表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
dreadnought/ドレッドノート  作者: 有角弾正
1/6

第一話 氷多目で!

     第一話 氷多目で!


 狭いアパート、安値のテーブルの上に皺になった一万円札の山、百万はあろうか。


 その回りには五百円硬貨が、まるで宝箱を引っくり返したが如く、無造作に撒き散らしてある。



 俺は二日酔いと大金に酩酊し、茫然と金、そして手元の水の入ったグラス、その脇で場違いにうずくまる、小さな青蛙を眺めていた。



 蛙の小さな喉と腹がトクトクと躍動して妙な現実感を放っている。

12月だ、蛙は静かに丸くなったまま動かない。

ガマガエルやウシガエルは凄まじくグロテスクだか青蛙は可愛い、なぜだろう?



 俺はスマホをとり、バイト先の居酒屋の店長に電話をかける。



 いつも通り中々出やがらねえ…。


 今ごろは仕込みの時間だが、どーせバックヤードでサボってる筈だ。



 「あーお疲れ様です、俺です。あー突然で悪いですが、あのー今日休ませてもらえませんかね?

あー試験じゃないですよー。

えっ?いやぁいたって元気ですよー。」


   チッ、相変わらず汚えダミ声だ。

  聞きたくねえ、さっさと済ませよう。


 「あーそうですか、じゃあいいです、もう辞めます、今まで安い時給でブラックにこき使ってもらってありがとうございましたー。


   あー?どういう意味かって?


    そのまんまの意味ですよ。

     辞めるって事で、ハイ。


 あー最後なんで言っときますけど、あんたワキ臭すぎ。

今一店が流行らないの、あんたの腋のバイオテロのせいだから。

     

 じゃ!制服はちゃんとクリーニングしてそのうち届けます。えっ?良いですよー、昨日までの給料も要りません。


 あーそだ、腋臭治療の足しにでもして下さい。ハイ、現代の医学力じゃ不治の病じゃないみたいだし……もう臭いから切りますよ。」


 俺は店長の脳を焼くような薫りを思い出し、しかめっ面で鼻をつまみ、電話を切るやスマホの電源をオフり、ベッドに放った。



 ふん!偉そうにしやがって!

ただの雇われ店長が!


 

 はっ、まぁ良い……。

もう会うこともないしな。


 そんな事よりこれだ!

俺は再び恍惚としてテーブルをうっとりと見る。

      

 フゥ……。


 それにしても未だに信じられないな……。こいつが俺の物で、自由に出来るなんて……。


       クシャ……。


 一万円札達を無造作に握ってみる。


 うん、やはり間違いなく本物だ。


 俺は雨蛙のまばたきを眺めながらグラスの水をあおった。


 多分、水道水をかれこれ100杯は飲んでいる。

それでもおかしな事に、トイレは日が変わった早朝に帰ってから今までただの一度も行っていない、そう一度もだ。

今、昼過ぎだから普通はあり得ない。



 あぁそうだ、バイトだけじゃない、大学も辞めないとな。

フフ、もう俺は一生働かなくて良いんだ。

宝くじの一等が当たるよりも遥かに凄い事が俺に起きたのだから。



 

 事の起こりは昨夜、いや今朝だな。


 いつもの居酒屋でのバイトが終り、朝の3時。

ファミレスで一杯やって、いい気分でこのアパートに向かって歩いていた。


 赤羽の商店街から大分離れた路地裏、ビルとビルの隙間、汚ならしいゴミ袋が放ってある陰から紳士靴が月明かりに晒され、黒光っていた。



 俺が足を停めたのは、その革靴に足首、スラックスが付いていたからだ。

        

         ん?


 どっかで飲みすぎたサラリーマンか何かがぶっ倒れてるのか?


 寒いのにご立派なダメ社畜様だなぁ~、と周りを見回しながら思った。



   正か、死んでたりしないよな?



