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大魔王(予定)は乳離れできない? いいえ、必要ないのです。  作者: あなぐらグラム
旧版 大魔王(予定)は乳離れできない? いいえ、必要ないのです。
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旧第7話 火遊びおイタ

 

 レイフォンティアが用意してくれていたミルクを飲んでいると、突如ボロ屋の壁と入り口を壊して男たちが乱入してきた。

 脆い素材で出来た壁を斧で破壊し、なだれ込んできた十人ほどはどこか期待した眼差しをしていたが、エボルを見て、デミを見て最後にミルフィーを見てからがっくりと肩を落とす。


「ちくしょう! 騙された!」

 肩を落とした男たちのうち一人が叫ぶが、なんのことかさっぱりわからない。

 何をどう騙されたのか? 誰に騙されたのか? 情報を得る必要があると思い、誘導を試みる。

「クソッタレ! 赤ん坊に乳をやるのに、そんなもん使ってんじゃねえよ!」

「男の夢を打ち砕きやがって!」

「久しぶりに生のおっぱいを拝めると思ってたオレたちの純情を返せ~!!」

 愚かな男たちは聞かれていないのに、ぺらぺらと事情を叫び始めた。

 どうやらよほど不満だったらしい。


「……この状況でそんなセリフしか出てこないなんて。バカなの?」

 身の危険が迫っているが、襲われた理由に嫌悪感しか抱けない。

 ただでさえ至福の時間を邪魔されてイライラしているのに、こんな男たちの相手をしなければならないのかと頭が痛くなるのを感じていた。

「……はぁ、まさかそこまで壁が薄かったなんて」

 壊れた壁と男たちの嘆きから、どうやら聞き耳を立てていたらしいことは想像できた。

 男たちには聞こえていなかったが、エボルからの訴えを受けてミルクを与えようとしていたところで、その直前に「ミルクをあげます」的なセリフを言っていたのを覚えている以上、間違いはないだろう。

 それでも襲われる理由はわからなかったが、授乳中の剥き出しになった胸を目当てに行動するような輩の目的なんて単純なものに決まっている。

 ズバリ、金か女だ。


 ――デミ、ここは大人しく捕まろう。

 どうしてくれようかと悩んでいると、何よりも優先する声が聞こえてきた。

 男たちはもちろん、ミルフィーにすら聞こえていないらしく、それだけ自分が特別扱いされていることに優越感を感じる。


「……どうするつもりですか?」

 男たちからすれば、怯えた女が命乞いを始めたようにしか取れないセリフだが伝えたい相手にはきちんと伝わる。

「そうだな。とりあえず、大人しくついてくるなら悪いようにはしないぜぇ?」

 ――もしかしたら、彼らは例の事件に関わっているかもしれない。一旦、捕まってみて様子をみよう。大丈夫。この場にいる男たちぐらいだったらデミだけでも十分対処は出来るよ。

「わかりました。言う通りにします」

 唇をきつく結び、神妙な顔をしているように見えるが、エボルからの信頼に笑い出しそうになるのを抑えるので必死だった。



 ――レイフォンティア、聞こえてる? 聞こえてたら、バレないようについて来てね?

 デミが聞いたら、確実にショックを受けただろう。

 きっちりと信頼できる仲間に【念話】をして、あえて罠にかかる。

 虎穴にいらずんば虎児を得ず――まさか、虎の子がギルド長で虎穴に入ろうとしているのが赤ん坊だとは誰も思うまい。 


◇◆◇◆◇


「ふざけるなっ!! この大事な時に、余計なモノを持ってきよって!」

 モンヒャーの町で一番大きい屋敷。その主である町長は怒鳴り声を男に浴びせていた。

「わかっておるのか! 今が気の引き締め時なのだっ! この状況を乗り越えられるかどうかで儂の進退が決まると言っても過言ではない。そんな時に、女子供を誘拐して来ただとっ!?」

