第6話 始まりの町~衝突
「ウフッ、久しぶりね。アタシとしては二度と会いたくもない顔だったんだけど……アンタだけなら別に問題なかったみたいね」
「――私としても面倒な人には会いたくないものです。それにしても噂は聞こえていましたが、あの時のお漏らしさんが随分と様変わりしたものです」
「……フフッ、ハハハハ! あの前からずぅっとこうだったのよ! だけど、暫くは散々言われたわ。元から知っていた奴らもアタシをタマ無しだって!」
そう言ってきた人間は例外なく叩き潰され、何人かは彼女とは別の意味でタマ無しにされ同類へと変わっていったというのも数々の武勇伝のひとつとして聞こえていた。
「災難なことでしたね」
「ええ、本当に。災難だったわ」
前者は無関係な犠牲者たちを憐れみ、後者は昔日の己を慰める。
ただ、二人に共通しているのは元凶が目の前にいるということ。
「知りたくもないけど、立場的に聞いておかなくちゃ拙いから聞いておくわね? アンタの主――魔王『 』はどこにいるの?」
「……ふふっ、英雄よ。あの御方のことを貴様程度が知る必要はない。ですから、メイドとして掃除をしましょう」
「必要ないわ。魔王がいないのなら問題はない。アタシがアンタを掃除してあげるわ。ほら、アタシってメイド服も似合いそうじゃない?」
「――虫唾が走るわ。オカマ風情が!」
「お姉さんと呼びなさい!」
魔王の侍従マティサと英雄の漢女ネーサンとの戦いは両者の怒りで回線の火蓋が切られることとなった。
(エボル様と別行動をしていて正解でした。はぁ、なぜこんな面倒なことになってしまったのか)
神聖な衣装を汚されたことで怒っているマティサだが、怒りなど彼女の心情からすれば一割にも満たずそれよりも面倒という感情の方が強い。僅かな感情をこの状況に割きつつ、大半はエボルを待たせることへの憂慮が占めていた。
時刻はマティサとネーサンが一触即発になるより数時間前。
サーディンに到着したばかりの一行は英雄が滞在していることなど知らずに町での行動を話し合っていた。
「私は知り合いのオークションハウスに行ってオーナーと話してきますので、エボル様はその間少々お待ちください」
「一緒に行かなくて大丈夫?」
「ここは大きい町ですのでそこまで治安は悪くないですが、オークションハウスは裏の顔みたいなところがありますからね。そのような場所にエボル様をお連れするわけにはいきません」
エボルの魔法が万が一発動した時のためにエボルの姿はできるだけ晒さない方がいい。なので別行動はよくあることだった。
ただ、滞在予定のない町で別行動をとるのは珍しいので声をかけただけ。
「では出品の手配が整いましたら取りに戻ります」
「わかった。ミルフィーとこの辺りで待ってるよ」
「はい。できるだけ早く戻ってまいりますが、少々お傍を離れます。ミルフィーは戻ってくるまでも鍛錬を続けるように。いいですね?」
「は、はいっ! いってらっしゃいませ!」
これからも旅に同行するならミルフィーにも最低限身を守る術を身に着けてもらう必要があると考え、エボルが宿っている間は軽めの元に戻ってからは地獄のような鍛錬を課していた。
特にまたエボルを宿す可能性があるので防御は徹底して。
意外だったのはミルフィーの根性で何が彼女をそこまで駆り立てるのかは不明だが、微々たる進歩を続けていた。
「……ミルフィー少しは休んでもいいよ。ちょっとずつはよくなってきてるんだし」
エボルからの優しもミルフィーはキッパリと断り、地獄を進む。
もはやここまで来るとどんな理由があるのかと怖くて聞けないと思ってしまう。
(母は強し! 一回お母さんになったんだからどんと来いです!)
