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大魔王(予定)は乳離れできない? いいえ、必要ないのです。  作者: あなぐらグラム
旧版 大魔王(予定)は乳離れできない? いいえ、必要ないのです。
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旧第19・20話

第19話 暗躍する者たちの裏で暗躍するメイド


「貴き方々、この度は遠路はるばる当カジノへおいでくださったこと感謝の念が絶えません! ギャランティカの誇りと伝統を重んじるカジノ『パンデミック』二十一代目の支配人として心ばかりではありますが、歓迎させていただきます!」


 ギャランティカでオークションが開催されるとこの町の人間は大きく三パターンに分類される。


 まずは町の住人。

 オークションに参加する者やその護衛、オークションを見物して行こうとする観光客。さらにはオークション開催に合わせて品物を運んでくる商人たち。

 住人たちにとってはどんな身分や事情で都市にやって来ようと構わない。彼らにとっては客であり、オークションは稼ぎ時で普段よりも忙しくなる。


 次にオークションの参加者たち。

 参加するのに身分は問われない。貴族のような血筋や地位に優れた者、真逆に生まれも育ちもわからない犯罪者や浮浪者なんかもいる。

 一見共通点のない彼らに共通するのはある種のコネクションと何よりも力があることだろう。

 オークションに参加し、品物を落札する……それは言うほど簡単なことではない。それ以上に容易でないのが無事に今後生きて行くことだろうが……。


 最後が主催者。いわゆるホストである。

 このオークションで評価を上げることが出来れば彼らは次のオークションまでは安泰と言っても過言ではない。逆にオークションで評価を下げることは命の危機すら意味している。

 この主催者は都市の性質で代々カジノのオーナーが取り仕切っており、ギャランティカのカジノの評判を上げている理由にもなっている。


 しかし、オークションに携わる者たちは例外なく知っている。

 真の主催者の存在を。決して怒らせてはいけない存在がいるということを。


 代々オークションを取りまとめてきた『パンデミック』の二十一代目、ラッセルも失敗なくことを終えるようにいつもよりも三割増しの作り笑顔で客たちのご機嫌伺いをしていた。


「――さて、今回は誰がどの品を落とすかな?」


 会場が賑わってきたところで壇上に上がった男。貴族として伯爵位を賜っているこの男はなんでもないようにオークションに関する裏取引を始めた。


 オークションと言われてはいるが、本当に貴重な品を落札するのはそのほとんどが貴族だ。

 これは財力や権力があるのだから当然と言えば当然であるが、実際はこうして裏で話を合わせて競合が少なくなるよう、そして落札者が決定している商品を落札しようとする者がいた場合は排除するように行動しているためだ。

 そのため、この場には貴族の護衛としてだけではなく明らかに絢爛なカジノでは場違いな黒装束を身に纏った暗殺者風の自称護衛も多く控えている。


「伯爵、目ぼしい商品のリストになります」


 ラッセルからしてみれば彼らに気持ち良く帰ってもらった方が何かと便利なので率先して協力をする。商品の中には非合法な物も多々見受けられるが、それで彼らが捕まることはまずないだろう。


「ふむふむ。中々に素晴らしい商品が揃っているな」

「毎度のことながら、この品揃えには驚かされる……」

「見てください。これは北の大陸で絶滅したと言われる獣の毛を百パーセント使用した特注品のようですぞ!」

 会場のあちらこちらから上がる興奮した声。

 中でもある商品は格段の注目を集めていた。


「――これがあの御方の最新作か」

 そこに記載されていた品名は『プラントペット』。狂気のマッドサイエンティストにしてこのオークションの真の主催者。魔王マグドーバラの開発した新種のモンスターだった。

 奇しくもエボルたちが狙っている商品こそが今回のオークションにおける最大の目玉商品であり、貴族たちの獲物となっていた。


 プラントペットの項目を見つけた貴族たちはすぐさま目の色を変えていた。

 魔王というのは権力などにこだわる人間にとっては超絶した存在としてある種の畏敬の念を向けられている。深く関わり過ぎれば身の破滅すらも齎しかねない存在は麻薬のように一度接点を持った者たちの心を掴んで離さない――魔性ならぬ魔王の力がたしかにある。