「……そうは言いますがね、町長。こっちだって生活がかかってんでさ。あんたがギルド長の正式な処分が出るまで報酬は払えないっていうからこっちは……」

「――おい!!」

 町長は顔を真っ赤にしていた。


「誰が、ギルド長だって?」

「あ~、いや、言い間違えやした」

 マズったと頭をポリポリ掻きながら視線を逸らす。町長の前でギルド長の話題はタブーなのをウッカリ忘れていた。


 今でこそ、モンヒャーで一番大きいのは町長の屋敷だが、前任者である彼の父が町長だった時代はギルドの建物に劣っていた。

 モンスターが闊歩するこの世界では、町長の役割なんていうのは自分たちよりも上の者に金を収めて住むことを認めさせるまとめ役程度の意味しかない。生活に困ったことがあれば、皆が頼るのはギルドだ。それは町長も例外ではなく、モンスターに襲われそうになったら、ギルド長に頭を下げなければならない。

 粗野でがさつ、とても人の上に立つ存在ではない相手に頭を下げるというのはこの上ない屈辱だった。


 今回、エルジィを犯人に仕立て上げたのだってエルジィが騙されやすそうなだけでなく、逆恨みによる部分が大きい。作戦を告げられた段階でそれを知っていた男は自分たちが牢屋に放り込んだ相手を役職で呼ぶことで不快感を与えたのだと理解した。

「あの片目野郎の処分は時間の問題なんでしょ? だったら、そんな気にしなくてもいいと思いやがね?」

 スラムで燻っていた自分たちに仕事をくれたことはラッキー程度にしか思っていないが、報酬を貰い切っていない段階で機嫌を損ねるのは得策じゃない。

 損得勘定だけで動くからこそスラム生活から抜け切れていないのだとブレーンと呼ばれて煽てられ、調子に乗る男は理解していなかった。


「それに、これはあんたにとっても悪い話じゃないんだぜ?」

 男は知っていた。

 町長がミルルの森を利用して人攫いの真似事をさせていることを。

 蛇の道は蛇というわけではない。今日と同じように偶然にも情報を手に入れる機会があっただけだ。

「いずれ、ギルド長になってこの町を本当の意味で牛耳りたいんだろう? そのためにはギルドから着服した以上の金が必要なはずだ」


 ギルド長というのは、ギルドに実績を認められた人物が就くことが決まっている。

 実績というのは冒険者としての実績である。冒険者というのは最終的には荒事専門の集団。なので、最後に求められるのは腕の立つこと。

 ただし、身分証明代わりに利用する者も多いので、本格的に冒険者として生活している者は七割ほどしかいない。モンヒャーのように比較的、モンスター被害の少ない土地ではその町の有力者がギルド長を兼任する場合もないわけではない。

 特に今回のように前任者が不祥事を起こして、ギルドの信用問題に関わる場合はあえて地元の有力者に役職を渡す場合は珍しくない。そうなればギルドからサポートという形でお目付け役は付くものの、モンヒャーの実権を一挙に握るのは容易いだろう。

