭を悩ませている」

「若、誓って申しますが我々は若の身を案じておりましたが、試験に細工をするつもりはございませんでした」

《……悪かった。気が動転していたようだ》


「わかってくれたら、それで十分だよ。君もまた大変な事態に巻き込まれたんだ。どうだろう、お互いに状況を把握しようじゃないか」

 エルジィの申し出をエボルはもちろん受け入れた。


《……それよりもレイフォンティアはどこにいるんだい?》


「マスター。私はここに」

 噂をすれば、レイフォンティアが姿を現した。

 エボルたちが通って来た通路から。レイフォンティアも今まで外に出ていた、エボルたちの監視をしていたのが今戻って来たのだ。


《やあ、レイフォンティア。……その様子だとオーガは始末してきてくれたようだね》

「ん。もちろん」

「死体は?」

「持ち帰ったけど、いる?」

「もちろん。ついでに言えばこちらで始末したことにしてもらいたいから、元の場所に戻してもらえるとありがたいんだけど……」

「それぐらいあなたの部下にでもやらせなさい。問題は、何故あんなところにオーガがいたかです」

「それを言われると……」


「念のために確認しておきますが、元から確認情報があったということはないでしょうね?」

 詰問する形だが、返答如何によってはこの場で敵対する意思を示しているので言い方は柔らかくしているつもりだ。かつての仲間だからこそのサービスと言える。


「当たり前だっ!」

 それに対して、エルジィは憤慨した。

「かつての仲間、それに大恩ある人物の息子を危険に晒すような真似をすると思うのか!」

 疑われるだけでも心外だった。


「……すいません。気が立っていたようです」

「いや、わかってくれればいい」

「そもそもオーガを連れてくるなんて真似は出来ないでしょう。あなたにはテイマーの力はなかった」

「そこっ!?」

 人間性を信じたわけではなかった。


《とりあえず、話を進めよう》

「先に、アタシが話そう」

 エルジィはエボルに課した試験の裏側を話すことにした。


「試験に関して何もしなかったかと言うとそうでもない」

 知り合いの息子。

 その知り合いはエルジィの人生を変えた存在でもあり、世界でも両手の指も数がいない極めて異例な人物だ。確かめたいという思いは隠せなかった。


「君の実力を確かめるために出した条件は覚えてるかい?」

《……本気を出すな、全員生きて帰れだったね》

 ステータスを見て、試験を軽く突破すると予想していたエルジィは実力を隠して上でどこまで出来るかが気になっていた。そのために出したルール。

 それで何事もなく終わるはずだった。


「それとは別に設定したことについても話しておこう」

「若には内密にしていましたが、デミもまた新人として試験を受けることになっていました」

 犯罪者であり、奴隷にもなった段階でギルドの資格を剥奪されていたデミは今後もエボルについて行くためには必要だろうと判断し、マティサに相談した上でなんとかねじ込んでもらった。

 エボルが試験を受けるのに時間がかかったのはこのためだった。


「ただ彼女が試験を受けるだけでは、緊張感が足りない」

 身内が居れば贔屓をして彼女の安全を優先する可能性を考えた。その上で、デミだけに構わないようにする必要があると。

 試験を受ける段階では、デミのことを完全に信用しきっていなかったのでこれは杞憂であるが、知り合いがいれば多少無茶をしても大丈夫という油断は生じていたかもしれない。


「そこで、君に渡した指輪のように彼女にもアイテムを渡しておいた。変身アイテムだ」

 エルジィにしては珍しく、まともな作品だが姿を変えられるのは一度だけという欠陥がある。

 それに姿は変えられても仕草や癖なんかはそのまま。変身というよりは優れた変装用アイテムだった。

「どれだけ他人に成り切れるかの勝負だったけど、そこは彼女が上手くやってくれたよ。実際、正体をバラされるまで気付かなかっただろう?」


《ええ、あれには参りました。正直、誰かはついて来てるだろうと思ってたけど、まさかあんにすぐ傍にいるとは思わなかったので》

 そういう意味では、マティサでもなくレイフォンティアでもなかったのは当然。生まれた時から傍にいた二人では些細なことで気付かれるおそれがあった。


「まあ、基本的にはヒーラーとしての仕事だけをやってくれと言っておいた。それについてはオーガが現れなければ問題なかったと思う。――とまあ、ここら辺がアタシが知っている事情だよ」

