旧第11話 怠慢による天引き(冒険者・モンスターのランク説明回)
「――ぴぎゃっ!?」
目の前で潰れたような悲鳴を上げるオーボンの姿を見ていたが、何が起きたのか理解するよりも先に身体は逃げ出していた。
「「「う、うわあぁあああっ!!」」」
ギルドの定めるところはいえ、現在の自分たちよりも強者が為す術もなく命を奪われた。
その相手から逃げようとすることは間違っていない。
ただし、忘れてはならないのは圧倒的な強者から逃げるのは難しいということだ。
「っ!? げぇぇぇええあああああっ!」
「――イケスッ!?」
たまたま、オーボンの近くにいたイケスが服を引っ張られ、悲鳴を上げながら後方へと投げ飛ばされていく。
「止まるなっ!」
エボルは足を止めたマシスに鋭く声をかけ、彼女の脇を抜けるように『ファイアボール』を放っていた。
「今だっ! イケスを回収するぞ!!」
運よく視界を火花が覆い尽くし、注意が逸れたのを確認すると一気に転身、まだ状況が理解できていないマシスの腕を取ってすぐさまイケスの下へと駆け寄っていく。
「なんなのっ!? なんなのよっ!!」
腕を引かれながら、マシスは困惑を極めていた。
「なんで、なんでっ……オーガなんかがいるのよーー!!」
◇◆◇◆◇
遡ること一時間前。
エボルたちはようやくオーボンから試験の説明を受けているところだった。
「いいかっ、お前たちにはオークを狩ってもらう!」
オーク、豚のような顔に屈強な肉体を持つ二足歩行の人型のモンスター。生まれながらに武器の心得を持っていることもあり、一般人が遭遇すればまず命は助からない。ギルドが定めるモンスターの強さとしてはEランク。
冒険者のランクとモンスターのランクは似ているようで異なる。
そもそも冒険者のランクはHからあるのに対し、モンスターのランクはFランクからしか存在しない。
Hランク:冒険者ギルドに登録しただけ。
Gランク:登録用クエスト一つをクリア。通称は冒険者(仮)。
Fランク:登録用クエストをクリアし、ようやく冒険者と名乗れる駆け出し。
Eランク:まだまだ信頼されない半人前。
Dランク:いっぱしの冒険者。
Cランク:ある程度の困難をクリアした中堅どころ。
Bランク:困った時に頼りになるベテラン。
Aランク:冒険者の憧れ。常人の極み。
Sランク:もはや生きる伝説。彼らが動く時には歴史が動くとも言われる。
つまり、オーボンは冒険者としては普通。
年齢を考えれば優秀とはとても言えない。だからこそ、新人を育てて彼らが一気にBあるいはAランクに到達しそのおこぼれに預かれればと考えている。
さて、今回のオークだが、モンスターとしてのランクはEランクと言ったが、Eランクの冒険者が倒せるかと言われれば少し微妙な位置。Dランク冒険者のオーボンでさえ油断していれば命を落とすこともある。
モンスターのランクというのは一体のモンスターに対して、一人の冒険者が対峙した時の脅威で表されるので、例えば冒険者一人に複数のモンスターが襲いかかれば当然状況は大きく変わってくる。
Fランク:ゴブリン、スライムなど成人男性ならば簡単に撃退できるモンスター。ただし、一体のランクであり、集団のゴブリンなどはDランク以上の冒険者が複数いても油断は出来ない。
Eランク:腕自慢ならなんとか追い払えるレベル。
Dランク:国の兵士が小隊で当たらなければ無理なレベル。一体でも小さな村や集落なら簡単に滅ぼす。
Cランク:個人で対峙するのは難しい。
Bランク:倒せば一気に冒険者として名前が売れる。
Aランク:国家規模で連合が組まれるレベル。目撃情報が上がれば、ギルドでは指名依頼を出す。
Sランク:英雄や勇者といった超人にしか対応不可能。出現の前兆があればすぐに避難命令が発せられる。
大雑把に言えば、モンスターのランクはこんな感じ。
村人たちがモンスターと呼ぶのはおそらくDランクまで、それ以上のランクになれば化け物として名前を出すことすら恐ろしい。
冒険者ギルドでは市民の平和を守るため、また自らの名を上げるためにそれを退治している。
「Eランクとはいえ、あの豚は皮が厚い! 戦う時は出来るだけ遠距離から魔法で仕留めろ!」
一応、Dランクまではランクを上げたオーボンにもそれぐらいはわかっている。
森に入った時とは違い、戦闘が近付くと少しは出来る冒険者の雰囲気を放ち始めていた。
「……鬱陶しい」
「言われなくてもわかってるつーの」
「まあまあ、一応言ってることは正しいから」
ただ、新人たちにはその変貌が胡散臭く映っていた。
「うるさいぞっ!! もっと周囲に気を配れ!」
これには顔を真っ赤にして怒鳴り散らすオーボン。
だが、背後でガサッと音がするとすぐさま腰から剣を抜き放ち、発生源に突撃する。