 若い頃に身分証代わりとしてギルドに登録していたことがあったので、登録の手間も必要ない町長にとっては願ってもない制度だ。

 成功した暁には、これまで下手に出るしかなかったギルドを思い通りに出来る。そんな甘い考えも過っていた。


「……わかった。話を聞こう」

 未だに自分たちが嵌めて捕まえた人間のことを役職で呼ぶ男と会話を続けたくないという思いはある。それでも、今は金が必要なのも事実だった。

 野望はまだ始まったばかり、ギルド長に就任したらすぐにやるべきことがあり、そのために金はいくらあっても足りないくらいだ。

「へへっ、ありがとうございます」

 内心では欲に目が眩んだ奴だとバカにしながらも、媚びへつらいとっておきの隠し玉を披露する。


「……実は、捕まえた女の片方が乳魔族だったんですよ」

「乳魔族だと!?」

 効果は覿面だった。

「ええ。しかも、どうやらホルっていう種類らしいですぜ」

「なんと……!」

 予想だにしなかった大物に、頭の中では金貨の山がいくつも出来上がって行く。


 乳魔族の女を奴隷にするというのは上位階級の一種のステータスとさえされている。

 オークションに出せば金貨の山をもたらし、自分で奴隷にすればこんな辺境の町長どころか一躍時の人になれるかもしれない。


 実際には、ギルド長になったところで貴族として認められるわけではないので意味はないが、町長の中では王にさえ偉そうにしている自分のイメージが浮かび上がっていた。


「んっ!? ちょっと待て」

 妄想に浸っていたが、男が初めに言っていた言葉を思い出してふと重要なことに気が付いた。

「たしか、赤ん坊を連れていた高貴な身分の女という話ではなかったのか? ということは、その乳魔族はどこかの貴族の愛人なのか?」

「あぁ、いや、それは……」

 屋敷に連れて来た時に仲間が口走った妄想を問われ、どう答えたらいいかわからなくなる。


「ガキには乳魔族の特徴がなかったんでたぶん違うと思うすよ」

 乳魔族は女の牛魔族に対する蔑称なので、男のエボルにはそもそも呼び方が違うが、ミルフィーにあった頭の角がないことからそう判断していた。

「……ということは、もう一人の女の子どもか? そして、乳魔族は乳母といったところか。子が居なくても乳がでる種族らしいからな」


「何はともあれ、乳魔族のガキじゃないならいらん。適当なところでさっさと売り払ってしまえ」

「へい。そうします」

 了承を得たことで、男も気分よく部屋を後にした。

 もちろん、仲間たちが味見をしようとしていることなど告げもせずに。


◇◆◇◆◇


「――エボル様、足音が近付いてきます」

 鎖を巻きつけられ、床に転がされているデミからの報告を受け、エボルは準備を始める。

 ――まさか、僕はこのまま放置とは。……いや、意外というほどでもないのか。

 普通の赤ん坊なら、動き回ることはあっても逃げることすらできない。

 世話役の近くに置いておけば十分だと思うのは当然かもしれない。


 ――ミルフィーと離されたのは予想外だった。早く助けてあげないとね。

 マティサが目を付けているのだから、どこかに行ってしまうと困る。

「……どうやら、この部屋に向かっているようですね。足音から判断するに、一人のようです」

 ――わかった。とりあえず入ってくる少し前に合図を出してね。

 盗賊として生活していた経験から、床に耳を付けるだけでどこに向かって来ているのか大体わかるという特技のおかげで後手に回ることはない。ある意味、床に耳を付けていても不自然じゃない状況にしてくれたことに感謝してもいいくらいだ。

 行動次第でどういう状況になるのかは不明だが、いつまでも大人しく捕まっているわけにもいかないと行動派の赤ん坊エボルは人攫い相手でも果敢に戦うことを選択した。


「あと、十秒。九、八、七……」

 カウントダウンに合わせ、手に魔力を集中させていく。

「(……三、二ぃ)」

 部屋の扉が開き外からの明かりが入り込んだ瞬間、エボルは魔法を放った。


「カハッ……!?」

 男は自分の身に何が起きたのか理解できなかった。

 薄暗いはずの室内に入れば、何故かほんのり明るい。そのことを疑問に思った瞬間、視界が赤で塗り潰されその赤が身体を呑み込んだような錯覚を覚える。


 音を立てて、倒れた男の上半身――首元から上にかけて黒こげになり、煙を上げている。

 運が悪いことに口が開いていたせいで、炎を吸い込み内側から焦げ尽きる。いわゆる即死だ。

 ――これが今の僕に撃てる最高の魔法です。

 放たれた炎の魔法、『ファイアボール』の威力に満足気なエボルだが、疲労困憊で今にも気を失いそうになっていた。

 ひとえに魔力を使い果たしたために。


 魔法の中でも初歩の初歩として知られる『ファイアボール』は本来、一発放った程度で魔力を使い果たすような魔法ではない。

 それはいくら魔力を込めようとも同じだ。いや、そもそも『ファイアボール』に威力を込めるぐらいなら他の魔法に魔力を回すのでそんなことをする必要もない。

 逆にこの魔法一発で魔力が尽きるようならそもそも魔法をメインに使うべきではない。それほど低レベルな魔法であり、オリジナル魔法を開発するような天才にとっては息をするように簡単な魔法とされる。


 だが、今のエボルにはこれが精一杯。

 スキルに【無詠唱】を持っていることで赤ん坊の姿でも魔法を使えるが、魔力が足りていない。そのため、エアロスは元より他の魔法も使えないので最弱の魔法に頼らざるを得ないのが現状だった。


 ――さて、ここからどうしましょうか?

