第3話 ミルルの森~対決
「……ミルフィーはちゃんと逃げられたかな?」
「ご心配なく。捕まっていた他の人も素直に従ってくれたようです」
「そっか。……じゃあ、あとは課題をこなすだけかな?」
「——ってーな。一体何が起きたんだ?」
「やあ、君が今回の課題だね」
「……あんだぁ? ガキと……メイド?」
「マティサはいつだって僕に試練を与える。優しく見えてこういうところはスパルタなんだ」
「これもエボル様の成長のためです」
「一応聞いておくけど、あの中で一番強いあなたが人攫いのボスって認識でいいのかな? それとも他に黒幕がいたりする?」
「チッ、ごちゃごちゃとわけわかんねえことを! だが、俺様はひとつわかったぜ。お前らが商売の邪魔をしたってことと俺様を怒らせたってことがな!!」
「それじゃあ、ふたつもわかった賢い盗っ人にご褒美をあげなくちゃ!」
「はっ、気前のいいガはっ!?」
「どう? いきなり脳を揺さぶられた感想は?」
「……何をしやがった?」
「おや、結構頑丈だね」
「何をしたかって聞いてんだ!!」
男は怒ると手の中に炎を生み出す。その炎は徐々に小さな球状に変わり、やがては手のひらサイズになって宙に浮かび上がっていく。
「……炎系統か」
「消え失せろ! 【ファイアボール】!!」
出現させた複数の火の玉はそれだけで攻撃力を持つが、男の声に呼応するかのように巨大な火球へと成長し、そのまま襲い掛かるとエボルを飲み込むのだった。
「へっ、生意気なガキが。……で、俺様は主を失ったメイドさんを慰めればいいのか? それともお前が新しい主として俺様にご奉仕をしてくれるのか?」
「そんな必要はないよ」
「あン!?」
「……はぁ。あの程度の魔法で倒しきれると思われるなんてやっぱり子供って不便だよね」
「てめぇ、どうやって……!」
「悔しがらなくてもいいよ。想像力の足りない奴は言っても理解できないから。曹宇いう奴らは決まって信じたいものしか信じないんだからね」
「ハッ、たまたまよけられたガキが生意気を言ってくれる。だったらよけきれない量をお見舞いするだけだ!!」
「——先程とは違い、今度はそのまま撃ちますか。意外と器用ですね」
頭目に関する評価を少し上向きに修正しておく必要があるとマティサは考えていた。魔法は一度使い方を決めると変更するのが意外と難しく、何パターンもの使い分けができる者は少ない。
霧の濃い場所で迷わずに取引を続け、なおかつそれを悟らせない手腕と言いそれなりに優秀なのだろう。
「ただ、この程度ではエボル様の脅威にはなり得ませんが」
降りかかる火の粉を払い除けた腕に感じたダメージは大したことはない。
【ファイアボール】という魔法は小さな火球を大きくまとめることで殺傷力を上げた攻撃向きの魔法だと推測できる。つまり最初の攻撃が全力かはともかく当たらないからと数を増やすのでは本来の使い方としてはいただけない。
「質より量と豪語するからにはせめて先程のものと同程度で数を増やしてもらわないと修業になりませんね」
結局そんな辛辣な評価を下すのだった。
「どうだ!?」
「いや、数は多くても威力が大したことないから逆に避けやすかったよ」
もちろん。対峙しているエボルも容易に避けて見せる。
「僕が子供だから威力が弱くても倒しきれる……そんな風に考えたのかもしれないけど、当たらなければねえ?」
「ぬぐぐ、こんのガキャ~!」
「さて、さっきので限界かな? だったら、ちょっとサービスをしてあげるから頑張ってね?」
エボルが手をかざすと黒い枠のようなものが現れた。
「なんだそれは?」
「僕の魔法だよ。君がわざわざ見せてくれたからこっちもサービスっていうか種明かし? それじゃあいくよ?」
「ッ!? ガッ、クソッ!」
「どう? わかった? これが僕の魔法【ゲート】」
「ウ、ウウッ、なんっなんだ? いきなり腹に痛みが……」
「僕に注目してたから自分の守りが疎かになってたね。油断してるところに入るとダメージは大きくなるから。今度はもう少しわかりやすくしてあげる」
翳した手を体の横にスライドさせ、枠に向かって振りかぶるすると今度は後頭部に痛みが走る。
「なななんっ、手、手がっ!?」
後ろからいきなり攻撃を食らったのだ慌てて頭を押さえながら振り返るとそこには子供の手が生えていた。
「そ、そういうことか!?」
種明かしをされてからさもトリックを解いたかのように起き上がった男は先程までの弱者を甚振る余裕は消えていた。
「お前の魔法は移動させることができるんだな?」
「そうだよ。言ったでしょ? 【ゲート】だって。僕はふたつの空間を繋げる時空間系統魔法を使える。最初の魔法の時は当たる直前に移動して炎が小さくなった頃合いを見計らってから戻ったってわけ。簡単だったよ。当たったと思い込んで確認もせずにマティサに話しかけてるんだから」
