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第4話 ミルルの森~進化

『——魔法保持者エボルが致命傷を負ったことを確認。外因性と認めます。要因への対処を開始します。要因は炎系統魔法による外傷及び重度の火傷と判断。速やかに治療を行います』

『——敵対魔法使用者に殺意を認定。敵対魔法使用者の排除を進化条件に追加します』

『——総合判断レベルE相当。進化のリミットは三分です。それではより高みへと至るための行動を開始してください』


「エボッ―—」

 伸ばされた手が纏わりつく炎に触れないように即座に駆け出した。

 火達磨になって向かってくるエボルに驚く頭目は身体が固まっている。元々移動速度で圧倒的に勝っているエボルを止める手段など持ち合わせていなかった。

 エボルが動ける理由がわからない頭目は恐怖を払うように魔法を連発するも今度は一切の回避行動を取らなかったことにより一層驚くのだった。


「なんなんだっ!? この化け物は!!」

 それは悲鳴に近い声だった。

 一度目は全身を炎に包まれ倒れた。

 二度目はそれまで避けていたのが嘘だと言わんばかりに避ける素振りも見せずに炎を受け入れたが、動きは一切止まらなかった。

 むしろ周りの炎が増えたことで火が付いたかのように勢いを増して向かってくるではないか。


「残念だけど、今の僕にもう君の魔法は通じないよ」

 絶望を証明するかのようにエボルは容易く懐に潜り込み、炎を返さんとばかりに拳を振りぬいた。

「ガハッ!」

「拳を受けたところはどう? まるでそこで炎が爆ぜたような感じ?」

「な、何故だ!? 何故、炎の中を……」

「説明してもわからない。説明しても意味がない。なぜなら君はもう死ぬから。だけどしょうがない。星の歴史のように進化の過程で淘汰されて消えてくれ」


 説明をするではなく、淡々と事実だけを述べる口振りで語るエボルの瞳には目の前の人間を過去として認識しているように関心のなさが見て取れた。

 眼差しを向けられた頭目はただゾッとし、抗えぬ流れに飲み込まれるようなそんな感覚に陥るのだった。


「じゃあ、時間もないし終わりにするよ。進化の終焉(ラスト・エンド)

 【ゲート】によって時間ごと跳躍していた攻撃が最速の拳によって炸裂する。逃げる気力もない男に逃げようのない速度で打ち込まれた絶命の一撃は外れることなく一つの命を終わらせた。


『——最終進化条件の満了を確認。これより発動の準備に入ります』


『——魔法使用対象者エボルの状態を確認。問題なし』


『——進化を開始します』


「始まった。さて、それじゃあ、マティサに後を頼まないと――」

 そう思っていたのだが、事態はエボルの予想だにしない方向へと流れていく。


『――母体認証。マティサ……除外』

(えっ!?)

『――適合母体確認中、確認。ミルフィーを新たな母体と認定。進化します』


 まずいと思った時には遅かった。エボルの焦りを察知したマティサが動くより早くエボルの身体は光の粒子となってミルフィーの下に流れ始めた。

「エボル様ッ!?」

強引に間に割り込むも、エボルだった粒子はマティサをすり抜けミルフィーの体内へ吸い込まれていく。

後には悔しそうなマティサと理解できず呆然とするミルフィーが残されていた。



「え、ええっと……マティサさん、これは? エボル君は一体どこに?」

「…………」

「ま、マティサさん?」

「……失礼。どこから話すものか考えておりました」

 マティサはとても悔しそうな顔をしながらも困惑するミルフィーに事情を説明し始める。エボルの特殊な体質——いや、魔法について。


「エボル様の固有魔法は【エボリューション】。とても希少な魔法で、私もエボル様以外の使い手を知らない。正に固有魔法と呼ぶべき魔法です」

「……固有魔法。き、聞いたことがあります。限られたごく一部の人だけが使える選ばれた魔法。魔王になり得る魔法だって!」

 この反応にマティサは本当に驚いたような表情を浮かべた。


「……珍しいですね。魔王の存在を知る者も最近では少なくなってきているというのに。伝承の一部とはいえ、ご存知とは思いませんでした」

「いや~私の部族というか集落はお年寄りが多くて……」

 照れるように笑うミルフィーの様子を見て、人の良いミルフィーは断り切れずに年寄りの長話に付き合っていたのだろうと推測する。この年寄りの話の大半は若い世代にとっては物語のような話に変わっていて特に幼子が好むことが多い。ミルフィーが照れた理由は子供っぽいと思われるかなという感覚だった。