 自身は今ので魔力をほぼ使い果たし、デミは拘束されている。

 今はまだ来ていないが、そのうちに倒れている仲間を見て他の人攫いも姿を現すはず。

 運よく今回のように一人だけ、それも間隔を開けてくれば問題はないが……。

「では、行きましょう」

 今後の予定を考えていると、ひょいと身体を持ち上げられる。


 ――あれ?

「……どうしました?」

 ――いえ、どうやって抜け出したんですか?

 先程まで芋虫のように転がされていたのに。

「ああ、簡単な縄抜けみたいな技ですよ。私、子どもの頃はよく捕まりそうになってたのでこれは双頭練習してましたから」

 そうは言っても、相手は本職の盗賊。その縛りが単調なはずはない。


「ほら、あいつら私を侍女か何かと勘違いしてたでしょう? ついでに売り払おうともしてたようなので痕が残らない程度の軽い拘束だったんですよ」

 そこでふとデミの服装が変わっていることに気が付いた。

「あとはローブを上手く利用すれば抜け出せます」

 ――頼もしいね。

 何はともあれ、これで脱出はより簡単になった。


◇◆◇◆◇


「やったぞ! おっさんに許可を貰って来たぞっ!」

 意気揚々と戻って来てみれば、室内には酒のニオイが充満していた。


「よぉ! さっすが我らがブレーン」

「よくやった~。お前も一緒に飲もうぜぇい」

「……くっせえな! いつから飲んでやがったんだっ! オレが必死こいて依頼主から許可をもぎ取ってる間によ!」

「だはは~、堅いこと言うなよ。仕事が上手くいってボーナスまで入るって時に飲まねえなんてバカだろう?」

「ったく、こんなんだからすぐに金が底を……おい、ドゥミッホの奴はどうした?」

 飲んだくれた仲間たちの中に、一人見当たらない。


「はれぇ~? どこ行ったんだ?」

「ほうひや、さっき便所に行くとか……?」

「おいっ! いつだ? それはいつのことだ?」

「えぇ~? 飲み始める前かな?」

「……チッ、あの野郎! 一人で先に味見しようってんじゃねえだろうな!」

「まあまあ、落ち着けよ。いくらあいつでもそんなことするかぁ?」

 酔っぱらいの戯言なんて、聞いている暇はない。

 こうしちゃいられないと出口へ向かおうとすれば、強引に止められる。


「離せっ! 乳魔族の方に手を出すと面倒だ。さっさと止めとかねえと!」

「おいおい、仲間を信用できらいのかよ? ヒック!」

「仲間だから止めとくんだろうが! 今の段階で手を出せば追加報酬がパァになっちまうぞ!」

「……しゃ~ねえ、行くかぁ」

 ようやく重い腰を上げた仲間たちにじれったさを感じつつ、扉に手をかけるとひとりでに扉が開く。


「ドゥミッホ、戻って……誰だ? あんた?」

 ドゥミッホが戻って来たのかと思えば、入って来たのはメイドだった。

「町長の使いか? 悪いが、今は……」

「……臭い」

「あっ? あぁ、酒のニオイか。別にいいだろう? 依頼はちゃんと達成したんだからよ」

 町長もそうだが、スラムの住人というだけで見下した態度を取られるのは腹立たしい。ましてや今は急いでいてイライラしている。


「違う。酒のニオイじゃない」

 いっそのこと、押し退けて通ろうかと考えていたら、呟くような声が聞こえた。

「何を言って――!?」

 癇に障って手を出した。そうしたら、メイドが逆立ちをしていた。

 奇妙なことに逆立ちをしているのに、スカートや髪の毛に乱れが見つからない。

「臭いのは、あなたたちそのもの」

 メイドにしても目立つ銀髪を見上げるような形になったところで、ようやく自分の視点が下がっていることに気が付いたが、その時にはすでに首は床に転がっていた。


