旧第8話 新たなる冒険者(ステータス)
「よく来た諸君! アタシこそが冒険者ギルドモンヒャー支部のギルド長エルジィだ!」
ようやく牢から出て来たという報せが届き、ギルド長室に入ると囚人服からきちんとした服装になったエルジィが待ち構えていた。
「初めまして。僕はエボルと言います」
こちらも数日の間にすっかり元の姿に戻ったエボルがにこやかに握手を求めると、エルジィはがっしりと握った手を激しく振って喜びを爆発させた。
「こちらこそだエボル君! ……君のことはマティサから聞いているが、アタシのことは聞いているかな?」
「いえ。マティサからはこの町に知り合いがいるとしか聞いてませんので」
「いいからさっさと自己紹介しなさい。若をお待たせすると承知しませんよ?」
「うっ!! わ、わかったよ……。では、簡単に。アタシはかつてそこにいるマティサとパーティーを組んでいた冒険者だった。二つ名は【片赤】だ。なんで【片赤】かというと、アタシが赤が好きだってことと、この片目を揶揄したってところだな!」
エルジィは髪の毛や肌の色、それに服装に至るまでほぼ赤で固め、左目には眼帯がされていた。
「冒険者の二つ名は本人の特徴を最も表したものが与えられることが多いのです」
特殊な出で立ちや特徴的な戦い方、さらには誰が聞いても本人だとわかるような功績を持っていればそれが付けられる。
「そうなんだ。よろしく、【片赤】さん」
「か~、固いな! エルジィあるいはエルで構わない。もっとも、エルと呼ぶのは仲間内では一人だけだったが……」
「あの御方を仲間と呼ぶのは許しませんよ」
「……お前、冒険者辞めてから頭の固さに磨きがかかってないか? 昔の仲間にそんな気を遣うのは肩が凝るだろ?」
「昔は仲間でも、今は仕えるべき主です」
「えっ!? 父さんのことも知ってるんですか?」
マティサの言葉にエボルが反応する。
マティサの使える主と言えば、エボルの父であることは明白。昔の仲間に父が含まれているとなると興味が湧いてくる。
「ああ! もちろんだ。母親についてもよ~く知ってるぞ? 昔はマティサと仲が悪くてなぁ」
「……エルジィ?」
「――ヒッ!? い、いや、何でもない!!」
調子に乗り過ぎたと冷や汗を流して話はここでおしまいにしようとするが、好奇心に火が点いたエボルがもっと話を聞かせてほしいとせがむ。
「うっ、そ、そりゃあアタシは教えてやりたいのは山々なんだけど……」
困ったような視線を向けると、マティサは目線をエボルに合わせて諭し始める。
「若。お父上の偉大な功績を知りたいというのはわかりますが、焦ってはいけません。いずれ、ご本人の口から語られるでしょうから待っていた方がいいと思います」
「うぅ、やっぱり……ダメ?」
「ぶはっ!? だ、ダメです! いくら可愛く言ってもダメなものはダメです!」
「おい、鼻血を流しながら言っても説得力無いぞ……?」
変な方向に変わった仲間にエルジィ、ドン引きだった。
◇◆◇◆◇
「いやぁ~、それにしてもタイミング最悪だったな!」
色々自分の知らないことについては放置することにしたらしいエルジィは巻き込んだ騒動についても追及されたくないようだ。
「それもこれもあなたが捕まらなければ起こらなかった事なんですけどね?」
これにはエボルだけでなくレイフォンティアたちも同意らしく、うんうんと頷いている。
「それはほんっと~に悪かったと思ってる!!」
だから蒸し返さないでくれと頭を下げている姿を見ると、二人の上下関係は明確なようだ。
「で? わざわざアタシを尋ねて来た理由をそろそろ教えてもらえるか?」
「それについては……」
「ん。私が説明する」
「ほほぅ。君が、エボル君の筆頭ってことかな?」
エルジィからの問いかけに対し、レイフォンティアは無い胸を張って不敵な笑みを浮かべる。
「そう。私がマスターの筆頭メイド。いずれはマティサも超えるレイフォンティア。……覚えておくといい」
予想以上に面白い返しにハハハハッと笑い飛ばし、マティサはこめかみに青筋を浮かべる。
「ギルド長としてのあなたに頼みがある。マスターのギルドカードを偽証してほしい」
「……まあ、そんなところだろうな」
随分前に分かれた仲間が尋ねて来た時点で何らかの厄介ごとを持ち込んで来たんだろうなとは考えていた。マティサの個人的な相談事だったら突っぱねてもよかったが、エボルのことになると話は別だ。
エボルの両親、特に父親には世話になっている。
今、支部長とはいえギルド長なんて役職に就けているのは彼のおかげだと言っても過言ではない。
その恩人の子どもの役に立てるのなら、ある程度の無理は押し通すつもりでいる。
ただし、だからと言って事情を聞かないわけではない。
「ギルドカードを作るのはいい。偽証だって大した手間じゃない」
王族や貴族の中にはそう言ったことを要求してくるバカだっているのだからそれは問題じゃない。どんなことをしたってステータスは誤魔化せないのだからやる分にはいい。
