【ポワソン】
目の前に置かれた皿から、良い匂いが立ち上がっている。まだまだ腹が満たされてイナイ。空腹ダ。喰ラワナケレバナラナイ。
次なる皿は、ポワソン。いわゆる、魚料理だ。中央に白身魚があり、それを彩るように深緑のソースが飾った。魚の表面がこんがりと狐色になるまで焼かれ、ナイフを入れれば、サクりと切れた。
「本日のポワソンは『フェネアンのナージュ パレス風』となります。ナージュという料理は香味野菜のブイヨンの中でフェネアンを煮込みまして、その煮汁を煮詰めて生クリームを加えたソースを掛けたものでございます」
給仕の説明通りほろほろと口の中で身にがほどける。ソースは野菜独特の旨味とアクセントなのか仄かに苦みがある。淡白な白身魚に良いメリハリを作った。
只管に食事をしている私に給仕は言葉を投げかける。
「癖が少なくてまろやか。貴方様にはとても馴染み深いものでしょう」
思わず、手が止まった。馴染み深いと言い切れるような魚の中にナージュなどない。少なくとも、この魚の味に覚えがなかった。魚の切り身の形から、これがヒラメやアナゴではないと確信できる。
……………………魚では、ない、とか。
視界がぐるりと廻った。皿が変わる。全ての色を混ぜたような黒い皿に白いもの。魚ではない。引き伸された棒状のソレ。白いものには先ほどよりも濃い緑のソースが絡んでいた。白いものは何かに似ている。似ている? いや、そのものか? まるで、まるで、臓■のようだ。
「どうかなさいましたか? 佐波様」
給仕に声を掛けられて、ハッとした。皿は白で、給仕に出された魚が乗っている。白昼夢……だというのか。背中がいつの間にか汗で濡れ、肌に張り付く。
もう、食事を中断して、帰ろう。そう決意し、席を立とうした時だ。
「コースはまだ途中ですよ。食事の途中で席を離れるのは感心できませんねぇ。貴方様の為に用意致しました至上の料理が残っております。なぁに、すぐに次の皿をもってきます」
腹の中が空腹を訴える。なぜだ。なんでだ! 私の意志と裏腹に腰は椅子に張り付いたように動かない。助けて欲しい。なんだこれは。夢か? 夢なのか? 覚めろ! 覚めろ!! 誰か、誰か!
給仕の嘲笑が部屋に響いた。
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