「「「うわぁああああ!?」」」

 いくら酔っていても、仲間の首が落ちれば悲鳴ぐらい上げる。

 ぶつかった拍子に転がった酒ビンやグラスが落ちて割れると破片がそこら中に散らばっていく。

「……うるさい」

 そんな男たちの様子に普段通りの無表情で室内を見渡すレイフォンティア。

 心の中で残りの敵の数を数えつつ、嫌々足を一歩踏み出す。


「何なんだよっ! ブレーンが何をしたってんだ!」

「お、オレたちゃ町長に雇われたんだぞ! あ、あんたっ、そんなことしていいのかよ!?」

「……?」

 何を言っているんだろうと首を可愛くこてんと傾ける。

 ただ両の手に大剣を握っている姿では可愛さよりも恐怖の方が大きい。


「ま、まさかっ!? あの野郎、初めからオレたちを消すつもりだったんじゃ……!」

「なんだとっ!? スラムの人間だからって差別はしないって言ってたじゃないか! 約束の報酬だってもらってないんだぞ!」

「だ、だけどよっ、交渉しに行ったブレーンが真っ先に殺されたんだぞ!? 何かあったんじゃねえのか!?」

 動転していて、状況が判断できていないようだ。


 殺されそうな状況で報酬のことを気にしてどうする。

 あと、真っ先に殺されたのはたまたまブレーンが入り口の近くにいただけだろう。

「……ようやく気付いた? あなたたちのようなゴミ溜めの人間は利用するだけでの価値しかない。終わったら、悪臭を放ちだす前に始末する」

「「「や、やっぱりだぁ~~!!」」」

 男たちが勝手に話した情報から放った脅し文句だったが、効果覿面。

「それじゃあ、さよなら」



「……寝てるし」

 男たちを始末し終わってから、ミルフィーが捕まっている部屋まで行くと、呑気に寝息を立てているではないか。

「良くこの状況で寝れる。ただ者じゃない」

 図太すぎる神経に呆れていると、信じられない光景が目に飛び込んで来た。


「うぅ……んっ!」

「!? そ、そんな……!」

 ミルフィーが寝返りを打とうとししたその時、大きな二つの肉塊がボヨヨ~ンとクッションのような役割を果たして、彼女の身体がバウンドした。


「……ふんっ!」

「いったぁ~!!」

 絶壁に近い自分との圧倒的な差に、ついつい起こす方法が乱暴になってしまうのだった。



「……騒がしいな。ったく、これだから下賤な輩は!」

 エボルにレイフォンティア、二人の人間が暴れて大の男たちの命を奪っていればある程度物音が立つのは当然。大きいとはいえ、木造の屋敷が揺れ、その振動は主である町長の下にまで届いていた。

「やはり、あんな奴らは早々に始末しておくべきだな」

 勘違いしたままレイフォンティアによって始末された男たちだったが、その運命は避けられないらしい。己の欲のままに行動する町長はいずれは彼らを始末する予定だった。もちろん、報酬をこれ以上払うつもりもない。


「チッ、それでも奴が処分されるまでは置いておかなければならんか……」

 忌々しいのは自分が嵌めたギルド長のエルジィだ。

 特別優秀なわけでもなく、ちょっと名を上げただけの冒険者風情に町長よりも権力を与えるなど馬鹿げている。

「ギャンブル狂いの荒くれ者にオレの町を好き勝手にされて堪るかっ! オレがギルド長に就任した暁には直接依頼でしか受注できなくしてやる!」

 そんなことをすれば自由を求める冒険者、特に実力の高い者ほどモンヒャーの町を離れて行くことが理解できていない。

 冒険者からすればギルド長なんて危険な仕事を振って来ず、報酬をきちんと渡して実力を評価してくれればそれでいいのだ。命令されたところで聞いてやる義理もない相手なので、権力を振りかざすようなギルド長ならいない方がマシと考えるだろう。


