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第5話 始まりの町

「――魔王? 珍しいことを聞くわね。というかアンタからそんな話を振られるとは思ってもみなかったわ。だって、アンタ魔王とか興味ないでしょ?」

「別に興味がないわけじゃない」

「そう? てっきりいつもみたいにお姉ちゃんと比べられるからって嫌いなんだと思ってたわ」

「……」

「図星ではあるわけね。まあいいわ。で、何が聞きたいの?」

「あんたは魔王と戦って生きてる数少ない人間だって聞いたんだ。だから知りたい。魔王とはどんな存在なのかを――」



「あっ、動きましたよ!?」

「……だからそういうものではないと何度も入っているでしょう?」

「でも今度は本当なんですって!」

「あら? 本当のようですね」

 何度説明してもお腹で動いたと主張するのでうんざりし始めていたが、どうやら今回は本当らしい。

 自分の時との違いを不思議に思いつつ目覚める主のために準備を始める。


「三ヶ月ですか……随分早いですね。あとふた月はかかると思っていましたが」

「以前はどうだったんですか?」

「まちまちです。私の時は最短で半年、最長では二年近くでした」

「そんなに!?」

 成長を促すというよりも生物としてのあり方を変化させる魔法なので発動までに時間がかかるのが【エボリューション】の特徴だった。


「マティサさんって三回も出産したんですか!?」

「……その話はおいおいしましょう。ほら、出て来られますよ」

「えぇ~~! まだ心の準備が……じゃなくてひっひっふー、ひっひっふー!!」

 慌ててラマーズ法を始めるミルフィーに早いし必要ないと思いながらも面倒なので流すことにした。


「うひゃああああ!!」

『……悲鳴は違うんじゃない?』

「あっ、え? エボル君?」

「――おはようございます。エボル様」

『おはようマティサ。それとミルフィーも。いきなり変なことを押し付けてごめんね? マティサは優しくしてくれた?』

「……エボル様、私はいつでも優しいですよ?」

 いきなり不当な扱いをされたことに文句を言うマティサだが、主以外には基本的に辛辣なマティサを知っているエボルは軽くスルーした。それに対して無言の圧力が増してミルフィーがあたふたするという構図が出来上がっていた。


『ミルフィー早速で悪いけどお願いできるかな?』

 直後ミルフィーの背後へと回り込んだマティサによって服をずり下げられ、彼女の種族特有の大きなおっぱいがポロリと剥き出しになる。

「さあどうぞお召し上がりください」

 ミルフィーへのフォローをしたいところだったが、生まれたてのエボルでは空腹に勝つのは困難だった。上からの「はわわわ」という声は無視して吸い付くと口の中にミルクへと変換された魔力が流れ込んでくる。


「ごくっ、ごくっ……ぷっはぁ!!」

 ふぅ~生き返った。エボルの口から声が漏れる。ちなみにエボルが飲み始めた瞬間マティサは素早くエボルを支え、飲み終わったらゲップをさせるという早業を成し遂げていた。……ただし、飲み終わった瞬間に崩れ落ちたミルフィーは放置だ。


「ミルフィーごめんね。恥ずかしい思いをさせてしまって」

 赤ん坊から幼児ほどの大きさに成長し(もどっ)たエボルが羞恥でうな垂れるミルフィーへと声をかけるのだが、恋愛経験もないミルフィーがいきなり授乳体験をすることになって立ち直るには時間が足りなかった。


「まったく。ちゃんと説明しておいたはずですよ? エボル様が復活した後にはあなたにミルクをあげてもらうと。そんな状態であと数回も耐えられますか?」

「まだやるんですか!?」

「当たり前です。まだエボル様は元の姿に戻られていないでしょう?」

「……色々ごめん。僕の魔法はこういう面倒な仕様なんだ」

 今まではそれこそ生まれた時から付き合いのあるマティサだったので、問題はなかったが……まさか今回別の人物になるとは。

 これにはエボルとマティサも今後のことを考える必要性を感じていた。もしも【エボリューション】が発動するタイミングで近くにいる人物に協力を仰ぐ必要がある場合、敵にエボルが宿る場合も考えたら頭が痛い。

