昇格
第四話 昇格
警察が来た?!
なぜだ?!
デリンジャーが吼えて、一分位しか経ってない筈。
それがなぜ?
うーん、分からん!
俺はムラマサ、虎南を見た。
二人とも凍りついたまま俺を見ている。
ムラマサが口に人指し指を立て、うなずく。
あぁ、分かってる。
今度こそ居留守を決め込むぜ。
外から「留守だな、隣に行くぞ。
有用な情報が採れるまで、まだまだ範囲を拡げ、この辺一帯聞き込みをしないとな。」
「あぁ。なぁ、このアパートが済んだらそろそろ昼にしないか?」
「そうだな…って。お前……さっき現場の状況説明聞いたばっかりで、よくそんな気分になれるな。」
警官等二人のやりとりが聞こえた。
この辺一帯?聞き込み?
一体何を調べているんだ?
て、おーい!!!
ムラマサ!正か、その顔はくしゃみか?!くしゃみなのか?!
今か?!
ちょ、ちょい待て!今だけは止めろ!!
その時だ、虎南が神速で銀髪に迫り、右手でピースサインを作るや、ムラマサの鼻の穴に突っ込んだ!
グボ!プチッ!
くしゃみは、見事、二本の極太指で強制停止させられた。
仰け反ったムラマサがジタバタする、が。
暴れ馬を押さえ付けるように、虎南が余った方の剛腕で絞め上げ、ムラマサの動きを完全に封じ込める。
俺達三名は必死でドアの外へ聞き耳を立てた。
良いぞ!
どうやら二人の警官の気配は去っていくようだ。
ホッ!居留守は成功し……。
ピンポロン!ピンポロン!タタタ!ピンポロン!タタタ!ピンポロン!
いっ?!!何だ?!
俺は音の発生源を振り向いた。
テーブルの上、ムラマサのスマホだ!!
画面には、(腋ハザード)の表示!
俺は反射的に飛び付き、ミュートしようとした。
が、俺のスマホとは機種が違う。
とっさには消音の仕方が分からん!焦りもあって取り落としそうになる。
俺は必死で両掌でムラマサのスマホを包み込み、股の間に挟む。
ヤバイ!消えろ消えろ消えろー!頼むー!消えてくれーー!!
俺の心の叫びに応えるように、呼び出し音が消えた!
何処かのボタンに触れて、うまい具合にミュートになってくれたようだ。
俺は、いや全員は冷や汗に濡れ、ドアの外へ意識を集中。
俺達三名は固まった。
一秒、二秒、三秒……。
二十まで数えた。
危機は去ったようだ、隣の部屋のインターホンが鳴っている。
はーー!何とかなったー……。
スポンッ!
虎南のぶっ太い指が、ムラマサの鼻孔から抜ける音がした。
ははは、まるでワインの栓抜きみたいだ。
赤い汁が着いているとこも似ている。
ふふふ、コイツ怪力だからな。
安堵のせいか、笑えた。
ムラマサ「フガ!ムグゥ……虎南!このバカ!
お前、力の加減てモノを知らねーのかよ?!
おーっ痛ったぁー!」
飽くまで小声ではあるが、猛抗議し、鼻を押さえ、キッチンのシンクに前のめる。
虎南「ウム、背に腹は変えられん、というやつだ。
中々の英断であった、と思うが。」
朱に染まった己の指を洗う為、同じくキッチンに向かう。
10分後。
俺たちは元の席に着いた。
ムラマサがこよりを抜き、止血を確認した。
タバコに火を着け
「ふぅ、警官はヤバかったな、流石に。
それにしても聞き込みってなんだろうな?
もしかしたら、謎外国人の死体とか、お前の生まれつき生えてた手首とかが見つかったのかもよ?……。ヌハハハハ。」
ヌハハハハじゃねぇよ!ちっとも笑えないぞ!
ムラマサ「いやいや、片方の警官は気持ち悪そうにしていたから、ホントそうかもな。」
警官二人のやりとりを思い出し、俺も虎南もうなずいた。
ムラマサ「あ、河村、俺のスマホは?
全く誰だよ!超修羅場にしてくれちゃったやつはよー!」
俺に向かって、スマホをよこせ、と痩せた手を出す。
あれッ?そういえばさっきミュートにした後から見てないな。
確か……手で挟んでー、更に足で挟んでー。
ん?
俺は足元を見た、ない。
そのまま周りを探す。
ん?ない、ないぞ?!