そしてミルフィーはやっぱりどこかズレて勘違いしている天然だった。
そうして無事にオークションの段取りを整えたマティサは因縁と再会した。
「……はぁ。面倒だわ。こっちは仕事で来てるだけなのに」
「……それはきっとここに住んでいる人の総意でしょうね」
周囲をちらりと見渡すとふたりの争いの影響で荒れた街並みが視界に入る。
「いい加減に諦めてどこかに行きませんか?」
「……正直、それもアリなのよねぇ」
「仮にも英雄と呼ばれる立場の人間がいきなり街中で武器を抜くのはどうかと思いますよ」
「魔王の部下に言われたくないわね」
「……偏見ですね。これだから知識のない人間は嫌なんです。魔王のことを誤解している」
「別に誤解してないわよ。本来の意味も知ってるいるわ。ただ、魔王にあったことのある立場から言わせてもらえば魔王なんていない方がいい存在ってことは譲れないわけ」
「――とまあ、言っておいてなんだけどこれ以上じゃれあっている時間はなさそうねえ」
「……あ~目的はあれですか」
「さすがに気付くわよね」
「魔獣ですね。ただ、なりかけの雑魚ですが……あんなものを退治するためにあなたがわざわざ?」
すべての生物は魔力を持っているが、人間以外で微細なコントロールが出来ないことがあり、魔力が暴走した生物は化け物のような存在、物語の魔王に近いとして魔獣と呼ばれていて大概は危険なため腕に覚えるのある人間によって駆除される。
「アレを退治するのはついでよ。アタシは先生役だから」
「――まさか勇者でも連れてきましたか?」
「そうよ。まだまだひよっこ未満の卵だけどね」
「勇者がいるならこちらが見逃せなくなりましたね」
「……ほんっとに面倒だわ」
「私を留めるためにわざわざ情報を出したのでしょう?
「あらん? そんな風に聞こえたかしら? アタシとしてはただ邪魔されたくなかったから言っただけなんだけど?」
「では私は勇者の出番でも潰しておきますか」
「邪魔させて貰うわね。さあ! ドレスアップの時間よ♪」
「ん~?」
「ミルフィーどうかした?」
「……いえ、山の方が少し気になる感じがして」
「あ~それは……」
「お姉さん気付いたってことは結構強い?」
「「……?」」
「あれ? でもそっちのも気付いてたってことはふたりともそれなりに強い? 名前は知らないからどっかの門弟とか駆け出しの冒険者とか?」
「……誰?」
「ああ、ごめん。強そうな人は見かけたら出来るだけ情報を入れておけって言われてるから。つい」
「質問に答えてないな。こっちは何者かと聞いているんだけど?」
「そうだったね。オレはレンデル。勇者レンデルだ!」
「勇者?」
「そうさ。世の中の悪を倒す選ばれし者。それこそがオレだ!」
「へぇ~そうなんだ。世界のどこかにはいるっていうのは聞いたことがあったけど、こうして会うのは初めてだ」
「ね、ねえエボル君。勇者って何?」
「ん-なんていうのかな。僕も聞いたことがあるってぐらいで実際に何をしているとかは知らないんだよね」
「知らないのも無理はない。オレはまだ大した活躍はしちゃいないからな!」
「……まあ、英雄と呼ばれる者がいる。彼らは強者だ。そして、人々のために貢献している。勇者は英雄の中から生まれる突然変異みたいなものかな?」
強いだけでいいのなら勇者などと呼ぶ必要はない。強いだけなら英雄で十分。
だが、強さだけでない何かを持っているそれが勇者。
(――ミルフィーを不安にさせないように言わないでおくけど、マティサが言うには魔王と対極に存在して、魔王の敵になる可能性が高いんだったよな)
目の前の男が本物の勇者なのかそれはわからない。
頭の弱そうな見た目をしているのでカッコイイという理由で自称している可能性もある。ただ、引きつけられる何かを感じるのも確かで関わらずにやり過ごすのが得策かどうか判断に困ってしまう。
「ところで勇者さんが気にすることがあの山にあるんですか?」
「あるさ! まあ、オレの知り合いの用事があるってぐらいだけどな」
「でもあそこって確か火山でしたよね? 危なくないですか?」
「はっはっは! あいつには火山程度どうってことないさ。それに火山は何もしなければこちらには何もできないだろう? 所詮は山。動かないなら山も石ころも同じだ」
「その理屈はよくわからないけど、あそこにはおそらく魔獣がいるんじゃないかな?」
「正解! それをオレの連れが捕まえに行くって話」
「捕まえる? なんでわざわざ」
「オレに経験を積ませたいんだと。そんなことしなくてもオレは勇者だからそのうち最強になるのにな!」
……ああ、だめだ。
正直、関わるんじゃなかったと思った瞬間だった。
こいつは勇者と名乗るには馬鹿すぎる。