 ヤバイ事に関わるのは嫌だな、と離れようとしたとき。

革靴の先、ビルとビルの隙間の奥から男の声がした。



    「す、すまない…少し…」


   

 おっ?生きているようだな。


 しかし早朝3時過ぎ、初対面の謎の酔っぱらい。

ハッキリ言って関わり合いになりたくない。

      

 ま、俺も同じクチか…。



 「頼みたい…ことが…ある…のだ……。」


 消え入りそうな声に、少し同情してしまった。


 この人はこの人で、会社とか家庭とかストレスがあんだろうなぁ。



 「何ですか?何処か気分でも悪いんですか?救急車呼びますか?」


 俺はジャンバーのポケットに両手を突っ込み、ちょっとかがみ、ビルの隙間の闇に近付いた。


 ま、好奇心とお人好しの入り混じった感じだ。



 ゴミ袋の重なりの上に、仰向けで引っくり返っていたのは、痩せ形のサラリーマン風な男だった。高そうなコートにスーツ姿だ。


 勿体ない、胸の辺りがズタズタにはぜている。

         

        あっ!


 よく見りゃシャツに光沢!

うわっ!血だ!この人、ひどい怪我をしている!

  

 あー、こりゃ駄目だ!ヤバイヤバイ!

これヤバイヤツだ!関わったらダメ!逃げないと。


 「あ、あ、あのー、救急車呼びますね!ちょっと待ってて下さい!スマホ家に忘れたもので!」

悪いとは思ったが、慌てて去ろうとした。情けないな俺……。



 「ま、待ってくれ……。

搬送車両なら……ひ、必要な、い。

 私は主要な臓器を幾つも破壊された……。

体内循環液も多量に漏出してい、る。


 生命活動の完全停止まで、もう数分とないだろう……。

君達の言うとこで、死ぬ、ということ……か。


 き、君には突然で申し訳ないが頼みたい……ことが……あるんだ。


  多大な礼にはなる筈だ……頼む……。」



 声は途切れ途切れだが、不思議な力強さが在った。


 はぁ……貧乏大学生の悲しさよ、言ってる事の殆どは分からなかったが、


         礼


 という言葉に思わず立ち止まってしまった。



 「大丈夫ですか?凄い怪我してるみたいですけど。

あのー、死ぬとか言わない方が良いですよ?」

横たわる男の顔を見たが、月明かりのせいか異様に輝く瞳に恐くなった。



 その時、ビルとビルの隙間から男の腕が二本出た。

       


        おっ?


 と思う間に、ポケットから出していた俺の手、その両手首が不意に掴まれた。



 怪我しているのに凄い力だ!


 思わず逃げ腰になり、腰が引け、自然と男を引っ張り起こす形になった。



 男と目が合う、外国人?アメリカ人か?



 「ちょっと痛い!何ですかいきなり?!」

      こいつ、離せ!



 男はフッと目を閉じ、直ぐに開いた。



 「う、受け取ってくれ……。

すまない、少し、少しだけ痛い、かも知れない……。」

そう言う男の口元に一条、血が流れているのが見えた。



   何だって?今何て言った?

    受け取る?

      何を?

       痛い?


 俺は気味の悪さと、不可解なこの男の言動に混乱した。

   

   もう離してくれ!気持ち悪い!


 もがく俺、しかし謎の外国人はどこ吹く風でちょっと俯き、俺の両手首に息を吹き掛けた。


 冷たい!と思った刹那。

見る見るまに俺の手首は霜が噴き、白くなっていくじゃないか!


    「あ、あぁ!な、何を?!」


 もう手首から先の感覚が無くなっていた、と思う。



 男が両手首を、俺の凍りついた手首を掴んだまま、それぞれ外側に回した。


     「ゴリリンッ!」

       いや、

     「ガガリンッ!」


      だったかな?