《では、僕の番ですね。説明の時はデミに捕捉もしてもらいましょう》

「わかりました」

 【念話】で伝えることは出来るが、言葉の方が伝わりやすいこともある。デミならば一緒にいたのだから説明も簡単。


《試験は問題なく進んでました》

 エボルは森まで案内されたこと、オークを探している途中で突如現れたオーガに試験管のオーボンが殺され、イケスがやられたこと。さらにはカガミ族の固有スキル【ライフ・シェア】を使ったことと、オーガから逃げるために戦闘を行ったことまでを簡潔に説明した。


「現れたオーガの強さはどれぐらいだと思う?」

「……たぶん40ぐらい。オーガの中では強い」

《僕にはレベルまではわからなかった。ただ、自分たちよりも圧倒的に強いってことぐらいしか》

「私も同じです」


「レベル40……見てみないとわからないけど、おそらく亜種だろうね」

「だとしたらなおさらおかしいですね。亜種のように特別に強い個体はそれなりの縄張りを持っているはず。単体でいるのはいいとしても、これまで一切噂がないのは妙です」

「……だとしたら、誰かが持ち込んだと考えるべきだろうね」

《そんなっ!? 一体、誰が……?》

 エボルにはそんなことをするメリットがわからなった。


「町の近くに強力な個体を放置して、混乱を起こしたかったのかそれとも……」

 あえて答えなかったが、エルジィの頭の中では自分が捕まっていた騒動が過っていた。

 タイミングが良すぎることが何か関係しているように思えてならなかった。


「……もしかしたら、エルジィの件と何か関係してるのかもしれませんね」

「え~、言っちゃう? 一応、気を遣って言わなかったのに……」

 モンヒャーの町、あるいは冒険者ギルドの支部長を狙ったことが一連の騒動の大元だったら関係のないエボルたちを巻き込むわけにはいかない。そう判断したエルジィの決意はマティサによって冷静に裏切られた。

「マティサって昔から、そういうとこあるよね。人の気遣いをあっさり断るというか、余計なことをするなみたいな雰囲気で流すというか……」


「どうでもいいでしょう。そんなことは」

 思い当たるところがあるのか、少し視線を逸らしている。

 やはり昔の知り合いというのは互いに知られたくないところも知っているのでやり難い。


「そのことだけど、たぶんもう大丈夫」

《えっと、どういうこと?》

 レイフォンティアの根拠のない発言に全員の注目が集まる。


「……オーガを倒した時に誰かに見られてると思った。けど、すぐにその気配が消えたからもう遠くに行ったと思う」

「そういうことは早く言いなさいっ!!」

 重要なことを報告しなかったレイフォンティアにマティサの叱咤が飛ぶ。それに対し、レイフォンティアは聞かれなかったからと誤魔化していた。


《レイフォンティア、悪いけどもう少しその時の状況を詳しく説明してくれない?》

「ん。わかった」

「若っ、甘過ぎます! もう少し厳しく!!」

《まあまあ、わかってるけど今は問題の解明が先決だよ》

 主として叱ってくださいと言うマティサの言い分もわかるが、今は情報が欲しい。マティサを宥めつつ、話を促した。



「マスターたちがオーガから逃げてすぐ、私はオーガを仕留めに行った」


『ウガアアアアッ!!』

『――たかだか鬼の分際で、うるさい』

『ガァッ!!』

『……遅い』


 突然現れたレイフォンティアをエボルたちの仲間だと判断したオーガは攻撃を仕掛けてきた。

 だが、オーガの拳が届くよりも、否オーガがレイフォンティアに気付いて動き始めるよりもレイフォンティアの行動は速かった。


『ゥ……ガ?』

 何が起きたのかわからぬままに首を切り落とされ、崩れ落ちるオーガ。

 レイフォンティアはその亡骸を無表情で見つめ、手に持っていた大剣の血を振り払う。

『……これが私のスキル【軽装加速】』


 騎士系のジョブに就いているレイフォンティアは本来、装備をがっちりと固めているスタイルが主流。

 ただ、それでは動きにくい上に何よりメイドとして不自由。

 鍛え上げ、さらに種族的な能力の補正もあって獲得したスキルだった。

 効力は装備が軽ければ軽いほどに素早さにプラス補正がかかるというもの。

 

 レイフォンティアは【軽装加速】とはほぼ真逆に位置するスキルも有しているが、それを披露するのは彼女が本気になった時。

 オーガ如きにレイフォンティアが本気になることはない。

 いくら、オーガの亜種で40近い実力を有していようとも、レイフォンティアのレベルは60台。そのレベル差の前では勝負など成立しなかった。


『……? 気のせい……じゃない』

 誰かに見られている。

 索敵能力に優れているレイフォンティアが見つけられないほど巧妙に隠れている敵の存在を感じ取り、今回のオーガはなにかしらの思惑が介入していたことを確信したものの、すぐに興味を失くしてエボルを追いかけて行った。