「そうです。エボル様はいずれは魔王へと至る御方。私はそれを見届けるため、エボル様の御父上に頼まれてお仕えしております」

「……魔王。物語……聞いた話では魔法使いの頂点みたいな感じだったと思いますけど、最近ではちょっと悪者が多くなってますよね」

「私は絵物語はあまり見ないのですが……そうですねそういう風に描かれることもあるようです」

 だがと興奮した様子のマティサは熱の入った様子でいかにエボルが優れているかを語り聞かせた。目の前のミルフィーに向けてというよりはまだエボルの存在を知らない世界に語り掛けるようだった。


「魔王様とは固有魔法を極め、超越した存在が呼ばれる呼称です。私も全員知っているわけではありませんが、現存している中だと竜魔王シッテルペルンが最古の魔王とされていますね」

「シッテルペルン!? あの、いろんな絵本で勇者を育てたり魔王になる前の試練になっているドラゴンですか!?」

「そうです。【全知】と呼ばれる魔法を使え、この世界のすべてを知る存在と言われています。魔王の多くは存在ゆえにほぼ不死身に近い性質を持っているので伝え聞く内容がどこまで正しいのかは会ってみないとわからないでしょうが……」


「ほへ~凄いですね! えっとそれでエボル君は?」

 伝説の存在がいることも驚いたが自分よりも幼いエボルがそんな存在に近いと言われてただただ呆気にとられてしまう。

「そうでした。エボル様の【エボリューション】は失敗を乗り越え成長を促す魔法というのが私なりの解釈です」

「失敗、ですか?」

 そう言われて思い浮かぶのはエボルが炎に包まれた光景だった。


「ただの失敗ではなく、命に関わる失敗ですね。先程のようにこうだったら対処できるような状況をやり直すんです。先程の場合は炎でダメージを負わなくなるという魔法ですか」

「じゃあ、エボル君は無敵ってことですか!?」

 負けそうになってもやり直すことが出来るそんな状態が続くのなら無敵と言えるはずだ。


「残念ながらそう都合良くはいきません。エボル様が言うには危機的状況に応じてそれに対処するための制限があるそうです。時間だったり、倒し方だったり……」


「そして最大の条件は今のミルフィーさんの状況です」

「私ですか!?」

「そうです。今現在エボル様はミルフィー様の体内で誕生の瞬間を待っています」

「……えっ!? そ、そそそそそれって!?」

 ミルフィーは何を言われたのかわからず、マティサの指先を追って行った先、自分のお腹を見つめてようやく思い至り湯気が出るほどに真っ赤になってしまう。


 ——ミルフィーがエボルを妊娠してるという事実に。


「わ、わた、わたしがにんしん!? そ、そんなまだキスもしてないのに早いですよエボル君!?」

「——落ち着いてください。エボル様が妊娠させたわけでは……ないとも言い切れませんが落ち着いてください」

「どっちなんですか!?」

「いいですか? あなたは妊娠していません。ただ、お腹に子供(エボル様)がいるだけです」


「それを妊娠しているっていうと思うんですけども!?」


 喚くミルフィーに対し、マティサは冷静に「していません」と繰り返し念押しをする。それはもうそんなことは認めないとばかりに。


「正確な所要時間は不明ですが、いずれエボル様はその姿を現します。先程よりも強くなって」

「それが【エボリューション】の魔法」

「そうです。本来ならば、私が担当するのですが、魔法が選んだのはあなたでした。申し訳ありませんが協力をお願いします」

「そ、それはもちろんです! 助けていただいた恩も返したいですから!!」


「ありがとうございます。だったら、もう一つの条件もきっと快く承諾してくださると信じています」

「——へっ?」

 マティサが告げたもう一つの条件。その恥ずかし過ぎる条件にミルフィーは再び叫び声を上げることになるのだった。

 

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