 あっさりと「カッ!」だったかも。

    うぅ、思い出したくない…。


 兎にも角にも、俺の両手首は謎の外国人にもぎ取られてしまったのだ!



     「なっ!!!!」


 驚愕!何が起きているのか理解がついて行かない!


 俺はもう、あまりの現実離れした光景を、それこそ他人事の様に真っ白な頭で眺めていた。



 謎の外国人は、俺の両手首から先を脇にそっと丁寧に置き、自分の右手首に息を吹き掛けている。


 「本当に申し訳ない。

でも、この右手が奴等に奪われては困るのだ。


……ただ想うのは、君が利己的で酷薄な性質でないこと、それだけを願う……。」



 俺は血1滴出ない、何故かろくに痛みもしない自分の手首と、その男の緑の瞳を呆然と見、意味不明な言葉を聞きながら気絶した、と思う。





 次に意識、記憶があるのは朝の6時。

赤羽駅前のベンチからだ。



 俺は朦朧としながら、数時間前の衝撃的な出来事を必死に思い出そうとした。


 ガンガンと鳴る二日酔いの頭を抱える。


 目を閉じると、頭を誰かに掴まれ、グルグルと回されているみたいだ。

考えが纏まらない。


        

        そうだ!



 俺はハッとして、ジャンバーの袖をめくり上げ、左、右と手首を見詰めた。

その目は血走っていたと思う。


 「あれ?!俺の手が、ある!」

周りの人が聞いたら怪しさMAXな言葉が出た。


 

 当たり前だが、俺の手首から先には20年間見慣れた、正に俺の手があった。


 「はぁ~!何だよー!」

左手首、右手首と代わる代わる揉みながら安堵と妙な疲労からタメ息が出た。



 どうやら飲み過ぎて、その辺りをフラフラと徘徊し、どっかで寝ちまってたのだろう。

全く、最悪に趣味の悪い、最低にグロい夢を見たもんだ。



 しかし、だ。


 夢の中の外国人の男に掴まれた時の手の感触、冷たい吐息、それらの感覚は妙にリアルに覚えている。気がする…。



 うーむ、確かに沢山飲んだが、こんな悪酔いしたのは初めてだな……。



       うー寒い!


    兎に角、部屋に帰ろう!



 この時の俺は、寒さと気分の悪さでベッドに沈む事しか頭になかった。


 帰宅後、シャワーもそこそこにベッドに倒れこみ、昼頃起きた。



 まだ頭痛、吐き気が酷い……。


 布団、寝巻きと、揃ってぐっしょりと湿っている。


 どうやら寒い中、半野宿したせいで熱が出たらしい。



 あー、本当ついてない……。


 もう酒は止めよう!

と、いつも二日酔い空けにする決意を再び固くした。



 しっかし暑い!

いや熱い!頭、額を撫でると汗で手が濡れた。


 「うぅ、暑ぅ~」

冷凍庫に氷、あったかな?

茹で揚がった頭を冷やそうと冷蔵庫に向かう。

途中タオルを拾い、頭を拭き、首に引っ掛けた。

        

        ない。


 氷はなかった。

二、三日前に焼酎でやったときに使い切ったままだった。


 ふぅ、本当についてない……。

そのままやけになり、ソファーに乱暴に座った。


 手近のテーブルを左手で殴る。


 「ちくしょー!!氷だよ氷!あったま痛ぇー!」

最悪の気分で喚いた。



 くそっ!彼女の一人でも居りゃー、氷なんかコンビニに買いに行かせて……。


         

         ん?



 テーブルに下ろした左拳、その握った掌に違和感が。



      つ、冷たい?!



 握った指を内側から押し開けるように、小石みたいな物が俺の掌にある!



 気味が悪くなり、慌てて掌を開いた。


    

     コン!カ!ココン!