『――行ったか』

『何者だったんだろうなあの娘』

『わからん。ただ、こちらには気付いていたようだったが……』

『あえて見逃したか。こちらの実力を見抜いていたと見える。……如何なさいますか? 御使い様?』

 普段なら邪魔をされたことで激昂するはずの御使いの反応に違和感を覚え、振り返ってみるとそこには笑みを浮かべる御使いの姿があった。

 その姿は外見は天使のようであったが、笑みは暗くまるで悪魔のようだった。


『くくくっ、見つけたぞ。ついに見つけた』

『い、如何なされたか? あの娘に心あ――ぎゃば!』

『『『ひ、ひぃぃぃぃ……!!』』』

 御使いの様子を訝しみ、尋ねた仲間の顔面が弾け飛んだことで他の者たちから悲鳴が上がる。


『煩いよ。今、良い気分なんだ。話しかけないでよ……!』

 気分を害されたことをただただ怒る御使いは、手にかけた仲間のことなどどうとも思っていなかった。

 元々、御使いにとって、彼らなどは駒の一つ。かければまた補充すればいい存在に過ぎない。

 それを改めて実感させられる光景に彼らの胸中ではまるで巨人の手に捕まった鳥が羽をもがれていくような絶望が駆け廻る。


『もうこんなところに用はない』

 恐怖ゆえに逆らえない者たちを率いて、御使いはモンヒャーを去って行く。

 これはモンヒャーにとっては幸運であり、ある者たちにとっては最大の不運だった。



「……話を聞く限り、その謎の人物たちがオーガをけしかけたのは間違いなさそうだ」

 問題が解決したのかどうなのか。

 結局、目的がわからない以上手の出しようがないのも事実。

「オーガは知能が高いモンスターじゃない。それこそ、戦闘ぐらいしか使えないだろう」

「レイフォンティアにあっさりと始末されたのを見届けたということは、目的は達したと考えるべきかもしれませんが……」

「でも、見てたやつらはそんなに強くなさそうだった。たぶん、十回やったら、八回は勝てる」

「単に彼女の勝てないから逃げたってことも考えられるね」

 結論として、ひとまず警戒を強めるということで話は着いた。


「それで、試験は当然クリアだけど……これからどうする?」

《ああ、試験はクリアなんですか》

「もちろんだよ。オークなんかより遥かに強いオーガと戦って生き延びたんだ。それだけで初心者の壁は越えたと言ってもいいと思ってる」

 エボルとデミだけでなく、イシスもまた同様の扱いをすると伝えられ、エボルは迷った。

 正直、このままここにいるメリットはない。だが、今出て行くとどうしても赤ん坊の姿で過ごすことになるという問題もあった。


「……若、私は町を去ることを提案いたします」

《マティサはそう思う? じゃあ、そうしようか》

 負担がかかるのは彼女たちなのだが、その代表がこう言っているのだから大丈夫だろうと結論付けた。


 だが、そこにエルジィからの待ったがかかる。

「ちょっと待って。決めるのはいいけど、マティサがどうして町を去る提案をしたかは聞いておいた方がいいと思うよ」

《そうですか? 僕はマティサを信頼してますから、彼女の言うことならと思ったのですが……》

「うん、仲間や部下を信頼するのはいいことだよ。だけど、盲信して言われるがままになるのは違う。……君はいずれあの人の後を継ごうとしているわけなんだから、常に自分で考えて行動する癖を付けた方がいい」

《なるほど。部下からの情報は情報として、それをどう使うか。それを学べと》

「そんな偉そうに言える立場じゃないけど、そういうことかな? まあ、知り合いの息子に対する老婆心だとでも思ってくれればいいよ」


 見た目三十代前半のエルジィが言うには老婆心というは皮肉めいた発言だが、女性の年齢に深く踏み込むのは紳士のすることではないと考えたエボルはスルーすることにした。


《そういうわけなので、マティサ説明を》

「はっ! 今回の騒動が何を狙っているにせよ、モンヒャーが危険な可能性は今後も出て来るでしょう。そのために御身を避難させることが一点。また、旅の目的にオークションがあることから急がなければ開催に間に合わない可能性が一点。そして、町に留まることで誰かに正体がバレる可能性が一点です」