「――残念だけど、君がギルド長になることはできないよ」


 町長の特権とばかりに高い酒を呷って愚痴をこぼしているところに水を差され、イラッとする。

「誰だっ!! ここはオレの屋敷だぞ! 誰が勝手に入っていいと言った!!」


「……誰だとはつれないじゃないか。自分であんなところに放り込んどいて」

「お、お前は……エルジィ!?」

 ひたひたと足音を立てながら、姿を現した人物を見て、驚愕する。


「バカなっ!? お前がここにいるはずがない! どうやって出てきた!!」

 ギルド職員に賄賂を贈って買収までしていた。少なくともなんらかの処分が出るか、証拠を処分するまで出て来られるはずがないと喚き散らす。

「……まあ、ちょっとしたお節介というか面倒臭い人物に無理やりね」

 まさかマティサが見張りを脅して強引に出て来たなんて言えるわけがないので言葉を濁すしかない。


「ただ、着の身着のままに来たから、こんな恰好で失礼。それについては責任は半々、あるいはそっちの過失だと思ってるけど。おあいこってことにしとこうじゃないか」

 扱いとしては脱獄囚なのだ。ちゃんとした服装を用意する時間はなく、この場に直行したのでエルジィは未だに囚人服のまま。武器らしい武器も持っていない。

「ハッ! その状態でどうにかできると思ってるのか!」

 登場にこそ驚いたが、場所がどこか思い出せば余裕も出て来る。


「ここはオレの屋敷だ! 囚人が脱走して、町長の屋敷にいる……この意味がわからんほど愚かではあるまいなっ!」

「……はぁ。だ~か~ら、あんたの方が愚かだよビルジョワ。アタシが何の策もなく、ここに来ると思ったのかい? 言っておくけど、屋敷にいたあんたの子飼いの部下は全員アタシの部下が捕縛しているよ。もちろん、あんたがアタシを嵌めたっていう証拠を突きつけた状態でね」

「ななななっ、そんなことがあるわけがない! 貴様は人望がないんだ! だから、金で職員を買収したんだぞ!」

 語るに落ちるとはまさにこのこと。

 あっさりとゲロったビルジョワに呆れつつ、そんなことは百も承知なので痛くも痒くもない。


「いや、あんたがギルドに内通者を置いてることぐらいわかってたよ。だからバレないようにしてたんだし。……というか、アタシだってあんたんとこに密偵を送り込んでるからね?」

「なんだとっ!?」

「当たり前じゃないか。あんたの代になってからギルドに喧嘩を何回売って来たと思ってんだい? そんな輩を町長だからって放置しておくほどの甘ちゃんは冒険者にはいないんだよ」

 冒険者のモットーは厄介になる前に潰すだ。

 自分の地位を脅かしかねない存在は早々に対処される。こんなことは冒険者としてちゃんと活動していれば常識である。


「騙してたのか!」

 どの口が言うのか、エルジィはもはや言い返す気力を失くしつつあった。

 ビルジョワからすれば、無能だと思っていたら自分よりも人の扱いに長けていたことが許せなかった。何よりも裏切者がいるという事実に屈辱を感じていた。


「というわけだから、大人しく捕まらない?」

 どうせもう抵抗する気力なんてないだろうと持ちかけてみたが、これは別に優しさではない。単純に大捕物にすると、ギルド側が面倒を見なければならなくなるんで嫌だったからだ。

「ふざけるなっ! 丸腰の貴様につかまるようなマヌケではないわ!」

「……じゃあ、どうするの?」

 別にどちらでもいいのだが、相手が抵抗してくるのならこちらもやり返さなくてはならない。

 一回嵌められているのだし、二度目はない。


「これでも喰らえっ!」

 思いっ切り背を向けて何かを探してると思ったら、取り出したのは銃だった。

 乾いた発砲音が数回鳴り響き、弾丸が向かってくる中でもエルジィは余裕の態度を崩さない。


「……呆れちゃうよ。この程度でアタシを仕留めれると思ってるなんて」

 ギルド長は元々一流の冒険者だ。

 素人の撃った銃なんて簡単に対処できる。


「ほらっ! 大サービスだよ!!」

 武器らしい武器を持っていないが、袖から大量の金貨を取り出して弾丸以上の速さで連射していく。

 キィンキィンキィンと音を立て、弾丸と金貨がぶつかり弾丸は床に転がっていく。

「うわぁっ!?」

 弾丸よりも数多く放たれ、何にもぶつかることなく勢いを保持していた金貨はビルジョワを壁に縫い付けて行く。


「ハハハッ! 賭けに勝ったあとの金は最高にいい仕事をするね!」

「ク、クソッ! 外れん!」

「無駄無駄! 調節して上手く壁にめり込ませてる上に、あんたは手足が動かない。それじゃあ、抜け出せないよ。もう少し、レベルが高ければマシだっただろうけどね?」

「お、オレがお前なんかに劣るわけがないんだ! これは何かの間違いだ!!」

「ん~? 何を言ってるのかな? 現状では君が劣っているとしか言えないと思うんだけどね。ああ、そうだ。勘違いをしているみたいだから、一つ……いや二つ訂正をしておこう」