『ブフゥ……ッ!?』
オーボンの剣は現れたモンスターの腹部に深々と刺さっていた。
「臭うんだよ、豚野郎っ!」
「オーク……!」
「ひゅ~、意外とやるじゃん」
「……たしかに。自分で言ったように刺さり難いオークにあっさりと剣を突き立てるなんて」
「でもさ、あれダメじゃない?」
オーボンの手際を認めつつも、マシスには納得できないことがあった。
「私たちには魔法を使えって言っといて、自分は剣でやっちゃう?」
新人を導く立場の人物が、新人にするなと言ったことを率先してやる。そのことに、どうしようもない疑問を抱いたのだ。
「……まあ、このメンバーだと魔法ってことなんじゃない?」
エボルとしては言いたいことはわかるが、オーボンの言ったことも少しは理解できるところがあった。
新人はエボルとマシスが魔法使い。ナナが回復担当で、イケスは近接戦闘が専門。試験ではオーボンが手を貸すことは出来ないのだから、エボルとマシスの魔法でトドメを刺すべきだろう。
「それでも、試験官が試験をクリアしちゃうのはどうかと思うけどね……」
オークを見つけたのなら、攻撃せずにエボルたちに任せるべきだったんじゃと苦笑してしまう。
こういうところが、まだ試験官としての自覚が足りないところだった。
「……とまあ、こんな感じに倒せばいい!」
開き直ったように自分の功績を自慢して来るが、オーボンのように倒そうとすれば彼が言っていた魔法で倒せに反することになる。
エボルたちは無駄に反発して印象を悪くすると面倒臭そうだというオーボンの人柄を見抜いて、何も言わずにオークを警戒しているポーズを取ることにした。
「――あいつらのようだな」
「まったく。未来ある若者を排除するのは心が痛むよ」
「……そう思うのなら、お主はやめてもよいのだぞ? ただ、御使い殿への言い訳は考えておけよ」
「じょ、冗談だっ! さっさとやろうぞ!」
「……そうだな。あまりお待たせするわけにもいかん。……が、こいつで本当に充分なのか?」
「大丈夫じゃないか? 新人だぞ? Bランクのモンスターなら確実に殺せるだろう」
「それはそうだが、モンヒャーまで逃げたらギルド長に捕まってしまわんかと言っておるのだ」
やられる心配もそれどころかモンヒャーの市民への被害も心配していない。
心配なのは、エルジィに捕まって自分たちの存在が露呈しないかだけ。
「それはわかるが、だったら新人全員を殺した後で始末すればよかろう?」
「レベルはどれぐらいだ?」
「さあ? でも、亜種だからな。四十いくかいかないかってところじゃないか?」
「だったら、楽勝だな」
こうしてエボルたちの近くでオーガが解き放たれた。
◇◆◇◆◇
「ぐぅあ、ぁぁっ……」
「もうちょっと、もうちょっとだから耐えて。イケス!」
オーガによって投げ飛ばされたイケスは重傷を負っていた。
本来ならすぐにでもナナが治療を施すべきところだが、今足を止めればオーガに追いつかれてしまう。
「マシスッ!」
「くっ、わかった!!」
構えた杖に魔力が集まり、魔法が発動する。
『グォオオオオオオッ!!』
マシスの得意とする土魔法『ネグリンド』は土の材質を変える。
足元が泥濘のように変化したことで足を取られたオーガ。それだけでは簡単に抜け出せるが、すかさずエボルの闇魔法が頭部を覆い隠して視界を封じる。
「今だっ!」
そこからは全力で離脱した。
実力を知られたくないとかそんなことは言ってられないとばかりに発動したオリジナル魔法『エアロス』で宙に浮き、三人を抱えて全速力で飛行する。
スピードを重視した魔法でない上に、本来の定員を遥かに超える重量。
長くはもたないが、オーガから身を隠すことが出来れば十分。
「はぁっ、はぁ……!」
限界まで飛行したエボルがそれでも気を遣って三人をそっと地面に降ろす。その分、疲労が激しいがすぐに追いつかれることもないだろう。
「イケスッ!!」
ハッと顔を上げると、そこには頭部から血を流し顔色の悪いイケスがいた。
「どいてっ!」
泣いて縋りつくマシスを押し退け、容体を確認するナナだが、一目で良くないとわかってしまった。
「……っ」
「どうしたの!? 早く治してよ!?」
何故治癒魔法を使ってくれないのかと責められても、ナナは魔法の行使に踏み切らない。
ナナが使えるのは初球の治癒魔法のみ。
重傷を治すためにはそれだけ時間を要するが、現状のイケスでは回復速度よりも傷によるダメージの方が大きい。
それを伝えることがナナには出来なかった。
「退いてっ!」
しびれを切らしたマシスはナナを退けようとする。
「待て! ナナを退けたところでイケスを救う手段なんてないだろう!」
それを止めたのはエボルだったが、マシスはそれを払い除け訴える。
