第1話 ミルルの森
ここから改稿バージョンつまるところ新版となります。
新版はある程度話数が溜まってきたら、旧版をまとめて投稿する予定です。
なのでしおり機能を使っていると話が変わるかもしれませんがしばらくの間はご了承ください。あらすじやタイトルは後日変更する予定です。今のあらすじなどは旧版のあらすじと思っていてください。
とある平野に一軒の廃墟があった。
廃墟には屋根がなく、窓はひび割れ家具も傷み放題。数年間は放置されていたのだろう床の隙間からは生命力を主張するように草が伸びていた。
この廃墟にはおかしなことがあった。メイドだ。ひとりのメイドが椅子に腰かけていた。廃墟にメイドそれもひとりだけでいることもおかしな話だが、おかしいのはそれだけではない。
衣服や椅子、メイドの周りだけは異様なほどに綺麗な状態だった。汚れがないのはもちろんのことメイドが屋内に入って来た時の足跡すらもない。メイドを中心とした円状の空間だけがまるで新居のようになっている。
「——」
メイドがふっと笑うと、天から光が降り注ぐ。
快晴の空から祝福を独り占めするかのような光の柱が立った。
「——おはようございます。エボル様」
強烈な光が消えると椅子からメイドは消え、代わりに赤子が現れる。消えたメイドは赤子の前に跪き恭順を示していた。
「おはよう」
寝ぼけ眼の赤子は流暢に挨拶を返す。
「それでは参りましょう」
立ち上がり、赤子を抱えスカートを翻せば室内に風が吹き起こり廃墟は瞬く間にピカピカに磨き上げられたような輝きを放っていた。
廃墟はそれまでと同じようにくたびれ、しかし室内は新品同様。始まりと終わりを感じさせるような風変りをしてそれを起こした人物ふたりは姿を消していた。
真っ白な濃霧が立ち込める森の中をふたりの人影が移動していた。
「噂には聞いてたけど、凄い霧だね。全く前が見えないよ」
少年が感嘆の声を洩らせば、同行していたメイドがすぐさま解説をする。
「ここミルルの森は牛乳を溢したような濃霧がほぼ一年中立ち込めていることからミルキーフォレストとも呼ばれている場所でございます」
「こんな視界が常に広がっているなら何かを隠すには持って来いだよね」
「ええ。ここなら見つかるかもしれません」
探し物が見つかる可能性に気分が上がる中、助けを呼ぶ声が耳に届いた。
「た、たすけっ、助けて!」
ボロ布を被った少女は濃霧のせいで木々を避けることも困難な中を必死で逃げていた。少女は奴隷だった。正確には奴隷にするために攫われ、近場の町に運ばれる途中のアジトから逃げ出していた。
運よく逃げ出した少女の誤算はアジトがあった場所だ。
目隠しをされて移動していたせいで外がこれほどの濃霧だったことに気付けなかった。今も懸命に足を動かしているものの目的地はおろか追手の有無すらもわかっていなかった。
ただひたすらに逃げる少女の運命は偶然居合わせた存在によって大きく変わることとなった。
「お姉さん、大丈夫?」
「ひっ!?」
突然現れた少年に少女は心臓が止まりそうになり、メイドが少年の行動を諫める。
「エボル様、女性に突然声をかけてはいけません。女性に声をかける時は紳士的に。まずはご自分の存在を認識していただくことから始めなければ」
どこかずれた注意だが、少女は少年が現れた以上にこんなところにメイドがいることに驚いた。少女の認識ではメイドがいることはお金持ちや貴族といった存在がセットなのでふたりを自分を購入するために現れた客だと危機的状況で判断した。
「キャアアアアア!」
「うるさいですよ。静かにしてください」
メイドは彼女が何を思い、どうして悲鳴を上げたのかもわかっていた。わかった上で主の前で騒がれることを良しとしない奉仕精神で少女を昏倒させたのだった。
もちろん、事情を説明された少年はメイドを適度に叱りつけた。
「——ヒャッ!」
少女は飛び起きると、キョロキョロと見渡し誰もいないことを確認しホッと息を吐く。それから毛布が掛けられていることなどからいつの間にか気を失っていて看病されていたことを知る。
