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大魔王(予定)は乳離れできない? いいえ、必要ないのです。  作者: あなぐらグラム
旧版 大魔王(予定)は乳離れできない? いいえ、必要ないのです。
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旧第14話 平原の魔王

 

 創生伝説あるいは神話。

 この世に神が実在していたことを証明するかのような逸話は数多く残されている。

 そのうちの一つにエボルド平原という地名が挙げられる。

 

 曰く、神が誕生した地。

 曰く、神が降臨した地。

 曰く、神が育った地。

 曰く、神が去った地。

 

 死んだという話は聞かないので、現世に降りそして天へと還るまでの間を過ごしたとされている。


 エボルド平原にはいくつも不思議な現象が確認されている。

 まず、平原というだけあって背の低い草や疎らに生える木などはあるがそれを食べる動物さらには虫、これらの姿は一切見られない。当然のことながら、邪悪の象徴とされるモンスターなどはまるで近寄りたくないかのようにそこを避けて暮らしている。

 ある意味では地上の楽園と呼ばれる場所だが、そこに辿り着くまでには強力なモンスターが闊歩する森を通って行かねばならず、辿り着くまでに死ぬのならば行く意味がないと人々は寄り付こうとはしない。

 極稀に研究目的のモノ好きが近寄るが、大半は辿り着く前に命を落とすことの方が多い。


 ちなみに、生き物が存在しないからといって、生き物が存在できないわけではない。

 足を踏み入れたところで命を奪わる……なんてことはない平穏さだ。

 それを象徴するかのようにエボルド平原では命を落とさないなどという言い伝えまであるほどだ。

 どこかの王族が永遠の命を求めて、エボルド平原に旅立ったことからそんな言い伝えが残っているそうだが、それについては事実かどうかは未だ証明されていない。


◇◆◇◆◇


「……アハッ、アハハハハハ」

 壊れたように笑う女性がいた。

 その服装は血に塗れ、手には大きな戦斧が握られており服同様に血に塗れている。


「こんなとこまで、来てたんだ」

 何も考えず、ひたすら逃げるように歩き続けていた。そうして辿り着いた場所がエボルド平原。その事実に気付いた時、彼女はこの場所へ導かれたことに運命を感じていた。

「……そういうこと」


 見渡す限り植物しか存在しない空間。

 生き物が――生命がいない空間に招かれた意味、それを理解した。異常な精神状態での理解は、錯覚と呼ばれるがそれを判断するだけの力はもはや残されていなかった。


「私には、あの子を抱く力がなかった……そう言いたいのね?」

 この時、彼女はまさしく世界を呪った。

「だからっ、だから私をここに! こんな場所に呼び寄せたっ!!」

 ここに来るまでに立ち塞がったモンスターたちのように、八つ当たりをするように地面に斧を叩き付け幾度となく抉る。


「――いいわ」

 やがて斧を振るうのに疲れたのか、膝から崩れ落ちた彼女は嘲笑を浮かべて斧を構える。

「元々、あの子を失った私に生きる価値なんてないもの」

 刃を首筋に当て、自分を見下す世界に語りかける。


「……これが世界の意思だというのなら、私は世界を許さない。私から子どもを奪った世界なんて消えてなくなればいい……!」

 彼女は臨月の妊婦だった。

 もう少しで、新しい生命をこの世に産み出し母親となるはずだった。

 しかし、願いは叶えられず予定日までほんの数日といったところで、お腹の中の赤ん坊は命を落としてしまった。


 彼女は見せつけるつもりだった。

 神が創った世界において、その世界の聖域とされる場所であえて命を落とすことで神に対して復讐をするつもりだった。

 簡単に子どもの命を奪うような神がたった一人の女性の死に何かを感じるなんて都合のいい展開にならないことも重々承知しているが、自分の命を絶つ方法でしか……もはや自分自身を許すことが出来なかった。


 いや、許されるつもりなんてなかったのかもしれない。

 だからこそ、罰を欲したのかもしれない。


「――ごめんね。今、逝くからね」

 最後に、ほんの少し前まで膨らんでいた名残りを感じるかのようにお腹を撫でグッと刃を押し込む。

 