虎南が無言で自分のスマホを耳にあてる。
「ウム、電源が入っていないか、電波の届かない場所にあるらしい。」
バカな!第一、さっきは鳴った、だから修羅場になったんじゃないか!
「も、もう一回かけてみろ!」
数秒後、虎南が首を横にふった。
「えっ?!なんで?!この部屋、別に電波悪くないぜ?!」
何か変だ!嫌な予感の様なもので、急速に心が真っ黒く曇り出す。
ムラマサは、痛む鼻から紫煙を昇らせ
「河村、まぁ落ち着け。たかがスマホだ。
それよりな、今俺が気になっているのは、お前の右掌だ。」
携帯用灰皿に灰を落とした。
「はっ?右?」
ムラマサ「あぁ、お前の左手が、どうやら掌サイズなら何でも思った通りの物が出せる、っつーのは分かった。
だがお前の話では、その謎の外国人はお前の左手だけじゃなく、右手もアレしたんだよな?
むこうさんも息、絶え絶えだ、意味もなくそんなことはしねーはずだ。そうは思わねーか?」
頭のパンツのゴムを伸ばしながら、その綺麗な顔はシリアスだった。
「あぁ、それはそうだが……俺にはちょっと……。」
そう。見当もつかん。
虎南「ウム。まぁ順当に考えるなら、左手が何でも出せるなら、反対の手は何でも消せるというわけではないか?
実際、スマホも消えたしな。」
ムラマサは指を鳴らし。
「そ、俺もそう思う。」
俺は「何だそれ。左手の万能さに比べたら随分と拍子抜けだな。ハハハ、」
ハっ?!
二人が真顔になっている。
ムラマサ「河村。お前はアホか?」
あきれ顔で新しいタバコをテーブルでトントンし出す。
虎南「河村、よく考えろ。何でも消せる、ということはだな。
もしもそれを兵器として利用、応用出来たとする。
先ず、攻めに使えば、これはどんなバリアーもどんな防壁も、どんな標的も無に出来るということだ。
そして楯としてつかうなら、どんな兵器も、銃弾から核撃、毒ガスからバイオ兵器であろうとも全てを無に出来るということだ。
ウム、こんな恐ろしい物はないぞ?」
神妙な顔で言うな!それが右手にぶら下がってる俺がどんな気分になるか分かってんのか?
「た、確かにな……。
ん?そう言えば、あの謎外国人も、この右手が奴等の手に渡るとヤバイみたいな事を言ってた気がする。
この手がでなく、この右手が、って言ってたな。多分……。」
俺は天井を眺めながら朧気な記憶をたぐり、自分の両手を見る。
「何でこんなことになっちまったんだ!」
思わず両掌で顔を覆った。
ムラマサ、虎南
「河村!掌!」
「はっ!アブねぇっ!!」
俺は慌てて掌を遠ざけた。
なんつー恐ろしいブツだよコイツは!
もう少しで消えてしまいたい、とか思うとこだった……。
キレイに首なしになった自分を想像し、俺は心底ゾッとした。
ムラマサ「ま、ソレ、飽くまでただの仮定の話だから。
よし!河村、人生悩まず楽しもうぜ!
じゃ早速、何処までそのゴッドとデビルが出来る子なのか実験していこうぜ!ヌハハハハ!」
軽い!軽過ぎるぞムラマサ!他人事だと思いやがってー!!
つーかデビルは止めろ!気が滅入る……。
ムラマサ「じゃ、とりあえず気になってたとっから検証いっとくかー。
先ずだなー。この部屋、エアコンかかっているから、冬とはいえ、かなり温かい。
なのにこのカエル、最初に見たときから動いてない。
確かに腹は脈打ち、粘膜まばたきも時々してる……だが、うずくまったまんまだ。」
確かに。慌ててバタバタと金をバッグにしまっていたときも、逃げも跳びもしなかったな。
ムラマサは、ひょいと青蛙をつまむと俺の目の前、水が入ったグラスに落とした。
ポチャン!
「おい何すんだよ!汚ぇだろ?!」
アラっ?カエルはひっくり返ったまま、丸まった姿勢で沈んでゆく。
足掻きも泳ぎもしないぞ?