 小石じゃ、なかった。


 正に小石大の氷が、俺が数瞬前に頭に描いた通りの氷が、俺の掌から転がって二度三度テーブルで跳ね、床に落ちた。



 濡れた左掌を、そして床の氷を眺めた。

     

       「へっ?!」

      

      思わず声が出た。



 頭は真っ白。

正に思考停止、というやつである。



 5秒後、痛む頭蓋の中で矢継ぎ早に思考が乱れ跳んだ。


        これ、氷?


       手から出た?


       正か!何で?


 さっき行った、冷凍庫の中に有ったのを無意識に掴んでたのか?


 ?


 でも、氷が無かったから、頭に来て、八つ当たりで机殴ったわけでー……。



 「いやいやいやいやいやいやい……」



 まだ夢の中なのか?俺は……。



 とっさに何を思ったか、俺は右手でピースサインを作り鼻の穴に突っ込んだ。


 口を閉じる……。


         プハっ!!


 苦しい! 夢じゃない!

と、我ながら意味不明な行動をしてしまった。


     ま、パニックである。

      そこは察してくれ。



 三分ほどタオルを頭に被り、目を閉じ、考える。

もう意味が分からない!何なんだ?!


 タオルを肩に戻しソファに倒れる。



 ふと思った。


 「あっそうだ!もっかいやってみよう!

何かの気のせいだ!うん寝惚けてるんだよ!        

 そうだ!


 バカみたいに飲んで、寒空の下、赤羽で野宿した俺だ!

そりゃちょっとはおかしくなるって!


      いやー、あははは……。」


 無性に可笑しくなって1人腹を抱えた。


 そうだこんな事、こんなバカなことあるか!?

人間製氷機かっつーの!!半ばやけになり可笑しさが止まらなかった。


 そのうち涙まで出て視界がボヤけた。



 「よーし!氷だよ氷!

そうだ!アレだ!どーせならウイスキーに入れるような、あのバーテンダーがアイスピックで作るまあるいヤツだ!

そうそうソレ!さー、出でよ丸いのー!ふはははは!」


 そう、ハイってやつさ、頭の中に丸い氷を描いた。

何やってんだ俺は?!学校サボって昼間っからさ。

     

    アホかっつーにょおっ!?



 俺の中で時間が止まった。

ついでに思考もだ…。


       

      つ、つめてぇ…



 左手の拳の中に何かある。

この押し開き具合は……。


 さ、さっきよりデカイ…。


 この度は指をゆっくり開く。



ゴルフボール柄の、まあるいヤツと目が合う……。

      

     

      デカっ!えへっ?



       また、出た?


        何で……?


 

 いやいやいやいやいやいやいや!

ダメでしょソコは!

    何ふつーに出てきてんの?!


 ソコはハイ気のせいでしたー!

もっかい寝よー、であるべきでしょ?!



 気味の悪さで震えて来た…。



 この度も右手でピースサインを作り、鼻の穴に……。


 だが指が目標穴に到達する前に、震えでビリヤードの玉大の氷が左掌から落下、俺の左足の甲を捉えた。


         ゴン!


    「いぃ痛ぁあああっ!!!」



 うー、夢じゃない!うーん何だこれは!!

どうしたら良いんだ?!何が起きているんだ?!つーか痛ぇえー!!


      はっ!あの外人?


 もしかして、俺の手首から先は何か違う物に変えられたのか?!



 で、でも俺の手だ!



 何だこりゃ!何だこりゃ!何だこりゃ!何だこりゃ!

       

      何だこりゃーーー!



 自然と息が荒くなった。


 2分感ほど、何だこりゃ!と、どこかの部族の祭の様に、狭い部屋を万歳しながらグルグル回る。



 ようやく少し落ち着いた?とこで左手の指を開き、天井に向けた。


 もーいい!ちくしょー!!こーしてやる!


息を止めると、マシンガンの様に手から飛び出す氷を頭に描いた。


「おらー!出ろー!出てみろー!!」

  

  多分血走った目で開いた左掌の甲を見た。


     ……1秒、2秒、3秒。


出ない!

