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大魔王(予定)は乳離れできない? いいえ、必要ないのです。  作者: あなぐらグラム
旧版 大魔王(予定)は乳離れできない? いいえ、必要ないのです。
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旧第17話 逃げ切れぬ過去・再会

「勇者から逃げてかつオークションに参加するというのは現実的ではありません。彼らは十中八九どころか九分九厘間違いなくオークション側が雇った護衛でしょうから」

「勇者を雇うとはある意味凄いな……」

「それほどに魔王と諍いを起こしたくないということです」

「隠れても、無駄」

「……怪しい行動と取られて目を付けられる可能性があります。それに万が一、若が狙われれば逃げるのは困難です」


「では資金集めは我々が行うとして、その間に宿を検められたりはしないだろうか?」

「それはさすがにないでしょう。そんなことをしてオークションに来ている者の素性を知れば主催者側も困ることになるでしょうから」

 オークションにはお忍びでやんごとなき身分の者からそれこそ魔王関係のように世に知られれば拙いことになる者たちも参加する。会場内での身分は秘匿義務があるので例え正式な令状を持った操作だとしても滅多なことでは公表されないが、事前にわかっていたとなると面倒なことになる。

「やれやれ人の世というのは面倒なものだ」

 裏事情を知ってしまえば簡単なことなのだが、これまで狭い集落しか知らなかったソファーラとしては周りを泥か何かで固められたような息苦しさを感じてしまう。


「問題があるとすれば、私たちが資金調達をしている間に何かあってもすぐには駆け付けられない可能性があるということです。そうなった時には……デミあなたに動いてもらう必要があります」

「えっ!? わ、私ですか?」

 指名されるなんて予想だにしていなかったデミは目に見えて狼狽えた。

 順当にいってレイフォンティアだろうと思っていた予想は簡単に裏切られたのだ。


「当然です。レイフォンティアには若の傍に付いていてもらわねばなりませんから。……安心してください。何かあった時と物騒な言い方をしましたが、食料や物資の調達で動かなければならない時に動いてもらうというだけですから」

「な、なんだぁ。よかった。脅かさないでくださいよ。戦闘をしろと言われたのかと思いましたよ」

 デミだっていざとなればエボルの盾となって身を散らすぐらいの覚悟はとっくに出来ているわけだが、この場面でそんな命令が下されるとは思っていなかった。


「ふふっ、そうなった時には全力で当たってもらいますよ?」

 マティサもデミが狼狽えた理由も彼女の覚悟もわかっているので、叱りつけたりはしない。むしろ頼もしいと言わんばかりに笑みを浮かべついでレイフォンティアに視線を移す。その時には、笑みは一切なく緊張感のある険しい目つきをしていた。

「……レイフォンティア、最終的にはあなたに判断を一任します。もしそうなったらなんとしてでも若を無事に逃がしなさい。いいですね?」

「うん。任せて」

 マティサの様子からただならぬ気配を感じ取ったのか、普段の無表情ながら見る者が見ればやる気に溢れているのがわかる程度に強い意思を込めらめれていた。


◇◆◇◆◇


「……あれだけ盛大な覚悟をしてたのに、こんなに簡単におつかいに出るなんて思わなかったなぁ」

 ひとり街中を歩くデミのぼやきは誰に聞かれることもなく、雑踏に溶け込んでいく。


 勇者との遭遇後、宣言通りにマティサはソファーラを伴って資金稼ぎに出かけている。初日などは思ったよりも順調だと言っていたマティサだったが、日に日に機嫌が悪くなっているのは気がかりだが反対にソファーラはご機嫌なので問題が起きたわけではないだろうと判断されていた。

 そして、ここ数日ふたりは戻って来ていない。

 事前に三日ほど戻らないことが伝えられていたので問題ないと言えばないのだが、食料が少なくなったのでこうして買い出しに来ているというわけだ。宿とは言っても朝から晩まで食事が出るわけではなく、また毎食似たようなメニューだとどうしても飽きがくる。