 モンヒャーに危険が迫っているから逃げる、まだ力のない身であることは承知しているもののハッキリと言われると素直に頷きがたい。

 小さくてもエボルは男だった。


《正体がバレるというのは具体的にはイシスのことだね?》

 気絶している間に運んだとは言え、その時にデミは試験を受ける時の変装ナナの姿を解いていた。エボルに至っては赤ん坊だったのだ。

 万が一の事態を考えれば、イシスに遭遇する危険は冒すべきではない。


《わかった。目的もあることだし、これ以上危険に身を投じる必要性もない》

 こうしてエボルはきちんとリーダーとしての判断でモンヒャーを去ることを決意したのだった。


◇◆◇◆◇


「さて……アタシも行くかね」

 エボルたちが出て行き、静まり返ったギルド長室。

 エルジィは徐に眼帯を外し、血のように赤い石の付いた指輪を取り出した。


 さすがに牢屋の看守たちも眼帯の下に何かを隠しているとは思わなかったようで、不測の事態で捕まっても隠し通すことの出来たある者にとっては超貴重なレアアイテムであり、またある者にとっては最悪の呪いの品と成り得るアイテム。


「……実際に使うのは貰ってから初めてか」

 若干の緊張を滲ませながらも宝石の台座とリングに刻まれた模様が一致するように動かすと、まるで空間を裂いたような扉が現れた。

「…………」

 しばらくじっと見つめた後、ゆっくりと扉を潜って行く。扉はエルジィが通過するとまるで初めから存在しなかったかのようにその場から掻き消えていた。



「うっわ……」

 ギルド長室とはかけ離れた風景に、エルジィの口から思わず引き攣った声が出ていた。

 書類や机、装飾品の類は一切ない……それどころか文明すらも感じさせない密林。だが、気配を研ぎ澄ませば、進行方向に強いオーラを放つ存在がいることがわかる。

 それを感じ取ってから周囲を見渡せば、密林の中にも獣道ほどに踏み鳴らされた箇所がいくつかあるのを見つけることが出来る。


「……来たか」

 その中の一つに向かって一歩踏み出すと、隠す気もない敵意と殺気を放った存在が近付いてきた。


「「「いらっしゃいませ。お客様」」」

 現れたのは三人。

 口調とは裏腹に、それぞれが構えるのは槍であったり、薙刀にナイフ。とても歓迎しているようには思えない。


「わっち、ここのメイド見習いをしてるプリシアっちもんです」

「初めましてプリシア」

 両手にナイフを持ち構えるプリシア。エボルと同い年ほどに見える少女にエルジィは警戒することなくにこやかに挨拶を返していた。

「君が最初に挨拶をしてきたってことは、三人の中のリーダーは君ってことかな?」


「そうです。わっちはメイド見習いの中で『お客様担当』なのです」

「へ~そうなんだ」

 プリシアの言う通りなのか、あとの二人は油断なくエルジィを窺っているが手を出す気配は見受けられなかった。


 ただし、それはエルジィが次の言葉を告げるまで。

「じゃあ、君の主の下まで案内してもらえるかな?」

 告げた瞬間、二人からは敵意を塗り潰すほどの殺意と怒気が噴き出ていた。

「それは出来かねます」

 唯一、冷静な対応をしているプリシアも色々と逆立っており、口調も変わっている。


「予定のない来客は全員追い返すように命じられておりますので」


「……ここに予定を告げてくる来客なんていないだろうに」

 結局こうなるのかとすぐに取り出せるようにしていた武器を構える。

 まさに一触即発。

 そもそも、この場所において『お客様担当』というのは、敵の撃退や殲滅を意味している。本当の客人を歓迎する場合なら、言っちゃあなんだがもう少しちゃんとした人物が対応するだろう。

 そういう意味でプリシアはメイドとしてだけでなく、実力でもまだまだ未熟だった。


「では――」

「お待ちなさい」

「――み゛ゃ!?」

 飛びかかろうとしたプリシアは首根っこを掴まれて、持ち上げられていた。


「さ、サザンナ様!? 何をするんですかにゃ! 話してくださいにゃ~!」

「……まったく。興奮しやすい癖を直すように言っているでしょうに……」

「あぁ、その子猫系獣人だったのか。どうりで、尻尾や耳があるわけだ」

「にゃんと!?」

 頭やお尻を触ってみれば、隠していたはずの耳や尻尾がたしかに飛び出ていた。しかも毛は逆立って、いかにも興奮してますとアピールしているようなものではないか。


「そんにゃ~」

 上手くやれていると思っていただけにショックは大きかった。

 プリシア、戦闘不能。


「あ、あの……サザンナ様? 対応はしなくてもよろしいのですか?」

 『お客様担当』のプリシアが戦闘不能になった段階で、本来なら戦闘を引き継いだり助けを呼びに行く担当の二人は上司がいるためにどうすればいいかわからなくなってしまっていた。


