第8話 始まりの町~救出
異変に気付いたのは少人数だった。
ひとりは日課として山を眺めていた隠居で、山の形が変わる事態に呆然とすることしかできず。
またあるひとりは友達と遊んでいる子供。山から赤い光が飛び出してきたのを目撃して騒ぐも信じてもらえず。
異変に気付いてもほとんどの人には対処する力がなかった。
だが、幸か不幸かこの町には新米勇者と魔王の卵が揃っていた。
「――あれはっ、ネーサンか!? 何をちんたらやってやがる!」
脅威から離れたところにいる英雄に苛立ちをぶつけるほどに追い詰められていた。
「ちょっと! もうちょっとスピード上げられないの!?」
「無茶を言いますね……! 攻撃したら増える生きた炎ですよ。個々に対処するのがやっとに決まってるでしょう! 文句があるならあなたがやりなさい!!」
「クゥ~~~~!」
悔しいが言う通りだ。
マティサは【サンダーレイン】という魔法で濃縮した雷を落とすことで一体ずつ蒸発させている。
対してネーサンが出来るのも真空に閉じ込める消火だが、相手のエネルギーが大きすぎてマティサ以上の時間を要してしまっている。しかも近寄らなければ発動できない欠点付き。
始めこそ町に近い方からやっていたが徐々に間に合わなくなり今は目についたものから手当たり次第にやっている。
そのせいで二人の距離が開き、辛うじて声は届くものの互いにサポートも出来なくなっていた。
「魔獣退治に行ってんのか!? 俺を連れて行くって言ってたのに!?」
「今はそれどころじゃなさそうだよ。あれが魔獣だとしてもスピードと再生力が問題だ。対処はしてるけど、このままじゃ町に到達するまでそんなに時間がなさそうだ」
「エボル様、どうしますか?」
「う~んどうしようか?」
エボルとすればマティサが対処をしているがこのままでは被害が及ぶのは確実だと思っている。ただ、マティサと一緒に行動している人物に力を見せてもよいかどうかわからない。そのうえ、今は勇者だというレンデルまで傍にいるのだ。
幸いなことに逃げるだけなら逃げることは難しくなさそうなのだが……。
「……君ならどうにかできるのかなレンデル?」
「チッ、あれが一体だったらどうにかしてやったさ。だが、数が多すぎる……!」
「……なるほど」
予想通りの答えだ。
経験を積むことを目的としていたぐらいだからレンデルはきっとまだそこまで強くはない。
「僕の予想を先に言うね。あれはまあ、見てわかる通り火系統魔法の魔獣だ。そして、本体ではないと思うけど……おそらく生きてるね」
「生きてる!? どういうことだ?」
「ほら、君の連れのネーサンさん?って人が火口付近で攻撃してるでしょ? 本体はマグマの中にでもいて手が出せない状態なんじゃないかな?」
「それだけじゃ――」
「そう。それだけじゃ生きているって確証はない。ただ、まだ増えているから追加分を叩いているとは考えられる。つまりは大本は火山にいる」
「――いい加減にしなさいってのよ!」
幅広く対応するのが困難になって元の数を断とうと火口付近に陣取ったはいいが、追加が終わらない。
「あとちょっと。あとちょっとのはずなのに……! いつまでも出しゃばってんじゃないわよ! 魔王の出涸らしがぁあああ!!」
『ヂュウウウウウ』
いくら火の魔獣になって竜眷属によって強化されようとも、元がただのネズミであることに変わりはない。
マグマに潜んで自分自身を千切るのもそろそろ限界だった。
だったら、最後に一泡ぐらい吹かせてやりたい。
魔獣としての最後の自我は英雄との一騎打ちを望んでいた。
『ヂッ――』
「――あら、素直じゃないン?」
結果は瞬殺。一直線の噴火という莫大なエネルギを受けとめもせずに刈り取って見せたネーサンの圧勝だった。
そして、これで追加はなくなった。
だが、終わりではなかった。
「なっ!?」
膨れ上がったネーサンの魔力と気の緩みからマティサも終わったと思い事後処理に火消しを継続しようとしていたところこれまで消えていた一撃で消えなかった。
それどころか、バラバラに走っていたのが集まり始めて巨大な炎の塊となり始めていた。
魔獣としての火鼠は勝負を選んだ。
そして、魔王の一端である竜眷属は殲滅を選んだ。
火鼠と竜眷属のどちらが強いかなど言うまでもない。火鼠の分体の制御を奪い取り、走るマグマとなってただ破壊の限りを尽くすそのために移動をする。マグマのエネルギーと竜眷属としての魔力を以てすればこれまで以上に消えにくい炎となることが可能だった。
ここまで来ると町からも普通に脅威を観測できた。
「「「キャアアアア!」」」
悲鳴が上がる方が警報が鳴り響くよりも早かった。突如として町に迫っている炎の壁、そう表現できるような脅威に見張りは理解が追い付かなかった。パニックになっている声で正気に戻って警報を鳴らしたもののこれでどうにかできるとも思っていない。恐怖を紛らわすためにならしているに過ぎなかった。
「――さて、どうにかしようか」
「エ、エボル様~」
「大丈夫。これからのことはどうにかするとして今は何とかする方が大事だから」
「なんとかってあんなものどうやって……!?」
「逆に聞くけど、どうしてどうにも出来ないって思ったのに一緒に来たの?」
弱音を吐くレンデルが不思議でならない。
今、エボル達が陣取っているのはマグマに近い町の外側。どうしようもない、何も出来ないと思っているのなら意味はないかもしれないが、少なくとも反対側に逃げ出すべきだろう。
「お、オレは勇者だぞ!? そのオレが逃げるなんてっ!」
「でも、どうにも出来ないんでしょ?」
