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第10話 エルフの里~正体

「……目が覚めたら森の中なんですが?」

 宿にいたはずなのに、そうつぶやくミルフィーに申し訳なく思うもののエボルも今いる場所を正確には把握していないので説明がし辛い状況だった。

 マティサなどはようやく起きたかと一瞥するだけであるし、警戒のためとはいえエボルがミルフィーを抱える形になっていることに対しても不機嫌さがある。もうひとりの同行者は言うまでもなくミルフィーに興味がない。


「詳しいことは僕も知らないから後で聞くとして、あれから何があったかを簡単に説明するね」

 そうして宿で襲われてからここに至るまでの出来事を説明する。と言っても、実際は説明だけならば簡単に済むのだが……。


「えっ、つまりは宿からここまで一瞬で来たんですか?」

「そう。エルフの移動方法なのかはわからないけど、一瞬だったよ」

 空間魔法に似た魔法を使ったのかもしれないが、エボルの使えない魔法なのか心当たりがなく四人もの人間を一瞬で長距離移動させるなど魔力の消費も激しいはずなのに疲労も一切見えないことから底知れなさを感じてはいる。


「あれは別にエルフのというわけではありませんよ」

 襲撃を受けてから無口だったマティサだが、話は聞こえていたようだ。ただし、それを向けたのはおそらくエボル達にではない。

「……随分、事情を知っているようだな」

「ええ、伺っておりますから」

「……」

「……」


「(エボル様、あのふたり何かあったんでしょうか?)」

「……かもしれないね」

 何も語られないのでわからないが、ふたりにというよりはエルフとの間に何かがあった。エボルはそう感じていた。



「ところで私達はどこに向かっているんですか?」

「目的地は見えないものには見えない。だが、その大いなる存在を感じることは出来るはずだ」

「……確かにこの空間に入ってからとても大きな力は感じているよ。おそらく僕がその場しのぎで拵えた物よりも数段大きな力を」

「……目的地が見えないと不安だというなら見せてやろう」

 特に何かをしたわけではなかった。だが、エボル達の目の前と言っても視界に入る程度だったがそれは出現した。


「あれこそが偉大なるエルフの神にして我らの里の象徴――世界樹だ」


 それは樹というには巨大すぎた。

 天まで届くほどの巨大な壁が現れたようにしか感じ取ることが出来ない。

 そして、歩いているはずなのに大きすぎて近づいているのかどうかがわからないほどの巨大さを秘めていた。


「あっ、もう一ついいですか?」

 世界樹の大きさに圧倒されていたが、ミルフィーには聞きたいことがまだあったらしく早めに立ち直り、問いかける。

「あなたのお名前って……? エボル様もお呼びになっていないので」

「……貴様らが真に何者なのか、それをまだその女は話していない。我らの集落に着いたら話すということだからな。そんな信用のおけぬ相手に名乗る名などない。そもそも名を呼びあう関係になるはずもないからな」