「今回、ペットを落札して帰るのは誰にするべきか……」

 モンスターを落札するというのは最もマグドーバラに気に入られることであり、同時に最大のリスクを背負うということにもなる。

 テイマーでもない人間がモンスターそれも新種を手元に置いておくというのは万が一暴走した際、その責任をすべて自分で取らなければならなくなる。

 普段は孤島で生活していていざという時の助けを期待できない魔王のために冒すには大きすぎるリスクだ。そもそも警備として呼ばれている勇者の目を掻い潜って持ち帰るのすら至難の業だ。


「――伯爵! その役目、是非私に!!」

「貴様は以前にも落札したことがあったであろう! 次は私の番だ!」

「いいや、貴様らではこのモンスターの真価を発揮することなど出来ん! 私だ私の領地でこそこのモンスターは真価を発揮する!」


 それでも希望者は後を絶たない。

 誰しもが自分こそが相応しいと主張し、他者を蹴落とそうとする。


 今回出品されるプラントペットの特徴がどんな植物であっても栽培が可能なのだ。ならば他国で独占されている貴重な植物を自領で増やすことも、それにより他国の価値を数段下に下げることさえできる。

 またモンスターなので上手くいけば数を増やすことすら可能かもしれない。

 会場は欲望という名の熱気で膨らみ、いつ破裂するかもわからない状態になりつつあった。


「……その役目、是非一任していただきたく存じます」

 そんな中、一人の男が壇上の伯爵に近付いていった。

「……貴殿はグラッソ子爵だったかな?」

「伯爵に覚えていただけているとは。光栄にござります」

 誰あろうフォンドヴォーヌ・フォン・グラッソ、デミからすべてを奪った男だった。


「貴様の悪名は私の耳にも届いている。それだけのことだ」

「これはこれは」

 成り上がるのは貴族の常。どんな手段を取ろうとも最後に勝てばいい。悪辣であろうとも勝者こそがすべて。そんな貴族社会では急激に名を上げた者は良くも悪くも事情が伝わりやすい。


「――して、貴殿にこの品を任せろと言うことだが……」

 一旦言葉を区切り、会場を見渡すと周囲からフォンドヴォーヌに対して向けられるのは怒りの感情だった。それは成り上がり者に対する身の程を弁えろという感情であったり、以前出し抜かれたことがある者からはふざけるなという憤怒の感情である。