 ――びぇぇ。


「!?」

 赤ん坊の泣き声が聞こえた。

 容赦なく皮を切り裂き、肉もその先にある骨も断つはずだった斧は聞こえてきた音に反応し、薄皮一枚のところでピタリと動きを止めていた。

 そして、彼女は駆け出していた。


「びぇえええ、びぇぇ」

「はぁ、はぁ……」

 それほど広くないはずの場所なのに、慌てて動いたためか息が上がっている。もしくは幻聴だと思っていた音源が実在したことに対する驚愕ゆえか。

「あぁ……!」

 泣いている赤ん坊を見た途端、現実であることを実感しようとして女性は両腕で身体を強く抱きしめた。


 何故こんなところに赤ん坊がいたのか。

 人の気配を探っても、自分以外に誰かがいる気配は感じられない。

 いるのは目の前で何かを求めるように手を伸ばし、泣き続ける赤ん坊だけ。


「私の……」

 その手は彼女を求めているように感じられた。

 子を失った母親が亡くした子の代わりを求めての行動、そう思われるかもしれない。

 子は生まれてくる場所も親も選べない――しかし、この時目の前にいた赤ん坊はたしかに選んだのだ。自らの母親となってくれる女性を。自分の親になって欲しい女性を。

 互いの想いが嘘偽りではなく、混じり合ったら血の繋がりではなく魂の繋がりで親子になれる。


「大丈夫。大丈夫よ?」

 赤ん坊を抱き上げた女性の顔には久方ぶりの笑顔が浮かび、僅かな間迷いが見えた。

 その先の言葉を本当に言ってもいいのか、また失わないか。恐れが躊躇させていた。

「ああっ、あ~!」

「……あっ」

 本能の行動。赤ん坊は服の上から胸に吸い付く素振りを見せた。

 それを見た瞬間、女性は腕の中の赤ん坊の生きたいという意思を感じ取った。


「大丈夫。ママはここにいるわ」

 親になってしまえば、恐れなんてなくなる。

 覚悟を持って親であると子に伝え、その場でミルクを与え始めた彼女にもはや死ぬつもりなどなかった。何があろうともこの子と共に生きる。生き続けたいと願っていた。

 

 これは、エボルド平原の奇跡か。それは誰にもわからない。

 結局、この日もエボルド平原で命が失われることがなかった。それだけがたしかに言える真実。


◇◆◇◆◇


「――というのが、私が見た光景だったよ」

 ジェノは我が子と対面した時のことを昨日のことのように思いだし、懐かしき仲間に語った。

「……そう」

 話を聞き終えたエルジィは当時のマリアベルの気持ちを慮ってか、あまり多くは言わなかった。

 思った通り、エボルは二人の本当の子ではなかった。

 だが、それが何だというのか。二人はエボルを実の子同様かそれ以上にエボルを愛しているではないか。


「あの時は驚いたよ」

 目を離した隙に傷心の妻がいなくなったので探しに出て妻が倒したと思われるモンスターの亡骸を辿った先にいた妻は見知らぬ赤ん坊にミルクを与えているではないか。

 これはいかに魔王と言えども度肝を抜かれる。

「もうっ、いいじゃない。そんな昔のことは」

「ほら、本人はこれだよ」

 まったく、困ったもの。そう語る二人に対し、エルジィもまた困っていた。というよりうんざりしていた。いきなり惚気ないでくれと。


「つまり、君の聞きたいこと。エボルの正体についてはわからないというのが答えになる」

「あら、そんなの決まっているわ。私たちの“息子”よ」

「……まあ、そこは疑ってないよ。ただ、知らない種族に力だ。もしもの時のために知っておく必要があると思っただけさ」

 本人を見た限り、その心配はないと思っているが表向きの立場も重要。なので情報収集に来ただけ。ついでに懐かしい顔に会っておきたくなったという欲求を満たした形になる。


「魔王のかつての仲間であり、今のアタシが支部長なんていう立場にいられるのもジェノ様のおかげだ。敵対するつもりは毛頭ないけど、もしもの時には公的には対処に回る立場だから……」