 言いたいことはあっただろうが、険悪な雰囲気を察してミルフィーがそれ以上口を開くことはなかった。ただし、優しさゆえに悲しそうではあった。


 それからは無言の道中だった。

 正確にはエボルとミルフィーが小声で会話することはあってもあとの二人が口を開くことはなかった。

 エルフの方は最低限の疑問にぐらいだったら答えたかもしれないが……マティサは普段とは打って変わって寡黙であり、エボルの世話をする余裕がないようにも見受けられた。


 そんな中、エボルの体が元に戻ったことでエルフが驚いていたが疑問を口にすることなく一行は集落へと到着した。




「――ようこそかの魔王に連なる者たちよ。そして、よくぞ務めを果たした勇敢なる戦士よ」

 出迎えたのは存在感が異様なエルフだった。

 見た目は若いが、佇まいは老人。そして動物よりも植物のようなそんな印象を受ける……それこそがエルフの長老だった。


「長老!? やはり、この者達は……」

「うむ。おぬしが驚くのも無理はなかろうて。じゃが、間違いない。儂はその娘に会ったことがある」

「……私は記憶しておりませんが、お久しぶりですとでも答えればよろしいですか?」

「よいよい。かの御方に仕えておるのならば儂とは立場が異なる。無理をして敬うフリなどは必要あるまい。調子に乗った若造どもが逆鱗に触れては敵わんからの」


「して、そちらは――」

「こちらは魔王ジェノ・ブラッドリー様の御子息エボル様です」

「ええええええぇぇぇぇ!?」

 マティサからの突然の発表にミルフィーの絶叫が響き渡る。

 長老は平然としているが、案内をしていたエルフは驚愕の眼差しを向けていた。


「エボル様って魔王のお子様だったんですか!?」

「……ごめん。実はそうなんだ」

 隠すつもりはなかったことだが、まだ伝えるタイミングでもないと思っていた。エルフと遭遇し、里に行くような機会がなければ伝えない可能性もあったことだ。


 だが、マティサからの衝撃発言はそれだけではない。

「エボル様ご自身も魔王に至る可能性を秘めております。いえ、もはや次世代の魔王と言っても過言ではありません」

 これには再び、ミルフィーの絶叫が上がるが二度目ということもあり驚かずに済んだ。


「ふむ、まあ見た目ではわからんが確かに凄まじい才は感じるの」

「……こんなのが魔王?」

「これ! すまんのこやつは戦士としては優秀じゃが、精神的にはまだまだ幼い。許してやってくれ」

「……わかりました。一度は許します。ただし、次はありません」

「感謝する」


「……さてと立ち話もなんじゃし、ひとまずは儂の家にでも。そこで詳しい説明を聞きたく思うがよろしいか?」

「いいでしょう。立ち話でする話でもありませんし、エボル様をいつまでも立たせておくわけにもいきません」

「では、儂の家に来てくだされ。……案内は任せるぞ」

「はっ、かしこまりました!」


 そう告げた瞬間、それまで喋っていた長老は木彫りへと姿を変えていた。

「えっ? えっ?」

「見た目よりも年齢の言ったエルフのようですね。エルフは分かりにくくていけません」

「……それを言うなら貴様だってそうだろう。長老が知っているということは見た目通りの年齢ではあるまい」

「女性に歳を聞くのはマナー違反ですよ。これだから引き籠りのエルフは……」

「……ふんっ、さっさとついてこい」


「……あの二人、仲が良いんですかね?」

「相性は良さそうだね」




「ようこそ。ささっ、お上がりください。最高のもてなしをご用意してお待ちしておりましたぞ」

 長老の家に着くとそこには先程の長老が待ち構えていた。

「……珍しいですね。このお茶を出すとは」

「敵意のない証です」

「うわっ!? すんごく美味しいです!」

「……僕も初めて飲んだけど、噂以上に生命力が漲る感じだね。というか実際に魔力とか増えているよね?」

「ちょ、長老私もよろしいのですか?」

「気にするな。一杯程度ならば誤差にしかならん。せっかく注いだのに飲まんのなら勿体なかろうて。遠慮は不要じゃ」

「で、では、頂戴いたします。――あ、あぁ、これぞ神の味」


「えっ? 美味しいですけど、さすがにちょっと大袈裟じゃ?」

 お茶を飲んで泣き始めたエルフに困惑しているようだが、実際これは彼らにとっては神の味だった。なぜならエルフが崇める神、つまりは世界樹の葉に付いた夜露などを溜めてそれを漉して濃縮し、世界樹の雫と呼ばれるほどの濃度にまで高めた飲み物がこのお茶なのだ。

 枯葉であろうとも煎じて飲むことなど許されないものだが、もしも地上に出回れば一国の国家予算では到底買えない金額になることは間違いない。

 エボル達が持っていた枝も価値はあるが、枝だけでは本来は育てることもできずただの飾り物になるだけなので一千万程度にしかならないと考えればその価値も窺えるというもの。


 ちなみにだが、もしも世界樹の葉を盗んだものがいればエルフは全面戦争を仕掛けること一切躊躇しない種族である。

 そのため、里の外で世界樹が育ちかつそれが消失したというのはエルフにとって世界が崩壊するレベルの異常事態なのだった。

 実際調査を任されていたエルフも里でトップの実力者であり、見つからなければ戻ってから精鋭を引き連れて攻め入っていただろう。


 それがわかっていたからマティサはあそこで魔王の存在を匂わせる必要があった。


 年明けの目標だったので書きあがったところだけ。

 もしかしたら少し長くなるかもしれませんのでお付き合いいただけたら幸いです。

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