旧第18話 オークション開幕前
「見なさい、そこら中有名人だらけよん」
カジノ都市ギャランティカで開催されるオークションは大陸中から注目を集める。
その分、当然のことながら来賓もそれに相応しい者たちで構成されており、特にオークション側が是非にと招待した者たちは有名、著名はもちろんのこと世間一般では悪名として知られる者ですら大手を振って会場に姿を現す。
オークション開催中にこの町に来た者は如何なる罪状で手配されていようとも捕まることはない。落札した物によってはしばらく監視が付いたりはするが、オークション中やオークション終了一週間以内は捕まえてはならないという不文律が存在している。
例外として、街中での犯罪行為については現行犯のみ立件可能とされているが、それ以外の場合は捕まえた側が罰せられるほどの影響力がある。
「さすがに国王や国家元首クラスだと代役が立てられているけど、その代役ですら錚々(そうそう)たる顔ぶれね。
大陸一美しい女王として名高いフィレヴィオラ女王の代わりはその愛娘スピカーニア。彼女はまだまだ成長途中だけど、いずれは母親譲りの美貌でそこら中の男たちを籠絡していく予定よ。
後ろにいるのは護衛のラインザックかしら? かつては傭兵団を率いて魔王にすら喧嘩を挑んだと言われているわ。まあ、見る目のない男らしくフィレヴィオラ女王の色香に惑わされてからは単なる忠犬に落ち着いたらしいけど……」
趣味じゃないと語るサシリーヌの周りにはかの勇者を慕って集まった一癖も二癖もある……キャラが濃すぎる集団がオークションの警備という名目で良い男を物色している。
彼らはサシリーヌに援護などいらぬことを理解しているので慕ってはいるが、仕事中に話し相手を務めることはまずない。サシリーヌと会話をすると楽しくて弾み過ぎてしまい仕事にならないからだ。
つまり、サシリーヌの話を聞いているのは普段サシリーヌと絡まぬ人間なわけだが……その人物は明らかに彼らと毛色が異なり、魅せつけるために鍛え上げられた肉体を有さない美男子だった。
その美男子は名をレンデル・リオン。レンデルはいわゆるお客さんという立場であり、サシリーヌが友人から鍛えてやってほしいと預かっている人物だった。
やる気はあるのだが、真面目過ぎる上に融通や応用の利かないタイプなので肩の力を抜き緊張を解すために話しかけているのだが……。
「姫は論外として護衛の男はたしかに実力は高いようです。ですがしばらくはまともな実践を経験していないように見えます。少なくともあなたの敵にはなり得ないでしょう」
返って来たのはどういう風に話を聞いていたらそうなるのか不明だが、彼らと一戦交えるための考察の結果だった。年頃の男として姫に見惚れるぐらいの可愛げを期待していたサシリーヌとしては肩透かしをくらった気分だ。
実際に惚れられても困るし、仕事中でなければ女性に興味を示すのだからサシリーヌとは違うのだろうが……、どうにも頼まれたから引き受けたはいいもののどういう風に育てようとしても曲がらない頑固さを持つ珍しく苦手なタイプだった。
「次は顔だけは覚えておきなさい」
この依頼が終わったら早々に送り返そうと結論付け、期待に応えるように次の有名人を紹介していく。
「オークションの責任者の一角フォンホン都市長よ」
これはさすがにレンデルも知っている人物だった。それもそのはずで、サシリーヌへの依頼はこの人物を仲介して行われていた。ただ、知っているだけで興味はないようだが。
「……その裏にいる人物はいつか紹介していただけるんですか?」
「気が向いたらねん」
「……わかりました」
教える気はなさそうだと理解すると、都市長への興味はすぐになくなった。
「そう冷たい反応ばかりされるとつまらないわね~」
サシリーヌとレンデルの姉の関係は意外と複雑だ。
表向きは友人であるし、本人たちもそう信じて疑わない。だが、名の知れた者たちがつるむと下衆の勘繰りをする者が出て来るのも事実。
今回はサシリーヌの下へ弟を派遣して弱味を探らせているのでは……そう考える者は少なくないだろう。
実力、知名度はともかくとして人脈にだけ絞るとサシリーヌの方が圧倒的に優れている。
これはジョブが関係している面が大きいが、世界各地を周り難事に挑み続ける勇者と繋がりを持ちたい人物は後を絶たないというわけで……。