 ただでさえエボルの魔法は知る人間を無闇矢鱈に増やしたくない希少な魔法だというのに。


「エボル様、お戻りになって早々ではありますがあまり長居するわけにもいきませんので残りは移動しながらでもよろしいでしょうか?」

「もちろんだよ。元々僕が待たせたわけだしね。話は移動しながらゆっくり聞くさ」

 【エボリューション】によって赤ん坊の姿になったエボルは数回の授乳によって徐々に魔法発動前の姿へと戻っていく。当然だがその成長速度は普通の子供の何倍も早く人の多い場所でエボルの復活を待つのは得策ではない。

 宿屋の部屋にこもっていても万が一姿を見られたらややこしくなる。だから復活するまでは宿に泊まるにしても一日だけ。それもエボルが戻っても誤魔化せるように大きな荷物を抱えてカモフラージュし、翌日には泊まった場所から離れていた。


 ミルルの森で目的が達成できなかった以上、次の目的地に行きたいところだが、あいにくとエボルはいなくなっていた。もしも急に魔法が発動した時のため事前に次の候補地は決めているものの最終決定権は主であるエボルにある。

 特に今回はミルフィーに宿ってしまうという予定外と予想外が重なったこともあり最終確認をする暇もなかった。かといって目的地に行ってからエボルの復活を待つわけにいかない。そんな理由もあってあくまでその付近に移動するということしかできなかった。


 結果的にはそれによって目的地の変更を余儀なくされていた。


「エボル様、申し訳ありませんが目的地に行く前に一度大きな町に行きたいと思います」

「……どうかした?」

「……お恥ずかしい話ですが、少々路銀が不足しまして」

 二人旅をしている時は冒険者として活動して必要な資金を調達してきた。エボルがいない時もマティサが個人で活動し、復活の兆しがあれば人目のつかないところに。今回は不安要素があったのでそういったことが出来ず、結果として資金が尽きてしまった。


「そういうことか。わかった。そこで冒険者として活動を?」

「……いえ、今回行く場所では別の手段を用いたいと思います」

「す、すいません。私がまだ冒険者として活動するには無理があるみたいで」

 エボルが不在の間、ミルフィーはマティサに子育ての作法と一緒に修行もつけていた。しかし、一から鍛えるには三か月は短すぎてまだ力不足と言わざるを得ない。


「謝らなくていいよ。僕も迷惑かけたし、これから強くなっていこう。で、そこで何をするの?」

「はい。多少勿体ないですけど枝を売ろうと思います」

「ほ、本当に売っちゃうんですか!?」

 ミルフィーはこの話をマティサから聞いた時から大丈夫なのかと心配だったし、何だったら自分をからかう冗談だと今の今まで信じていた。

 売却予定の品は『世界樹』の枝。名前からして伝説級の代物で、一部のエルフの部族がそれこそ神のように扱っているという。それを折れた枝とはいえそこら辺で適当に売るというわけにはいかないはずだし、それを売ってお金を稼ぐとなると当然出所を探られるのは目に見えた話だった。

 下手をしなくても過激派のエルフにバレたら命を狙われる危険性がある。ミルフィーがもし知らずに手に入れたら間違いなくそっと元あった場所に返すだろう。


 だが、エボルにしてみればそんなものもあったな程度の感覚でしかない。

「あれかぁ。売るならオークションにでも出さないといけないっていうやつだったよね?」

「ですので近辺で大規模なオークションが開催される町に向かっています」

「ここがどこかわからないけどミルルの森近くにそんな町あったっけ?」

「正確には町ではなくオークション会場があればいいのです。ですから大陸移動型オークションを利用します」

「キャラバンか!」

 次の目的地はキャラバンの滞在先サーディンとなった。

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