「……あなたたちの成長を見れないのは残念ですが、この方は敵ではありません。本来の意味のお客様です」

「「し、失礼いたしましたっ!!」」

 二人の行動は迅速だった。

 即座に頭を下げ、それこそ地面にひれ伏していた。

 後ろでは意気消沈していたプリシアもうわ言のように「ごめんにゃ」と繰り返している。もはや取り繕う気力もないらしい。


「いいっていいって。客って言ってもそんな大したもんじゃないし」

 笑って許したエルジィはそれよりも興味深いことがあると、馴染みの顔を見つめる。

「……相変わらずですね」

 見つめられたサザンナは呆れ気味だが、エルジィが期待していることには気付いているので姿勢を正す。


「改めまして、わたくしメイド長代理のサザンナ。不在のメイド長に代わって主のお世話を任されております。冒険者ギルドモンヒャー支部支部長エルジィ様、主がお待ちしておりますのでご案内させていただきます」


「なんか堅苦しいなぁ。昔の仲間なんだから、もうちょっと楽にすればいいのに……」

「あなたと違って……こほん、失礼。エルジィ様と違い、こちらは仕える身分ですので」

「皮肉だな~。マティサがいない間に、その地位を奪ってやるぐらいの気概はないの?」

「……あら、ないと思いますか?」

 からかうつもりで言った言葉に返って来たのはむしろ挑戦的な視線。

 ようやく知っている雰囲気に戻ったと喜びながら、先導するサザンナの後を嬉しそうについて行く。


「……サザンナ様のあんな顔初めて見た」

「うん。おっかないね」

「…………ところで、プリシアどうする?」

「放っておくわけにはいかないでしょ? 私たちまでサボってると思われちゃう」

 上司の後姿を戦々恐々と見送ったメイドたちは沈んでいる同僚を面倒臭そうに運び出すのだった。


◇◆◇◆◇


「やあ、久しぶりだね」

 案内された先にいたのは、優しげな男性。

 その傍らにはどこかウキウキした女性がいて、メイドたちが並んで男性へ続く道を作っている。サザンナは仕事は終わったとばかりに男性の一番近い端まで並ぶと他のメイド同様に頭を下げて道の一員に加わった。


「お久しぶりです。ジェノ・ブラッドリー魔王陛下」

 久しぶりの再会に、テンションが上がったエルジィもまた出迎えてくれた彼らの趣向に乗っかるように跪いて雰囲気を出してみる。

「――プッ!」

 それは誰だったのか、並んでいるメイドたちの誰かか。それとも主である魔王か。小さな笑い声は緊張を一気にほぐし、それから昔の仲間との再会を祝う内輪の集まりに様変わりしていた。


「本当に久しぶりだね」

 魔王が気さくに話しかければ、その手がエルジィに触れるより前に女性が腕を取って何かをアピールする。

「……君も相変わらず。いや、変わったか。今じゃ、ジェノ様の奥様だって?」

「そうよ! いいでしょ? あげないわよ?」

「……いや、別に取らないよ」

 それにしてもと組んでいる腕を見つめてニヤッと口角を上げる。

「あれだけ好き好きオーラを溢れさせてて、本人の前ではつんけんしてた君が今じゃそんなに大胆に……成長したねぇ」


「む、昔の話はしないでちょうだいっ!?」

 ボッと顔を赤らめさせ、夫とエルジィの顔を交互に見てあたふたし始める。

「二人だけズルいですよ」

「私たちも混ぜてください!」

 そんな様子を見かねて……ではなく、混ざった方が楽しそうだとメイドたちも輪に加わる。

 この光景だけを見れば、とても魔王とその配下たちとは思えない。


「君が来た理由はわかっているよ。エボ――」

「エボルは元気だった!?」

「…………」

「…………」

「……マリアベル」

「はっ!? ご、ごめんなさいねっ。ただ、どうしても気になって……」

「まあ、それはわかるよ。僕も気になるからね」

「ハハッ、いいお母さんやってるんだね。いいよ。じゃあ、先にどんな様子だったか教えてあげる」



 かつての仲間との再会、それに我が子の近況を聞けるとなりジェノ・ブラッドリー率いる魔王城では明け方まで宴が催された。

 

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