ムラマサ「思った通りだ。多分、このカエルは精巧に出来たフィギュアだ。
んー……。ゴッドの方は本物のゴッド(神)ほどじゃねぇみてーだな。
つまりはその左手、命は産み出せねぇっつー訳だ。」
隣の岩もうなずく。
なるほど、な。
ムラマサ「で、次だが。時空を越えられるかだ。」
「は?!時空?!」
マンガみたいなワードに、つい声が出た。
ムラマサ「そうだ。俺のスマホはユニバースの4Sという機種だったんだ。
ま、誰かサンにキレイサッパリ消滅させられちまったがな。」
華奢な肩をすくめた。
すまんー、わざとじゃないんだぁー。
「ま、それはいい。で、お前に出して貰いたいのはユニバース5Sだ。
当然、まだ4が出てから日が浅いから、デザインも開発もされてはいないだろう。
が、人気の機種だ、必ず5Sは出る!」
細長い人指し指を立てた。
虎南「ウム、なるほど。それが出せれば、時間を超えて物を出せる事になるな。
ムゥ!興味深い!未来人の未知の発明品から恐竜の有精卵まで自在、か……。
だが、5Sは当然まだ発表されていないから、肝心のビジュアルがない。
河村が頭に思い描けんな…。」
はぁ、なるほど。
そりゃ、そーいうのが出来ればスゴいけど、流石に、未だこの世にない新機種など想像もできん。
無理だな。
俺の顔色を見たムラマサ
「まぁその辺も含めての検証だ。
もしこいつが出来りゃあ、マンガなら、現時点で絵はおろか、作者の頭に構想すらない最新刊のその更に先、未来刊が読めるぜ?
音楽だってゲームソフトだって同じだ!
どうだ?ヤル気出たろ?」
少年のようなキラキラした目で俺を見る。
俺は頭を掻き掻き
「んー、分かった。
掌より少しくらいなら、大きくても出せるみたいだ。やってみる。」
この野郎、人をその気にさせやがる……。
俺は未知なるユニバース5Sを、俺なりに思い描きながら左拳を握り、待った。
結果は、左掌は何も掴まない。
成果なし。
少しガッカリした。
ムラマサ「出ない、か。どうやら時空を越えられるわけではねーみてーだなー。
うん、いいんだ河村、大事なのはまだ先だ!
次はー。あぁ河村、メモ用紙みたいなの、あるか?」
ムラマサは俺が渡した紙に、彼女が出来ないよー、と泣いている、見るからに情けない男のイラストを書いた。
「ちょっ!誰だよその絵!?」
俺は食って掛かった。
ムラマサは涼しい顔で「ま、誰でも良いじゃねーか。そこはあんまり重要じゃねー。
この落書きは、今、俺が書いた。
手書きで、たった今、な。
つまりこの落書きは世界に一枚だけだ。」
そう言って、そのメモ用紙をクシャクシャと丸めた。
「じゃ、お前にはこれを出してもらう。」
丸めた不愉快な落書きの紙玉を振り振り、俺に近付ける。
「あぁ?それに一体なんの意味があるんだ?
そんなの出るに決まってるじゃねーか!」
訳もわからず、思わず聞いた。
虎南が白い歯を見せた。
ムラマサ「スゲー意味がある。ま、やってみな。」
俺から丸まった紙を遠ざけ、テーブルに置いた。
俺は釈然とせず、小首を傾げながらも、左手の力を使う。
結果は、同じ物が出た。
広げると、不愉快な絵とセリフが書いてある。
全く同じ物である。
つまり、世界に一枚が二枚になった。
ムラマサは満足そうに何度もうなずき
「OKOK!ふむ、喜べ。これでお前は窃盗犯じゃなくなった。
あのな?この実験で分かったのは、お前のその左手はどこからか品物を取り寄せたり、ワープ(転移)させたりしている訳じゃないってこった。
あの金もそうだ。あれは断じて誰かの財布や銀行から奪ったモノじゃねぇんだ!
間違いなく、お前がその手で造ったんだ!
ハイきた!おめでとう河村!お前は窃盗犯から偽札、偽貨幣偽造犯に昇格だ!」
パチパチと間抜けな拍手が俺に贈られた。
虎南も倣う。
くっ!確かに。って!余計やべーじゃねーか!
要らんことを証明するな!!
虎南「ウム。重犯罪者の友人か、これは不味いな。ウム、不味い。」
取って付けたような苦い顔で、感じ入ったように雄牛のような太い首を横に振る。
うるせー!お前でもこんな力が手に入ったら、そーいうのちょっとやっちゃうだろ?
いや、やっちゃうって!絶対!
ムラマサ「じゃ、次だ。もし、これから俺が言うのが出来るとお前は再びゴッドに昇格だ!」
「はっ?!命を産み出せねーからゴッド以下みたいなこと言ったじゃねーか?
一体どーいう事だよそれ。」
ムラマサ「まぁ、聞け。最後に俺様が確かめたいのはだな……。」
俺はゴッドになった。