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第7話 始まりの町~騒動

「ハアアアアッ!!」

「――噂に聞いていた通り、どんな魔法なのかわかりませんね」

 サーディンから離れながら、ぶつかり合って魔獣の出現ポイントまで移動する二人は互いにまだ余裕の笑みを浮かべていた。


「あなたの魔法はどんなものなのかわからないから意外と注目されていますよ。目立つ割に情報が少ないんですから」

「いい女には秘密が付きものよ。アンタは魔法使いらしく、無駄に被害の大きいのをバカスカ撃ってくるじゃない?  防ぐこっちの身にもなりなさいよ」

「……オカマのおっさんが何を言ってるんだかっ!」


 世界でも有数の実力者として知られているネーサンだが、彼、彼女がどんな魔法を持っているのか。それを知っている者は少ない。公に知っているとされているのは故人である師匠と旧知の仲として知られている地方の領主ぐらいだといわれている。

 これはネーサンが秘密主義というよりは敵対した者がほとんどやられていることとその魔法に気付かせない実力があるからだ。


 そして、ネーサン自身は魔法について隠しているつもりは一切なく今も普通に魔法を使ってマティサとやりあっている。


「フフン!」

 こうしてマティサの雷を防御する時も。

「あらよって、ネ!」

「チッ!」

 マティサに巨大な魔力の塊を放った時も。


 では、なぜマティサは気付かないのか?

 それはネーサンの魔法がシンプル過ぎるから。


 ネーサンの魔法は【ウィンドドレス】といい風に魔力を込める魔法だ。風系統の魔法としては下級に位置する魔法でネーサン以外が使ったところでここまで強くはならないだろう。

 本来の使い方とすれば手であおいだ風を強くするなどの使い方で地面を抉ったり、肌を切り裂くような威力にはならない魔法なのだ。


「っとまあ遊びはここまで」

「そのようですね」

 二人の争いは不意に終わりを迎える。

「火山にいるってので想像はついていたけど、やっぱり火属性の魔獣みたいね」

 火口で半分マグマに浸かるような体勢でそれはいた。

 いきなり現れた二人に意識を向けつつも、理解しているような様子は見られず、襲い掛かってくる様子は今のところない。


「火鼠ですか。この程度を倒しても何の経験にはならないのでは?」

「それはアタシが決めることじゃないわ。まあ、小物だけど貰っていくわね」

「……だからさせません」

「ちょっと仮にも魔獣がいる場所で暴れる気じゃないでしょうね?」

「小物を刺激したところで意味なんてないですよ」

「じゃあ、貰ってもいいじゃない」

「いえ、あなたの思惑に乗るのも癪ですし」


『ヂヂヂヂイッ!!』


「「うるさい(ですよ)!!」」

 哀れ火鼠はデコピンで弾き飛ばされ、マグマの中に落ちていく。

 マグマに落ちてしまった火鼠を気にすることなく二人の諍いは続いていき、元がネズミなのであまり泳ぎが得意じゃない……落ちた先がマグマなので泳げるかどうかは大した問題はないのだが、じたばたともがいてなんとか顔を出すことに成功し、ヂィーヂィーと息を荒げていた。


『ヂィッ、ヂヂィ!』

 火鼠的には人の安眠を妨害しやがってと叫んでいるつもりなのだ。

 人の言葉であっても二人が聞き入れたかどうかはともかく。


【――力が欲しいか?】


『ヂ?』

 安眠妨害をした二人じゃない。それよりももっと大きな。まるで以前大型の野犬に襲われた時のような心の奥底に芽生えるような恐怖を感じさせる声だった。


【――力が欲しいか?】

 反応をしないからか問いが繰り返される。

【――力が欲しいか?】

 返事をするまで恐怖の問いかけが続くと思った火鼠は返事をしようと思ったのだがそこでふと困ってしまった。

 返答が思い浮かばなかったのだ。

 ネズミの頃だったら、力は欲しかっただろう。ただ、魔獣となって以前とは比べ物にならない力を手に入れてしまっている。そりゃあ、人間にはデコピンで負けたが体格差があるのだがしょうがない。

 例え今なら以前の野犬にだって勝てると思ってもそこはそれ。


 魔獣となって間もなく、力を蓄えている段階のネズミだからこそ迷っているのだ力が欲しいのかどうかを。


【――力をくれてやる】

 それをまどろっこしく思ったのか、謎の声は強制的に力を貸すことにしたらしい。

 背中に謎の重みがのしかかってきた。鳥にしては軽く生物であることはわかるぐらいの重みはずぷっと激痛を与えて――。


「「!!」」

 その存在には二人とも即座に気付いた。

「ウソでしょ!? あれは【竜眷属】じゃない!!」

「……なぜこんなところに!?」


 【竜眷属】これは世間ではあまり知られていない。知っているのは大国の上層部や英雄などの一部の実力者のみ。それ以外のところにはただ強い魔獣の類と説明されている。

 竜つまりはドラゴンと呼ばれる存在で真っ先に思い浮かぶのが世界一有名な魔王その名もズバリ【竜魔王 シッテルペルン】。あまりにも力を持っている魔王は自分の姿に似た眷属を持っている。それはドラゴンと呼ばれているのだが、【竜眷属】とはその眷属のさらに下に付けられている部下のようなもの。

