第9話 エルフの里
「フゥ~~なかなか骨が折れるわね~」
「ぼやかずに手を動かせよ。こっちもクタクタなんだからよ」
「んまっ!? 急に生意気になっちゃっても~。ふふふ、でも前よりは全然いいわん。少しは勇者らしくなったのかもしれないわね?」
竜眷属が現れてから一週間。町を救った英雄である勇者と偉大なる冒険者は復興に精を出していた。
あの後エボル達は騒動に巻き込まれる前に姿を消した。そして、何らかの取引を交わしたネーサンが英雄として名を上げ、レンデルが勇者として名前を世に刻んだ。
「……なぁ、一つ聞いてもいいか?」
「なあに改まって女の秘密は知るべきではない――」
「――魔王について」
「……珍しいわね。あんたがそんなことに興味を持つなんて。さて、何が聞きたいのかしらね?」
懐かしむような何を話せばいいか考えるように逡巡した後、口を開く。
「――まず魔王と戦った、いえ出会った時アタシはまだまだ駆け出しのひよっこだった。戦ったなんて口が裂けても言えないわ。師匠や仲間が必死に戦い、それを陰で見ていることしか出来ず守られる存在だった」
だから四十年近く前、ネーサンは負傷はしていない。戦い傷ついてはいないが、見えないキズは今も痛む時がある。
思い出すだけで過去の傷がズキズキと痛みだすがここで話すのは未来に繋げるために必要なことだ。
「――アタシが遭遇した時を最後に魔王の話は聞かなくなったわ」
「それはあんたの仲間達が倒したからか?」
問いかけにネーサンは首を振る。
「そうだったらアタシは今こんなに有名になっていないし、師匠は伝説にでもなっているでしょうね」
そんな都合のいいことはないことはわかっている。
「何があったのかはわからない。だけど、何かがあって戦いは終わりを迎えた。そしてそれから新しい魔王が誕生したという噂も聞かなくなった。今魔王といえばかの竜魔王だけ」
「……じゃあ、今は魔王はいない、のか?」
竜魔王は有名だがもはや伝説。眷属が暴れることもあるが稀で自然災害に近い。それでも国が滅ぶほどではない。
なのでよほどの田舎でもない限り魔王は忘れ去られていた。
「何を考えているか、それはわからない。強大な力はあるけど人智の及ばない領域よ」
「そう、か……」
「で? 魔王がどうかしたの?」
「……いや、何でもない。あんたが気にしてたからちょっと聞きたくなっただけだ」
「……そう? まあいいわ」
何かを隠しているのはわかっているが、深く追及することはなかった。
まさかレンデルが魔王らしき人物と接触しているとは欠片も思っていなかったからだ。魔王がどうして消えたのかは本当にわからない。ただ、話を聞かなくなったことでネーサンも魔王の存在は忘れかけていた。
(あのムカつくメイドに会ったのも偶然とは思えないけど、アタシが昔会った魔王の気配は感じなかったし、きっと気のせいよね)
そういえばとふと思ったことがあった、元々あまり表に出てこない存在だから見えなくなっても気にしなくなっていた存在がいたことを。
思い返せばその存在を見なくなったのも魔王が消えてからだったような……。
「!!」
そんなことを考えていたからだろうか、その消えたはずの存在が今まさに視界に入り込んだように見えた。
「……? どうかしたのか?」
「……いえ、何でもないわ」
居たからどうしたというのだ。魔王と違って脅威でもなく、こちらから手を出さなければ害になることもない。指名手配犯を見たわけでもないのに殺気立つ必要もない。
「ハ~ア疲れちゃったわ。さっさと復興を終わらせてエステに行きたいわん」
「……だったらサボるなよ」
「…………」
街はずれ、ちょうどエボル達が町を救った場所でそれは地面に横たわっていた。否、地面に顔を押し付け、鼻先を埋め顔全体で大地を感じるように深く深く空気を吸い込んでいる。
「やはり。間違いない。――神が顕現された」
顔を上げた人物は長い耳を持つエルフだった。
「――エボル様!!」
「ふぇあ?!」
いつものように魔法を使った反動から戻って、暴走するミルフィーを眺めているといきなりマティサにミルフィーごと押さえつけられた……と思ったら背後の壁が切り裂かれた。
「感じるぞ。神の匂いを」
「……どこの宗教の輩かは知りませんが、エボル様の復活を邪魔するとは万死に値する。覚悟はできているんでしょうね?」
「……お前ではない、神の匂いは――お前か」
「……」
まだ赤ん坊の姿では声を出すべきではない。けど、襲撃者の目的はどうやら僕のようだ。ミルフィーが覆いかぶさるような形になっているから目は合わないはずなのに見られている気配は感じるんだよ。
ハッキリ言うけど、こいつ相当強い。
「神を隠したのは貴様か?」
「――人の話は聞きなさい!」
「ッ!? おのれ、邪魔をするか!!」
「そちらがそのつもりなら!」
あっ、拙い!