「――私なら、私だったらイケスを救う手段がある! だから邪魔をしないでっ!!」
その剣幕には、エボルも思わず手を引いてしまう。
本当にそんな手段があるのか、あったとしてなぜ黙っていたのか。
気になることはあるが、とても言い出せない。それはエボルが体験したことのない生に対する執念とも呼ぶべき思いがあったからだ。
「カガミ族の固有スキルを使えばイケスは助かる」
表情は窺い知れないが、嘘は言っていない……そう思わせるだけのものがあった。
「スキル名【ライフシェア】。成人を迎えていない間しか使えないスキルで、効果は傷を片割れに移すことができる」
「傷を……?」
「……そうよ。いずれは一つになる身体だからこそ可能なカガミ族の秘技」
「ふ……む」
説明を聞いたエボルはそんな固有スキルなら大丈夫かもしれないと思っていた。
ただ、やはりなぜすぐに使わなかったのかが気にはなったが……。
「――め……だ」
「えっ?」
「……だ、め……だ」
気が付けば先程まで痛みで会話どころではなかった、イケスが声を上げていた。
「イケスッ!?」
「……やめろマジス! 【ライフシェア】の代償は知ってるだろう……!?」
「……代償?」
正直、やはりあったかと思った。
カガミ族は成人すれば本体が一つになる。つまりは、子どもの内しか使えないようなスキルにしては協力過ぎると思っていたのだ。
そして、その代償はエボルの想像よりも大きなものだった。
「わかってる。【ライフシェア】を使えば、使用者は本体になることが出来なくなる」
それはつまり、マシスは大人になったら消えることを意味している。
あれだけ将来のことを楽しそうに語っていた彼女の未来が失われる。そのことにエボルは少なからずショックを受けた。
「でもっ、それでもイケスの命には代えられないっ! だって、私たちは二人で一つなんだもの!」
二人で生を受け、やがて一つになる存在。
文字通り半身そのもの。
失うには大きすぎる存在。それがマシスにとってのイケスだった。
「…………」
「…………」
「……わかっ、た」
マシスの熱意に負けたイケスが折れる形となった。
好きにしろと言われ、マシスは喜びの感情のままイケスに手を伸ばした。
「ぐっ……!」
「イケス!?」
「!!」
無理をしていたせいでイケスが前のめりに倒れ込む。
慌てて支えたところでイケスはマシスに対して突き放すように手を伸ばした。
「【ライフシェア】」
「…………えっ?」
胸にはイケスの伸ばした手が触れており、衝撃は小さかった。そのはずなのに、胸の奥のさらに奥。心には重く大きな衝撃が与えられていた。
「イケス……?」
イケスの状態は先程から一切の変化は見られない。
マシスにも傍目では変化は見られなかったが、内面で起きた変化を実感できるマシスには覚めることのない悪夢のように感じられる時間の後にイケスに詰め寄った。
「どうしてっ!? どうしてあなたが【ライフシェア】を使うのっ? ――これじゃあ、もうあなたを助けられないっ!」
「……しょうがない」
涙を見せるマシスにイケスは穏やかな笑みで答える。
「この状況、オーガ相手じゃあ怪我人が増えたところで勝てやしない」
瀕死のイケスの傷をマシスが受ける。【ライフシェア】で受け止められる傷をすべて受けたとすれば確実にマシスもすぐに動けるようにはならない。
必然的にエボルとナナの二人が怪我人を抱えて逃げることになる。
「助からないなら、助かる方にかけたかった。……それだけだ」
初対面だからエボルたちを信頼していないというわけではなく、オーガなんていう化け物を相手にして逃げ切る分には分が悪い。
「オレは、もうダメだ」
夢はあった。二人で叶えたい夢が。
でも、もしも二人で叶えることが出来なくても、大人になれば……一人で生きて行けるようになれば叶えられるそんな夢だった。
「……少し、早いけどオレはここでお別れだ。先に行って活躍を見守ってる。ずっと傍で見守ってるから……!」
「イケスッ、ダメ! 戻ってきて!!」
「やれよ。マシス!」
「っ!」
それは二人が成人した時に名乗るとされている名前。
一人で生きるようになる時、大切な片割れから告げられる名前。
「オレたちは二人で一つだ」
「イケスっううわああああああーー!!」
《××年後の未来》
後にモンヒャーの町では【欠片】という二つ名の冒険者がそこそこ有名になる。
彼女は特殊な生まれ方をするカガミ族という種族であり、魔法使いなのに接近戦、それも殴り合いを好む変わり者だった。
生涯をかけてCランク止まりだったが、それでも町の小さな新聞に名前が載ることでさえとても喜んでいた。まるで名前が呼ばれることが嬉しいかのように――。