「気が付いた~?」
起き抜けに声を上げていたのだが、タイミングが良すぎる声掛けに少女はまたもやビクッと肩を震わせる。
「外にいるから落ち着いたら出てきて話をしよう。落ち着くまで待ってるから。なんだったらもうひと眠りしてもらってもいいからね?」
声音は優しいが、一刻も早く状況を確認する必要があると考えた少女は逃げ出すときに出し切った勇気を再度振り絞り動き出す。
「あっ、出て来てくれた」
霧が晴れたのかと思ったが、どうやら洞窟の中だったらしい。外に出ると気絶する前に見たふたりが火を起こして少女が来るのを待っていたようだ。
「さっきはごめんね。助けがいるみたいだったから声をかけたんだけど、いきなりでビックリさせちゃったみたいだね」
「あっ、いえ。こちらこそすいませんでしたっ!」
メイドの膝上で朗らかに話しかける少年の姿はどこか気品のような高貴さを感じ、少女は怯んでしまう。
ちなみにメイドの膝上にいるのは日が落ちて寒くなったから暖を取るという目的とともにいきなり少女を昏倒させたことに対する罰の意味合いもあったがそれを少女に教える必要はないと配慮した結果なんでもないですよ、いつも通りですよという平然とした態度を心掛けられていた。
メイドも気絶させたのが自分だと知れば警戒させるだけだと思っているし、主が主導で話す方が話しやすいということもあって無言だ。メイドの意識は膝と少年を支える手、さらには少年の匂いを感じるために割かれている。本当はこの幸福を視界に収めたいところをだらしない姿になるのを防ぐために断腸の思いで堪えている。
「改めてまして僕はエボル。メイドの名前はマティサだよ」
「わ、わたひゃ、わたしはミルフィーっていいましゅ!」
「よろしくミルフィー」
軽く自己紹介を交わし、早速本題に入る。つまりはなぜここにいたのかと助けを求めていた理由だ。
「……なるほど。人攫いから逃げて」
「ミルルの森は隠れるには最適ですから。ただアジトにするにはやや不適切な場所だと思われますが」
「そうだよね。霧が出てるから追手とかはかかり難いけど、自分たちも迷う可能性が高い。アジトの目印も残すのが難しいんだからここにアジトっていうのは難しいところがあると思う」
「ほ、本当なんです! わたしが捕まってたのはこの森の中なんです!」
「もちろん。ミルフィーの言葉を疑っているわけじゃないんだ。ただ不自然だと思ってね。むしろ信じているからこそ違和感というか……そうまでしてここにアジトを置かないといけない理由があるのか」
エボルたちのことを信じたわけではないミルフィーだが、今頼れるのは目の前のふたりだけ。ふたりに信じてもらえないと安全に森を抜け出すことすら難しいと訴えかける。
エボルとしてはミルフィーの言葉は信じていいと考えていた。
となると先程の疑問、なぜわざわざ年中濃霧に覆われているミルルの森にアジトを構えているのかという疑問に至る。
もしかしたら奴隷商はここで誰かに使役されているのではないかと。
それが自分たちの探している人物である可能性も少なからずあるのではないかと。
「とりあえずミルフィーの証言をもとに捜索をしてみよう」
ミルフィーの逃走ルートと言っても、ミルフィーは無我夢中で逃げていただけで当然のことながら道順なんて覚えていない。
それでも問題ないとエボルは言った。事実、先導するマティサには迷った様子は見られなかった。ミルフィーはビクビクしながらもマティサにしっかりついていくエボルを見失わないように時折不安そうに辺りを見渡しながらついていく。
マティサは木々の傷み具合や地面のへこみ具合から正確にマティサの足跡を辿り、ついにはミルフィーも知らなかった奴隷商のアジトに到着する。
新版は1話を分割投稿する形でお送りしております。
ある程度話がまとまったら投稿しますので気長にお待ちください。
一応ある程度は旧版をなぞる形にはなると思います。