 そして一部からはまたここで手柄を取られることになればという焦燥も若干だが混じっていた。


「他の者たちからは異論がありそうだが?」

「……おやおやこれは伯爵ともあろう方が情けをかけるなど」

 試すような物言いにもフォンドヴォーヌは一切退くことなく、むしろ挑発するような態度で返す。

「これから踏みつけるかもしれない相手に同情が必要ですかな?」

 そして、フォンドヴォーヌは護衛に指示をして幾人かの貴族を捕縛させた。


「き、貴様っ!?」

「何をする!! 止めさせろ!!」

 会場から上がる怒号。それを聞いてもフォンドヴォーヌは顔色一つ変えない。そして、それは伯爵も同様であった。

「……彼らがどうかしたかね?」

「わかっておられるでしょう? 彼らのことはよくご存じのはずだ」

 捕まった者たちはほとんどが伯爵と個人的に懇意にしている者たちばかり。だが、全員ではない。


「彼らは最近へまをした者たち。彼らが参加していると言うだけで警戒を強めることになります」

「……それで?」

「それでも彼らはオークションへの参加を許された。失態を償うために……ですがそれは本当でしょうか?」

「何が言いたいのかね?」


「――ズバリ、彼らはオークションが終了次第始末される。違いますか?」

 これには捕まってもがいていた者たちだけでなく傍聴していた者たちからも驚愕の声が上がる。

「だとしても貴殿には関係のないことだ」

 肯定とも否定とも取れる発言に暴れていた者たちは力なく崩れ落ちる者とさらに暴れる者に分かれることになった。


「伯爵のお手を煩わせるまでもありません。私が始末しましょう」

 この言葉を合図にあらかじめ指示を受けていたフォンドヴォーヌの部下たちが一斉に武器を振り上げる。しかし、それが振るわれることはなかった。

 直前、伯爵から「――やめよ」という声が上がったためだ。

 その声は会場に対して圧倒的に小さく、騒がしい中で響くはずのない声だった。だが、その場の全員の動きを止めるだけの力があった。


「――例え、始末するにしても貴様の手を借りる必要はない」

 怒気に塗れた伯爵の顔色は黒く変色していた。

「……いいだろう。今回のペットの落札者はグラッソ子爵、貴様だ。――だが、忘れるな。……私を不快にさせる結果に終わればあの御方も黙ってはおらんぞ?」

「……御心のままに」


「――ラッセル、興が削がれた。私は一足先に退出する」

「はっ! お前たち、伯爵様のお帰りだ!」

 事態について行けず呆然としていたスタッフたちだったが、ゴキゲンの声で我を取戻し大慌てで土産物などの準備を始める。


「――グラッソ子爵よ。もしも、すべてが上手くいけば我が主から招待状が届く。心しておけ」

「……はい」

 先程までは打って変わって緊張した面持ちで去って行く伯爵を見送るフォンドヴォーヌ。彼は伯爵が去ってからもしばらくは頭を下げた姿勢のままだった。


(……クハハッ、やった。やったぞ! ついに私は栄光へと足をかけた!!)

 ただし、その内心では高笑いを浮かべている。

(それにしても伯爵が魔王の眷属という噂。真偽は怪しかったがどうやら本当だったらしい。莫大な金をかけてまでこのオークションに参加した甲斐があったというものだ!)

 会場の中で明らかに一歩リードしたことにこの時のフォンドヴォーヌは浮かれきっていた。

 だが、彼はまだ知らない。

 自分がマグドーバラとは違う魔王の関係者に喧嘩を売っているということを。



「――悪そうな顔ぶれが揃っていますね」

「お、おいっ! 本当にこんな恰好をせねばならんのか!? ひらひらしてて落ち着かんのだがっ!」

「……往生際、悪い」

 伯爵が去った余韻が冷めきらぬ中、どこから入って来たかわからない女性たちがいた。全員顔を隠していて、ドレスを身に纏っているがその特徴は見る者が見ればわかるだろう。

「あぁ……、どうしてこんなことに」

 その中の一人は天を仰いでいたが、彼女らの主もその姿を見れば天を仰いでいたかもしれない。


「誰だ、貴様ら!?」

 普段の大人しい仮面捨てて叫ぶラッセル。

 カジノのオーナーとしてある程度の実績を持つ彼は闇の世界でも名の通った人物だ。裏の顔としてマフィアのような真似だってしているのだから、これぐらいの圧は当然だろう。


「……おやおや、ウジ虫どもが湧いてきましたね」

「鬱陶しい!」

 着なれぬドレスで普段よりも我慢が利かなくなっていたソファーラは一気に集まったカジノの従業員たちを薙ぎ払う。


「おぉ~」

 人間が舞う様子にレイフォンティアは感嘆の声を上げる。

 その様子に勝利を疑っていなかったラッセル、それに集まった貴族と護衛たちはギョッとして慌てて逃げ出していく。


「逃げられると困るのですが……」

 その行く手を頬に手を当てたマティサが塞いでいく。

「ひぃっ!?」

「なんなんだ貴様ら!」

「……知る必要はありませんよ。あなた方は出すモノを出していただければ、それで十分です」

 会場全体に雷が落ち、ついで悲鳴が上がる。これにより会場にいたほとんどの人間が意識を失った。


「なっ、なななんっ……!」

 例外の一人、ラッセルは目の前の光景が信じられないとばかりに目を見開く。ギャランティカで地位が高いこともあり、従業員にはそれなりの実力者を集めていた自信はあった。それがやられたことも驚いたが、貴族に恐れもなく魔法を行使し、貴族が連れてきた表の世界でも名の通った武芸者が倒されたことに言葉を失くしてしまった。