 ここで【竜眷属】が世間に知られていないのはその姿がドラゴンに似ていないから。それなのにシッテルペルンに関係があるなんて言ってしまえば一般的な魔獣も含めて民衆に恐怖を与えてしまう。だからこそ内緒にされている。


 ちなみにこの【竜眷属】には何種類かあるのだが、今回火鼠の背中に乗ったのは寄生型。見た目は大きな蚊のような姿で、蚊のように刺すわけだが吸うのではなく流し込むのだ。


「うわぁ……寄生型が一体化する場面は何度見ても気持ちがいいもんじゃないわね」

「それは同感です」

 針の刺し口から体を生物の体内にねじ込み力を与える代わりに体と力を乗っ取る。そうして火鼠だったものはボコボコと膨らんで――弾け消えた。


「……消えた? だけど、力は残っている」

「死んだというよりは別の形に変わったということでしょう。で、どうします?」

「どうするもこうするも決まっているじゃない」

 出てこないのなら姿が見えない状態でも吹き飛ばせる攻撃をすればいい。ネーサンは辺り一面を吹き飛ばすべく魔力を練り上げていく。

 呼吸による風の魔力も合わさり、これまでにない程の力が溢れ出す。


『ジュウウウウウ!!』


「上手く釣れたようですよ?」

「……そういうつもりじゃなかったけど、まあいいわん! 吹き飛びなさい!! 《女帝の息吹き》!」

『ジュウッ!』

 巨大な暴風が山肌を抉りながら突き進んでいく中、火口から一筋の炎が飛び出してくる。


「さすがにこのまま放置しておくのは後味が悪いですし、加勢してあげます。……あれが本体かはわからないですがこれで終わりでしょう」

 構えた箒から放たれた雷撃魔法【サンダーボルト】は軽々と炎を消し飛ばすことに成功した。それはもう拍子抜けするぐらいに簡単に。……そしてこれで終わるはずもなかった。


「まだ来ますか」

 《女帝の息吹き》が火口の半分近くを削り切ったところで、再度炎が噴き出してくる。ただし、次は一本だけでなく二本、三本と数を増やしていく。

「……炎を纏っていたので肉体を強化するタイプの魔法だと思っていたのですが、オカマと同じくわかり難い魔法ですかね?」


「ボーっとしてないで止めなさい!!」

「言われずとも降りかかる火の粉は払いますよ」

 文字通りに火の粉を払っていく二人。マティサは遠距離からネーサンは高速移動をすることで次々と飛び出してくる炎を打ち払っていく。


 ここで二人は大きな誤算をしていた。

 二人ともネズミが使う魔法を炎を飛ばす類の魔法だと考えていた。だから飛んできた炎を当たるより前に撃ち落としていた。そうすればそれ以上の被害拡大を防げると予想していた。


 実際、竜眷属に寄生される前だったら飛んできたのを払うだけで問題は解決だった。ネズミが持っていた魔法【フレアラン】は加速力を上げる強化魔法で、走っていると徐々に足元が発火して最終的にはその炎をブーストに追加加速まで行う。

 つまり本当は最初の一本で決まっていたはずだった。

 元々火鼠として魔獣化したことで多少の攻撃では丈夫になったわけだが、寄生されたことで近くにあった大きな熱源と同化、マグマと一緒になったことで魔法の性質に変化生じた。


 一直線に走るという性質はそのままに、膨大なエネルギーとネズミとしての性質が合わさることで鼠算式に増殖を可能にした。

 蹴散らされた火の粉は火の仔となった。

 仔はやがて大きくなり成体となる。小さな火の粉がマグマの子供に。


『ヂィ』

『ヂヂイ!』

 むくむくと飛び散り、地面に落ちた火の粉が大きく姿を変え再び走り出す。速度は噴き出した時よりも増すが、肝心な二人の脇を置いて別々に走っていった。


「どこに向かっているんですか!?」

「しくったわ! あいつ、【フレアラン】よ!」

「加速魔法ですか……確かあれは真っすぐしか進めないんじゃなかったでしたか?」

「だからよ。だからアタシ達を通り越して、に向かっているのよ!」

 

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