「まず一つ! ギルド長は偉そうにしてるだけだと思ってるようだけど、支部を任されるようになるには最低でもレベル50はないとダメなんだよ?」

「なんだとっ!?」

 レベル50といえば、国の軍隊で将軍クラスの実力者ということになる。

「それほどの力を持っている人物がいるから国だってギルドには強く出れないんだよ」

 荒くれ者を抑えるだけでなく、個人としても国に反逆されたら困る実力者に名誉としてギルド長の職を与える。これがギルドと国の関係。たかが、町長では太刀打ちできないほどの権力の壁が立ち塞がっている。


「あと、もう一つ。武器も持たずにって言うけど、武器は持っている」

 囚人服の中に手を突っ込み、取り出したるは子どもの手にも収まるような小さな銃。

「……大層な武器を持ってこれないから目立たないのをって言ったら、これを渡されちゃってさ。参っちゃったよ」

「そ、そんなオモチャでどうにかなると思っているのか!?」

 誰が聞いても虚勢にしか聞こえない。


「オモチャであろうとも身動きのできない君になら有効だと思うけど……ん~」

 本当は使いたくないんだけどと考え込む。

 これを使えば、騒ぎになるのは確実。

 ただ、久々にテンションも上がっているし、二度と変な真似をされないように脅しをかけておくかとあっさり使うことにした。


「……ビルジョワ、知ってるかな? アタシの種族」

「知るものかっ!」

 興味などない相手のことなんて知りたくもないと叫ぶが、エルジィは止まらない。

「アタシはさ、ハーフドワーフなんだよ。正確に言うと、エルフの血が四分の一入っているハーフドワーフだけどね」


「ドワーフ、だと……?」

 言われてから姿を見てみると、気付くことがある。

 褐色肌は日に焼けたのではなく、生まれつき大地に愛されたとされるドワーフの特徴。髪に隠れて見えにくいが、耳は普通の人間よりも長くその髪の色も赤毛の中に緑に似た色合いが見て取れる。


「ドワーフだとしたら、どうして冒険者なんぞをやっている」

 ドワーフは鍛冶の一族だ。

 エルフの血が入っていようとも、ドワーフの血の方が濃いのなら鍛冶師として生計を立てる方が理に適っているはず。

「……まあ、固有スキルの問題でね。鍛冶師としては失格。里を追われってわけさ」

 本当のところは、固有スキルが発覚しても父親に習った鍛冶の技を磨いていたが、世界を知りたくなって飛び出したが正しい。


「固有スキルの名は【不具合】。アタシの作品には高確率で本来のないはずの異常が見つかる」

 そこまで言うと、銃口を天井に向け引き金を引いた。

 ――ッ!!!

 小さな銃から天を貫く極大の光が飛び出し、屋根を跡形もなく消し飛ばした。


「ほら見ろ! こんな威力を想定して作ってなんていないっての!」

 小銃に似つかわしくない、殺傷能力の高さゆえに使用を封印していた作品が日の目を見たことに歓喜する。

 モンヒャーの町では夜空を切り裂くような光の出現に騒然としているが、それが気にならないぐらい愉快だった。


「ハハハハッ! やっぱり、自分の作った物を使うのは楽しい! そう思うだろう! ……ってなんだ」

 屋敷を壊したのだから文句の一つぐらい出るかと思えば、ビルジョワは口から泡を出して失神していた。

「久しぶりにテンションが上がったのに、分かち合えないなんて残念」

 夜空を見上げながら、聞こえもしないビルジョワに語る。口調に反して、上を見上げる表情は楽しそうだった。



「うわっ! 何これ!?」

「……凄い」

「うぅ~、レイフォンティアさん酷いですよ~」

 脱出し合流したエボルたちは町長を捕まえるべくやって来た部屋の惨状に驚くことになる。


 こうしてモンヒャーの町を騒がせたギルド長の横領事件は黒幕の町長逮捕で幕を閉じた。

 ただし、エルジィは危険な武器の使用による反省として数日間の雑居房生活が部下から言い渡され、同房の元町長ビルジョワに眠れない夜を過ごさせるのだった。

 

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