「……が、どうしてそこまでしてギルドカードを誤魔化したがるのか、それについてはきっちり説明してもらうぞ」
「――もちろん。初めからそのつもりですよ」
満を持して、というわけではないだろうがエボルは前に進み出た。
実際、元よりエルジィにはすべてを明らかにする予定だったのだ。
そのタイミングが今になっただけのこと。
エボルの態度に嘘偽りはないと感じ取ると、机から一枚の白紙のカードを取り出した。
「これがギルドカードだ」
ステータスは自分で見る分には簡単だが、他人に見えるようにするのは難しい。
鑑定の魔法かスキルを持っていれば別だが、そうでなければ本人から問い質したことを信じることしかできない。
そんな不可能を可能にしたのが、ギルドカードだ。
原理はギルドしか把握していないが、なんでも個人の波長を記録するとか。
当然、最重要機密とされており、どんな事情があろうともこれを外部に漏らせば次の朝日を拝めないと言われている。
「……血を一滴で出来るって凄いですね」
「まあ、魔力でもいいんだけど全員が魔力を操れるわけじゃないからな。これが一番メジャーな方法なんだ」
垂らされた血液がギルドカードに染み込み、一点だけが赤く染まっていたのが徐々に全体に広がると白紙のカードが桜のように薄桃色に変色した。
エボル Lv.9
種族:人族(進化種) ジョブ:【魔王見習い】
能力値:【魔力】74(+321) 【力】21(+31) 【知力】34 【器用】13 【すばやさ】12 【強度】7
固有スキル:【進化】
習熟スキル:【無詠唱】【念話】【多属性付与】
特殊スキル:【大泣き】【無垢な魅了】
「うわぁ……」
エボルのステータスを見たエルジィの口からは偽らない驚きが漏れていた。
「何か事情があるとは思ってたけど……予想以上だわ」
支部長レベルで処理できる問題を遥かに超えている。
それこそ、ギルドの本部や各国の首脳陣で対処するレベルの秘密が三つ、いや四つも盛り込まれていた。
「マティサが隠したがる理由がわかったわ。ついでに、アタシの所に来た理由も」
バレたら確実にいろんなところから狙われる。
それだけの価値がエボルにはある。ただし、己で身を守れるほどの力はまだない。
「一番マズいのは当然ジョブだけど、他も似たり寄ったりだね……」
【魔王見習い】……これがバレるだけで確実に各国のトップが行動を起こし始める。
少なくとも、それなりの実力者からの監視は免れない。
「ステータスは基本非公開、ギルドには不干渉とは言え、魔王がいるとなれば話は別」
魔王といっても、モンスターを従えて人間を征服しようとする存在というわけではなく、称号の意味合いが強いけど、名は体を表すではないが力に引き摺られる場合もある。
ただ、そんなことよりも気になることがあった。
「てか、魔王って誰か死んでたっけ?」
エルジィがこう尋ねるのには理由がある。
魔王、それに魔王に対抗する存在としての勇者は世界に同時に八人までしか存在しない。
八人を超える場合はジョブが読み取り不可能な状況になって、当代が死に席が空くことで初めてジョブに付ける。
「……それを確かめるために旅をしています」
「現状では、把握していないってことか」
自分よりも遥かに魔王や勇者について詳しいマティサからの報告に、厄介なと頭を悩ませる。
一般的なギルド長だったら、本部に情報を渡すのだろうが……それはできない。
旅の目的を伝えて来たということは、これはエルジィもよく知る人物からの命令ということ。
「……まだ死にたくはないなぁ」
呟いた言葉が心情を物語る。
迂闊な真似をして敵対したと思われば命が危ない。
「いえいえ、父はそんなことしませんよ」
エルジィが何を想像したのか気付いたエボルからの慰めは耳に入らない。
子どもに対して、どんな親の顔をしているのかは知らないがエルジィが知っている限りでは敵には一切の容赦をしない人物だから。
「進化種ってのも知らないし、ステータスの上限を超えた補正が付いてるのも理解できない! もうっ、一体なんなのさ!!」
いっそのことすべて聞かなかったことにして放り出してやろうか? 本気で考え始めていた。
だが、そんなエルジィの事情を一切慮らない存在がいた。
「どうでもいいですが、カードは出来たのですからさっさと偽証をしなさい」
本来の目的はエボルのステータスが外部の人間に簡単に見られないようにすることなのだからと催促するマティサに恨めしい視線を送るも、そんなことを気にする相手でもなかった。
「わかった。わかったよう……」
残された片目に涙を浮かべながら、泣く泣く言う通りにする。拒否権はなかった。
◇◆◇◆◇
「これでギルドカードは偽証できたわけだ」
手渡されたカードを見てみると、進化種という文字が消えていたり、ジョブが判別不能になっていたりところどころ変わっていた。
エボル Lv.9
種族:人族 ジョブ:???