 宿に缶詰め状態なのだからせめて食事ぐらいは楽しみたい。

 エボルが言わなくてもそれぐらいは察するのが優秀な部下の務めだとデミたちは考えていた。



「あれとあれは買った。これで頼まれていた物は揃いましたね!」

 件の勇者の仲間は町中にいるが、デミ一人だったら問題ない。

「まだまだエボル様の部下としては力不足ですが、それもこれから鍛えて行けばいずれはお役にたてるはず! ひとまずは小さなことからこつこつと、ですねっ!」


「――おやおやぁ? よもやそこにいるのはデミじゃあないか?」


「!?」

 声をかけられた瞬間まさにデミ気分は一気に冷やされ、氷点下に。それえいて喜びの感情が消え失せ、言い表せないほどの怒りがぐつぐつと煮えたぎるように内側で渦巻く。

「――貴様ッ!!」

 忘れられない声、幼きデミから家族もそれまでの暮らしも人生さえもすべてを奪い去った者に声を荒げないようにすることは不可能だった。


「……やれやれ、あれから随分時が過ぎたのだからさぞかし立派なレディーに成長しているかと思えばまるでチンピラだな」

「貴様、この御方をどなたと心得る! たかだか平民風情が舐めた態度を取っていい御方ではないのだぞ!!」

「――よい」

 護衛らしき男がデミを怒鳴り散らすのをその人物は諌めた。

 昔のように、デミを呼ぶことが余計に神経を逆なですると気付かぬままに口にする。恥を知らず、悔いもしないまさに略奪者に相応しい所業である。


「これは私の姪、いやかつての姪だった者だ。……だが、たしかに表では気を付けたまえよ。今回は見逃すが、私はフォンドヴォーヌ・フォン・グラッソ。貴族は子爵の座に名を連ねる者なのだから」

「貴様がその家名を口にするなぁああああ!!」

 父が誇りにしていた家名を口にされ、幼少時デミ・グラッソと名乗っていた少女の怒りはついに決壊する。


「うがあああああっ!!」

「……やれやれだ」

 怒りの形相を浮かべ、自分に向かってくるデミを見てもフォンドヴォーヌは興味を持たない。それが貴族の正しい在り方とでも言うようにデミを物として認識し、悠々と護衛の後ろに隠れ、姪が殴られ地面に組み伏せられるのを黙って見ていた。


「クッソォオオオオオ!!」

「調子に乗るなよ、小娘ッ!」

 顔を上げようとすれば頭を踏みつけられ、足を退けようとすればさらに力を入れられて地面に顔がめり込む。

 周りの人間も何事かと様子を窺っていたが、デミとフォンドヴォーヌを見比べ、ついで護衛の男を見て面倒事だとわかればそそくさとその場を離れて行く。

 誰もが厄介ごとに巻き込まれたくなどない。


「……何をそんなに怒る? 言っておくが、私がかつてお前の親から貴族としての地位を奪ったことを恨んでいるのならばそれはお門違いというものだ。お前の親には才能がなかったのだよ。貴族として生きる才能がな」

「……ッ!!」

「おお、怖い怖い。そうだろう? 貴族とは生き汚いもの。それをお前の親は何を勘違いしたのか、気高さと誇りこそが貴族だと抜かしおった。だから奪ってやったのだ!」

 声は出せない状況でも抗議は出来ると、猫の威嚇のようにフーフーと暴れてみせる。

 フォンドヴォーヌの言葉などもはや頭には入ってこない。今のデミはどうすれば目の前の男を殺せるか、それだけを考えていた。


「――お前にも貴族の生き方を教えてやる」

 その言葉は興奮していたデミにもゾッとするほど浸透した。

「わかっていないだろうから優しい私は懇切丁寧に説明してやろう」


「まず、お前は貴族である私に街中で襲いかかった。これは立派な犯罪行為であり、本来ならば衛兵に突き出す案件だ。だが、貴族の場合自身が捕縛したらその犯人の処遇を決めていいことになっている。わかるか? 私はお前を如何様にする権利を今現在得ているということだ」

 まさに生かすも殺すも気分次第。

 そして、目の前の男がデミを許すというのは万に一つもあり得ないというのは誰の目にも明らかだった。


「処分を言い渡す前にこの町に来ていた理由を話しておこう。実は、どうしてもオークションで落札したい物があってなぁ……ただ、高額な上に競争相手も多そうだ。そこで数人と協力したいと考えていた」

 それがデミとどう関係するのか。

「……その中の一人がなぁ、大層な女好きなのだよ。それも若くて生まれなどは高貴な女がな」

「むー、むー!」

 まさかっ、と顔を上げようとしても押さえつけられていては不可能。

 それでも言いたいことはわかってしまった。フォンドヴォーヌはデミをその相手に渡そうとしているのだと。そしてそれはエボルにすべてを捧げると誓った今のデミには耐え難いことだった。


「ふふっ、その反応。よほど嫌と見える。ならばこそ、都合がよい! 安心しろ! その人物は性格は残虐だが、大層大切にしてくれるそうだぞ? 処分する時も自らの手で優しくしてくれるそうだからなぁ!!」

 デミは知らず知らずのうちに身体が震えだしそうだった。

 これまでの人生で恐怖を体験したことはある。家を奪われ、スラムに堕ちた時や最近ではエボルに助けられる前に受けた暴力など。どれも実際に体験して初めて恐怖を感じる類だったが、今回は体験する前に恐怖を感じていた。