だったら、住民の避難を助ける方が。エボルは善意でそう思ったが、レンデルの考えは違った。
「そんなカッコ悪いことが出来るか!!」
レンデルは勇者としての資質は確かにある。だが、自尊心が高く見栄っ張り。彼が活躍をするために勝てる相手にしか挑めないのでは――そう懸念した友人からレンデルを託されたのがネーサンだった。
ネーサンはまずは簡単な依頼から自信をつけさせ、徐々に鼻っ柱をへし折る矯正治療をするつもりだった。
だから、本来ネーサンがやるような仕事ではない成り立ての魔獣討伐を引き受けた。討伐自体はレンデル一人に任せるつもりで。
結果竜眷属なんてものが出てきたのでマティサと交戦していたのは良かったとも言える。おそらく竜眷属が現れた段階でレンデルは足手纏い以外の何物にもなれず、下手をしたら見限られていたかもしれないのだから。
「……だったら、せめて邪魔をしないで引っ込んでおきなよ。勇者に代わってこの魔王の卵が事態を解決してあげるから――
「魔王だって!?」
ネーサンから魔王についてはざっと聞いていた。
曰く、若い時は手も足も出ず逃げ出すことが出来たのは奇跡だったと。あと、もしも魔王に遭遇したら相手が誰かにもよるが基本的に全力で逃げろとも。
そんな魔王の卵だと自信に満ち溢れてエボルが語る。それが信じられなかった。
「さて、世にも名高い世界樹よ。大いなる命を芽吹かせておくれ」
マティサから預かっていた世界樹の枝を地面に突き刺し、時空間魔法【スキップ】を発動する。
「くっ……!」
ガクッと膝を折るエボルの額には瞬時に大粒の汗が浮かび、世界樹は光を放ちながら徐々に大きくなっていく。
「これほどとはね……!!」
【スキップ】は【アクセラレーション】と似ているとエボルは思っていた。自分や周囲のスピードを上げる身体強化と物の時間を一瞬加速させる魔法。使いどころが難しく、使用できるようになっても滅多に使うことがなかった。
マティサは【エボリューション】と似ている強力な魔法だと言っていた。物体を一瞬で腐らせることもできる魔法だと。覚えたての頃、葉っぱ一枚に使用してすぐに枯れさせることが出来たが、生物に使うのは難しい上に自分には使用できない魔法だったのでそれから使ってこなかった。
ただ、成長という点においては有効だと考えたのだが……。
「考えが甘かった」
あるいは相手が悪かった。長命種であるエルフがその命尽きても守ると伝えられるほどの存在。葉っぱ一枚からでも膨大な魔力を放ち、触媒としての価値は計り知れないとされる世界樹の成長は人間の寿命で観察するのは時間が足りなさ過ぎる。
それを町の盾となるレベルまで成長させようなどすれば数百年は最低でもかかる。それを一気に早めようとしているので当然だがエボルの魔力が尽きる方が遥かに速かった。
『——進化を開始します』
そして、魔法が発動される。
『――魔法保持者エボルの急激な魔力の消耗を確認。生命の危険レベルと判定。即刻魔力使用の中止を求めます』
「ダメだ!! この魔法は解かない絶対にだ!!」
『――魔法保持者エボルによる拒絶を確認。再度魔力使用の中止を求めます』
「ふざけるなっ!! お前は僕の魔法だ! だったら、僕の言うことを聞け!!」
エボル以外にはこの声は聞こえていない。
だからミルフィーとレンデルは突如叫び出したとしか認識できてない。
「僕はこの命に代えても魔法を解かないわかったら、協力しろ!!」
『――魔法保持者エボルによる拒絶を確認。原因への対処として魔力の増幅ならびに回復を開始します』
『――魔力供給源を確認。接続します』
「ぬおっ!?」
呻き声を上げて倒れるレンデルに目を見開くふたり。だが、エボルにはレンデルから伸びる魔力の糸のようなモノが見えていた。
『――接続完了。魔力供給源レンデルから魔力を搾取します』
『――魔力消耗以外の生命危険を確認。炎耐性により即座に離れれば命の危険はなしと判断。進化条件に危険の排除を追加』
『――総合判断レベルB相当。進化のリミットは十五分です。それではより高みへと至るための行動を開始してください』
「――巻き込んで悪かったね。だが、勇者だっていうなら協力してもらうよ。というか僕も解除はできないからふたりで助かるか全員死ぬかだけどね!」
「……チッ、オレにも変な声は聞こえたよ。どういうことかはわからんが、要するに魔力をお前にくれてやればいいんだろう!?」
「!! そうだね! じゃあ、これは僕と君の――魔王と勇者の最初の勝負ってことになるかな!?」
レンデルにも声が聞こえていたことには驚いたが説明する手間が省けて好都合。遠慮なく魔力を奪い続ける!
「タイムリミットは短い! 一気に行くよおおおお!」
「かかってこいやクソ魔王が! 魔王は勇者に負けるって決まってんだ! つまりはこの勝負はオレがお前に魔力を奪いつくされなければ勝ちだ!!」
勇者とは、魔王の対極である。
魔王や魔法使いが複数の魔法を使えるのに対して、勇者が使えるのはひとつだけ。その代わりに彼らは高い身体能力と膨大な魔力を持っている。
歴代勇者の中でも魔力量という点においてレンデルは飛び抜けていた。それは彼の持つ魔法によるところが大きい。
「「ハアアアアアアア!!!」」
小さな町の危機を救うべく、観客はたったひとりという中ふたりの勝負は始まり、そして――勇者の勝利を称えるように天まで届く世界樹が聳え立ち町に向かってきていたマグマは成長する世界樹に阻まれそして、飲み込まれ――最後には双方消えて地面に倒れ伏す勇者と魔王だけを残した。