 事実、ギルド本部の上層部は魔王とエルジィの繋がりを知っている者だっている。表向き、魔王は勇者の敵であり、勇者は国やギルドの表の顔であるので協力できないという立場を取っているに過ぎない。

 元冒険者、それも高位の冒険者としての地位を利用して信頼のおける人物をギルドに送ることはまあよくあることだった。

 ジェノやエルジィが知っているだけでも両手の指では足りない人数がいる上に、本人が自覚していない協力者も合わせればその数はもっと増えると予測される。


「それはわかっているよ。ただ、出来れば見守ってあげて欲しい」

 申し訳なさそうな表情を浮かべるエルジィにジェノは穏やかだ。

 敵対行動を取られても問題視しないのではなく、信頼しているからこそ理解を示した。そして、エルジィの立場を理解している上で息子エボルを信頼しているという態度も明確にしておくことも忘れない。


「それが聞ければ十分です。エボル君が暴走して、本物の魔王になるとは思っていませんから」

 ジョブが示す魔王ではなく、空想上の悪逆非道を尽す存在である魔王。そんなものがエボルには似合わないことは直接会ったエルジィにもわかる。

 年齢の割には非情な判断を選択することに躊躇いが見られないが、それでもまだ子どもらしいところも多分に残しているエボルならば身内のために行動しても関係のない人間に被害が出るようなことは万が一にもしないだろう。


「もしもの時には、マティサが対処もするんでしょう?」

 エボルの仲間。そのメンバーにマティサがいたことは正直驚いた。

 マティサはジェノの片腕にして、メイド長……つまりは世話役の筆頭を務める人物。いくら我が子が可愛いからといって手元から長期間離していい存在ではないはず。

 加えてメンバーのレベルのバランスを考えると、マティサ一人が飛び抜けて高すぎる。レイフォンティアも高位冒険者と遜色ない実力を持っているが、マティサは単独で国を落とせるレベルの実力者だ。

 そう考えれば、マティサの同行している理由はエボルが暴走した時のためのブレーキ役に違いないと判断していた。


「いいえ、違います」

 返事をしたのはジェノではなく、どこか膨れっ面のマリアベルだった。

「マティサはエボルを甘やかすためについて行っただけですっ」

「……えっ?」

「本当は私がついて行きたかったのに! 母子で旅をするのがそんなに悪いっていうの!?」

 視線をジェノに移せば、柔和な笑みを絶やさない魔王が頭を抱えている。


 そう。エルジィは勘違いをしていた。

 マティサはエボルの乳母として過ごすうちに、すっかりと魅了され旅に出るというのなら自分が同行すると志願したのだ。


 もちろん、マリアベルを始め多くの志願者がいたことを知らないエルジィとしては魔王の有する二大戦力が共に世に出る可能性があったことに戦々恐々なわけだが……。


「あまり子どもを甘やかすのは教育方針に反するからね」

 ジェノは多くを語らない。

 それは二人に端を発したエボルのお供の座、争奪戦が熾烈を極めたからに他ならない。

 改めて魔王領内のランキングを正確に知ることが出来たという特典以外に得るものがなかった諍いは、結局エボルが指名する形で幕を閉じなければ世界を滅ぼしうる争いに変わっていたかもしれない。


「……ちなみに、マティサは途中まで同行したらこちらに戻って来る予定だからね?」

「だ、大丈夫なんですか?」

 エボルの護衛、マティサの機嫌、戻って来た時の被害……様々なことを含んだ質問だったが、これに関してはジェノは笑みを浮かべるだけで答えようとはしなかった。

 ただ、この時マリアベルの方を一切見ようとしなかったことで大丈夫じゃないんだなとエルジィの中では結論付けられていた。



 モンヒャーに戻ったエルジィはこれからしばらく休む暇なく防衛の強化に持てる権限のすべてを費やしていくことになる。

 おかげでモンヒャーの評判は上がったが、時折ギルド長を辞めたいと口にしだしたことは周囲を大きく悩ませたのだった。

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