 おそらく本気でやると理解しているからこそ狂気に対する怯えがあるのだろう。


 そして、再び大切な場所や温もりを知ってしまったから。また失う絶望に身を支配されていた。


「う゛っ……!」

 不意に頭上にのしかかっていた圧が弱まった。

「きゃあっ!?」

 かと思えば、身体が自分の意思とは関係なく起き上がる。


◇◆◇◆◇


「……大丈夫でしたか?」

「マ、マティサさん!」

 誰が助けてくれたのだろうかと思っていたら、マティサの顔があり正直びっくりした。


「まったく、目立つ真似はしないようにと言っておいたのに何をしているのですか?」

「うっ……、すみません」

 言い返す言葉もないとはこのことか。

「おおっ、マティサ殿にデミ殿ようやく追いついたぞ!」

「ソファーラさん……!」


「デミ殿よかったな! マティサ殿が悪漢二人を瞬く間に倒したおかげで大事にならずに済んだ」

「えっ、あ、はい」

 どうも話が噛みあっていないような印象を受けながら、助けてくれたのはやはりマティサだったのかと改めて思う。

 方法はわからないが、助けてもらったことはありがたい。


 なのに、デミは暗い気持ちを抱いていた。

 助けられたということはすなわち実情を知られるということ。間違いなくマティサは事情を問い質すだろう。嘘を吐いたところでいずれ真実は白日の下に晒される。そうなった時に、エボルの外となり得る存在を目の前の人物は許さないだろうという恐怖。

 それ以上に、何故今回は助けられたのだという意味のない過去との違いを嘆いていた。


「では、事情を聞かせていただきます」

 やはり。想定していた質問が来たことで、どこか自暴自棄になっていたのかもしれない。デミはこれまでの人生の不満という不満を洗いざらい吐き出した。吐き出したなんてものではなく、言葉汚くマティサにぶつけまくった。


 どうせこれで最後。

 だったら、とことんまで幻滅してもらった方がいい。


「……なるほど」

 話を聞き終えたマティサの第一声はどこか納得したような声。

 それから次の言葉が出て来るのは思っていた以上に時間を要した。

 すぐに不要と呼ばれると思っていたデミとしては拍子抜けだったが、ついで告げられた言葉には度肝を抜かれた。


「では、復讐を兼ねて行動しましょう」

「!?」

 まさか、追い出さないだけでなく力まで貸してくれようという発言。目の前の人物は本当にデミの知るマティサなのかと疑わしくなる。


「何を呆けているのです? あまり時間は残されていませんよ」

「……あのっ、どうして協力してくれるんですか?」

「…………どうして、とは?」

「だって、私はエボル様の害になり得る存在じゃないですか! 関わっても得なんてありません!」

 自分がこの旅に必要とされるほど重要なんて自惚れるなんてことは出来ない。

 必要のない、むしろ邪魔になる存在は切り捨てるべきだと本心とは裏腹なことを主張する。


「思ってもいないことを言うのは止めなさい。あなたの存在が害になる? それこそ思い上がりも甚だしい」

 心を見透かされたようにマティサからは叱責を受けただけだった。

「いいですか? 若はいずれは魔王となる御方。たかが一貴族ぐらいならばどうとでも出来ます。今の状況で脅威なのは勇者唯一人。それ以外は塵芥と考えなさい」

 それはいくらなんでも基準が高すぎる。

 将来的には魔王と目されるエボルも今はほぼそこら辺にいる少年と変わらない。マティサの発言を聞けばやんわりと否定するに違いない。


 否定する言葉はあまりにも自信満々だったので言うに憚られたが……。


「それにあなたの元叔父だかなんだか知りませんが、随分舐めた真似をしてくれたものです。あなたは若の所有物、そのあなたを危害を加えられたわけでもないのに強引に奪い去ろうとするとは……!」

 そうはいっても、立派な傷害未遂であり、立場的にはもっと重い罪に問われてもおかしくない状況だったわけだが。


「上手くいけばその叔父とやら持っている金品を我々の資金として活用できるかもしれませんし、頑張りましょう!」

「……もしかしなくても本音はそこですか?」

 今までのシリアスはなんだったのか。

 なんだか気が抜けてしまった。


「何はともあれ、行動あるのみです! 一旦、宿に戻ってから作戦を練り直しましょう!!」

「わかりました。どうせ、一度は捨てた命、最後までお付き合いしますよ」

 もうデミの心を覆い隠す曇りはなくなった。

 晴れ晴れとした足取りで愛しい主の待つ宿へ帰って行く。


「あっ、そうそう私とソファーラはカジノに出禁になってしまったのでこの作戦は大変重要だと理解してください」

 内密にと伝えられた内容に信じる相手を間違っているような気がしないでもないデミだった。

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