旧第16話 オークション・資金稼ぎ:都市ギャランティカ
「ウハハハハッ! マティサ殿みるみるコインが増えて行くぞ!」
「チッ、わかってますからもっと頑張りなさい」
苛立つマティサからの注意にもソファーラの上機嫌は変わらない。
スロットから出てきたコインを新たなカゴに入れ、ちらりとマティサのカゴを確認すれば表情筋の締まりはますます緩くなる。
「おやおや~? 負け惜しみかとはみっともないですぞ?」
「くぅっ……わ、わかってます!」
コインをぎっしり詰め込んだのが何段も重なるソファーラに対し、マティサの方は数えられそうなほど。どちらが優勢かなど火を見るよりも明らかだ。
「だが、このままいけば案外すぐに金は貯まるのではないか?」
マティサをからかうのに飽きたというよりも良い所なので目の前のスロットに集中するソファーラが漏らした言葉にマティサもまた真剣な表情で油断は禁物だと告げる。
「……いえ、何があるかわかりません。厄介な人物もいることですし稼げるだけ稼いでおきましょう」
「まあ、それが我らの役目だな」
「……それはそうと」
「んっ? どうした?」
「…………こ、コインを貸してください」
俯きぼそぼそと告げたマティサの顔は恥じ入っているようで赤みが差しており、うら若き乙女のようだった……とソファーラはにやにやしながら後に語ることになる。
エルジィから教えられたオークションが行われるカジノ都市ギャランティカに辿り着いた一行は早速オークションやプラントペットの情報を集め始めた。
「オークションですが、参加するのは難しいことではなさそうです」
デミのように軽く裏社会に接していた人物やマティサたちのように目端が利く人物、見た目的に堅気に見えないソファーラ、ダメ押しとばかりに良いメイド服を着ているレイフォンティア。これだけの要素が揃っていれば闇事情に精通した人物を探し出すことなど造作もない。
むしろ向こうから寄ってくるレベルだ。
ギャランティカにしても大っぴらにはしていないが隠しているわけではないので情報を集めること自体はとんとん拍子に進む。
問題はそのあとだった。
「……ですが、目的の物を競り落とすのはなかなか難しそうですね」
「まさか出品されるのが一匹だけとは……」
予想外でしたと語るマティサ。彼女の予想では、少なくとも十匹程度は出品されると考えていた。
ココン島の魔王は自己顕示欲が強く、新種のモンスターを開発しようものなら大々的に発表したがるというのが根拠だったがそれにしても一匹というのは少ない。
「これは競合が予想されます」
どんな植物でも育てられるという触れ込みのプラントペット。どんな植物でもということは一国が独占している植物や希少植物でさえも手に入れることが出来れば増やすことが出来るということ。
他にも目玉となる商品はいくつかあるが、一匹だけならばどんなことをしてでも欲しがる人間は少なくないだろう。
「……ハッキリ言います。予算がまったく足りません」
「――へい、旦那様に借りるのは?」
「それも考えますが、最終手段ですね」
「旅に出る時に、出来るだけ自分の力で解決しなさいって言われてるからね」
「ん。でも、それだと難しい」
「どれぐらい足りないかにもよりますけど、オークションまでそう時間は残されていないでしょうし……」
「金というのはどんな時でも要るか」
「いっそのこと、品物を盗むというのはどうですか?」
元盗賊らしいデミの提案だったが、これはマティサに一蹴される。
「オークションはギルドによって監視されています。落札者もしばらくは監視対象になるはずですから、そんなことをすればまた奴隷落ちになりますよ?」
「うへぇ、面倒ですね」
「……魔王に関わると碌なことがない」
レイフォンティアの辛辣な一言に、親や主が魔王である二人が乾いた笑みを浮かべた。エボルにいたっては本人が魔王である。
『オーホホホ、やっぱりギャランティカのエステは最高ね!』
『まったくだわ! ここに来てから私ったら、十歳は若返ったわよ』
『あらイヤだ。私だったら、もう五歳は若返ったわね』
う~んと頭を悩ませていると、離れたところでわいわいがやがやという喧騒に混じりそんな会話が耳に届いた。
どこかの観光目的の夫人たちが来ているのかと気にも留めなかったエボルだったが、マティサの様子に愕然とする。
「マ、マティサ……?」
「あっ、あぁぁ……」
今まで見たことのないほど怯えた様子のマティサはある一点を凝視していた。
エボルの声も耳に入らないという異常事態に何があるのだろうと視線を向けてしまう。
「だけどやっぱり、ここの一番の醍醐味はお肌がスベスベになることよねん」