「だ、だが、さっきの【ファイアボール】の時は動き回って避けてたじゃねえか!」
「手の内を明かす必要性を確かめてたからだよ。それにあの時は数が多くて動かす方に気を取られてたみたいだからさっきみたいに小さく発動するだけで十分だったし」
当たりそうなものだけを移動させて避ける動きをしていれば頭目は勝手にエボルが避けたと勘違いをする。最小限の動きで避けられるのなら無駄に魔力を消費する必要性はエボルにはなかった。
「ちなみにネタ晴らしをしたのはこのままだと修業にならないからだよ。マティサはああ見えて厳しいんだ。手緩いと地獄だからね。君に少し有利になるようにさせてもらったよ」
「——エボル様、ご自身で追い込んだ分は勘定に含みませんよ?」
「ええっ!? あちゃ~だったら、余計な事しなければよかった」
「舐めやがって、俺様を誰だと思ってんだ!」
「いや、知らないよ。名乗ってもないだろ? 興味もないけど」
「クソッ、当たらねえなら森を燃やしてやらぁあああ!!」
頭目が燃え始めたのかと思ったが、全身から火を放っているようだ。言葉通り怒りに身を任せて森ごとエボルたちを燃やし尽くそうとしているのだろう。
「さすがにそれは見過ごせません」
火事になればエボルの修業どころではないと判断したマティサは箒を構え、燃え移ろうとする火の粉をすべて撃ち落とした。
「なっ!?」
「失礼。邪魔なので消化させてもらいました」
「お前、魔法使いか!?」
「そうですよ。気付きませんでしたか? ちゃんと杖も持っていますのに」
「イヤイヤ! さっきまで持ってなかっただろ! それに出した時は箒だったじゃねえか!」
「当然です。メイドたるもの無駄に道具を見せびらかすものではありません。そしてこれは箒型の杖です」
よく見たら先程火の粉を撃ち落としたのは箒の穂。今はそれがなくなり金属の柄と穂に隠されていた魔石が剥き出しになっている。マティサによると穂はミスリルを使用していて魔法をよく通すのだとか。
頭目としては話を聞いてない上に実力も未知数のヤバイ奴に絡まれたとしか思えない状況だ。
そもそも、魔法使いとは魔法を《《ふたつ》》以上使える存在を指す。言ってしまえば普通じゃない存在。
普通とは根本的に違う別の生物なのだ。
それが変な子供に仕えていて、子供は子供で妙に強い。
悪夢と呼ぶ方が遥かにマシな状況だった。
「マティサのこともバレちゃったか。じゃあ、これ以上引き延ばす意味もないね。さようなら」
エボルの声が妙にハッキリ頭に入ってくる。そして、世界はゆっくりと動く。走馬灯が駆け巡り自分の運命を呪う暇を与えられているかのようだった。
「フ、フハハハ」
「……? 何がおかしいの?」
「さあな? それは自分の目で確かめろ!!」
ヤケクソな行動を眺めているのだが、エボルは違和感を覚えていた。追い込まれたにしては余裕がある。いや、決死の様相ではあるんだが最後に仕返しをしてやろうという意思を感じるのだ。
「そういうことか!」
気付いた時には遅かった。頭目はエボルから見えない森の内部へと魔法を放った後だった。
「くっ……! 間に合わない!」
【ゲート】は扉だ。だからエボルは見えている場所にしか魔法で移動することができない。例え魔法を連続発動させて移動しても【ファイアボール】が目標に当たってからになってしまう。
エボルも実はマティサと同じく魔法使い。頭目との戦闘中も速度を上昇させる【アクセラレーション】を使っていた。加速した拳だから大男にもダメージを与えられていた。
速度を上げて視界に入ったところで【ゲート】を使えば間に合う。問題は加速すると急には止まれないということとふたつ同時に発動するのは今のエボルでは困難ということ。
「そんなこと知ったことじゃない!」
できないから見捨てるなんてそんなことはできないと走りだした。
「——ッ!?」
ミルフィーに迫る火の玉を体で受け止めながらエボルはマティサに怒られると場違いなことを考え、火だるまとなったのだった。
「クハ、クハハハハッ! 馬鹿め!!」
視界に捕まえなおしたミルフィーを見つけた時、こいつがどうにかして化け物を連れて来たのだと理解した。そして、こいつを始末することで意趣返しをできると喜んだものだ。
それがどうしたことか。馬鹿な奴は自分が盾になったではないか。予想以上の成果に笑いが止まらない。こんな愉快なことはない。人から奪うことはこれほどまでに痛快なのか!
『——進化を開始します』
笑う頭目にも目の前で炎に包まれるエボルを見て涙を流すミルフィーにも、そして三者の様子を眺めていたマティサにもその声は聞こえない。
ただひとりエボルにのみ聞こえる彼本来の魔法【エボリューション】が発動した。