      「あれ?!」


はぁ?やっぱり気のせいでしたーか?!


       

 うぬぅー……。



 まぁ、ビリヤード玉みたいなの出たけど、アレだろ?

昨今異常気象とか多いし!

さっきのはそういうなんつーの?局地的な気温の低下ってーの?


 うん、俺は上手く説明できないけど何かのアレだ!

うんアレだ!そうアレだよ!アレアレ!



 両拳を握って何故かガッツポーズをした。


       その直後!


  弾かれるように左掌が内側から解放!

   狂ったように氷が床に溢れた!


   「かかかかか!待って待って!

    ちょっと待って!!!!」


 左手首を押さえ付け、叫ぶが奔流は止まらない!

正に狂った製氷機である。


  「おがぁー!!何だっこりゃー!」


 氷の雪崩(なだれ)は30秒程で静かになった。が、足元は氷の小山である。



 はぁ……。

何か驚くのに飽きた……。

つーか疲れた……。


 俺は呆然とソファに沈み、天井を仰ぎ、タメ息を吐いて、首のタオルを氷の小山の上に敷き、そっと足を乗せた。



 冷てぇ……。



 「ふーん……」参った!

俺の敗けだ! 俺の手は、あの謎外国人に千切られて、もがれて、見掛けは普通だが不思議な手にすげ替えられた!


 うん、もう参った!これからの人生は人間製氷機として生きていくよ!



 おっ?!俺バイト居酒屋だし最高じゃん?!


 おい!ウーロンハイ!へいただ今!!

ふん!ハイお待ち!ウーロンハイ氷多目でー!!


 ……って、氷多目って何だよ?!

自分で自分にツッコミながらソファにそっくり反った。


    ん?ちょっと待てよ?


 俺は製氷機だけの人生なのか?


        いやだ!


 どっか就職して、今度入った新人の河村なんですがね、手品が出来るんですよ!


 おい!河村!ちょっとアレ出してみろ!


       ハイッス!


 ここにあるホットコーヒーがあら不思議!

       

 ふんはぁっ!

あっという間にアイスコーヒー!

へい!お待ち!アイスコーヒー氷多目で!……。



 「ぐぬぬぬぬ……カッコ、悪い……」


 間抜けなリクルートスーツ姿の自分を想像した。


 馬鹿馬鹿しいかも知れないが、人間、パニックになるとこんなもんだ…。



 いやいや!製氷機は嫌だ!


 もっとこーさぁ……。



 「ふーん……フンフン。」


 じゃあ、ここは氷に拘らず色々やってみましょう!


 と、その前にやけに喉が乾く、腹も減ったな。



 その後の俺は、我ながら恐ろしい程の旺盛な食欲を見せ、冷蔵庫を空にした。


 備蓄していた冷凍食品も残らず胃に投下したのだ。

こんなに食べたのはいつぶりだろう?



 ソファーの足下の氷群を湯船に待避させ、床を拭きながらボンヤリと考える。


 ん?もしかして製氷すると何かエネルギーを使うのか?

んー……まぁ分からん!



 そうだ!今はそれより俺が人間製氷機止まりかを確かめなくては!



 よーし!じゃあ早速やるか!

う~ん、氷はもう良いから……。

ふーん、どーせならここは一発、全くベクトルの変わったものをだなー。



 そーだなー、ここは大胆に生物、いってみるかー?

よーし!掌を開いたままだと駄目みたいだから……。

う~ん、よーし!



 蛙だ!デカイのはマジグロだから、雨蛙の赤ちゃん!よし!決めた!


       

      「ふーん!」



 ん?おー!来た来た!

何かヌルッとトクントクンしてるぞ!これはー?!!


 うおー!来た!雨蛙だーーー!



 指を開くと小さいのと目が合った。

よーし!よーし!よーし!とりあえず製氷機人生は免れたみたいだぞ!!