能力値:【魔力】74 【知力】34 【力】21 【器用】13 【すばやさ】12 【強度】7
習熟スキル:【無詠唱】
「知ってるかもしれないが、能力値は100を上限に高い方から記入されていく。スキルの影響で前後してたけど、本来だったらその並びが正しいってことだと思う。あと、スキルは一つだけは目に見えるようにしておく決まりがあるから一番無難なモノを選ばせてもらったよ」
「……【無詠唱】なら、訓練次第で習得できますし、魔法を使うことが多いでしょうから妥当でしょう」
「そりゃよかった」
怖いお目付け役からのお墨付きをもらえたことに安堵しつつ、頼まれたことはやったと告げたエルジィは今度は自分の番だと主張する。
「……約束は果たしけど、冒険者ギルドの長として最低限の義務は果たしてもらうよ」
冒険者ギルドの発行するギルドカード、これは身分証としての役割を果たすが手に入れれば誰でも利用できるわけではない。
本来、冒険者の身分を保証していたのだから、それなりの功績が必要だった。
偽証はしても、この部分まで譲ることは難しい。それにエルジィとしても今後のためにエボルの実力を確かめておきたかった。
「ギルドカードは貴族や商人たちの持つ身分証よりも他国で通用することが多い」
それはどこでも一定の身分を保証してもらえるということ。
「扱いはランクを上げなければ冒険者というより、一般人に近いけど……こちらとしても身分を保証する以上はそれなりに貢献してもらわなければ困る」
そのために用意されている試験がある。
「試験は二つ。まず一つは、自分一人でクエストを受けること。決して誰かに助力をしてもらってはいけない。職員を一人同行させるのでその者が答えられる範囲での質問ならオッケーだ」
クエストと言ってもこの場合は登録用クエストという、誰でも受けられてかつ子どもでもクリアしようと思えばできる難易度の低いもの。
ステータスを見た限り、エボルなら大抵のクエストはクリアできるので心配はないと踏んでいる。なので、後半はエボルにというよりも、過保護な保護者たちに向けたセリフだった。
「次は、こちらの指定した冒険者と行動を共にしてもらう。冒険者は一つ目のクエストで見た実力に合わせて選抜するけど、駆け出しなら駆け出しだけで構成することが多い」
誰かと行動することで他人に迷惑をかけないか、危険思想を持っていないか、ピンチになった時にどのような行動を取るかなど様々な状況を見て行く。
同時期に駆け出しが多数いればその者たちと組むことになるが、そんなに都合よくはいかないので先輩の冒険者と組むことが多い。
先輩にとっては、ギルドからの抜き打ちの査察みたいなものなのであまり気分がよくはないが、クリアすればしばらくは割のいい仕事や向いている仕事を回してもらえるので案外評判はよかったりする。
「一つ目のクエストに何を選んだか、またその結果で二つ目のチーム編成を決めるから一つ目に簡単すぎるのを選ぶと冒険者として依頼を受ける時に大変だから慎重に選んぶように」
例えば、楽だからと町の手伝いを選ぶとチームを組む時もボランティア系の依頼を受ける羽目になり、冒険者としての身分を手に入れていざ依頼を受けようとしてもその関係の仕事を回されやすくなる。
冒険に憧れていたものの、気が付けばほぼ町から出ずにボランティアに精を出している……そんな冒険者がいないこともない。
「何はともあれ、ギルドのメンバーとしての証であるカードは作成し、手渡した。今はまだ見習いの見習いと言ったところだが、ひとまず新たな冒険者の誕生だな!」
こうしてモンヒャーから新たな冒険者が誕生した。
若き冒険者がどのような道を歩むにせよ、その道は険しく誰も通ったことのないものになるとこの場にいる皆が確信していた。
同時に偉業を成し遂げるだろうと――。
「うぅ……! 坊ちゃま、ご立派になられて!」
「……ん。さすがはマスター」
「エボル様、一生ついていきます!!」
……若干、三名ほど感動の幅が振り切れている者がいた。