「マティサ! ここで暴れるのは拙い!」
「――なっ!?」
マティサから驚愕の声が上がる。まさか押されているなんてことはないと思うが、なんとかミルフィーの腕の中から這い出した僕もまた言葉を失った。
「……ぬかった。まさかここまでやるとは」
壁に縫い付けられた襲撃者、被っていたローブの裂け目から見えた顔は美麗なエルフだった。
「エルフ?」
「……? 赤子にしては流暢だな」
「……里の外に出てくるエルフは珍しい。それにこの実力で剣士、あなた魔闘士ですか」
「いかにも」
聞いたことがある。核魔法以外を使える者を魔法使いと呼ぶが、例外として核魔法と種族魔法を扱えるものがいると。そういう存在を魔闘士と呼ぶ。
特にエルフは種族魔法を覚える者や魔法に長けた者が多くなるから比率が高いっていうのは大昔の書物に出ているらしい。かつてエルフに喧嘩を売って返り討ちに遭った国の歴史書に恨みつらみと一緒に書かれていたとか。
「それでエルフが里の外に出てわざわざ何の用ですか?」
「……? 神の匂いを追ってきた。それだけだが?」
「だからその神の匂いとは一体?」
「我らの神といえば存在はひとつしかあるまい。世界樹だ」
どうやらサーディンで使った世界樹の枝が原因のようだ。
襲撃者曰く、あの騒動の日エルフの里の外で強力な世界樹の気配を感じたエルフはすぐさま調査を放ったらしい。
里がどの辺りにあるのかはわからないが離れた場所の気配を探知するなんてどんな感覚をしているのか。
なんにせよ世界樹の気配を辿って来てみればそれらしきモノが突如として現れ町を救ったという話と街はずれでは世界樹が生えていた匂いが残っており、世界樹の成長に使われた魔力を探していたがそこは見つけられなかった。諦めて一度里に帰って指示を仰ごうかと思っていたところ僕の復活によって魔力の匂いを追えて襲撃したと。
「……襲撃の前に話を聞くという選択肢は?」
「ないな。神の匂いはあるもののあれほどの存在を隠すような場所があるわけがない。だとすれば神の顕現に携わった人間が処分したと考えてしかるべし。罪人には言い訳をさせるつもりはない」
「話を聞く気になったのは?」
「エボル様、エルフはプライドが高いのです。負けたら話ぐらいは聞いてやる。そうういうスタンスの輩が多く存在します」
「……わかった」
頭が痛い問題だということが。
さて、どうしたものか。
世界樹がエルフにとって大事なものということは知っているけど、エルフに関しては種族の情報がほぼ出回らないからどれぐらい大切かがわかってなかった。
そんなものを緊急事態とはいえ、使ってしまったこと。そしてそれよりも問題なのはどこで手に入れたということ。これを聞かれると非常に厄介だ。
何が厄介って僕は知らないから。
知っているのはマティサだけだけど、マティサが素直に答えるかどうか。
どう考えてもあれって……。
「で、お前たちはどうやって神を顕現させた?」
ほら来た!
「――それについては私から話しましょう。ただし、あなた方の住処で」
「なんだと!? 我らの里に来るというのか?! そんなことさせるわけが――」
「――とある魔王についてお話があります。そういえばエルフならばわかるのではありませんか?」
「!!」
「今、あなたが想像したとおりだと思います。私達はかの魔王の関係者。この情報だけでも里に連れていく必要があるのでは?」
「……魔王について知っているのは里でも一部。情報も出回らないようされているのか里の外では我らエルフは滅びたとも言われている」
「では案内をお願いしても?」
「……わかった。連れて行こう」
こうして不承不承のエルフによって僕達はエルフの里へ案内されることになったのだった。