「動かないでくださいね? あなたを残したのは証人としてです」

「しょ、証人!?」

「――はい。貴族なんてプライドの塊ですからね。起きた時には身に起きたことも忘れて図に乗る生き物です。きちんと誠意を見せていただくためには証人が必要でしょう?」

 これ以上何をするというのか、その言葉を発するほどラッセルは胆が据わっていなかった。所詮は長い物に巻かれ、虎の威を借る狐に過ぎないのだから。


「――貴様はまた別の理由だ。終われば死んでもいいぐらいの気持ちだから、軽率な真似はせんようにな」

 薙ぎ倒した敵を踏みつけ、フォンドヴォーヌを睨みつけるソファーラ。

 フォンドヴォーヌはそれに怯えつつも自分が残された理由を考えていた。


「――お前、デミか!」

 そして、その理由に思い至った。

 未だに天を仰ぐ少女、その仕草に過去の記憶が重なった。兄夫婦が生きていた頃、まだ親交があった頃の幼い姪っ子の姿と。


「どういう……ひぃっ!」

「……黙っていなさい」

 襲撃犯と知り合いである可能性が出てきたことでフォンドヴォーヌが共謀してこのようなことを起こしたのではと怒りの形相を浮かべたラッセルだったが、脅されたことで大人しくしているしかない人形であるということを思い出す。


「き、貴様、こんなことをしてどうなるかわかっているんだろうなっ!?」

 フォンドヴォーヌよりも高位な者、強い者それらが倒されたにも関わらずこれまで縋って来た貴族としての地位に縋りついている。

 それが間違いだと気付くことが出来ないのが彼の可哀想なところだろう。


「……どうなるっていうんですか?」

 そして、幼い頃に貴族としての生活と人生を奪われ、最近になって別の意味で人生の転換期を迎えたデミはその光景を憐れにさえ思っていた。

「言っておきますけど、この人たちは貴族としてのあなたに興味なんてありませんよ? 貴族を貴族として見ていない人たちですから」


「……ひどい言いぐさですね。相応しい者にはそれなりの対応をしますよ」

「当たり前」

「なぁ、もういいのではないか? 我はさっさとこの服を着替えたいのだが……?」

 一人だけやけに心細そうな声で抗議するが、それが聞き届けられることはなかった。


「ねっ?」

「……何が目的だ?」

 正直、そんなことは信じられなかった。だが、ここは信じておかなければ話が進まない。ついでに言えば、目的を聞かなければ逃げることもできない。街中でデミを簡単に組み伏せた護衛ですら今は彼の足元に転がっているのだから。


「……目的?」

「そうだ。言ってみろ。家を返せと言うのならそれなりに考えてやる。金を寄越せと言うのならば、都合をつけよう」

 破格の条件だが、そう言われてもデミは首を傾げたままだった。


「……目的なんてありませんよ?」

「なんっ、だと……?」

 これにはフォンドヴォーヌも愕然とした。

「だって、結構強引に連れて来られただけですし……」

 強いて目的を上げるのならば金だろうが、それは別にフォンドヴォーヌから巻き上げる必要はない。せっかくカジノを襲撃したのだから、ここから巻き上げれば済む話だ。


「襲撃したのはあなたへの復讐、そして金です。……だけど、別にあなたに用があったわけではありません」


「ふざけるな!!」

 これには今の立場も忘れて激昂する。

 昔から欲しいモノは常に他人が持っていた。家を継いだのは兄で、自分はあくまでスペア。だからこそ、裏で画策して手に入れるしかなかった。だというのに、それらすべてに興味がないと言われては腹が立つのも無理はない。


「――用ならありますよ」

 悪魔から救いの言葉が齎された。

「で、であろう! そうだ。私には価値がある。私は選ばれた存在なのだ!」

 もう少しで魔王とのコネクションも出来る。自分が選ばれた存在だという自信、それが彼の命を蝕む傲慢という名の病だった。


「あなたを生かしておくわけにはいきません」

 マティサはゆっくりと近付き襟元を正すかのようにそっと首下に針を刺した。

「がっ……、はっ!?」

「安心しなさい。生かしておくつもりはありませんが、殺すつもりもありません」

 ずぶずぶと埋め込まれていく針の痛みに声にならない声を上げ、あまりの激痛に意識を手放す。そうやって根元まで針を埋め込んだが、首の皮膚は刺す前後で違いが見られなかった。


「……さて、今埋め込んだのはとある魔王の謹製の呪具です。この針は体内に入り込むとまるで生き物のように宿主の脳へと移動し、そこからすべてを支配します」

 残っているのはラッセルのみ。

 だが、あえてそちらを見ずに淡々と説明を続けるマティサ。


「…………」

 ラッセルの眼にはマティサがフォンドヴォーヌを見つめているように見え、断れば同じ結末が自分に降りかかると予測させた。

 もしも、ここでの事態を黙って見過ごせばラッセルは魔王マグドーバラの叱責を受けるだろう。だからと言って何が出来るのだろうか?