 んー、じゃあ次はー……。

ここで俺は悪い顔になったと思う。


    「掌大のダイヤ、か?!」


 そーだなー!これで俺の貧乏奨学金負債人生から脱出だ!!


 えっーと、ダイヤダイヤと……。


 

      「ん?」

      待てよ俺。



 ここでデカいダイヤ出しても、どっかに売りに行かなきゃならないし。


 売りに行った先で、コレどうやって手に入れたの?って聞かれるだろうしなぁ……。



 エジプト辺りでちょっとー、とか。

実はコレ、ばあちゃんの形見でしてー、とか言えないよなー……。


 第一、どこで売るんだろ、こーいうラスボスクラスのダイヤ……。相場も分かんないし……。

んー、困ったなー。



        はっ!



 この時、左の耳辺りで悪魔が囁いた……。



 「か、金を出せば良いじゃねーか!」


 そうだよ!

わざわざ、なにも宝石なんかでワンクッション置かなくてもいいんじゃねーの?!

そう!ダイレクトに(かね)を出すんだよ!


 よし!決めた掌大のカネ!



 俺は邪悪な笑みを浮かべ、五百円硬貨を必死にイメージした。



 まぁ出るわ出るわ、テーブルはたちまち五百円玉で敷き詰められた。



 うおーーー!!来たぁあああ!!

俺は秒速で五百円稼ぐ男だー!と叫びながら左手首を押さえ付けた。



 ふーん。とりあえず、まぁこれくらいで良かろう。

無数の硬貨の輝きが、俺に興奮と妙な落ち着きを同時にもたらした。



 あーコレ、凄い事になったぞ!


 しかし、これ持って家賃とか払いに行くのもなぁ……。



 銀行に持っていって、一旦振り込んでー……。


 んー…あやしがられるなぁ、間違いなく。


 銀行員とか警備の人から、あ!またミスターコイン来た!

とか変なアダ名とか付けられるだろうなぁ……。



 その時だ、俺の左の耳たぶを悪魔王ルシファーが熱い舌で転がした。



 俺はさっきよりずっと邪悪な笑みを浮かべ、目を閉じ、あるものを必死にイメージした。



 そして左手は何かを握った!

頼む!出てくれ!

祈るように固くまぶたを閉じ、掌を開いた。



        そう!


 折り畳まれた一万円札の、あの人物と目が合ったのだ!!


      やったーー!!!!


 遂にやったのだ!俺は勝った!やったのだ!いつか何かを仕出かす男とは思っていたが、遂にやってやった!!



 続けざまに100回程繰り返し、成果を広げながらうっとりとした。


 すかしもOK!製造番号も色々変えてみた。まあ、怪しまれる程に散財しなければ徹底的に調べられる事もあるまい。



 で、冒頭に戻る、というわけだ。


 まだ恍惚としながら、今までカビ臭い居酒屋で、僅かな時給のために、バカ店長のワキガに臭覚をやられながら頑張った、ほんの昨夜までの自分を想う。



 俺は据わった目で冷蔵庫から缶ビールを出し、空けた。


 さっきまでの禁酒の誓い?

ふん、古今東西、二日酔いの最たる紛らわし方は迎え酒なのだ!

それにこの奇跡の幸せを前に祝杯を上げず、いつ上げるのか?



 俺は夢見心地でボンヤリとしていた。


  その時、玄関のチャイムが鳴った!


 その後のノックの連打で俺の中の後ろ暗い気持ち、罪悪感が爆発!沸騰した!



        ヤバイ!


 瞬間的に何かに怯えた。

と、と、と、とりあえずこの金を隠さねば!!


 焦って震える手で、金を手近のスポーツバッグに放り込んだ。

玄関はノックじゃなく乱打になっていく!



 アルコール漬けで完全に麻痺していた脳が、極めて急速に冷え冷えと覚め、冴えていった。



       だ、誰だ?!!!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