重度のシスコンであり、強さを追い求めるレンデルとしては勇者の強さの一面を盗んで帰っておきたいという思惑があった。姉のため、何よりも自分自身のために。
それくらいはサシリーヌとて薄々わかっている。
基本的に豪放磊落で細かいことは気にしない性格ではあるが、誰かに迷惑をかけることは極力避ける。それが漢女の嗜みと信じて疑わない。もはやそれは信念である。
ただ、残念なことに彼……いや彼女たちが集団で行動するとそれだけで周りにある種の緊張感を抱かせる。
「あっ、あの子なんて良いんじゃない? 結構、好みよ」
「……そうかもしれませんね」
あまりにしつこいのでレンデルが乗ったわけではない。ただ、サシリーヌの強者に対する悪い癖を知っていただけだ。
二人の視線の先にいたのは一見すると平凡な顔立ちの男。この場にいるには似つかわしくなく、街中に入ればすぐにでも溶け込んで見失ってしまいそうな人物だった。
しかし、その仮面の下に隠された真の実力を見抜ける者からすればあまりにも異質と言わざるを得ない。
「まるで鍛え上げた刃が鈍を貫き、抑え込んでいるよう……」
「本来の実力の半分以上は隠していそうです。もしも、真の刃が顔を出すようなら被害は甚大でしょう」
ほう……とどこか感心した様子のサシリーヌの表情はどこかうっとりしている。その様子を見て、もしものことはあり得ないと強く確信するレンデルだが、『もしも』以上に危ないことが起きる可能性が浮上していることに頭を悩ませることになる。
「いいわぁ、イイ……! 隠された刃を剥き出しにして、可愛がってあげたくなっちゃう……!!」
もじもじと内股気味になるサシリーヌにレンデルは我が身のことではないのに戦慄を覚える。
サシリーヌは部下を率いて行動することが多いので集団戦が得意だと勘違いされがちだが、その実強者にはとことん興奮する戦闘狂の一面がある。
なんでも過去に大きな敗北を味わってからこのような性癖と性格に変貌したらしい……なんにせよ勇者が暴走するなどという最悪の事態は防がねばらならない。
「あらん? 変ね……」
思わぬ重責に頭を抱えそうになったが、降りかかって来たのは予想外の声だった。
サシリーヌ本人も戸惑いを隠せない様子で、先程までの危険な兆候は一切見られない。
「……彼らがどうかしましたか?」
気付かれぬようにホッと胸を撫で下ろしつつ、サシリーヌが気にかけている集団に目をやる。そこにいるのはいかにも身形のいい集団。
先程の姫には及ばないものの、贅を凝らし、見栄えのみを追求した服飾は一種の展示物であり、彼ら一人一人が家という名の看板を背負った展示会場のようである。
下手したら目的であるオークションの目玉商品よりも悪目立ちする集団の正体はこの辺りに権力を轟かせる貴族であることは明白である。
「覚えておきなさい。貴族というの生き物は見栄を張ってなんぼなのよん」
「なるほど」
そう言われて見れば周りを威嚇するようなオーラを放つどころか身を寄せ合い、出来るだけ目立たぬようにしているように思える。
「……まっ、関係ないわね。どうせどっかのお偉いさんと知らずに手を出して大きなしっぺ返しを食らったとかそんなところでしょう。そんなことより、そろそろ会場に入るわよ」
「「「は~い!」」」
野太い声が響く中、レンデルも大して気にすることなく彼らの後について行く。
頭の中では先程見かけた要注意人物の顔がランク順に並べられていく。戦闘になったら勝てる者、接戦になりそうな者そして絶対に勝てない者……そのランキングのトップには当然の如くサシリーヌがいるのはご愛嬌。
「さ~て、オークションとやらはどれほど楽しませてくれるか!」
「……あまりはしゃがないように。これは若のためなのですからね」
「ううっ、緊張してきた……」
「ダッハッハッハ、そうは言っても貴族連中はもうちょっかいをかけてこんのだから気にすることもあるまい?」
「大っぴらに言わないように言っておいたはずですが?」
「怖い怖い。そうだな。貴族は皆、謎の体調不良なのだからな」
「あ~、思い出したら余計に緊張してきたっ!!」
「……はぁ。先が思いやられます」
会場の一角、周りとはどこか異なる雰囲気でオークションに臨む女性三人組。彼女たちの存在に勇者一行が気付くことは終ぞなかった。