 ここでマティサの言葉の真偽などラッセルにとってはどちらでもいい。

 本当に魔王と関係を持つ者ならば逆らうべきではない。仮に騙りであっても、実力に差があり過ぎてどうあっても抗えない。

 なのでラッセルは少しでも長生きできる道を選ぶ。

 これまでと同じように。



「――これであの貴族たちは私たちの傀儡になりました」

 ラッセルが見守る中、全員に針を刺し終えついでに金品をどっさりと強奪したマティサたちは悠々とカジノを後にした。


「でも、よかったのですか?」

 ただ一つ彼女には疑問が残っていた。

「……ええ。これでいいんです」

「復讐することは容易に出来ましたよ?」

 それはデミがフォンドヴォーヌへ復讐をしなかったことだ。

 マティサたちは貴族から金品を奪い、今後の生殺与奪権すら奪った。十分に復讐は果たしたと言えなくもないが、それは結局マティサが行ったこと。被害者であるデミはただそこにいただけで実質何も手を下してはいない。


「たしかに叔父を憎んでいますし、皆さんがいればどうとでも出来たでしょう」

 それこそ簡単に命を奪えたはずだ。

「だけど、それでは叔父と同類になってしまいます」

 それだけは避けたかった。自分が嫌悪すると同類と同じになることだけは……。

「……そんなのエボル様に仕える身として相応しくないと思いませんか?」

 その問い掛けに対する答えは返ってこないと思っていた。

 答えを持たないのではなく、当然だと思っているからこそ言う必要性を感じていなかった。


「――良い答えです」

 なのでマティサから声を掛けられた時、一瞬信じられなかった。

「それでこそ若に仕える者としての心構えです。さあ、帰りましょう。若をお一人でお待たせするのは配下として相応しいことではありませんよ?」

 重いはずの金品を抱えているのに、その姿はどこまでも美しく誇り高い。


「――はいっ!!」

 いつか自分もあんな風にマティサの姿が眩しく見えたのは朝焼けのせいだけではないだろう。


 マティサもまた逆光で見えない中、エボルに向けるような優しい笑みを浮かべていたのだった。




第20話 オークションは静かに


「う~ん? 妙ねぇん……」

「何がですか?」

「オークションよ。オークション!」

「……だからどうしたって言うんですか?」


 滞りなくオークションは進行しているように見えるが、サシリーヌに言わせればそれが異常なのだ。

 そもそもこのオークションは表の世界はもちろんのことだが、裏の権力者たちの注目している。だからこそ勇者であるサシリーヌが護衛という名目で見張りを引き受けている。


「いつもならオークションはもっと殺伐としているわよ?」

 オークションで賭けられるのは金だけでなく互いの面子だってあるのだ。

 国や組織の代表の面子はそのまま所属する国や組織の面子に直結する。裏での恐喝や取引は当たり前。敵対する人間への嫌がらせの為だけに値段を吊り上げる行為だって珍しくはない。

 誰がどの品を狙っているかというのは世情を知っている者たちからすれば凡その見当がつくので難しくはないということだ。


「それが何? この平穏な様子。まるで全員が何かに怯えるように大人しいじゃない? これだったら、アタシはいらなかったわよ」

 落札者の動向を監視するだけに勇者を使うのはたしかに過剰戦力と言えよう。そして、サシリーヌがいなければレンデルとしてもこの理不尽な周囲の視線に晒されることはなかったはずなので望むところだったはずである。