視界に飛び込んで来たのは、先程の声の主たち。
ただし、それはエボルの予想していた人物像とはまったく異なっていた。
煌びやかなドレスを身に纏った女性ではなく、いかにも冒険者下手をしたら山賊に間違えられそうな粗野なファッション。剥き出しになった二の腕はまるで丸太のようであり、エボルが二人は並べそうなほどの太さを保持している。
「マズイです。マズイマズイマズイマズイ……」
「マ、マティサ殿!? 如何為された!」
動揺するマティサは共に暮らした期間が短いソファーラの眼から見ても異様なほどに取り乱していた。
体格差のあるソファーラがガクガクと揺らしても動揺は収まらず、焦点の定まっていない視点は忙しなく動く視界の中で何か目標を探しているかのように右往左往と泳ぎ回る。
「――お見苦しいところをお見せしました」
マティサが落ち着いたのは強引に宿へ引き返し、部屋の鍵を閉めてからしばらくしてのことだった。
「それはいいけど……何があったの?」
「……坊ちゃまもご覧になられたでしょう? あの筋骨隆々の集団を」
「まあ、見たけど……」
あんなもの嫌でも視界に入ってくる。
それでも不快感を抱くことがあるかもしれないが、関わり合いにならない限りでは気に留める必要があるともエボルは思えなかった。実力はありそうだったが、マティサがあの程度の連中に取り乱すとも考えられない。
もっと複雑な理由がある、そう感じていた。
「あの連中はとある冒険者の一団です。幸いにも危惧していた人物は通りにいませんでしたが……」
一旦言葉を区切ったマティサから念押しをされた。
町にいる間、オークションが終わるまでは宿から出ないようにと。
「……理由を聞かせてもらえない?」
「理由は当然お教えします。ですが、先に約束してください。決して、何があろうともオークションが無事に終了するまでは宿から出ないと」
「…………」
「…………」
「……わかった。約束する」
瞬間、緊張の糸が切れたマティサからは安堵の息が漏れた。
「ありがとうございます。念のためにレイフォンティアとデミをお傍に置いておきます。資金集めについては私とソファーラで」
「ん? 我でいいのか?」
「ええ。本来なら私よりも顔の割れていないデミの方がいいのでしょうけど、そうも言ってはおれません」
「それならマティサ殿が動くよりもレイフォンティア殿の方がいいのでは?」
「……いえ、お金のことを一任されているのは私ですし、なによりも万が一の時に若を逃がすのは彼女の方が適任ですから」
私は時間稼ぎに徹しますと告げられ、事態は考えていた以上に深刻だった。
「……マティサがそれほどまで危険視する人物がこの町にいるってことか」
「はい。常に部下と行動を共にしている人物ですからいるのは間違いありません。先程見かけなかったのは偶然としか思えません」
「その人物の名は?」
「サシリーヌと名乗る巨漢にして漢女、本名をサーシュヴァルツ・フォン・ゲリオン。とある国の貴族であり、冒険者。二つ名を持ち、それ以上に有名な呼び方――勇者と呼ばれる人物です」
(本編では語られないお話)
「もうっ! 何で当たらないんですか!!」
「……まあまあマティサ殿。そんなに焦ったところで結果は変わりませんぞ?」
「嫌味ですかっ!?」
「………どうしてそうなるのか。もう少し冷静な人だと思っていたのだが」
どうしてそうなるか、それは再びすっからかんになったマティサのカゴと先程よりも高く積まれたカゴを見ればわかるだろう。
「……それにしても、あなたスロット強いですね。何か秘訣がありますか?」
幾分か冷静さを取り戻したマティサにそう尋ねられ、ソファーラはなんてことはないと答える。
「なあに、我はそういうスキルを持っているだけだ」
「……スキル?」
「ああ。我は目に見える現象をゆっくりと感じることが出来るのだ」
その名も【牛眼】。牛歩のようにゆったりと視界に収めるソファーラの固有スキルだった。
レイフォンティアのようにソファーラよりも圧倒的に速い相手に対しては意味のないスキルだが、スロットの絵柄を揃えるぐらいは容易いこと。
「……ズルじゃありません?」
「そういうゲームだろう?」
「まあそうですね」
いまいち釈然としないものの、オークションのために少しでも多くの資金を集める必要があったのでスルーすることにした。別にマティサの懐が痛むことはないので気にしたら敗け。
この後、ソファーラは勢いそのままに快勝。マティサも調子を取り戻り二人揃って大儲けしたわけだが……今後このカジノのスロットコーナーに出禁になったのは言うまでもない。