「……まあ一度引き受けちゃったものはしょうがないわね」

 結局、サシリーヌはどこかのバカが何かをやらかしたのだろうと凡そ正解の結論を導き出して、仕事としてではなく一人の観客としてオークションを楽しむことにした。


「せっかく気合いを入れて来たってのにねぇ」

 その言葉に彼……いや彼女の支持者からはそうだそうだの大合唱が上がるが、レンデルだけは一刻も早くこの場から消え去りたい心境で一杯だった。

 それが出来ないのならばせめて誰の記憶にも残らないで欲しいと願うばかりである。



「……うわっ、なんですかあの変態集団」

「目を合わせないことをおすすめします。下手に絡まれたくはないでしょう?」

「お、おう……。あれはダメだと我でも思うぞ? というかあれはよく入れたな」


 オークション会場ではマティサたちと同じような視線をサシリーヌたちに向ける者はいるが、皆一様にその奇抜な集団が気になりつつも直視する勇気を持つ剛の者はいなかった。

 それは結果としてレンデルの痛烈なデビューとならずに済んだということなのだが……果たしてそれがよかったのかどうかは誰にもわからない。


「いくらオークションだからってバニーガールはないでしょう」

 筋骨隆々な男たちが黒のキッツキツなボディコンに無理やり履いているので網目が広がり過ぎて意味を失くしているタイツ、さらに辛うじてバニーガールの恰好をしていることを証明するように頭頂部にはウサ耳のカチューシャが乗っている。

 まさに狂気の集団としか言い表せない彼らの存在感は見た者に恐怖を与えるには十分だった。


◇◆◇◆◇


「――さあ、お待たせいたしました。ただいまより今オークションの最大の目玉商品のご紹介をさせていただきます!」

 司会の張り切りぶりがマイクを通して会場を震えさせる。


「皆様、噂を聞き遠路はるばるやって来られた方も多いことでしょう。こちらの品物は悪名高きかの人物からの提供される最新作となっております!」

 勇者のいるような場所で大っぴらに魔王の名を出すのはさすがに憚られるが、会場の人間は誰もがその出品者のことを知っている。ただ、誰も口にしない公然の秘密として扱うのがここでマナーだ。


「それではご紹介しましょう――プラントペットです!!」

 幕が下り、姿を現したのは背中に苔のようなモノを生やした亀だった。

「皆様の重々ご承知のことと思いますが、今一度確認をさせていただきます。こちらのプラントペット、ペットと称していますが、れっきとしたモンスターでございます。ですがので、落札者の方が悪用されたりした場合、責任は落札者様ご自身でお取りいただきます。当方は一切、責任について関与いたしませんのでご了承ください。

 また、落札後ご自宅に戻るまでに亡くなったりした場合も一切の責任は負いかねますのでご了承ください。――それでは最低金額百万からスタートです!!」


「さあ、始まりましたよ。気合いを入れなさい」

「とは言うが、どうなのだ?」

 ソファーラとしては競合相手になり得る貴族をすでに潰しているのだからそう拗れることはないのではと思っていた。

「まあ、貴族は潰しましたがある程度苦しいでしょう」

 というのも暗躍していた貴族たちはデミのこともあり潰したのが、善良な者たちを脅して回るというのはさすがに。あとは高値になり過ぎないことを祈るだけだ。


「一応貴族たちからぶんどった資金もありますからさして問題もないでしょう」

 最後の目玉商品は値段を吊り上げる貴族がいてこそ高額になる。貴族たちにとっては商品よりもいくらのお金を落としたかの方が重要なのだ。そのことは他の参加者も重々承知しているので、裏の支配者と繋がっている貴族でもなければ未知のモンスターを積極的にせり落としには懸からないだろう。

 現に今は少額でのやり取りが行われているので、このまましばらくは静観の流れでも問題はない。


「一応一千万を超えたところで一度購入意思を示しますが、それまではおとなしくしておきましょう」

「う~む、退屈だのう」

「文句を言わない。若に認めていただけるチャンスですよ」

「それはわかっているが、昨日も遅かったし、暗いと眠気が……な」

「あなたって人は……」

「――あっ、そろそろ一千万超えますよ!」

「では、そろそろ」

 合図を出そうとした時だった。


「――一億!」


「おおっと一億! 一億が出ました!!」

 突如会場に響いた凛とした声。その声の主は会場の視線を一挙に集めた状態で威風堂々とプラントペットに熱い視線を向けていた。

「チッ、出遅れました!」

「おいっ、どうするのだ!?」

「とりあえず上げなさい!」

「わ、わかった!!」


「おお~スーツの女性から二億が出ました!!」


「おバカっ!! なんで倍にするんですか!?」

 ソファーラが咄嗟に出したのは倍額提示のサイン。刻んで行こうと思っていたのに、いきなり額が大きくなり過ぎた。

「仕方ないだろうっ、こんなのやったことないのだ!」

「行っている場合ですかっ! とりあえずこれを乗り切れば……!」

 しかし、世の中はそんなに甘くはない。

 無情にも相手はさらに倍額の四億を示していた。


「ギャー! もうっ、なんなんですか! あの小娘!」

 今度は最少額のアップで上げたが、なんと相手はさらに倍額を提示してきた。

「すごっ」

「感心している場合ですかっ! こ、こうなったらやれるところまで行きますよ!!」


「あーらら、また面倒なのに絡まれてるわね」

「どちらがですか?」

「見ればわかるでしょ? 絡んでるのがお姫様の方よ」

 そう言われても強い人間のことしか眼中になかったので、姫様の記憶が朧気だった。


「あの娘、スピカーニアっていう姫様はね母親譲りの美貌を持って、母親以上に強欲なのよ。女豹が女獅子を生んだってところかしら?」

「……そうですか。オレには絡んでるのがあっちの変な集団だと思ってましたがね」

 もはやプラントペットの競りに参加しているのは姫様とマティサたちだけ。あとは傍観の姿勢に入っている。そして、先程からマティサたちは姫様が提示した金額より少し多い額を。姫様はそれを受けて倍額提示をするというのを繰り返していた。

 財力に明らかな差があるにも関わらず、ちまちまと削ってくるマティサたちの方が無駄に出費をさせようとしているようにレンデルの目には映っていた。


「そういうところはまだまだね。相手の弱い所を見るのも強くなるための修業だけど、相手の強い所から目を背けるのは間違っているわ。覚えておきなさい。長所や得意なモノというのは驕りと油断が生じるわ」

「姫様は驕っていると?」

「そうとも違うけど、あれは相手の限界を見極めるのがとても上手いのよ」

 そういうところだけは母親に似ていると語る様は心底スピカーニアを毛嫌いしていることを窺わせるものだった。


「おそらくあっちの客の方はどうしてもアレが欲しいんでしょうね。だけど、姫様はそれを知って相手の限界ギリギリまでの財力を引き摺りだそうとしているの。……おそらく、アタシ同様に今回のオークションが退屈だったから最後に仕返しでもってことでしょうね」

「……そうですか」

 レンデルはもはや興味がないとばかりに視線を外したが、サシリーヌはむしろこれまで以上にマティサたちに注目していた。


(……認めたくはないけど、あの姫様の嗅覚は本物よ)

 なんらかのスキルが関係しているのだろうが、ちゃんと最後には相手が勝てるように譲るだろうと予想できる。女王の美貌のおかげでさほど恵まれていない土地にも関わらずかの国は資源は豊富だ。おそらくスピカーニアの孫の代までは問題はないと思えるほどに。

 なので、いくら珍しいとはいえ面倒事の種をわざわざ欲するとは思えない。

(ということは、あれは嫌がらせなのは間違いない。つまりは相手はそれだけの財力は有しているということになるわねん)

 

 だが、そうなると疑問が生じる。

 護衛を引き受けたからには要注意人物――レンデルと違い、身体的な実力だけでなく影響力や財力についても調べていたが、マティサたちの情報は上がってこなかった。


(それがあれだけの財力を有しているですって?)

 何かがおかしい。

 そして、そのおかしさに自分は絶対に絡まなければならない。本能がそう囁くのをもはやサシリーヌは抑えることは出来なかった。



「――それまで!! それでは最後の商品プラントペットはスーツの女性が十八億と一千五百万で落札です!!」

 結局、最終的に競り勝ったのはサシリーヌの予想通りマティサたちだった。


「……あの小娘!」

 血の涙を流しそうなほど恨めしげにスピカーニアを睨みつけるマティサ。強く結んだ唇からは僅かに血が流れ、怨嗟を通り越して殺気を放ちそうになるのを必死に抑えていた。

「金というのは本当に簡単に無くなるものだな……」

「ですね……」

 どこかこの世の真理を見たような気持ちで放心するソファーラとデミ。二人とも触れたことのないような金額が一瞬で無くなったことに呆然とするしかなかった。


「結局、頂いていたお金にまで手を出すことになるとは……! 次見える機会があれば覚悟しておきなさい!」

 いくつかの禍根と縁を残し、オークションは幕を閉じた。

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